第一章
「収録終わりまーす」
スタッフの多田さんの声でスタジオの空気がゆるんだ。
「ふー、やっと終わったー。ねえ、この後スタバ行かない?」
チョココロネのように巻いたツインテールを揺らしながら話しかけてきたのは、飯橋はるかだった。SNS出身の彼女は芸能事務所からのスカウトをきっかけにこの業界で笑顔を振りまくアイドルとして活動している。
「ごめんね。今日はこの後ミーティングがあるんだ。」
私は手を合わせ、少し眉を下げながら目を細める。これは「心から申し訳ないと感じている顔」だ。この顔をしておけば、相手にはこちらの「本当はあなたの誘いを断りたくないけれどどうしても外せない用事があって申し訳ない」という気持ちが伝わる。たとえ実際には申し訳なく思っていなかったとしても。
「そっかー。ひかるちゃんも売れっ子だもんね。お仕事頑張って」
目尻を下げて「全然悪く思ってないよ」の顔をしてはるかは踵を返して行った。
「ひかるちゃん、十五分後に五階のミーティングルームに来て。」
そう話しかけてきたのは、マネージャーの川越さんだ。
川越さんのサポートを受け始めてから、約7年が経つ。出会った頃の彼女は私と同じくまだ新人で、右も左もわからないこの業界を二人三脚で進んできた。
「はい。わかりました。」
笑顔を作ってそう言いながら私は横目で時計に目をやる。今は午後四時四十分。ミーティングは四時五十五分からか。
今日は夜に生放送のバラエティー番組への出演予定もある。撮影開始は六時三十分だから、六時には支度を済ませて楽屋で待機しつつ軽食を取りたい。
「ミーティング、長引かないといいなあ」
そんなことをぼやきながら、私はミーティングルームへ行くべくエレベーターに乗り込んだ。
私は七星ひかる。名前だけを見れば私は、きらきらとしたかわいらしい女の子かもしれない。でも本当の私は、この名前が似合うほどに輝いていない。何重もの固い仮面で着飾って、今の私は周りの人が描く「理想の女の子」の像に閉じこもっている。
この生活が始まったのは、小学四年生、九歳の頃だった。
***
「かわいい」
「お人形さんみたい」
「瞳に吸い込まれてしまいそう」
物心がついた頃には身内の大人たちから何度もこんな言葉をかけられるようになっていた。
確かに私の目は二重瞼でぱっちりと大きく、顔全体で見てもバランスが整っている方だと思う。
でも、周りの子供たちと見比べて自分が特別であると感じたことはなかったし、子供はみんな大人たちから可愛がられるものだと思っていた。
ある日学校から帰ると、お母さんが興奮した様子で難しい言葉が並んだ紙を見せてきた。
それが芸能事務所との契約を交わしたことを示す書類だったということは、難しい漢字が読めるようになった数年後のことだった。
***
「恋愛リアリティーショーに出てみない?」
川越さんからそんなことを聞かれた。
恋愛リアリティーショーとは、男女を数名ずつ集め、カップルとなることを目的に数日間一緒に過ごす様子をメディアで放送し視聴者が第三者視点から楽しむコンテンツだ。最近若者の間で人気を集めており、恋愛リアリティーショーをきっかけに人気が上昇した芸能人もいるようだ。
「どう?いい経験になると思うけど」
川越さんは、私の認知度をさらに上げるために若者に人気のあるコンテンツへの出演を増やしたいと考えているのだろう。
「はい。やってみます」
私は口角を上げ、目尻を下げつつ明るい声で返答した。こうすれば、相手には「私が提案を快諾した」ととらえることができるだろう。
正直、恋愛に興味があるわけでもないし恋人がいた経験もない。出演したら川越さんにもお母さんにも喜んでもらえる。そう思って出演を決めた。




