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黒鬼  作者: ノア
第三章 神に愛されし尊き少女の祈り
21/55

序~prologue~


太鼓と笛の音が聞こえてくる。

提灯が並び、人々が駆け足で高い(やぐら)の前に集まった。


段々と太鼓の音が小さくなり、笛と琴の音が聞こえ始める。


「始まってしまうわっ!ほら、急いでっ!」

「まっ、待って下さい…。はぁ、はぁ…」


溢れかえる人混みの中を二人の子供が走る。気の強そうな少女と、弱弱しい少年だ。

二人とも、足元まである白い着物を来ていた。これは祭用の正装着で、金糸で刺繍が施されている。

それを汚さない様に捲り上げながら走るということは、少年にとって不慣れなことだ。

息を弾ませ、やっと裏の入り口へと入った。

直ぐ側にある木でできた梯子(はしご)を上ると、身なりを整える。

少年は何処にも汚れが無いことを確かめると、安心したように息を吐いた。

少女は気にせず、辺りを見回した。


「な、何とか、間に合ったわ…」

「頼みますから、お忍びで行くのは止めて下さい…。私が、怒鳴られるんですよ…?」

少年がそう言った時、背後に大きな人影が現れる。

「コラッ!」

ごんっと、少年の頭に強い衝撃が走り、少年は頭を押さえて蹲った。

「姫巫女様…、そろそろ始まります。ご準備を…。頼みますから、勝手に抜け出さないで下さい」

「えぇ。分かってるわ、杉野。心配かけてごめんなさい。ほら、行くわよ」

まだ蹲っている少年の首元を掴み、舞台奥へ引っ張って行く。

杉野は溜息をついて、後を追った。



ぞろぞろと正装をした従者たちが取り囲み、髪型を整えたり、化粧をさせたりしていた。

少年はそれを見届けてから、その奥にぽつりと置かれた鬼の仮面を被った。

それから、真っ赤な瑪瑙(メノウ)の首飾りを掛けた。

側に置いてある朱色の笛を持つと、静かに舞台の隅に座った。



開始の合図である一際大きな太鼓が鳴らされ、笛と琴の前奏が始まる。

人々から、歓喜の声が上がった。


―数多の流るる星よ 数多の神の愛しき子等よ…。


姫巫女が現れ、その小さな唇から唄を紡ぐ。

数多の神々に捧ぐ『清めの唄』だ。


その効果あってか、毎年その歌が唄われた場所では、妖の被害や稀に現れる鬼の被害も無くなった。


…だが、最近は何故かその効力が無くなってしまった。


『姫巫女』という少女は、神の信託に選ばれた齢七つの少女。

そして、その少女が大人になるとその力は失われ、その命は神の元へと還る。

失われる時期は選ばれた姫巫女ごとに違うということを少年は初めて知った。


唄が、少しの余韻を残して終わる。


初めて聞いた時の、何処までも透き通り、母親のような温かな光の波が心を満たしてくれるような…。

全てをありのまま受け入れ、赦しの微笑みのような安堵感が今の唄には無かった。


拍手が起こる。

顔を隠すための羽衣の様な薄い布から覗く姫巫女の表情は、どこか不機嫌そうだった。


奏者たちが、一端舞台奥へ戻って行く。

慌てて跡を追った。…そんな予定などなかったから、きっと姫巫女の我が儘だ。



「姫巫女様、困ります…。(みな)が待っておりますよ」

杉野が言う。姫巫女は鋭い目つきで杉野を睨んだ。

「具合が悪いのっ!…あんな唄じゃ、主もお喜びにならないでしょう?ここには、その為の『姫巫女』

がいるでしょ。そいつに唄わせれば良いのよっ!」

顔に掛かった布を剥ぎ取り、床に投げ捨てる。

杉野はそれを拾い、埃をとると僕を見た。

「頼む」

一応こくりと頷き、布を受け取る。それを被り、舞台へ駆けた。

後から奏者が続く。


二曲目に歌う唄は、『子守唄』だ。

姫巫女はこの唄が嫌いらしい。

だから、歌いたくないって言ったのかなと少しだけ思う。


だって、この唄は。

姫巫女の為の。これから、命を捧げる少女の為の唄だから。名も無き少女を讃える歌だから。


男とは思えない鈴の様な、祈るような歌声。

―どこまでも、その歌声は響く。甘く、切ない響きと共に。


そして、その歌声は、余韻を残して夜空に消えた。


星が、今まで見たこと無いくらいに光り輝いて。

そして、一粒の星が流れた。その少女の命の様に。


翌朝、寝台で小刀を胸に突き刺し、永遠の眠りについた少女を神官が発見した。

異国から送られた寝台。その上質で、純白の絹を真っ赤に染め上げた。

呪う様な虚ろの瞳は、どこも映してはいない。


その非の無い責任は『姫巫女』に問われた。


神官は、『姫巫女代理』を務めた少年にある『呪い』をかけて追い出した。

その神官はどうすることも出来なかったのだ。彼に非の無いことは十分わかっている。

そして、その少年を『姫巫女代理』として連れてきたのも神官だった。

しかし、『姫巫女』の死は、彼女の歌を愛する御上にまで伝わり、止む追えないことだった。


もうひとつ、御上の下した決断は『姫巫女の死』を世間へ伝えないことだった。


そして、ある噂が江戸に流れ始める。


ー姫巫女が、姿を消したと…。


……それが、今から七年前の夏の出来事(しんじつ)


今回はしっかり考えて書いているつもりなので、どうぞ安心してお読みください。

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