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黒鬼  作者: ノア
第三章 神に愛されし尊き少女の祈り
22/55

二人目の巫女


主よ…。


私は、貴方に祈り、この命を(いづ)れ差し出すことになるでしょう。


それこそが、私達の『誇り』であり、『指名』。


私達『姫巫女』は、貴方に愛されし妻なる魂を持つ少女。


死ぬことを恐れている訳ではないのです。


……しかし、主よ。


私のこの気持は。

あってはならないものでしょう?




ー貴方はきっと、お赦しにならない…。




いつの間にか春が過ぎ、桜の木には若々しい緑が芽吹き始める。

段々と日が長くなり、蝉の声も鬱陶しくなってきた。

冷たいものが恋しくなりはじめ、生物(なまもの)も傷みやすくなった。


「今日の献立は、刺身にしましょう。…というわけで、買ってきます」

ふと思い立ち、買出しの支度をする。

黒鬼になり、自我を失ったせいなのかは不明だが、最近はあまり気分が優れない。

「じゃあ、玄米炊いといてください。兄様は。私は桃の買い物についていきますから」

「満っ!?ちょっ…」

「まぁ、良いじゃないか。桃がいるんだ。安心だろう」

そして、何故か師匠が遊びに来るようになった。正確には、夕飯だけ食べに来るようになった。

…気分が優れないのは、このせいかもしれない。


「にしても、仮にも武士だろう?此処の家系は。何故(なにゆえ)、玄米?」

「足利家は貧乏だからだよ。貧乏武士は玄米で十分っ!そもそも、白米より玄米の方が栄養価が高く…」

「椿さん。兄様の栄養講座が始まったら、しばらくはずっと言ってますから、気を付けてください」

慌てる師を鼻で笑い、戸を閉めた。


今頃になって、あの夢を見るのは…。

この季節だからかもしれない。


「桃…、気分優れないんですか?」

満さんが単刀直入に聞いて来る。

「…どうして満さんは、すぐ分かるんですか?凄いですね」

「せ、蝉が五月蠅いから…とか?」

「せ、蝉ですか…!?」

彼女なりに考えた結果だろう。

予想外の答えに腹を抱えて笑い転げた。

「くくくっ…。せ、蝉ねぇ…。まぁ、五月蠅いと言えば…、五月蠅いです…」

「そんな笑わなくても、良いじゃないですかっ!」

「いくらなんでも、蝉は無いでしょう…?それに、今は全然マシな方ですよ。

師匠と暮らしていた山にはたくさんの蝉が居ましてね。夏になると一斉に鳴くんです。

本当に五月蠅くて…。不眠症になった程です。それに比べたら、全然マシですよ」

眠れますからね。と言うと、満さんは納得したように頷く。

「じゃあ、どうしてですか?」

「夢を…見たんです。昔の。あれは、上位三位くらいに君臨している悪夢でしたね」

「どんな夢ですか…?」

「ちょうど、この季節の夢ですよ。…ほら、早くいかないと、刺身が手に入りません」


そう、ちょうどこの季節。


「あっ!ほら、もうすぐお祭りがありますから、提灯が飾ってありますよ!江戸の祭は凄いんです!

姫巫女様も歌いに来るんですよ」

「『喧嘩と祭は江戸の華』って、言うくらいですからね。逆かも。…火事と喧嘩でしたっけ?」

『ボケッとしてると買えないぞ?』

鴉がそう言うと、桃太郎は軽く鞘を叩こうとして止めた。

『てっきり叩くと思ったが…』

怪訝な表情で鴉が尋ねると、桃太郎はぼそっと言う。

「しばらく、姿変えられないからね。叩かない方がいいかと」

「バカラスにはちょうど良い天罰です」

それを聞いた満さんは、嬉しそうに言った。

『馬鹿女に馬鹿されたくはないな』

負けじと鴉が鼻で笑う。

「鳥の方が脳みそ小さいですよ」

『馬鹿のうえに、身長まで小さいとは…。どうせ、脳みそも皺無しに違いない』

長引くだろうと見越した桃太郎は溜息を吐き、止めに入る。

聞いていて飽きないのだが、今はそんな気分ではない。

「こらこら…。お二人とも、『団栗の背比べ』は止めなさい。本当に刺身が手に入らなくなってしまいます…って、どうしたんですか?黙り込んで…」

『お前は結構酷い奴だな…』

「私達が言った悪口全てを肯定した上での発言でしたよ」



「しかし…、姫巫女様が行方知れずになってからもう十年…。ご病気でしょうか?

今年も祭はどうなってしまうのでしょう…」

満が悲しそうに言う。姫巫女は各地を回り、十年に一度江戸へやって来るのだ。


「十年…?」


桃太郎が静かに呟く。

何回も反芻し、困った様に満を見た。

「十年前…。嘘でしょう…?」

「確かにそんな噂が流れてきたのは十年前ですよっ!あの年は台風とか、大雪とか…そういう災害が多かった年だから忘れません」

「三年前に既に流れてたのか…。悪戯にしても、そんな噂があれば上が黙っていない…」


(かみ)に愛されし姫巫女。その死は、荒波を生む。

彼女による加護の唄は次の姫巫女が現れるまで、紡がれることは無い。

魑魅魍魎が跋扈し、鬼による被害さえ加護が無くなったことにより活発化するだろう。


「十年前…自然災害。紛い鬼が活発化したのもちょうど十年前…。しかし、彼女は七年前に…」

「どうしたんですか、桃太郎。ほんとにお刺身買えませんよ?」

「え…。あ、あぁ、そうですね。行きましょう」


考えられるのは有り得てはいけない事だ。


『御上が仕組んだ。』


…考えられるのはそれだけだった。



「桃達、遅いな…」

夕日が沈みはじめ、うっすらと星がまたたき始めた。

光を闇が侵食してゆく。

「…おい、泰光よ。客人だ」

椿がそっと障子に近付き、静かに開けた。


そこにあったのは、惣花輦(そうかれん)と呼ばれる御上が略儀の際に乗用する輿がぽつんと置いてある。その周りには白い着物を着た狐の面を被った陰陽師達が居る。

「あれは、巫女専属の陰陽師…。中に居るのは巫女か。それも、御上のご寵愛を受けれるほどのな」

「はぁっ!?そんあ大層な巫女さん何ているのか?御上は気難しいお方。

側近さえ御顔を拝見した事など無いと聞くぞ。そもそも、御顔を見ることさえ禁じられているのだ」

声を荒げる泰光の意見は一理ある。御上のご寵愛を受けられる人など限られている。

御上は真の神として伝わる為、その姿を見た者などいるはずがない。

そして、その御上(かみ)に愛される巫女など一人しか存在しない。


「…出て来るみたいだな」


中から人が降りて来る。

その姿は、まだ十になるかならないか位の女童だった。

式神が一斉にしてぽんっといいう音をたてて唯の紙に戻った。


「…桃はまだ帰っていないみたいね。暫くの間、お邪魔するわ」


声は凛とした少女の。

しかしその霊力は、並外れたものだ。

先程、式神が唯の紙に戻ったのは、彼女の霊力に耐えきれなかった為だろう。


夜を想わせる彼女は、静かに告げる。

ー『次期姫巫女』を迎えに来たと・・・。

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