鬼
走馬灯のように、幼い頃の暮らしが頭を過る。
両親の顔はよく覚えていない。だが、その暮らしがいかに満ち足りていたのかは今でも分かる。
だが、鬼の出現によってその幸せな日々は一瞬に奪われた。
赤い炎の中を村人達が亡者の様に逃げまどい、あざ笑うかのように鬼が一人ずつゆっくりと喰う。
しかし、ある程度食べたら飽きたのか、燃え上がる炎の中に村人を入れたり、手足を千切って遊んでいた。まさに、地獄のような光景だった。
断末魔と、骨が砕かれる音。炎が爆ぜる音と、肉の焼ける臭い。
「いやぁぁぁーーー!!」
悲鳴が山に木霊する。
突風が吹き、月が姿を現した。
同時に、何かが矢のように突っ込んできた。
「鴉っ!?」
一羽の真っ黒な鴉の嘴が鬼の腕に突き刺さる。
唸り声と共に鬼の手から解放される。
「きゃああああっ」
そして、真っ逆さまに落ちていく。
すると、隣にいる鴉が見る見るうちに大きくなり、私はその背中に落ちた。
『全く…、男装してまで武士を装うのなら、鬼如きに腰を抜かすな』
「か、鴉が喋った…」
私が口をぱくぱくさせながら言うと、鴉は心底呆れて言った。
『その様、まるで鯉の様なうつけ面だな』
「鴉如きに言われたくはありません」
『何故このようなじゃじゃ馬に、我が主は…』
と、ぶつぶつ呟きながら飛んでいた。
その背後を鬼が追う。
「もっと早く飛べないんですか!?」
『お前があまりにも重いのでな』
ゴンッと鈍い音と共に鴉が失速していく。
『痛ッ…。この馬鹿女ッ!桃の願いでも二度と助けねぇッ!』
生まれつきの怪力だけど、これでも加減したわよ。
鬼の手が迫ってきた。
ダメだ…。次こそ完全に死ぬ。
『ある意味、男より潔いなお前』
鴉がツッコミながら、速度を上げる。
そして、鬼の手が満に届くギリギリの距離まで来た時、鴉はニタリと笑った。
『喜べ、馬鹿女。我が主の登場だ』
「鴉」
夜風を想わせる凛とした声が響く。
白い月を背景に対照的な黒衣の武士が鬼の腕の上に立っていた。
『遅いぞ、桃』
嬉しそうに鴉が言い、彼の声に呼応するように一振りの刀へと変化した。
白い肌を隠すように黒の和服に身を包み、そのか細い腕で鬼が斬れるのかと疑う程彼の白さと細さは病人の様だった。
空中でそれを掴むと、木を割る様に鬼の腕を叩き斬った。
赤い血が滝のように飛び散り、右腕が地響きと共に地に落ちる。
のた打ち回る鬼を憐れむような目で見ながら、彼は鬼の心臓を一突きした。
『アリガトウ』
黒い霧となり霧散する鬼が、最後にそう言ったように聞こえた。
体中の力が抜けていく。ぺたんと地面に尻もちをついた。
気づけば朝で、黒い衣を朱に染め、朝日に輝くその艶やかな髪を茫然と見る。
青年が振り向き、愛想笑いを浮かべこう言った。
「迎えにきましたよ、白鬼」