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黒鬼  作者: ノア
第三章 神に愛されし尊き少女の祈り
29/55

黄泉の境


自分は何の為に産まれたのか。


誰も望まない存在がこの世に生まれ落ちた。


まるで、人の歪みを吸収したような真っ黒の男の子が、私の腹から生まれ落ちたのです。


そもそも、人なのか、鬼なのか…はたまた、化物なのか。


それでも、私はこの子を愛せずにはいられなかったのです。




ーこの、化物がっ!何て事をしてくれたのだっ!


月から降り注ぐは、怒りの声。

それは、珍しく感情を露にする星巫女の声。


「これが、私達を繋ぐ罪です。ご理解いただけましたか?

…というのは、都合の良い言い訳に過ぎませんが…。馬鹿ですね?考えなかったんですか、姫巫女様の想いを」


ーお前の様な者に、言われる筋合いはないっ!


「…まぁ、今はそんなことを話している時間さえ、惜しい。満さんは返してもらいますよ」

桃太郎が懐から鈴を取り出し、鳴らす。


夜を震わす、小さな音が響いた。

清く、美しい音がやがて空気を震わせ、月をも揺らす。


そして、どこからかカラカラッ…と独特の車輪の音が聞こえてきた。

「…姫巫女様に許可は貰っているので、私たちはこれで馳せ参じようと思います」

星巫女は何も言わない。



そこに、あったのは…



「おい、これ…」

泰光が絶句する。



「俵、運ぶ手押し車だろ」



「文句言わないで下さいよ。今の私の力では、これしか呼べないんです。ちゃんと、呼べたんだから良いでしょう?」

むくれた様に桃太郎が言い、木製の手押し車を軽く叩いた。

そして、よっこらしょ…と言いながら、飛び乗る。


椿は、絵巻で見る様な大層なものを想像していたのだが、その想像は音を立てて崩れた。

溜息を吐くと、桃太郎に続いて乗り込む。

「そう言えば、鴉はどうした?」

「しばらくは、養生させようと思いまして…。…今は、ちょっとした調べ物を手伝ってもらってます」

「にしても、どう動くんだ?人はおろか、牛とかもいないぞ?」

泰光はあたりを見回す。

桃太郎は、まだ何か期待しているのかと憐れみの目で泰光を見ながらも言う。


「自動操縦です」


「まだ、この時代なのにっ!?」

「そこは、凄いと褒めるべきですよ。…まぁ、この車に宿る付喪神が運んでくれるわけです。ほら、掴まっていないと落ちますよ?」

そう言いながらも、桃太郎は椿の両肩を掴んだ。

「何故、掴む?」

「…私が、非力だからです」

「…成程」

静かに手押し車が動き出す。椿と泰光は、桃太郎の指示で本来人が押している先の部分に何とか掴まった。

「何で、この場所なんだ?」

「すぐ、分かりますよ」


ゆっくりと動いていた手押し車は、段々と早くなる。

「おいおいっ…。このままじゃ木にぶつかるぞっ!?」

「ほら、しっかり掴まってないと落ちますよ?」


加速した手押し車は、木にぶつかることなく、そのまま90度に傾いた。

そして、そのまま凄まじい勢いで月目指して駆け上がる。

途中、バチっという大きな音と共に、『月』の中へ入ったのだった。


「…無事で、何よりです。さぁ、星巫女様の所へ向かいましょうか」

しれっとした顔で桃太郎が言い、椿が頷いた。

「ちょっ、お前な…」

「姫巫女様の魂無き今、星巫女様がどんな手段()を使ってきてもおかしくはありませんよ。

…急ぎましょう。」

「此処は、月の中なのか?」

「…いいえ、狭霧殿という特殊な結界で守られた神聖な場所ですよ。

主に、星巫女様は此処で活動していらっしゃいます」


狭霧殿というだけあって、本当に神聖な場所だと空気で分かる。

しかし、何も仕掛けて来ないのは何故だろうか?


「なにか仕掛けがあると思うんだけどな…。だって、こんなに大きい部屋なんだぞ?」

奥へ続く障子がいくつも並ぶ。

距離がけっこうあり、まだ続くと思うとうんざりした。


ねぇ、桃。彼方の様な化物が何故、姫巫女何かやっているの?

…彼方なんて、誰も望みはしないのに。それなのになぜ、彼方は生きているの?


何処からか声が響いて来る。

「精神的揺さぶりを掛けようにも、生ぬるいですね」

桃太郎が鼻で笑う。しかし、彼が強気でいられたのもそこまでだった。


化物を討ち取れッー!!


…大丈夫だ、チビ助。お前は生きなさい。


みるみる、桃太郎の表情が蒼白になっていく。

周りの音が変わり、どんどん彼を取り巻くかのように近づき、大きくなってゆく。

それは、まるで波の様だった。


どうか、赦して…。


…ねぇ、母さま?な、何を?い、嫌だっ!止めて…く…


小さな男の子の声。段々と擦れてゆく。

桃太郎は、ずっと黙ったままだ。


えっ……?か、かあさま?ど、何処に?


戸惑う様な声。


音が遠退く。

しかし、すぐに次の『音』が聞こえてきた。

それは、色々な『音』。様々な声。


お前なんか、誰も望んでいないんだ。この化物が。

これは、若い男の声。

…どうして、彼方は生まれたの?

これは、先程聞こえてきた女性の声。


その二つの声が混じり合い、次の言葉を紡ぐ前に、桃太郎は素早く空を小刀で断ち斬った。

バチッ…と音がしたかと思うと、空間が歪み、いつのまにか大広間にいた。

そこには、窶れた星巫女が立っていた。

腰が曲がり、艶やかな髪は白髪になっている。顔からも疲労が滲み出ており、光の無い陰惨な瞳がこちらを見ていた。


「…急に老けてないか?」

小声で泰光が話す。

桃太郎は、深呼吸を数回する。

口の中がからからに渇き、話す事もままならない。

「そうせすか…。ご自分で呪いを掛けられたのですね。無理に成長を止め、なおかつ、強力な術を使えば、その呪いすら吸う命なき故、弱くなる」

「…死んじゃったのか?」

その泰光の問いに、桃太郎は首を横に振る。

「死んではいませんが、境を彷徨ってるでしょうね。既に意識は、こちら側にはない」

すると、椿が奥の部屋から顔を出した。

「おい、桃。居たぞ」

頷くと、既に魂無き器となった星巫女を抱きかかえ、奥の部屋へ移動する。

「…困りましたね。星巫女様と同じですか…」

冷たくなってる満の身体に触れ、やや焦る様に桃太郎は言った。

泰光が、星巫女をその隣へ寝かせる。


ーオオォォォォ…。

声が聞こえた。うめき声の様な苦しそうな声。

幾重にも重なっている。


「おそらく、此処はもっとも黄泉(よみ)に近いのでしょう。その主無き今、それを管理する者がいないんです。(あやかし)や、怨霊、死人が集まってきてもおかしくありません」

「おいおい…。それじゃあ、きりがないぞ?」

「その入り口を閉じるのは、星巫女様しか出来ませんしね。私も強制終了くらいなら、なんとか出来ますけど…そんなことしたら、どこかに歪が生じますし…。二人の魂も帰ってきません」

椿がその発言を聞き、首を傾げた。

「おい、術はそこまで実力はないんじゃなかったのか?」

「…言いましたっけ?そんなこと?」

誤魔化す様に桃太郎が、笑う。


「まぁ、いいとして。早くしなければ、どんどん増えますし、魂も戻っってきません。

今から私が黄泉(よみ)にいってきますんで、お二人は『器』を守ってて下さいね?

万が一、悪霊が乗り移ってしまうと後が大変ですから」

「どうやって行くんだ?仮死の術でもあるのか?」

「いや…、それを使おうと思ったのですが、それどころでは無くなってしまったので…。

その状態に近づけることしか今は無いですね…」


にこっと、桃太郎は笑って持っていた小刀を添える。

そして、何かを唱えた。


見えない空気の刃が唸りを上げ、桃太郎を襲う。

当然、避けもしないので真っ向から当たって、吹っ飛んだ。

黒い鮮血が飛び散る。

その身体が壁にぶつかる前に、椿が何とか受け止めた。


「…全く。容赦ないな。出血量が多すぎたら本当に死ぬぞ」

それを寝台に横たえて、二人を取り巻く死人その他諸々を見据える。

「自分の身くらいは守れるよな?」

謎かけの様に泰光に問うと、ムッとしたように口を尖らせる。

「笑止!この足利泰光、その誇りに賭けて幽霊など…怖がったりはしない!」

「……幽霊、苦手なのか」


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