師弟
ー本当に、人が川から流れてくるとはな…。お前、名前は?おいおい…、恩人に対して威嚇するなよ。
これだから、礼儀を知らない餓鬼は嫌いなんだ。
ーお前…、『紛い鬼』か。こんな小さいのに、大変だったな。
師匠と初めて会ったのは、今から十年前。
川から流れてきたところを運よく拾われた。
名前もそこからきている。
師曰く、川へ水汲みに行くと、結界で守られた小さな男の子が流れてきました。
師匠が妖刀で結界を真っ二つに斬り、大慌てで連れ帰りました。
弱ってはいましたが、師の看病のおかげもあり、じきに目を覚ましました。
そこでの第一声が…
「消え失せろ」
「と、まぁ、拳骨食らいましたよ。当然ですが」
ははははっと桃太郎は頭をさすりながら言う。
「笑いごとじゃないだろ、絶対」
「今となっては、良い思い出です」
しみじみと桃太郎が言い、泰光は軽く溜息をついた。
「桃太郎は、家族いないんですか?」
満が疑問に思って聞くと、桃太郎は苦笑した。
「そうですね…いないと言えばいないし、いると言えばいる…という感じですかね。
足利家では姿をお見かけしませんでしたが、失礼ながら御両親は?」
「父上なら、当分は帰って来ない。母上は流行り病で…。桃、お前いると言えばいるんだろ?
顔くらい見せに行ったらどうだ?」
「それは…遠慮しておきます。…この話は師匠には話さないで下さいよ?言ったら、無理やり行かされるんですから」
「会いに行ってあげましょうよ…。次、いつ会えるかなんて保証はないんですよ?」
半ばすがるように、弱弱しい口調で満が言う。
彼女にとって…数十年前に全てを失った少女にとっては、羨ましい限りだった。
親には会いたい。しかし、もういない。
一人ぼっちになったまだ幼い満を、足利家現当主は引き取ってくれた。
ーこれからは、此処足利家が君の新しい家族であり、第二のふるさとになるんだよ。
…いや。ぜったい、嫌…。みつるの家はここじゃないもん。お父さんとお母さんはもっと優しくてきれいな人だもんっ。
ー無理して馴染むことはないんだ。…忘れる必要も、家族と思わなくてもいい。
けど、どうか安心してほしい。君を支えてくれる人。守ってくれる人。君を好きになる人。
…私たちはね、君が今後幸せになれるよう願う祈る人であり、それを実現する為に努力を惜しまない人だ。
…お父様が言ってた。それを『家族』と呼ぶのだと。いいの?みつるがいると、不幸になるんだよ?
ー大丈夫。不幸なんかならないさ。それじゃあ、帰ろうか。皆が待ってる。あぁ、言い忘れてた。
ようこそ、足利家へ。そして、おかえりなさい、満。
「きっと、桃の帰りを待ってますよ」
桃太郎は無言だった。黙って、山道を歩いて行く。その表情は暗く、冷たい。
「…『化物』になんか、誰も会いたがりませんよ」
ただ、ぽつりと呟いた。その言葉は誰の耳にも届くことはなかったが、妖刀『鴉』だけは聞いていた。
『難儀だよなぁ、お前も』
やれやれと言う風に言うと、軽く叩かれた。
「あっ、見えてきましたよ。師匠の小屋です」
嬉しそうに桃太郎が言う。その顔には、先ほどの陰りは無い。
「一人で住んでるんですか?」
「えぇ。『お尋ね者』ですから。」
さらりと笑顔で桃太郎は言うが、二人の顔はみるみる青ざめた。
「満。あいつ、今、お尋ね者って言ったよな?」
「お漬物でもなく、お尋ね者でしたよ」
顔を見合わせて、桃太郎の師匠を想像した。
強面、冷徹、残酷…。
「やはり、筋肉モリモリでしょうか?」
「お前は昔から、『犯罪者は筋肉』説を掲げてるな…。何故、そうなる?」
呆れたように泰光は言う。おかげで、今まで想像していた面影が全て筋肉もりもりの男へと変わった。
「うげっ…。会いたくねぇ」
「あっ、師匠。お出かけですか?」
桃太郎が師の元へ走って行き、二人もその後を追った。
「何だ…、来てたのか」
低く凛とした声。
風になびく艶やかな黒髪。品の良い、整った顔立ち。
桃太郎があと何年かすればこうなるだろうという姿だった。
「……。」
二人して、見惚れていた。
「なんだ、友達が出来たのか。良かったな」
くしゃくしゃと乱暴に桃太郎の頭を撫でる。その表情は優しく、美しい。
「桃が世話になったな。礼を言う」
「ど、どうも。あの、足利泰光と申します。こちらは、妹の満」
「どうも」
「私は椿。聞いてはいると思うが、こいつの師匠であり、四鬼神の一人。…まぁ、関係ないか」
「四鬼神って、何ですか?」
満が聞くと、椿は少し目を見張った。
「似てるな…」
口からそんな言葉が漏れる。
「満さんは白鬼ですよ」
「白鬼…そうか、生きていたのか。良かった」
安堵したように椿は言う。四鬼神については桃太郎が説明してくれた。
「元々、鬼は一つに纏まっていました。その始祖…つまり正統血族と従者だけで、暮らしていたのです。しかし、ある日西洋の鬼の襲来を受けバラバラになり、『鬼ヶ島』は沈みました。
住処が無くなった鬼達は東西南北、四つの勢力に分かれました」
東に青鬼、西に白鬼、南に赤鬼、北に黒鬼。
その長を務める力に優れた鬼こそが『鬼神』と呼ばれるようになった。
「と言っても、黒鬼や白鬼は数が少ない稀なる鬼。まして、争いを好まない白鬼なんかは西にある故郷に良く似た村で暮らしていた。しかし、娘がいたとはな」
まじまじと椿は満を見つめた。そして、重いため息をつく。
「西洋の鬼が、そこを滅ぼしたと聞き、駆けつけた時はもう焼け野原だったからな。…しかし、こうしてその娘に会えるとは思わなかった。よく、がんばったな」
よしよしと頭を撫でられる。優しく、温かい手だった。
「色ごとに気性も違うので、争いが絶えません。それぞれの方位に散った鬼は、方位を司る四神を使役し人々を襲いました。ついには陰陽師が退治に乗り出したので、四鬼神が集まり、彼等と協定を結んだのです。ちなみに、今の四鬼神は二代目なんですよ…って、何か間違ってましたか?」
「いや、合っているが、お前にそこまで教えた覚えはないぞ?何処で知った?」
「あー、えーっと…そうでしたっけ?」
しばらく沈黙が流れる。
『口が滑りすぎなんだよ、お前は』
鴉が呆れたように言った。
「なぁ、桃。お前、王家なる正統血族とその従者である鬼が裏で操ってたって話、知ってるか?」
「…それは知りませんね。王家が、裏で西洋の鬼と手を組んでたのは記し…」
『おい、言い過ぎだ。馬鹿っ!』
「記し…その次は?」
にやっと意地の悪い笑みを浮かべ、椿が聞く。
「てあったら、面白いですよね。ははは…」
完全に視線をそらす桃太郎。虚しい笑い声が響く。
「そ、そろそろ帰りましょうか。師匠、出かけるみたいだし。それでは、お元気で…」
ぎこちない口調で、別れの言葉を告げると、脱兎の様に駆けだした。
「あれは、まだ駆けっこで勝てると思っているのか。哀れな。
ちょっと、刀預かってくれ」
呆然とする泰光に刀を渡すと、一気に駆けだした。
「「は、速い…」」
疾風のような速さだった。あっと言う間に見えなくなる。
やがて、桃太郎の悲鳴が聞こえ、少し経つと首の根っこを掴まれ宙に浮き、カタカタと震えあがる弟子と
どす黒い笑みを浮かべ、弟子の首を掴み浮かせながら戻ってくる。
「見えるぞ、満。…背景に悪魔が」
「棍棒持たせたいですよね。折角だし」
人事なので、結構呑気である。
「全く…来るなら連絡しろとあれほど言っただろう?まぁ、良い。ちょうど会いたかったんだ」
「彼方が笑顔で何かを言う時ほど、碌なことが無い…」
まだ、びくびくしながら桃太郎が呟く。
それを無視して、椿は笑顔で言った。
「四鬼神の集い、お前も来なさい。もちろん、お友達もご一緒に。さっきの話を酒の肴に、話し合おうじゃないか」
椿は結構なドSです(笑)
長くなってすみません。