ポルボロンの聖女〜「役立たず」と言われて追放されましたが、修道菓子秘伝レシピを持っているのは私です〜
「役立たず。お前なんか、出ていけ!」
神官の声が響く。雪みたいに冷たい声だった。
「お前のせいだ。お前のせいで大聖女リリアナさまがインチキ扱いされているんだぞ!」
「そ、そんなことは知りません」
修道院の菓子工房、いつもだったらバターのいい匂いで溢れているのに、なんで今日は神官と対面しているんだろう。他の見習い聖女たちも逃げてしまい、二人っきりというのも辛い。
私、この菓子工房の責任者だった。一応。特に預言や癒しの能力もない私だから、研究に研究を重ねて、ほろっと口の中で溶けるクッキー・ポルボロンを作ってる。これが見事に評判となり、修道院の収益も支えているはずだった。
そう最近までは。あまりにも評判になりすぎた為、隣国や周辺地域からも観光客が来るようになり、特に信仰心がない国の人たちから、大聖女のリリアナの癒しの力はインチキだとか、免罪符が腐敗しているとか指摘されるようになったというわけ。
「お前のせいだ。お前がポルボロンなんて開発したから、いい迷惑だ。癒しも預言もできない聖女のくせに。無能なダリアって陰で言われてるの知ってるか?」
神官は昨日作ったポルボロンを踏みつけた。もともと繊細な菓子だ。キャンディのように一つ一つ紙に包む必要があるほどなのに、あろうことか踏みつけているとは。
「でてけ! この修道院から出ていけ!」
無理矢理荷物を纏めてることになり、追放された私。どうにか修道院菓子のレシピ帳は保守できたけれど、まいったなぁ。
街の職安にいっても、経歴は聖女だけだ。しかも癒しや預言の力もない。紹介された仕事は若い女にはきついものか、資格が必要なものばかり。
「どうしましょうか。私、本当にこれといって聖女以外にできることがありません」
実際、今も修道着姿だ。それ以外の服も着たいと思えまい。かといって、他の宗教にはいけないし。どうしたら。
「そうだなぁ。あ、お菓子作りの経験はありましたよね?」
「ええ。もう長年、ずっと修道院の菓子工房を任されておりました」
「だったら市街地にある菓子工房・黒猫っていう店の求人がある。接客と軽い調理。まあ、最賃だが、代々店主は良い方だった。今は息子のアルノーが引きついでる」
「本当ですか!?」
藁をも掴む気分だった。職安に紹介状を書いてもらい、さっそく市街地の菓子工房・黒猫へ。
市街地に行くのは抵抗はない。修道院の菓子工房に篭り切っていたわけではない。街にでて病人や子どもの世話もするのも聖女の勤めだ。大聖女リルアンナ様はそういうのは嫌っていたが。
菓子工房・黒猫は可愛らしい雰囲気の店だ。ミントグリーンの屋根や壁が特徴的で、野良猫も彷徨いてる。黒猫っていう店名はそこからとったのかも。さっそく甘い匂いも漂ってくるが、試作品でも作っているのだろうか。店が営業している気配はない。
「ごめんください。面接で伺いましたダリア・オービニエです」
丁寧に言うが返事はない。店の扉、半分空いてる。ちょっと悪いと思いつつも中に入る。
「ごめんください。誰かいらっしゃいません?」
工房までたどり着くと、ようやく人がいた。背の高い男の人だ。それに無口でクッキーの生地作りに専念していた。その眼差しは真っすぐだ。見るからに真面目そうだし、もしかして集中しすぎて私の声に気づいていない?
「もしかして店主のアルノーさん?」
少し大きな声を出したらようやく相手は気づいた。慌ててお互い自己紹介をする。
この工房、市街地の店にしては道具が揃ってる。オーブンもある。オーブンは修道院の特権みたいに言われていたが、そんなことは無いのかも。街の人に親しまれ、経営は安定しているのかもしれない。
「店主のアルノーだ。いや、実は新しいクッキーの開発をしていたんだが、どうも上手くいかなくて」
アルノーは眉間に皺を刻んでいた。よく見ると細身の割に腕がしっかりしている。指もゴツゴツとしていた。職人の手だ。免罪符を売りつけたお金で生活している神官とは全く違う手。それだけで好感を持ってしまうから不思議。
「も、もしかして、私が持ってる修道院菓子のレシピ帳参考になります?」
「な、なんだって?」
「あと、これ履歴書です。働かせてください! お菓子作り大好きです!」
アルノーは私の履歴書にはろくに目を通さず、レシピ帳にかじりついていた。
「な、な、このポルボロンっていう菓子はなんだ?」
「クッキーです。まず小麦粉を焼いて作るんです。それに材料にもラードを加えると、夢のようにサクサク、ホロホロの食感に……」
「な、なんだと! 聖女さん、もしかして今ここで作ってみることは可能か?」
「もちろんです!」
そうしてなぜか面接は終了し、ポルボロンの試作作りをすることに。まあ、工房は違うけれど、毎日やっていたことだしね。テキパキと手を動かし、ポルボロンの試作品が完成した。
最後にキャンディ状にラッピング状に包むと、祈る。いつものように。
「このポルボロンを食べた人が幸せになりますように。神様の祝福があらんことを」
どうぞと一つ、アルノーに渡す。なぜかアルノーは目が点になっていたが、ポルボロンを食べると震えてる。なぜだろう。
「な、なんだこの菓子は。単にサクサクしているだけじゃない。とても清らかな味がする。祈りが込められてる……!」
しかも涙までこぼしてるじゃないか。
「聖女さん、ありがとう……! ここで働いてほしい。いや、もうずっと一生ここで一緒にお菓子を作ろう」
まるでプロポーズみたいな言葉に私の頬も真っ赤になってしまう。
こうして菓子工房・黒猫で働き始めた私。ポルボロンはあっという間に看板商品となった。生産が追いつかない程だ。私はポルボロンの聖女と呼ばれたりして気恥ずかしい。ただでさえアルノーと夫婦だと誤解されているにに。
ちなみに私が元いた修道院、大聖女リリアナのインチキがバレて大変なことになっている。修道院菓子もろくに作れず、壊滅的だと聞いた。神官も大聖女リリアナも裁判にかけられるという。免罪符がいくらあってもどうにもならないらしい。




