ep.2 [結衣]少年連行
ドアを開けたからもう用はない。必要以上に怖がらせないために魔力で作った剣を消すと、引きこもりの少年は毛布で顔まで覆ってしまった。
『もう外に出るしかない』。そう分かるはずなのに、毛布から引き剥がされまいと毛布に小さく丸まった少年を見て、私はわざとらしくため息をつく。
「ほらね、真尋。やっぱり私たちも強硬手段に出るしかなかったんだよ!」
「順序ってやつがあるだろ? そういう話」
「だって意味ないし〜。早めに連れ出せば校長先生も早く直せる! これこそ一石二鳥だね!」
「斬ったの結衣じゃん。叱られてもあたしは知らねーからな」
両手を頭の横に広げて『ダメだこりゃ』と頭をふる真尋にニコリと笑顔を向ける。
空間の魔法具内で創られた構造物は、少しの魔力で修復可能。それもあって私が怒られることはないのだけど、それを知らない彼女は疲れた表情をしていた。
「なんとかなるからだいじょーぶ!」
「結衣のなんとかは危なっかしいんだよ!」
「まーまー。今は洵を引きずり出すことを考えよ! 失礼しまーす!」
部屋主から返事はない。けれど免罪符がある私はドアを跨いで、そのまま少年の隣に座る。布団の沈む感覚と同時にビクリと動くその子が可愛くもあった。
「それで、洵はどうして引きこもったの?」
結果は同じでも過程が大事。だから私は最低限、無視する少年にいつもと変わらない調子で話しかける。
「怖かった? 辛かった? それとも、お兄さんが来てびっくりした?」
パッと思いついたことを並べる。でも感触は良くない。
「一旦外に出ようよ! 思ってるほど悪くないよ?」
丸毛布をつついても、うんともすんとも言わずに意地を張り続ける少年を、私はついにゆすりだす。
「ほら〜、お話しようよ〜。別にね? 力ずくでやってもいいんだよ? その場合、ここからは《《真尋に》》お願いするけど」
ピクッと名前に反応したのを見て、真尋に笑いかける。
しばしば真尋に可愛がられている少年は、最初こそドギマギした様子を見せていたものの、今ではすっかり真尋を見れば静かに消えて、追いかけられれば逃げて、結局捕まって諦める。その姿は姉に過剰な可愛がりを受ける弟のそれで、見る人に癒しと笑いを届けていた。
そうは言っても、受ける本人からすれば直接的な拒絶はなくとも心地よいものではないそうで、今では真尋に苦手意識すら持ってる節がある。そんな人に“お願い”されるとなると、どうなるかは分かり切っているだろう。
「お話がいい……です」
予想通り、少年は言葉を発した。あとは少しだけ話を続けて外に出す。結論ありきの言動も、そんなに悪いものじゃない。
「じゃあ教えて? なんでルームから出ないの?」
少年は身動きせず、しばらく考え込んでからようやく話しだした。
「結衣ちゃんが言ってたの、全部だと思う。あんまり分からないけど」
「うんうん。それでそれで?」
「それで……ここは安全だし、涼しいし、キレイだからここに居たいなって思っちゃった」
話を聞いて、思わず笑いが込み上げてしまう。
“いつも”を取り上げられた子供が、“いつも”に近い環境に安心感を覚えて居座ってしまう。少年が零したのはそんな当然の感情。事情を慮ると至極当然な行動原理だ。
「それで引きこもったんだ! 洵はすごいね。引きこもるって答えを出せた人は少ないよ」
「……べつに、すごくないもん」
私が面白おかしく言うと、少年は不貞腐れたように答えた。
「違うの違うの。ただね、何事も一番最初って勇気がいるって私は思うの。だって怖いでしょ? 他の人と違うって。そんな中でさ、思い切って最初にやったのが洵だったからさ。もう話聞いた時にはびっくりしたもん!」
「でも他にも引きこもりはいるって聞いたよ」
「それはみんな洵のあと。洵がやって、許されるっていうのを分かってから続いたんだよ」
「僕も許されると思ってたし」
「それならそれでいいよ。それより、やっと顔出してくれたね!」
隣を見ると毛布は顔だけ取り払われ、少年は丸まりながらも恥ずかしそうにこちらを見ていた。
「ずっとこのままも……良くないなって思ったから」
そう言い体が起こされる。まだ背中に毛布をかけたままだけど、ちゃんと話を聞く体勢を整えてくれたのは意外だった。
「もっと子供っぽいと思ってた」
「僕も考えるもん。変わらなきゃって思うから」
「えらい!」
ご褒美に頭を撫でてあげる。俯いて少し嫌がるそぶりを見せながらも、今はこれが必要だと思った。
そんな静かで優しい時間が終わると、少年は再び口を開く。
「……ほんとはね、怖かったの。いきなりモンスターと戦えなんておかしい。いきなり車とか、家とかがどんどん消えちゃって、おかしいのにこのまま頑張るしかなくて、僕まで消えちゃいそうで怖かった。
でも引きこもってると、だんだん人が怖くなってきた。みんなの顔が変わって、悪いことしてるはずなのに先生も全然怒らない。そういうのが怖くなって、今日初めて無理やり怒られる感じがして、ほんとはちょっと嬉しかった」
「そっかぁ。じゃあもうちょっと強めにした方が良かったかな?」
少年はふるふると小さく頭を横に振る。
「んーん。ちょうど良かった。いきなりだから怖かったけど、光の剣を見てなんか思ったんだ。夢だと思ってたのが、本当かもしれないって」
「なんか思い出したの?」
「少しだけ。ダンジョンの冷たい壁と真っ赤な景色。夢だと思ってたのになんか……頭いたい」
消えてしまいそうな感覚と、割れた記憶の顕在化。普通は分からないはずなのに、やけに勘の良い少年に私は目を細める。
「真っ赤ってどんな感じ?」
「地面も空も、全部が燃えて息ができない感じ」
知ってるのは《《あっち》》だけだと思ってたけど……記憶の断片は残ってるのかな?
「へぇ……あんまりイメージできないや! 消えちゃいそうな感覚はもう大丈夫なの?」
「全然なくならない。今もゆっくり体が消えちゃいそうって思うんだ」
欠けてるし当たり前、か。
どうして先の短いこの子に視線を注ぐのか、私には分からない。だけど絶対に意味があるはず。
「とりあえずさ、外に出てみない? 日差しもそんなにだし、何より風が気持ちいよ?」
「——やだ」
あー、ここまでか。
そろそろ連れ出せると思ったけど、無理そうなので相方に視線を通わす。それに彼女はニヤリと笑った。
「真尋、やっちゃって!」
「ようやくあたしの出番だな!」
離れた場所に立っていた真尋はずんずん洵に近づいて、その毛布に手をかける。
「え、ちょ、ちょとまって! や、やめて。あ、足、あ、あぁ……」
あっという間に小脇に抱えられた洵からは、情けない声が漏れ出ていた。
「そろそろ陽翔たちも戻ってくるし、お出迎えに行こっか!」
「わかった! 分かったから下ろして!」
「ルームから出たら歩かせてやるよ!」
「そ、そんなぁ」
器用に項垂れる問題児を首尾よく連れ出した私たちは、ルームの出入り口へと向かった。——彼らの《《生存》》を祈りながら。




