涙
「迎えに来ましたよ、白鬼」
返り血を全身に浴びて、月光に照らされたその姿は異形のものと同じに感じた。
笑いながら彼が歩み寄る。笑顔はけして絶やさずに。
「ひっ…」
『おい、馬鹿女。何怖がってるんだよ』
いつの間にか刀から元の鳥の姿に戻った鴉が彼の肩に止まっていた。
「お、鬼…」
「えーっと、鬼では一応ありませんね」
困った様に彼は笑った。
「私は桃太郎と申します。まぁ、一応紛い物とでも言いましょうか」
名前と、容姿があっていない気がする。
「あ、あの…」
「何です?」
「女の方ですか?」
しばらく沈黙があった。
「男です」
きっぱりと言った後、はぁっ…と溜息を吐き、鳥の姿になった鴉に問う。
「鴉…、僕はそんなに女に見えるかい?」
「クククッ…、これで七十回目だな」
「だってきゃしゃですし、美人さんですね!」
「折角の褒め言葉ですが、私にとっては屈辱ですよ」
「ともかく、今日は出歩かない方がよろしい。今夜はやけに多いのですよ」
全く…とため息混じりに桃太郎が言う。
「ところで、近くの村に用があったのでは?」
「あ、兄が鬼狩りに村へと…」
「困りましたねぇ。さっき貴女を襲った鬼が殆ど焼き尽くしてしまったんですが」
冗談ともとれる、軽い口調だった。
「な、何やってるんですか!何で助けなかったんですかっ!」
「村人が、僕の助けはいらないと言ったから。自業自得です。
今日はやけに反発してきたなぁ。貴女の言う『鬼狩り』の人が来ていたからでしょうか?
私だって、本当は助けたかったのですよ?だから来たのです」
返り血を浴び、月に照らされた青年の姿は、果たして鬼と差があるのだろうか?
彼の口振りからは、何も感じられなかった。
分からない。何故、そこまで無関心でいられるのかが。
「…まるで、僕を鬼と言わんばかりの表情ですね。けど…」
「桃太郎は、鬼を退治するためにいるんですよ」
言おうとした言葉を遮り、見つめる。
彼は、拍子抜けしたような表情になった。
「どっちの『桃太郎』ですか?
貴女は、『桃太郎』は鬼を退治するために存在していると言った。ならば、鬼を退治しない『桃太郎』は必要じゃなくて、存在するなと?」
泣きそうな表情で、桃太郎は言う。
「私は、貴女を迎えに来ただけ。貴女を守るために来た、孤独な化物です。だから白鬼…」
うまく、笑えているだろうか?
頬に涙が一筋流れる。
「『桃太郎』を否定しないで」
微笑みながら、彼は言った。涙を流して。
そして、ゆっくりと倒れた。