偽り
青空と夜空の巫女のおはなし。
主に祈りと歌を捧げるとても明るい少女が居ました。
彼女は、『陽』の性格がよく表れていました。
青空の様に明るい彼女は、後に『姫巫女』と呼ばれるようになりました。
主を導き星を詠むとても冷静な少女が居ました。
彼女は、『陰』の性格がよく表れていました。
夜空の様に陰ながら主を支える彼女は、後に『星巫女』と呼ばれるようになりました。
――そして、『姫巫女』だけが、主に愛される存在となりましたとさ。めでたし、めでたし。
「星…巫女様?」
二度と会うことは無いと思っていた相手が目の前に居た。
「相変わらずね、桃」
凛とした声、大人びた表情。何も変わっていない。
「…本当に、何も変わっていませんね」
「えぇ。そういう呪いだから。彼方も本来ならば、二十五だったかしら?
杉野に受けた呪いは、私と同じものなのね。…少しは成長した様だけど」
淡々としていて、何の感情も読み取れなかった。
しかし、桃太郎は嬉しそうに微笑む。星巫女は訝しげに桃太郎を見た。
「…こんな私を気遣ってくれてありがとうございます」
「それは、どういう意味かしら?『こんな私』とは、姫巫女を殺めた『こんな私』ということかしら?」
桃太郎は少し悲しそうに目を伏せる。星巫女は、静かにお茶を啜っていた。
『星巫女』と呼ばれるこの少女は、その容姿や性格までも夜を表すかの様だった。
「…桃太郎が姫巫女様を殺したって、どういうことですか?」
こそっと満が椿に聞く。
「今からちょうど七年程前…。京の祭で唄ったのを最後に姫巫女様は姿を消した。
しかし、それは御上の命により流された噂だ。真実は、その翌朝寝台に小刀を突き刺した姫巫女様が倒れていたとしか桃には聞かされてない」
桃太郎が頷く。そしてぽつりぽつりと言い始めた。
「師匠に言った通り、私の知る限りはそれが全てです。争った形跡が無いことから、自害だろうと…。
私は、直ぐに拘束されてしまったので、亡骸とは会えませんでしたが…」
「しかし、その晩、彼方の姿を見たという奏者が居る。何故、彼方はあそこに居たの?」
睨む星巫女の視線を感じながら、桃太郎は言い淀む。
だが、その瞳には悲しみの色が窺えた。
「…呼ばれたのです」
そう桃太郎は呟く。
「呼ばれました。姫巫女様に。…祭を拝見なされ、その帰り際に『祭が終わったら、私の部屋に来るように。もちろん、誰にも見られない様に』と…。第一、姫巫女様のお部屋に私の様な者が近づくなどあってはならないことでしたので、迷っていて…。多分、その姿を見られたのではないかと…」
「姫巫女様に会いに行ったんですか?」
満の問いに、桃太郎は首を振った。
本当に、悲しそうに。桃太郎は静かに告げる。
「あってはならないことですよ」
それが何を意味するのか、満には分からない。
理解してはいけない、そんな気がした。
「で、星巫女様直々に何用でしょうか?」
その話は打ち切りだと言わんばかりに、桃太郎は話を変えた。
星巫女はちいさく頷き、凛とした声で言い放つ。
「桃…、いえ、『次期姫巫女』。貴方には『姫巫女』として、祭に出てもらいます。」
「も、桃太郎が『姫巫女』を…?」
満が驚いて言い、桃太郎は気付かれない様に溜息を吐く。
「えぇ。彼はその歌唱力を買われ、『姫巫女代理』としての役を与えられた…『姫巫女』も認めた唯一の存在。…今頃、声が出ないなどの言い訳はナシよ。利用価値のある貴方だからこそ、杉野はその呪いをかけたのだから。万が一の為にね」
冷やかな視線で桃太郎を見る星巫女を、桃太郎はただ見ていた。
そこには、憐れむような感情が込められている。
「そ、そんな言い方しなくてもいいじゃありませんか。だって、仮にも貴女は桃に頼みに来ている側なんです…。なのに、その為だけの道具みたいな言い方…、あんまりじゃありませんか。
そりゃ、桃だって疑われている身ですし、貴女が赦したくない気持ちも分かります。しかし、桃太郎が犯人だって言っても、その…、桃は嘘を吐くような人でも、巫女を殺める様な酷い人では…」
「アレは、村人全員を皆殺しにした『化物』よ。…とてつもなく、惨い方法を用いたね」
満の言葉を遮り、星巫女が淡々と言う。
「貴方は、隠していたようだけど。私にそれが通用すると思わないで」
その言葉は、唯でさえ静まり返る部屋を冷やすには十分で。
蔑むような視線で星巫女は、桃太郎を見た。
まるで、バケモノを見下す様な目で。
「ほぅ…。それは、初耳だな。」
部屋の沈黙を破り、椿が言う。
「なら、答えは自ずと出るだろう?星巫女。そんな『化物』が人様に伝える様な歌なんて歌えるはずがない。…わざわざ、御足労だな。悪いが、他を当たることだ」
小馬鹿にした様な言い方にむっとしたのか、星巫女は何かを言おうとした。
しかし、直ぐに冷静を取り戻し、すたすたと歩いていく。
庭に置いてある輿に乗り込むと、いつのまにか式神が復活し、そのまま見えなくなった。
「…桃、気にするな」
わしゃわしゃと椿は桃太郎の頭を撫でた。
「…痛いですよ」
桃太郎はそう言うが、されるがままだ。
「…本当の話なのか?」
泰光が遠慮がちに言い、満はそんな無遠慮な兄の発言を足を踏むことで咎めた。
痛ぇと呻く泰光を余所にぽつりと桃太郎が呟く。
「本当のことです…。三人を除く村人は、私が殺しましたよ。…とても惨く」
その口調は、自らを嘲笑うかのような投げやりなものだった。
「だからなんですか。先にやった彼方達が悪い。何もしてないのに…。
ははっ…。『黒鬼』だから、受け入れるべきなんでしょうかね?…誰も」
ー誰も、『黒鬼』の誕生なんて。
ー誰も、『化物』の誕生なんて。
「…望むわけ、ありませんからね」
「おい」
ドスの効いた声で、椿が叱る。
桃太郎は、椿を見た。その瞳は虚ろで、唯、絶望を映していた。
「…師匠は、本当に『黒鬼』ですか?」
ふらりと立ち上がる。
「本当に、黒鬼なら…。驚くはずがない。『黒鬼』として産まれた者は、殆どがそうだから。
彼方が黒鬼のはずがない。…彼方が黒鬼である根拠がない。」
『おい、桃?』
心配する鴉を無視し、桃太郎はずっと、それだけを反芻していた。その瞳は、狂気に満ちている。
「…『黒鬼』は、周りからその生を忌まれ、疎まれ…負の願い、絶望から生まれる子なのに。
あなたのような人が」
望まれて産まれた彼方が。
幸せな人が。
「黒鬼で良いはずがない…」
崩れ落ちる桃太郎を、素早く鴉が人の姿になり受け止めた。
「精神的に脆い奴なんだ。…あまり、この話はするな」
はぁ…と溜息を吐き、そのまま近くにあった座布団を枕にして桃太郎を横たえる。
満も、自分の部屋から布団を持ってきて、掛けてあげた。
「…ちなみに、アンタの家系が鬼の一族の中で一番闘争力が弱い鬼…『色無』ってのも、その為にとった行動も粗方予想はしてた。桃自身も、薄々は気付いていたみたいだし。別に、アンタが偽ろうとも謝る義理はない。『黒鬼』なんて、誰も信じない存在だったからなぁ」
咎める様な口調ではなく、たしなめるような口調で鴉は苦笑した。
「色無って…?」
「どの種族にも属さない鬼の事だ。赤鬼、青鬼…そして、白鬼。中でも赤鬼と青鬼の二大勢力はその数が多いだけにそう呼ばれていた。しかし、その反面、『色無』と呼ばれるどの能力にも適さない鬼もいた。
力が無いということは、王家に貢献できない。そのことは『死』を意味する。…侮辱の対象だよ」
空気が湿っぽくなりはじめたのを取りつくろうように、椿は咳払いをした。
「そんなことはどうでも良いとして、今は巫女様の問題だろう?夕飯でも食って策を練ろうじゃないか」
夜空には、星が瞬き始める。
心の支えとなるようにそっと、輝いていた。
その内、色々な鬼達の若かりし頃(?)とか、幼少期の微笑ましい話を書いてみたい。…と思う。