憎悪の乱舞
男はにたりと歪んだ笑みを見せた。
「…やっと見つけた。お前がそうか」
その冷酷な瞳は満を映してはいない。桃太郎を見て、そう言ったのだ。
「西洋の鬼なんか、私の知り合いに居ませんけど」
男はに歪んだ笑みで、吠えた。
「はははっ…はーははははっ!俺たちに『呪い』と傷をつけた忌々しきあの男…。
息子が居るとはなぁ…!無惨なお前の屍を晒せば、死体に集る蠅の様に出て来るだろうっ!?」
強い衝撃波が桃太郎を吹っ飛ばす。鈍い音と共に壁にぶち当たって、そのまま気絶した。
「桃太郎っ!」
満が叫ぶと、男は満を見た。しばらく目を細めていたが、思い出したように、あぁ…と呟く。
「お前、あの村の鬼子か…?」
「ち、近づくなっ!この足利泰光が許さんぞっ…!」
庇う様に泰光が前へ出た。男は哀れなものを見るような眼差しで泰光に言う。
「震えてるなぁ…?人を斬るのは初めてか?それとも単に恐れをなしているのか…」
男は素手で泰光の刀を掴む。しかし、血は流れなかった。
そのまま力を入れると、刀はぐにゃりと曲がった。
「なっ…」
呻くように泰光が声を上げた。男はそのまま曲がった刀を奪い取ると、左手で泰光の腕を掴んだ。
ミシリッ…。
嫌な鈍い音がして、泰光は悲鳴染みた声を上げる。
「あと十秒くらいか。…だが、飽きた」
男は掴んだ腕ごと、泰光を畳へ投げた。
骨の折れた音がして、歪んだ方向を向いた腕と共に畳に突っ伏する。
気絶しているようで、ぴくりとも動かない。
「さぁて、この娘鬼をどうしたものか…。
この国を侵略する為の障害は二つ。一つは鬼。もう一つは陰陽師。だが、圧倒的なのは鬼だ。
だから最初に『鬼ヶ島』を襲い、勢力を分散させた。
四鬼神だっけか?その一人を消せばその勢力が失われるも同然。まぁ、あの村を襲ったのは無駄骨だったが…。しかし、惜しいことをした。お前の母はそれは美しい鬼だったぞ?西洋にあんな美しい鬼はいない。あまりにもうるさいから殺したが、骨の二三本でも折って連れてくれば良かった。
犯して、飽きたら殺す。それから喰らえば良かったなぁ…。実に惜しいことだ」
「そ、そんなことの為に殺したんですかっ?たかが、それだけの為に…」
大きな瞳を、怒りと悲しみに潤ませて満は叫ぶ。
ふんっと鼻を鳴らして男は嘲笑った。
「だがな?そもそも『鬼ヶ島』が沈んだのは…」
時同じく、朱菊・椿の方では…。
「キャハハハハッ!鬼、みーっけ。黒鬼みたいだけどぉ、リーダーが探している鬼じゃないみたーい」
燃え盛る屋根の上から笑い声がしたと思うと、二人の前に金髪の女が降り立った。
残念そうに金髪の女が言う。
「アンタが、此処を燃やしたのかいっ?」
朱菊の問いに、女はまた笑う。
「何?オバサン。人間どもならどっかに行ったよ?まぁ、死んだ奴もいるんじゃない?
…まさか、相手するの?弱そー…。キャンベラ、悲しぃー」
爆音。それから、炎の爆ぜる音。
「っ!?」
「運が無いねぇ、アンタ。火のある場所でアタイに挑もうとは…。
朱雀、出てきなっ!」
隣で椿は溜息をつく。こうなってしまった以上、助太刀はおろか、何も出来ることは無い。
ただ、見守るだけだ。
「全く…程々にな?」
九本の火柱が立ったと思うと、朱菊を包み込む。
現れたのは、朱色の着物から覗く白く美しい九つの狐の尾。
「火傷じゃ済まないよ、覚悟しな」
いつもと変わらぬ、妖艶な笑みを浮かべて朱菊は言った。
「そもそも『鬼ヶ島』が沈んだのは…」
とんっ…。
肩に何かが乗った。人とは思えないほど軽い何かが。
そこから迸る殺気に、男は知らず唇を舐めた。
ぽたりと黒い滴が男の衣服を濡らす。
「黙れ」
満だけが、その姿を見ることが出来た。
結んでいた漆黒の髪は解け、顔に掛かっている。
額からは黒い滴が青白い頬から衣へと流れて行く。
髪から少し覗く鬼特有の金色の瞳は、血の様に赤く…。
氷の様な表情で桃太郎は言う。
声色は低く、聞いたこともないくらい冷めていた。
男のがたいの良い肩にしゃがみ、『鴉』を首に添えて。
男は狂喜した。
奴と同じ…。圧倒的な何かが自分を抑えつけている。
「ははははっ!」
白い髪を振り乱し、男は桃太郎を払い除ける。
足を痛めているのか、桃太郎は右足を庇いながら空中で体勢を整えた。
すぐさま左足で壁を蹴り、バネの様に男へ斬りかかった。
「ふんっ!」
それを力任せに男は掴むと畳へ押さえつける。
余りの力にそのまま床を突き破り、下の階へと落ちた。
男はその後に続き、止めを刺すべく刀の先を下へ向けた。
埃が舞い、煙幕の様に視界を覆う。
突き刺した場所に手応えは無い。
ーどこだ?どこにいる?
耳を澄ます。
息づかいひとつ聞こえなかった。
「逃げたか…?」
男は力任せに刀を引きぬいた。
ガキッ…と刀身が折れる。
「チッ…」
愚痴を男がこぼそうとした。
本当に彼は油断していたのだ。
鈍い音がしたと同時に何かが落ちた。
赤い血が噴き出す。
「腕がぁっ!糞ッ」
男は呻いた。
桃太郎は芋虫でも見るかのような目で、男を見下す。
「お前如きがあの人に挑もうとは、片腹痛い。だが、そのかわりがお前を見取ってやろう。
主将も、『無惨なお前の屍を晒せば、死体に集る蠅の様に出て来るだろう』?」
漆黒の刃が、男の首めがけて振われる。
今回はいつもと同じ位の長さで一安心。まぁ、ちょっと、オーバーかもしれない。
話は変わり、読んで下さっている皆様にアンケート(?)を取りたいと思います。
今回、桃太郎と闘っている『東洋の鬼の男』。
名前を必死に考えているのですが、いいのが思いつかないっ!
ということで、皆様の素晴らしいアイデアをお借りしたいと思います。
しょうがねぇ…考えてやるかという人など。
お気軽にどしどし送って下さい。感想等でも構いません。