表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒鬼  作者: ノア
第三章 神に愛されし尊き少女の祈り
27/55

茜色に染まる頃


「お茶です…」

コトッと泰光が湯呑みを差し出す。

「どうも、ありがとう」

にこりっと満に憑依した姫巫女が微笑む。

大人びたその笑みに、素早く泰光は桃太郎の後ろに隠れた。


「お前の話を聞く限りでは、お転婆娘だと聞いていたが…。随分、おとなしいじゃないか」

椿の問いに、桃太郎がお茶を啜りながら答える。

「それは、彼女の虚勢だったんじゃないですか…?ただのお転婆娘では、『姫巫女』に選ばれませんよ」

「あの…、ごめんなさい。私の我が儘で…。この身体はちゃんと、満さんにお返ししますから…。

今日限りの我が儘ですが…、どうか、受け入れてはもらえませんか?」

姫巫女の必死の言葉に、気まずそうに椿はお茶を啜る。

「…苦手だな。こういう無垢っぽい女は…。桃太郎、お前次第だぞ…」

「今日限りしか無いんです。それ以降は魂がこの身体に馴染んでしまう…。

引き離すのは、今夜。それまでは此のままで…と言ったところです」

「星巫女の奴は、随分会いたがっていたが…。何も仕掛けて来ないのは?」

泰光の問いに姫巫女は静かに頷いた。

「多分…、絶対破られないとの自信故、何も仕掛けて来ないのでしょう。

大丈夫です…彼女の事は、私に任せて下さい…。その為には、桃の力が必要なんです」

「まぁ、何でも良い。桃、一日しか無いんだろう?二人で何処か行って来なさい」

意地悪く微笑む椿の発言に、桃太郎は顔を赤くした。

「なっ…!そ、そうかもしれませんが…、しかし…」

「良いんですか?行っても…」

「あぁ。帰って来るんだろう?此処に」

こくりと姫巫女は頷き、桃太郎の手を引いて外へ駆けていく。


「お転婆なのは、変わってないな…」

「良いのか?行かせて…」

「あぁ。なんにせよ、せっかく会えたんだ…。一日位、いいだろう?

本当の想いが届かないまま死ぬ何て、切ないじゃないか」


あの娘は良く似ている。

初代白鬼によく…。


ー椿。私、嫁ぐことになったわ。


「いきなり急な話だな…」


ー貴方が一番心配してたから。一番に報告しようと思って…。


止めてくれ。そんなことを言うのは…。

一体、何のために今日お前を此処に連れてきたと思っているんだ。


ーそれにしても、綺麗な場所ね。ありがとう…。話って?


「いや…。唯見せたかった。此処、いつもこの季節なら白い花が咲くんだが…。

きっと、お前が旦那さんと結ばれる頃には咲いているだろう。幸せにな」


今思えば、あの時…、いや、その前から告白していれば変わったのかもしれない。

白鬼が死なず、互いに幸せに暮らす事ができたかもしれない。

昔、桃太郎にそれを話したら笑われてしまったが…。


ー師匠、『後悔先に立たず』ですよ。

もし、彼方が告白をしたとしても、初代白鬼は受け入れなかったかもしれません。

仮に受け入れ、幸せな家庭を築いたとしたら…。私は死んでいたんでしょうね。そのまま溺れて。

そうやって、誰かが助かる代わりに生きる筈の誰かが死ぬ。

彼方が今の状況に満足しているのならば、それで良かったんですよ。…そう思うしかないでしょう?


「お前は、そう思うことはないのか?」


ー何度もありますが…。何も変わりませんよ。今まで、そうやって生きてきたのですから。

誰かが私に生きてほしいと願ったから、私は此処まで生き延びることができた…。

誰かの『死』があって、それが私の『生』に繋がったんです。…だから、この命が燃え尽きるその時まで生きることこそ、唯一私に出来る…その人の行いに恥じぬ生き方です。

確かに私が生まれていなかったら、色々な人が死なずに済んだでしょう。

しかし、その数だけの綻びがその数だけの悲しみを生むでしょう。


父が失意の果てに死んでしまったかも知れない。

あの人達が結ばれることが無かったかもしれない。

師匠が、下手人として掴まっていたかもしれない。


ーだから、師匠もそうやって生きましょうよ。


「お前は強いな。桃…」

あの時と同じ言葉を呟く。

その人に幸せになってほしいからと思い、ついた嘘をあの子はどれほど後悔しただろう。

それでも、進むことを決意したからこそ、自分の居場所を見つけることが出来たのかもしれない。

「…だから、良いじゃないか。一日くらい。もう、二度と会うことはないんだから」

「…それもそうか。二度と、無いからな…」



「ほら、急いで!」

「ちょっ、姫巫女様…。まっ、待って下さい…。はぁ、はぁ…」

小川を目指してひたすら走る。

前と同じ言葉を言い合いながら。

「祭の場所も、あの、小川もっ!江戸では無いけれど、なんだか知っている気がするのっ!

ほら、あそこよっ!」

茂みをかき分け、坂道を転がる様にして下って行く。

「ほら…、着いたわ…!」

「ちょっ、そこで止まらないで下さいよ!」

急いで坂を下りてきた桃太郎が、勢い余って姫巫女とぶつかる。

二人仲良く、川へ落ちた。

本当に、あの頃を繰り返している様な気がして、二人で笑い合う。

「びしょびしょだわ」

「今度は私も落ちましたね。二人揃って、満足には歌えませんね。きっと」

そう言って微笑む桃太郎に、姫巫女は顔を赤くしながら同じように微笑む。

「この場所の記憶…。彼女のものなのね…。きっと、彼女も私の記憶を見ているはずよ」

「そうですね…。しかし、姫巫女様…。ご自分で自害なされるとは…。そこまでしなくてもよかったんじゃないですか?」

「だって…。彼方以外の妻になりたくなかったんですもの」

あの時と同じ、真剣な眼差し。

「あの時、聞けなかった答え(ほんしん)、聞かせて…」

袖をそっと掴みながら姫巫女が言う。

桃太郎は静かに頷き、口を開く。

「私は貴女を…」

「うっ…!」

桃太郎がその先を言おうとした瞬間、姫巫女は頭を押さえて(うずくま)る。

「姫巫女様っ…!?」

慌てて抱きとめると、すこし疲れた様に彼女は笑った。

「ちょっと、頭が痛くて…。聞きたくないって…そう言ってる気がする」

「満さんが…?」

無言で姫巫女は頷いた。

桃太郎はそれを複雑な表情で見つめる。

「とりあえず、何処かで休みましょう…?そうだっ!此処の近くにとてもおいしい善哉がある甘味所があるんです。そこで休みましょう」

にっこり笑うと、姫巫女の手を引いて歩きだした。

一刻、一刻とその時は近づいている。

空は、徐々に茜色に染まりだした。



ーうーん…。やっと頭痛が収まりました。しかし、人影さえ見当たりませんね。…此処は、山奥か何かでしょうか?


満は、少し弱気になり始めた。

それもそのはず、たった一人で見知らぬ白い霧の中を歩いているのだから。

その白さえも、徐々に無くなりつつあり、それが彼女にとって不安なのだ。


ー…人影があります!誰かいるみたいですね!


嬉しそうに駆けだした。近づくごとに、水の流れる音が聞こえてくる。

近くに川があるようだ。霧も段々と晴れていく。


ー流れが急ですね…。しかし、行けないことも無い気がします。一応、泳げますし…。


片足を川へ突っ込む。その水はとても冷たかった。

決心すると、満はずぶずぶ川へ入って行く。




「一つ、桃に言っておきたいことがあるの。私が消えても、多分、満さんの魂は戻って来ないわ。

私が星巫女の元へ行けるよう術を施すから、彼方は満さんの身体を抱えて彼女の元へ行ってあげて」

「えぇ…。急がないと、本当に帰って来れませんからね。

姫巫女様、覚えていますか?私と貴女で興味本意であそこへ行った時の事…」

桃太郎のその言葉に、姫巫女は懐かしいと言わんばかりに微笑んだ。

「もちろんよ…。あの時は、本当にもう駄目かと思ったわ。…私、帰りのことは覚えてないんだけど、

どうやって帰って来たの?」

「…親切な案内役が居たんですよ」

冗談染みた口調で桃太郎は言う。ほんの少し苦笑を浮かべながら。

そして、懐から鈴を取り出した。

「…これのおかげでも、ありましたけど」

シャンッ…と鈴が風に揺れて震える。姫巫女は嬉しそうに笑った。

「私があげた鈴…、持っててくれたんだ…」

「捨てられる訳ありませんよ。乙女からの、初めての貰い物ですから」

その鈴を手のひらで転がし、茜色の空を見上げた。

段々と、星が姿を表し始める。


「それじゃあ、帰りましょうか…。足利家へ」

姫巫女は静かに頷いた。

桃太郎は、静かに手を差し出す。驚いた様に姫巫女が桃太郎を見た。

「…せめて、良い思い出づくりとして、繋いで帰りましょうよ。たまには良いでしょう?」

そう言うと、姫巫女の承認もなく、勝手に手をとり歩きだした。

引っ張る様に、早足で歩いていく。

「…桃、ありがとう」

姫巫女がそう呟くと、一度だけ桃太郎が振り返り、こくりと頷く。

その顔が、あの空と同じように茜色に染まっていたのは、きっと気のせいではないだろう。

姫巫女はくすりと微笑む。

「…桃、照れてるんだ?」

姫巫女の問いに、桃太郎は投げやりに返す。

「何言ってんですか?夕日のせいに決まってるでしょう」


握った手は、温かく…。自分の手がいかに冷たいかを思い知らされる。

それを少し悲しく思いながら、姫巫女は桃太郎の手を強く握った。

もう、二度と触れることの出来ないたった一人の愛しい者の手を。


今回も中々長かった…。すみません。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ