ep.1 [洵]その扉、強制開錠
ここは僕の心を守る殻。僕の体を守る家。一切の危険から切り離されて、見たくもない現実からも逃れられる。
僕が感じるこの安心も、快適も、迫り上がる焦りも、誰もいない時の孤独感も、兄を突き放してしまった喪失感も。たとえこの部屋が一つの道具で作られたものだとしても、この感情はぜんぶ本当のもの。
ほんとはずっと怖かった。
扉の向こうから戦いに誘われる日々が。拒絶するたびに離れてしまう兄の声が。陽翔がダンジョンに行く前にする挨拶が。
だからこの空間から出たくなかった。出たくないと思っていた。でも本当はずっときっかけが欲しかったのかもしれない。
いつものようにドアに鍵をかけて、窓から赤らみ始める空を見上げる。今日もいつも通りに夜がやってくると思っていた。
必要最低限しか部屋の外に出ないし、この空間からは絶対に出ることもない。そうして陽翔以外の声を無視しながら、布団にくるまり続けた一週間。僕の幸せで空虚な時間は唐突に終わりを迎える。
ドアの向こうから聞こえる女の子の声。
ここは男子寮なのに、なんで女子の声が聞こえるんだろう。そう思って静かに聞き耳を立てる。
「男子の方も変わんないんだなー」
「ね〜! さてさて、個室はどうかな〜?」
軽やかな足音と二つの楽しげな声がドア越しに溢れる。
「え、マジでやるの? マジで!?」
「とーぜんッ! 私は校長先生からゴーサインをもらった言わば権力者! ここでは何をしても良いのだよ!」
近づいているのか声量が上がる。
……この声は危険人物一号と二号!
「だとしてもほら、方法は変えようぜ? 説得! そう、まずは話からな?」
「ふっふっふ。甘い、甘いよ真尋。こういう強情な子には——実力行使だ!!!」
目的が僕だと分かって身構えていると、突然『バコッ!』という破壊音と共に木片が飛び散る。視線の先にはドアから突き出る一本の足。思いもよらない事態に僕の体は凍りつく。
「あ、やばい! 足抜けない! 助けて〜!」
「なにしてんのさ。全く、しょうがないなぁ……」
二号の悲鳴と一号の呆れ声。ますます混乱する僕をおいて、ゆっくりと足が抜けていく。
「映画みたいに蹴破れると思ったんだけどなぁ〜。そしたら迫力満点だよ!」
「なに目指してんだよ!」
今ばっかりは一号に心から賛同していると、一号が穴から僕を覗き見る。
「しゅ〜ん〜? いい加減に出て来ような〜?」
作っていますと言わんばかりの笑顔と、間延びしてるのにどこか怖い声が部屋に響く。
これまでのことを考えるに二人は僕を男子寮から、ひいてはルームから出させるための刺客。そしてもう防衛線は壊されて敗北必至。だけど僕は『わかりました』なんて言いながら、大人しく出るのも恥ずかしくて動けずにいた。
「ほら〜、やっぱり迫力が足りないんだよ。どいてどいて、普通に開けるから」
それがダメだった。一号の顔が消えるや否やドアが三角形にくり抜かれ、内側にバタンと落ちる。
「それのどこが普通なんだよ……?」
呆れる一号の声。珍しく僕らの心は一つになった。
意義を失ったドアの向こうには、前と変わらない二人の姿。これだけのことをしながら平然と、白く輝く小剣を持った二号がニッコリとこちらを見やった。




