心配性
「おい、桃。お前が一番の負傷者だぞ?熱まで出して…馬鹿か、本当に」
半ばからかう様に、少し呆れて椿は言った。
「酷いですね…。私は『紛い鬼』ですよ?身体、能力…そこまでありません。
師匠…、見回り行って、下さいませんか?多分、まだ、何かある…」
ぜぇぜぇ言いながらも、桃太郎は師に告げた。
椿は呆れたように、濡らした冷たい手拭いを額に叩きつけた。
「冷っ…」
「馬鹿者。そこまでしなくても平気だ」
そして小さく溜息を吐く。そして、何か思いついたように意地悪く笑った。
「まぁ、何かあったら呼べ。…呼ばれてるのでな、もう行く。遅くなるから、添い寝は出来んぞ?」
「いらんわっ!」
くくくっと可笑しそうに笑いながら椿は部屋を出ていった。
足音が遠退くのを確認してから、桃太郎は『鴉』を枕元へ寄せた。
「悪いが、見回りに行ってほしい。…西洋の鬼に妖が気付き、姿を隠したなら、もう出て来ても良い頃だ。なのに、未だに姿が見えない」
『別に良いが…。桃、お前が手薄になるぞ?しかも、そんな状態ならまともに戦うことすら…』
鴉が心配そうに言うと、桃太郎は爽やかな笑みを浮かべた。懐から小刀を取り出す。
「心配するな。万が一、敵の手に掛かり死ぬのならば、自ら潔く切腹する覚悟は出来ている」
『いやいやいや…例え万が一の事があっても、絶対に早まるなよ?分かったな?良いか?必ずだぞ?』
寝巻が白いから余計に、縁起が悪い。死に装束ともとれる。
何度か振り向き、覚悟を決めて夜空を駆けた。
我が主なら、切腹など本気でやりかねない。
あの子を死なせることがあれば、我が身に変えても守らなければならない『約束』を果たせない。
そんなことはあってはならないし、鴉にとってもそれは屈辱であり、自らの誇りを踏みにじる行為だ。
桃太郎が今も正座しながら小刀を腹へ押し当てる姿が容易に想像でき、速度を上げた。
「で、二人きりで話したいと言うから部屋を設けたが…何用だ?」
「桃太郎の事で、少しお話が…」
妙に落ち着かない素振りで、満は座布団を勧めた。
好意に甘え、腰を下ろす。
「今回、西洋の偉そうな男が、視察の為に来たと言っていました。
…しばらくは安泰だと思います。私の母…元い、村を襲った理由も分かりました」
「そうか…」
「西洋の鬼はこう言っていました。『やっと見つけた。お前がそうか』と。私でなく、桃太郎を見て。
その男は、自分達に『呪い』をかけたある人物を誘き出す為…桃太郎を殺そうとしていました」
一言一言、言葉を紡ぎだしていく。
「あの子なら、大丈夫だよ。心配してくれて、有り難う。
初めてな、桃に会った時…言ってた。自分といると碌な事が無いから…殺しなさいって。
馬鹿な子だよ。餓鬼のくせに小刀握りしめて、震えながらね。俺が取り上げたら、殺せ、殺せって騒ぐ。けど、殺してもらえないってわかると、俺が小刀握ったせいで出来た怪我の心配して泣くんだ。
…あぁ、話が逸れたな。優しい子だから、あの子は何も話さない。きっと、今も、これからも。
あの子が全部背負うのにも限界があると思う。だから、もし、貴女があの子を想うのなら、支えてやってはくれないか…?」
「私で宜しければ…」
やや赤くなりながら言う満を優しげな笑みを浮かべて見る。
「何だ…。桃の奴、結構やるじゃないか」
「えっ?何か言いました?」
「いや、何でもない…。しかし、此処が暫く復帰できないとなると、困ったことになるな…」
「へくしょんっ!…風邪、酷くなってきたか?」
布団に潜り、何となく辺りを見回す。落ち着かないのだ。
「…ふぅ。何も起こらないのが良いんですが」
鬼達が東西南北に散ったのは理由がある。
王家が封印していた悪しき妖怪が各方位に封印されていたからだ。
今も王家の子孫が何とか封じているが、鬼ヶ島の沈没により弱まってしまったのである。
そこで四鬼神達はその妖怪の力を抑える為に散った。
「その悪しき妖怪こそが、四神。力を持て余した鬼達はその力を争いの道具として使ってしまった。
その頃から『紛い鬼』が誕生したのですよね、父上?」
いつの間にか部屋の隅の方に男が立っていた。歳は若く、不思議な雰囲気が漂っている。
異国の真っ黒い衣服に身を包むその姿は、この部屋の中では異彩を放っていた。
「あぁ。良く出来ました…と言うべきか?」
「次の退屈しのぎは何ですか?全く…あまり、皆さんに迷惑かけないで下さいよ?」
にやりと男は口元を歪める。
「平和ボケしている連中には良い刺激だろ?先ほどの戦いで朱菊が四神『朱雀』を召喚した。
二度は召喚出来ないからな。一つ戦力は消えた。
此処にはもう一つ、四神には及ばないが、それ程の力を持った妖怪がいる。
お前が此処に来る前に解いたが、今頃どうしてるだろうな?」
「…彼方が牙を向けるべき相手は王族でしょう?そこまでしなくても…」
「アレは王族の飼っている妖。誰が何と言おうと潰す。…王家に加担した奴を困らせるのには良い材料だろう?」
「正統血族の頂点…すなわち、『王』こそが全ての鬼の母と言われているくらいです。
その血を少しでもひいているのならば、加担するも止むを得ないと思いますよ?」
「それが嫌いなんだよ。たかがアレ如きの事で一族を滅ぼすのか…?」
表情を歪めながら、男は吐き捨てた。
複雑な表情で桃太郎はそれを見守る。どう慰めればいいのか、彼はその手段を知りえなかった。
「その…、失言でした。すみません」
「お前も、その一族血を引く鬼。何も思わないのか」
「…それがどんな感情であるか、私には知る由もありません。あなたがよく知ってるでしょう?」
男は何も答えない。そうだったなと一言呟いた。
「お前も、その被害者だ。例え全てを敵に回そうと、俺は絶対に復讐を遂げる」
「私は応援してますよ。何があろうと味方です。家族ですから。しかし、くれぐれも命は落とさないようにお願いしますよ?」
男は満足そうに微笑むと、次の瞬間には消えていた。
男の立って居た場所には、小さな紙袋が一つ置かれていた。
桃太郎は苦笑し、中身を開ける。
「私は、…とりあえず生き延びることこそが、復讐になりますかね?」
袋の中身は、『薬』がたくさん入っていた。