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黒鬼  作者: ノア
第三章 神に愛されし尊き少女の祈り
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最後の祈り


遂に空に星が瞬き、月が闇に浮かぶ。

桃太郎は、縁側でそれをただ見つめていた。隣には姫巫女が寄り添っている。

その光景は、夫婦の様であり、月へ帰る『かぐや姫』との別れをなす術なく迎えようとしている帝の様だった。


「…桃、飯食ってねぇだろ?大丈夫なのか?」

「…好きにしてやれ。そんな時間さえ今は惜しいのだから」


それを影から二人が見守る。

竹取物語で例えるなら、お爺さんとお婆さんだろう。



「…桃。私、後悔していないの。彼方にこうして会えたことを。

星巫女が禁忌の術を使って私を甦らせたのを、少し感謝しているわ」

「…貴女が居なくなった日は、満月でした。貴女が甦った時も満月でした。

月に愛されていますね、貴女は…」

ぽつりと桃太郎が呟く。姫巫女は、悲しそうに微笑んだ。

「例え、いなくなろうとも、私は平気よ。月の使者となっていつでも彼方を見ているから。

…だから、お別れじゃないのよ?辛い時は空を見上げて?見えなくても、私はそこにいるから…」

「…何、泣いてるんですか?お別れじゃないんでしょう?笑っていなさい」

その言葉に、姫巫女は桃太郎の背中をバシッと叩いた。

「珍しく、彼方が落ち込んでいるからじゃない!ほら、桃も笑って」

無理やり桃太郎の頬を掴むと、思いっきり伸ばした。

「い、いふぁいでふよ…!」

姫巫女は可笑しそうに笑った。桃太郎も、一瞬であったがつられて笑う。

「…ねぇ、桃。私の最後の…。いいえ、私の唄聞いてくれる?」

桃太郎は無言で頷き、静かに結界を解く。

星巫女の声はまだ聞こえない。



姫巫女が静かに歌いだす。

清らかで、美しい声色で。


歌うは、『子守唄』。


彼女が一番嫌っていた唄。

姫巫女の為の唄。失われる少女の命の唄。


「…聞いていますか?星巫女。彼女はこんなにも強いんです。こんなにも優しいんです…。

だから、彼女は愛されるのですよ」


静かに鈴が震えた。

そよ風に乗り、その歌は何処までも続いていく。


余韻を残し、その歌は終わった。


ー何のつもり?


星巫女の訝しげな声が聞こえてきた。

桃太郎は月を見た。

だが、何も言わなかった。


ふらりと姫巫女が倒れるのを、桃太郎はそっと抱きかかえた。

「お勤め、御苦労さまです。素晴らしかったですよ」

その言葉に、姫巫女は嬉しそうに微笑んだ。

涙を零しながら。苦しいのか、呼吸が少し乱れている。



「…これだけは、言わせて…。例え、彼方が誰を愛そうと構わない。私は…」




「私は…、彼方を永久に愛しています」




そっと、唇が重ねられる。

姫巫女は驚いて桃太郎を見た。


呼吸が儘ならなくて。頭痛が酷い。

…胸が張り裂けそうで、全身が燃え滾るようだ。


なのに、こんなにも嬉しく、満たされていて。


頬に涙が伝い落ちる。

その口づけこそが、彼の答えだった。

夜風が悪戯に髪を弄ぶ。

最後に、彼女が何かをささやいた。




そして…。




満の身体から、黒い光が溢れ出す。

星空へ昇って行き、終には星の様に弾けて消えた。



そう、彼女の魂は消えたのだ。



空っぽの身体だけがそこにある。



「なっ…。何が起きたんだ?」

事態を把握できていない泰光が、声を荒げる。

椿は納得したように桃太郎を見た。

「術は完璧だ。…ただ、完全な定着には少し時間が掛かる。そして、無理やり引っ張りだされてきた魂だ。もう、黄泉には戻れまい。…残る選択肢は、『魂の消滅』。

…黒鬼しか、出来ないことだ。力の調節も、力を使い覚えていくしかない。色々あったんだろうな」


桃太郎はただ空を見上げた。

夏の夜空には、満天の星星が瞬く。



ーねぇ…。何してるの?


深い森の中、蹲る少年に姫巫女は声を掛けた。

正直、彼女はまだこの少年の名前を覚えてはいなかった。


「ひ、姫巫女様っ!?何故、此処に?」


少年は驚いた様に顔を上げた。

尻もちをつきながらも言う。


ー稽古、抜け出したからよ。で、何してるの?


姫巫女が少年の肩に手を置こうとすると、勢いよく弾かれた。


「あ、あの…今は触れないで下さい。消えちゃいます」


ー消える?


「はい…。黒鬼の能力は、『消滅』。

ありとあやゆるものを完全に消し去ります。…今はその練習で。この雑草、形だけ残して栄養をだけを『消滅』させようかな…と思いまして。でも、中々うまくいかなくて。だから、今は触れちゃ駄目です」


ーふーん。…ほれっ!


ぴとりっと、小さな手が頬に触れた。

桃太郎は、小さな悲鳴を上げて飛び退く。


「なっ、何やっているんですかっ!?貴女にもしものことがあれば、私はっ…」


ーねぇ、ほら。触っても大丈夫でしょ?私、出来ることなら死にたいわね。…彼方の力は苦しまずに逝けるのでしょう?


「姫巫女様には、大切な人がいますか…?」


ーうーん。星巫女くらいしか思いつかない…。あと、口煩いけど杉野とかかな?


少年はその答えに満足そうに笑った。

姫巫女には、それが悲しげなものに見えた。


「…私が最初にこの力を使ったのは、ずっと昔…。初めて『母』なる人物にお逢いしたときです。

けど、それが最初で最後になりました。…別に使いたくて使った訳じゃあないんです。

…ただ、母の行動に驚いて触れただけなんです…。

ねぇ、姫巫女様…。生きるって素晴らしいことだと思いませんか?

きっと、大切な人と同じ時を過ごすっていうのは、もっと素敵な事だと思います。

私は、素晴らしいと思いますよ。『姫巫女』というのは、皆に愛されるのでしょう?」


ーお母さんとは、もう会えないの?…二度と?

『輪廻』って知ってる?姿かたちは変わってしまうけど、その人の魂はぐるぐる回って、また、会いに来てくれるんだよ。…きっと、また会えるよ。


少年はただ笑っていた。

本当に悲しそうに笑っていた。


私はただ、放っておけなくて…。

気が付けば、いつの間にか姉の様に少年の世話を焼いていた。


少年は、『桃太郎』という少し変わった名前の男の子で。

『桃太郎』なのに、鬼だった。

けど、鬼なのに綺麗な透き通った声で唄う。


そして、偶にだが師匠のこと、白鬼という鬼のこと、稽古の事など話してくれるようになった。

…『家族』の話はまだ一度も話してくれない。


いつしか、その想いは恋慕へ変わって。

赦されないことなのに、私は彼に恋をした。


あんなに泣き虫で、すぐに私を頼ってきた少年は。

いつしか、立派になった。

もう、私の背中に隠れることもなく、私を気遣うことが出来る様になった。


…成長していく彼が羨ましくて。

嘘でも星巫女を好きだと言ったことが妬ましくて。

置いていかれるのが寂しくて…。


だから、ある『呪い』を掛けた。

彼方が苦しむように。

私と彼方がずっと繋がれるように。




だから、せめて最後は。

償いをさせてください。


星に想いを乗せて。


彼方が、ずっと幸せでありますようにと。

神に祈らせて下さい。


それが、私の最後の我が儘です。


「…ありがとう。そして、ごめんなさい」


彼方を呪うことが間違いだったと、今になって思う。

私の罪が、彼を苦しめてしまった。

人を愛すはずの姫巫女は、たった一人の鬼を否定した。


…そんなことをしなくても、繋がっているのだと彼方は教えてくれたから。

だから、私は…。


二度と会えなくなっても。


奇跡が起きて、また彼方に巡り合えるその時が来ても。


例え、記憶を失くしても。


きっと彼方を想い続ける。


彼方には、彼方の人生がある。

私の人生は終わってしまったけれど、また彼方に会えた。



彼方は、あなたの『想い人』を愛して下さい。

もし、また会えたなら…。もし、また会えるのなら…。



「その時は……」



その後に続く言葉は、夜風に攫われる。

しかし、その最後の彼女の笑みは、とても幸せそうで。


「…そんなこと、言わずとも分かります」



ーまた、彼方を好きになっても良いですか?



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