鬼の集い
「しかし、師匠。いくら満さん等を連れて行くにしても、泰光さんは人間ですし…。
あの場所は、満さんにはあまりよろしくないと思いますよ」
「何を言うか。別にあいつ等は人は嫌いじゃない。あいつ等が俺に喧嘩を売る可能性も低いだろう。
四鬼神の一人に喧嘩を売るほど馬鹿な奴はいない」
出かけると言っても、桃太郎と椿さんは小屋で呑気にお茶を飲んでいた。
私たちにもお茶菓子と、緑茶が置かれる。
「わぁっ……。京菓子ですね!綺麗…」
桜を模った和菓子は、緑茶によく合う。
幸せそうに和菓子を食べる満を、嬉しそうに見つめながらも桃太郎は小さく溜息をついた。
「何故、師匠に満さん、泰光さんはお高い京菓子で、私はスルメ何でしょうか?」
「嫌いか?スルメ。仕方がないだろう、文句を言うなら返せ」
「そこは私に譲りましょうよ。それでも師ですか?あなたは」
「餓鬼か?お前は。いつまでもお菓子を欲しがるな」
「大好物がわらび餅の甘党が…。黙らっしゃい」
師匠は黙ったままだった。桃太郎は小さく溜息をつくと、緑茶を啜り始めた。
「ところで、桃。四鬼神の集いは何処で行うんだ?」
泰光の問いに、桃太郎はもう一度お茶を啜ってから平然と。
「『島原』ですよ」
「ごはっ!げほっ…!」
泰光は盛大に咽返る。
「し、島原…って、遊郭がある?」
満は目を丸くした。
「あぁ、遊郭がある『島原』だ。しかし…妖限定のな」
「『島原』はもっとも情報が集まる場所。…しかし、妖限定なんです。白鬼はともかく、泰光さんは…」
「大丈夫だって。ほら、集いにはあいつ等も来るだろ?」
「そうですが…。ぴりぴりしてるんですよ。あいつ等も、妖も。
それに、私はあいつ等、嫌いなんですよ…」
「安心しろ、お前の人間嫌いは昔からだ」
むすっとしたように桃太郎は言う。椿はぽんぽんと頭を撫でると、少し微笑んだ。
「それにしても、その『島原』って、どうやって行くんですか?」
満の問いに椿は少し考える素振りをする。そして、立ち上がった。
「そうだなぁ…そろそろ行くか。ほら、来い」
まだむくれている桃太郎の首根っこを掴むと、小屋の奥の部屋へと進んだ。
ひんやりとした空気。床に畳は無く、土が踏み固まっているだけだ。
二畳くらいの部屋の中心には、井戸があった。
「放せ、馬鹿師匠っ!」
桃太郎の言葉を無視し、椿は井戸に容赦なく桃太郎をぶん投げる。
「さて、お二人共。準備はいいか?…あぁ、別に投げたりはしない」
よくある話で、井戸に水汲みに出かけた子供が落ちてしまう。
落ちた先は妖の世界。
ー井戸は人と妖怪の世界の境目を繋ぐ橋である。
そのほとんどが陰陽師によって封じられ、今ではあまりなくなった。
「今の解釈が陰陽師によるものですが、井戸はそもそも神様の宿るところなんです。
ほら、よく竜や蛇が出てくるでしょう?
圧倒的に蛇が多いですね…。龍神は強力な水を司る神。雨を自在に操るともされますね。
罰当たりな事をすれば、その一族は滅ぼされると伝えられるほどです。逆に、水神を讃える者は必ず栄えるとも伝えられています」
「ゆ、幽霊は?」
「それも水と関係がありましてね?人の記憶というものは、波のようなものと言われています。
また、水面だとも。人の『思い』などの感情と共鳴することも稀ではありません。
『水鏡』という言葉の通り、その思い『映す』というべきでしょうか」
「…お前は、本当に詳しいな?」
舐めるような師の視線に、桃太郎はびくりと視線をそらす。
「しかし、妖怪の世界を言う割には、姿が見えないな?」
赤い提灯がいくつも並べられ、『島原』は妖しく華やかな雰囲気だ。
しかし、そのわりには誰一人として歩いていない。
「そうですね…。いつもは百鬼夜行紛いをして楽しんでいるのですが…」
心配そうに桃太郎が辺りを見回す。
「ほら、着いたぞ?」
椿が立ち止まる。
一際派手な大きい提灯が二つ、入口を照らしている。
「でかいな…。家が二つ分あるんじゃないか?」
木の看板にはでかでかと大きな字で
『朱雀亭』
と書かれている。
「相変わらず、派手ですね…」
苦笑しつつも、桃太郎は師匠の後に続き入って行く。
満達も慌てて後を追った。
「きゃーー!若旦那!遊びに来てくれたの?」
「あらぁ!色男師弟じゃない!」
色とりどりの着物を着た遊女たちが寄ってたかって二人を取り囲んだ。
「その呼び方は、止めてくれ。だいたい、色男師弟ってなんだ?」
「皆さん、相変わらずですね…。お久しぶりです」
「こら、お前達。今晩は無礼な振る舞いは禁止と言ったはずだよ?」
妖艶で、凛とした声。
肩まではだけた真っ赤な着物。
艶やかな黒髪。白粉を塗った美しい肌に、血の様に赤い唇。
遊女と呼ぶに相応しい美しく妖しい女性が現れた。
「おや、太夫直々に迎えに上がるとは…安くしてくれよ?」
椿が冗談じみた口調で言うのに対し、ふふふっと心地よい声色で遊女は笑う。
「随分冗談がうまくなったじゃないのさ、若・旦・那。…今回は随分連れて来たね?」
ちらっと、女はこちらを見た。
「御無沙汰しております。朱菊さん」
桃太郎が笑顔で一礼し、満達を前へ出す。
「こちら、白鬼の足利満さんに、その義兄上である泰光さん」
「ど、どうも。泰光です」
「満です」
兄は照れたように言うのに対し、満は少々不満げだった。
「しろおに…。ま、まさか、あの娘の子かいっ!?
あぁ、よく似てる…。良かった、本当に良かった…」
嬉しそうに涙を流しながら朱菊は満を凝視する。
そして、ごしごしと脂取り紙で涙をふくと、気を取り直したように声を張り上げた。
「さぁさぁ、若旦那っ!もう、皆集まってるよ!」
ニ階へあがり、奥の部屋の前まで来た。
「若旦那と、若様が来たよっ!何と、白鬼の娘子も一緒さ!」
一声かけて、朱菊は勢い良く襖を開けた。