武士として
ー例え、主が彼女だけを愛そうと構わない。
ーけど、彼方だけには盗られたくなかった。
ー私の初めてのお友達。私の初めての…。
「私は、全てを変えるわ。貴女を必ず生き返らせて、貴女の心を踏みにじった愚かな化物に復讐する。
…それだけは、貴女が私を嫌いになったとしても、必ずやり遂げてみせるわ。絶対に…。
そのためには、『依代』が必要ね…。あの子が丁度良いかしら?」
星は雲に隠れ、その瞬きを確認することはできない。
射る様な彼女の視線が足利家を捉えていた。
「…桃、大丈夫ですか?」
目を開けると少女が自分を心配そうに見ていた。
…姫巫女様?
否、彼女は違う。姫巫女はもうこの世にいない。
「満さん…、どうも。お久しぶり…?」
「寝ぼけてるんですか、桃。桃が気絶してから一刻しか経っていませんよ?」
しかし、よく見れば似ている。
他人に言わせれば全然だと言うだろう。
何がそんなに似ているのか?
性格?容姿?…あぁ、そうか。『境遇』だ。
お互い、人に愛され、望まれ産まれてきた。
そして、色々な苦悩を乗り越えてきた人だからこそ、こんなにも似た何かを感じるんだ。
「少し、嬉しい夢を見ました。…可笑しいですよね。少し、怒った?後なのに」
まだ寝ぼけているんですね。と勝手に決め付けられ、無理やり寝かされる。
怒っているのか、何だかそんな口調だった。
…女の子の感情は少し難しい。
「ねぇ、満さん。星巫女様を悪く思わないで下さいよ?」
図星と言わんばかりに、少しだけ動く満を見て嬉しそうに笑った。
「…だって、桃を悪く言うから…」
ーだって、桃を苛めるから…。
既視感が目眩の様に、脳へ伝わる。
何回も何回も頭の中で、その言葉が繰り返された。
星巫女様と最初に会ったときから、何故かすでに嫌われていた。
「彼方の様な者が、姫巫女を勤めるなどおこがましいにも程があるわ。
全く、杉野は何を考えているのかしら?」
「ひっ…」
感情のない人間は人間ではない。
だから、どうにか取り繕って。張りぼてながらの演技を繰り返し、磨いていく。
どちらかと言うと、私もあまり星巫女のことは好きではない。
全て見透かしたように言うから。…まるで、何故人間の中に化物が居るんだという目で自分を見るから。
だから、自分は弱い振りをして。
勝気な彼女の影に隠れて。
守ってもらえる場所に居座った。
「ちょっと、星女!そんな言い方ないでしょっ!?」
「ひ、姫巫女様…」
「彼方は男の子何だから、もう少しシャキッとなさいっ!」
「…は、はいっ!」
それにしても、星女は無いんじゃないだろうか?
…貴女の場合は、姫女だから別に良いんだろうが。
星巫女は私を睨むと狭霧殿へ帰って行く。
ほっと一息ついて
「今の言い方はあんまりではないかと…」
「あら?私の中ではまだ甘い方よ。言い争いは得意だわ」
ふふんっと胸を張って答える彼女を凄いと思う反面、だから友達ができないのだと呆れてしまう。
「すみません…」
「喧嘩じゃないわ。言い争いよ。明日になれば、また遊べるわ」
修行に励んで下さい。
出かかった言葉をなんとか呑み込み、愛想笑いを浮かべて言った。
「良いですね…。心が通い合う友が居るというのは…」
「…彼方もその一人よ。当然でしょ?けど、星巫女、いつも彼方の話をすると怒るのよね。
『つんでれ』なのかしら?」
「『つんでれ』?」
不思議そうに聞くと、彼女は知らないの?と言わんばかりに、勝ち誇る。
「良いわ、教えてあげる。『つんでれ』っていうのは、ツンツンしながらも、内心はデレデレしてるから、…うーんいまいちな回答ね。つまり、内心は嬉しいことでも、相手に知られたくないからワザと突き放して言う乙女のことよ」
納得のいく答えを導きだし、嬉しそうに彼女は言った。
「…星巫女様は、『つんでれ』というより、『つんつん』です。何処もデレてません。
…寧ろ、姫巫女様の方が、『つんでれ』ですね」
冗談のつもりで言ったのだが、姫巫女様は顔を真っ赤にしていつものように背中を叩いた。
「くくくっ…」
いきなり笑いだした桃太郎に対し、満は困り顔だ。
「す、すみません…。あまりにも似ていたもので…。
昔、貴女と同じような事を言った少女が居ました」
「姫巫女…様ですか?」
彼女の回答に、思わず目を見張る。
「良く分かりましたね…。正解です」
すると彼女は複雑そうな表情で、静かに言う。
「桃太郎は、姫巫女様の事…好きですか?」
その表情は、かつて姫巫女が見せたものと同じで。
少しだけ焦った。つい、窓の外を確かめてしまう。
…月は雲に隠れて見えなかった。
「はい。好きです、今も。」
自然と口元が綻ぶ。
…そう言えば、いつから私の『感情』は、表れ始めたのだろう?
最初は何も思わなかったのに。
少しずつ、彼女に出会って、『感情』の氷は溶けだしたのかもしれない。
満は何も言わなかった。
ちょっと、星巫女様と話して来ますと言って、駆けていく。
「お前、最低だな」
ぼそりと泰光が呟く。
「居たんですか。…お久しぶりです」
「寝ぼけてるのか、お前。」
「満さんにも、同じ事を言われました…。長い夢を見てまして…」
ふぅ…と泰光が溜息を吐いた。どかどかと荒い足音を立てて前まで来る。
いきなり胸座を掴まれ、強制的に立たされる。
桃太郎の方が身長が高い為、泰光を見下ろす側となった。
「お前、告った相手にっ…!」
「ちょ、いつ、誰が告ったんですかっ!?」
がくがく泰光は揺するので、思う様に言葉が出せない。
「まぁ、良い。…良くないが。いいか?お前は、お前を想う相手に対して、『恩を仇で返す』如く禁句なる発言を言った。それは、武士として最低の行いであり、お前が誰を想おうとお前の支えとなる人物を傷つけたのは事実。お前が本当に武士なら、自分に惚れた女の扱いくらい自分で考えろっ!」
ぱっと離され、勢いよく壁に頭をぶつけた。
さすりながら、苦笑いして言う。
話した内容は、まとまってなくてあまり良く分からない。
しかし、その思いは伝わったから。
「妹思い…と言うか、泰光さんは大物になりそうです」
「そうか…。分かったら、さっさと」
「はい。行ってきます。武士ですから」
もう、誰かの陰に隠れて守られる側の人間ではない。
弱い誰かを守る側の人間だ。
会って何を伝えようか、まだ分からないが。
ちゃんと、話せたら良いと思う。
自分を認めてくれた彼女と、貴女への思いを。
どうか、まだ何の縁でも繋がって無いけれど。
空にまたたくこの星が、貴女を示す道標となることを祈らずにはいられません。
「飛び出したは良いものの、どうしましょう…。帰って、桃に会ったら何と言えばいいのか…」
はぁ…と溜息をついて空を見上げる。
月の代わりに、星が瞬いている。
「ずるいじゃありませんか。姫巫女様…」
何も知らない少女のことを、少し叱ってみた。
それは、ただの嫉妬に過ぎない。
相思相愛…何故結ばれなかったのか、満はその理由を知らない。
「あら、丁度良いわ」
どこからか、そんな声が聞こえた。
辺りには誰も居ない。
満は空を見上げる。雲の間から覗く大きな丸い月。
「その声…。星巫女様?お月さまになっちゃったんですかっ!?」
生温かい風が吹きぬける。
月が溜息を吐いた様に。
「…貴女は、『依代』にぴったりね。光栄に思いなさい。姫巫女の器となることを」
突風が吹く。少女の姿は何処にも無かった。
少し遅れて、桃太郎が駆けてきた。
彼女の清らかな『気』が途絶えている。しかし、辺りには争った痕跡さえない。
嫌な予感がして、空を見上げた。
「ほんと、嫌な月…」
思わず呟いた。自嘲するように。
嘲笑うかのように、大きな憎たらしい程美しい丸い月が、夜空にぽっかりと浮かぶ。
まるで、夜の支配者の様に…。
長くなって、すみません。
読みにくくて、すみません。