宴会
赤い鮮血が飛び散る。
「痛っ。あーあ…服が裂けたじゃんか!」
「何処までも餓鬼だな…」
一端、距離をとる。妖陽は傷口をマジマジと見つめた。
ぼこぼこっ…。
肉が盛り上がり、傷口が塞がる。
「なっ…。随分と、化物染みた治癒力だな?」
「旦那~。手伝おうかい?」
朱菊が声を張り上げる。
「いらん」
きっぱりと答えて、相手に向き直る。
妖陽は少し唸ってから、こう言った。
「困るんだよねー。言われなかったの?僕は『神の子』だってば。妖と人と鬼の全てをとりいれた選ばれし存在なんだって。君達の言う『化物』とは格が違うんだよ」
「神を名乗るとは、大層な餓鬼だ。親の顔が見てみたい」
嘲るように、椿が刀を構えなおす。
妖陽はにっこりとほほ笑んだ。
「何れ分かる時が来るよ。けど、そろそろ行かないと、そこに居る陰陽師さん達の準備が整ってしまうからね。僕はもういくよ」
土を掴み、椿に向かって勢いよく投げる。
子供じみた目眩ましだったが、逃げるには十分だった。
「行ってしまいましたねぇ…。これからの被害、どうしましょうか?」
「先輩、かなり危ないんじゃないですか?俺らの地位的に」
「報告はしなくていいでしょう。それが世の為、人の為、私達の為です」
相変わらずとんでもないことを言っていると、すこし感心ながら靖正は小さく頷く。
「…いいのか、それで?」
泰光が二人の会話を聞いて呟いたのだが、誰も聞いていなかった。
「おい、桃。生きてるか?」
『馬鹿、気絶しているに決まっているだろう。しばらくはこのままだ』
鴉が弱弱しく言うと、椿は鼻で笑った。鞘を軽く叩く。
「『自業自得』だと思うが?」
「…そもそも、お前が行かなかったのが悪い」
「それもそうか」
柏手を打ち、椿は言う。はぁ…と鴉は溜息を吐いた。
「にしても、被害が大きいねぇ…。どうしたもんか」
煙管を取り出し、朱菊は呟く。結構気に入っていた場所だったからだ。
「朱菊様ぁ~!朱菊様~」
遠くから、色とりどりの着物を着た遊女たちが駆けて来る。
「何だい、お前達。生きていたのかい」
驚いて目を見張ると、遊女たちは怒ったようにぽかぽかと叩いた。
「酷いですよ、朱菊様ぁ。遊郭は焼けてしまいましたが、皆、無事ですぅ~」
「あぁ、そうだね。アタイが手塩にかけて育ててきた子達だもんねぇ。そのくらいの根性なくちゃ」
ふふっと笑い、皆に聞こえる様に言う。
「あんた達、直ぐに宴の準備をしなっ!!」
「おい、朱菊!?」
椿が驚いていると、朱菊は嬉しそうに笑う。
「桃は要が世話するから大丈夫さっ。せっかく、こうして集まったんだ。ほら、見てみなさいな。
美しい景色だと思わないかい?」
残った妖怪達が、ぞろぞろと列をなしていた。
店自慢の大きな赤提灯が、妖怪達の行く道を照らす。
その道に沿う様にして生える桜並木は幻想的なまでに美しかった。
「朱菊様ぁー!何処で宴を?」
「一番大きな桜の木があっただろう?そこに運びなっ」
「…本当にやるのか?」
「こんな時だからやるんだよ。楽しい方がアタイは好きさ。本当なら、集いが終わった後、若様に歌や舞いでも踊って欲しかったんだけどねぇ…」
残念そうに朱菊が言う。それには、少し同感だ。
「椿っ…、ちょっと良いか?桃君のことでだが…」
要がぜぃぜぃ言いながらも走ってきた。
「ん?」
「目が覚めた…今、満ちゃんが、面倒見てる」
「桃、気分悪くないですか?」
「…えぇ。それより、あの自称神は?」
「逃げた」
椿がそう答えると、桃太郎は怪訝な顔をした。
「逃げた?…逃がしちゃったんですか。師匠」
「あぁ。逃げた」
淡々と答える師に対し、桃太郎はうーんと唸っていた。
満が、桃太郎の額に手を当てる。
「熱、下がりませんね…」
「熱と言えば、師匠、紙袋持って来てくれませんでした?」
「一応、持ってきたぞ。これか?」
紙袋を受け取ると、ガサゴソと探って、『薬』を取り出した。
そのまま口へ流し込む。椿は自分の竹筒を取ると、桃太郎に渡した。
「どうも」
そのまま蓋を開け、一気に飲み干す。礼を言ってから竹筒を返し、辺りを見回した。
「随分と賑やかですね…。何かやるんですか?」
「朱菊が宴を開くと言ってな?ほら、あそこの大きな桜の木の下で」
指さした先には、赤い鳥居の並ぶ道のその奥。
遠くからでも分かるほどの大きな桜の木が立っていた。
「うわぁ…。大きいですね」
満が嬉しそうに言う。
「私、あそこに行くのはちょっと…。遠慮します」
「何故?」
遠慮がちに言う桃太郎に椿が問うと、少し遠い目をして彼は言った。
「大きい木が苦手だからですよ。遠くから見る分には、構いませんが…」
「木から落ちたことでもあるんですか?」
「それより、もっと壮絶です…」
本当に嫌そうに桃太郎は言った。
「それじゃあ、私も此処に居ます。お酒、苦手ですから。皆さんで行ってください」
満がそう言うと、椿はにやっと意地の悪い笑みを浮かべた。
「な、なんですか…?」
「別に?桃、鴉借りるぞ。こいつなら、舞いくらい踊ってくれるだろ。歌は無理でもな」
含みのある言い方に桃太郎はむっとしながらも、鴉を渡す。
「好きでやった訳じゃありませんよ」
「なぁ、またやらないのか?そろそろ各地で一揆が起こるんじゃないのか」
冗談混じりの事を言って、椿は去っていく。
その後ろ姿を見ながら、桃太郎は溜息を吐いた。
「本当に、起こるかもしれませんねぇ。しかし、私の責任でなく、彼女の責任ですよ」
ぶつぶつと文句を言っている桃太郎に問うと、曖昧な笑みで誤魔化された。
「それより、良いんですか?行かなくて」
「はい。また、春になったら来たいですね。その頃には元通りになってますかね?」
「さぁ…おそらくは、大丈夫だと思いますよ?」
くすくすと満は笑った。
「夏は、祭がありますね。姫巫女様は歌われるのでしょうか?」
桃太郎は困った様に言う。
「多分、今回も歌われないかと…。」
「秋は、椿さんのお山に行って栗とか、きのこ狩りをしてみたいです」
「あのお山は、紅葉が美しいですよ。木の実とかもたくさんあって…。で、冬は?」
楽しそうに桃太郎が言った。満は微笑みながら言う。
「江戸は毎年ではありませんが、雪が積もるんです。そうしたら、皆で雪合戦とかして遊びたいですね」
「私は、寝てたいです。鬼は冬になると眠くなるんです」
うんうんと頷きながら桃太郎は言う。
「…村に居た時は、いつもそうやって遊ぶのが常でした。桃太郎はどうでした?」
桃太郎は何も答えなかった。
「あら、旦那~。こっち、こっち。若様と満ちゃんは?」
朱菊はすでに酔っていた。盃になみなみと注がれた酒を片手で飲む。
要は既に酔い潰れて、寝入っていた。
陰陽師の二人のうち、靖正という少年は完全に酔っている。顔が真っ赤だ。
「良い感じになりそうだったから、置いてきた」
「あら~。お年頃だねェ」
全く、今、奇襲が起きたなら全滅だな。
「旦那も、ほらほらぁ~」
「ったく…。少しで良いからな」
かくして、『島原』は壊滅状態。
今回は、西洋の鬼並びに、混血種の妖に遭遇。
どちらも、取り逃がすという失態を犯した。
しかし、紛い鬼の鬼化…また、白鬼の生存を確認。
以上をもって報告を終える。
「四鬼神といえど、まだまだのようだ」
「いかがいたしますか?」
和風の大きな屋敷。そのある部屋の前で、忍者が問う。
年齢の分からない声が響く。それは笑い声だ。
「まだ、泳がせておけ。いずれ、時が来る」
「時が来たその時は?」
忍者が問うと、せっかちな奴め…と聞こえてきた。
「時が来たその時…」
「誇り高き、鬼の『王』が頂点に君臨するんだよ」
後は、ずっと笑い声が響いているだけだった。
考えなしに書いた第二章。
とてつもなく、ぐだぐだでしたね。すみません。
第三章からはちゃんと考えてありますので、これからもお読みして下さるとありがたいです。