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黒鬼  作者: ノア
第二章 春来たりし異邦の来訪者
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師の心 弟子知らず

鴉は辺りを見回した。

桃太郎の予想どうり、奥に進むほど今まで感じなかった禍々しい妖気を感じる。

さらには血の臭いも濃くなり、慣れていない人間ならとっくに吐いているだろう。


ぐしゃ、ゴキリッ…。


微かな音が聞こえてきた。

鴉にはその音に聞き覚えがある。

ーあぁ、『食事』の音か。

にやりと口を歪め、人の姿になり地へ降り立つ。

至る所に血溜まりが出来ており、ぽつりぽつりと赤い点が続いていた。

「…お零れは貰えそうにないな」

残念そうに溜息を吐き、歪な道標を頼りに歩く。思い出した様に、黒い羽根を取り出すと息を吹きかけた。すると、意思を持ったかのように羽根は夜空へ飛んでゆく。

見えなくなるのを確認し、ゆっくりと進む。かつて経験したこともない緊張感が、彼を包んでいた。

「見る限り、大分食い散らかしたな。とんだ食いしん坊がいたもんだ」

敵は左程遠くなく、もうその影が見えてきた。骨を砕く音と血の臭いが鴉の食欲を注ぐ。

「あんなに丸々と太った獲物を、俺が見逃すと思うか?」

うまそうだと呟き、唇を一舐めした。


ーくれぐれも、お前が最後の晩餐になるなよ?


そんな苦笑しながらも言う(あるじ)の声が聞こえたような気がした。






「桃太郎、もう起きて平気なんですか?」

満の問いに、桃太郎はにっこりとほほ笑む。

「正直、大丈夫じゃありません…冗談ですけど」

窓辺に佇み、手には黒い羽根を持って。今まさに桃太郎は外へ出ようとしていた。

「おい、コラ。熱は下がったのか」

「おや、泰光さん。どうですか、具合は?」

少し驚きながらも訊ねる。腕には添え木があり、その上から包帯がぐるぐる巻きにされていた。

「一か月もすれば治る。…それにしても、師匠さんが怒っていたが?」

ちらりと障子を見て、直ぐにそらした。障子からは溢れんばかりの殺気が漂っている。

「いやぁ…、多分、絶対怒ると思ったんで、お(ふだ)貼ったんです。私の任意なしでは無理」

きっぱりと言うと、泰光は溜息を吐いた。

「だが、今回は陰陽師が来てるだろ?ヤバいんじゃないか?」

「…………そうでしたね。もう、物音しませんし。そろそろ行かないと本当に殺される。それではっ!」

桃太郎の姿が消える。下を見ると、足を引きずりながらも懸命に走って行く姿が見えた。

同時に障子が開く。

「桃は?」

「「あそこに…」」

指さした時には、桃太郎はちょうど曲がり角を曲がるところだった。

ふふふふふふふふふふ……と椿は笑いながらもその後ろ姿を見ていた。

次の瞬間には、もう曲がり角を曲がる後ろ姿がちらりと見えた。

「「「「速い…」」」」

四人一斉に声を上げる。

「けど、あれって…」

靖正が確認するように秀忠の顔を見た。

「えぇ。式神です」

「分かってたなら、教えろよっ」

椿の怒鳴り声が遠くから聞こえてくる。

「桃さんはとっくのとうに出ていかれたでしょうね。保険として式神と札を使った…。

ほら、此処から見れば分かりますよ?随分、たくさんの目眩まし式神をつくったんですねぇ」

感心して秀忠は辺りを見渡す。満達も同じようにその視線の先を追った。

「無駄な労力だな」

靖正が呟き、泰光はうんうんと頷く。

『島原』はとてつもなく広い。

それを感じさせないほどのたくさんの『桃太郎』が足を引きずりながら縦横無尽に走り回っていた。

「秀忠、大至急探り当てろ。他の二人にも来るように言っておけ」

「うん、今すぐに桃さんのところへいかせてあげるあら、落ち着いて」

いつに間にか戻ってきた椿がドスの効いた声で話す。


ー血の臭いと禍々しい妖気は、島原全体を満たしていた。


椿の手にはくしゃくしゃになった式神が握られている。白いはずのその紙は、黒い血で汚れていた。






「そろそろ、着く頃かな…?そして死刑執行も、着々と手発が整い始めている…だろうな」

げっそりとした表情で、桃太郎は言う。

額の包帯には血が滲み、頬に涙の様な跡を残し地に吸収される。玉の様な汗が桃太郎の衣を濡らしていた。

咽そうな強い血の臭いと、今まで感じたこともない禍々しい妖気に、発狂しそうだと思う。

「鴉…、頼むから喰われるなよ?父上にどう顔向けしたらいいか…父上の妖刀さんにもだ」

ふと、小さな息づかいを感じ立ち止まる。屋根の上に人影があった。向こうも桃太郎に気付いたようで、ひらりと軽い身のこなしで屋根から、桃太郎の前へ降り立つ。

「何だ、桃か…」

長い白髪の髪に、白い肌。氷の様に冷たい瞳。凛とした声。白い着物を纏った鴉に良く似た少女だった。

男のように喋るので、勘違いする者も少なからずいるだろう。

「白欄さん、でしたよね。…鴉を助けて下さってどうもありがとうございます」

桃太郎がぺこりとお辞儀をすると、白欄はそっぽを向いた。

そして、鴉を地面に落とす。

「べ、別に…。わ、私は不甲斐無い弟と、我が主の命で此処に来ただけだ。…お前を助けようとか、心配で様子を見に来たわけじゃないからな。断じてっ!」

くすくすと笑う桃太郎を見て、声を荒げる。桃太郎は嬉しそうに笑った。

「だとしても、お礼くらい言わせて下さいよ」

「私は、もう行くっ。主が待ってるのでなっ!さらばっ!」

突風が吹き、その風に乗りながら白欄は空へ飛んだ。

素直じゃないなと思いながら傷だらけの鴉を刀の姿に戻し、鞘に納める。

鴉はとりあえず無事だった。しかし、妖を倒したわけではないのだ。安心するのはまだ早い。

「戻りたいのも山々だが、動けん」

ふぅ…と溜息を吐き、その場に座り込む。


とんとんっ…


肩を誰かに叩かれる。

気配は全くと言って良いほど感じなかった。さすがは、王族が封印しただけある。

「……」

蛇に睨まれた蛙の様に、動くことが出来なかった。冷や汗が流れる。

「ねぇ、お兄さん」


ー無邪気な子供の声。肩を叩いた感触は人の手と同じ。


「此処に来た白い人と、黒い人、見なかった?」


「…見た。だが、あれは食い物じゃない」

「ふぅん…?ねぇ、お兄さん」


ぎちりッ…。

掴まれた肩に力が籠り、食い込んだ爪が肉を抉る。


「赤と青、どっちがいい?」


出来たら、一時間後に次話更新予定。

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