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ep.7 [洵]甘い夢の檻

 どろりとした感情が心を蝕む。

 あの時もそうだった。女の人を連れて、にっこり笑って僕を迎えに来た。今だって、女の子に囲まれて楽しそうに喋ってる。

 そんな姿を見た瞬間に、洵の感情を押し留める堤防は決壊し、実の兄に向かって叫んでいた。


 聞いたことのない声に、食堂が静まりかえる。それがいつも可愛がられている男の子のものだと気がついて。

 スクールメイトが自然と開けた道を、僕は兄に向かって一直線に詰め寄りながら叫び続けた。

 

「なんでさ! なんでにいにの側に(ぼく)を呼んでくれないのさ! なんで——いつも(ぼく)は後回しなのさ!」


 衝動のままに兄の胸板を強打する。


「ずっと寂しかった! ずっと怖かった! ずっとずっといい子に我慢してたのに……全然会いにも来てくれない! なんで(ぼく)はこんな場所にいないといけないのさ!」


 気づけば涙声に変わっていた。


「ずっと会いたかったのに、いつまでたっても会いに来てくれない! お手紙だって書いたのに、なんも返ってこない!(ぼく)(にいに)に会いたかっただけなのに、もっと母に会いたかっただけなのに!」


 いつしか叩きつけられる拳は止まっていた。


「なんで(ぼく)を置いてくの? なんで母の場所に行かせてくれないの? なんで……なんで(にいに)はそんなにボロボロなの!? 一緒にいてよ。お願いだから……(ぼく)をひとりにしないでよ」


 抱きついた兄の体は確かに歪に凹んでいた。


 これ以上、僕の大事から離れたくない。傷ついてほしくない。なくならないで欲しい。


「なるべく一緒にいるから」


 それなのに分かってもらえない。

 洵は抱き返されながらその言葉の意味を正しく受け取った。受け取ってしまった。


「まだ一人でいないといけないの?」


 兄は強い決意を瞳に宿せて言う。


「もう少し——待っていて欲しい。(にいに)が守りたいものを守れるようになる為に」


 僕は泣き崩れた。


「戦わなくたっていいじゃん。(にいに)がしなくても誰かがやってくれるよ。強い人はいっぱいいるって聞いたもん!」


 感情が昂る中、突然『パンパン!』と大きな音が二度響く。


「学級委員長、副委員長はダンジョンに出発した人を除いて、教室やグランドにいる生徒さんを食堂に呼んでください。皆さんは整列してください。大事なお話をしなければいけません」


 兄の後ろから、校長先生が手を打ち合わせた体勢で現れた。

 背の高いその人を見落とすはずがない。僕はどこから現れたかを考える前に、有無を言わせぬ硬質な笑みを見て、洵は形容しがたい嫌な予感を感じながら指示に従った。



 しばらくして全員が揃うと、校長先生が再び口を開く。


「皆さん揃いましたね。その場で自由に座ってください」


 生徒たちが座っても続きが語られることがない。そうして、しばらく不気味な間が空いた。


「皆さんに、お伝えしなければいけないことがあります。肩の力を抜いて、落ち着いて聴いてください——」


 静かに、そして穏やかに。語りだされたのは僕らの運命。選択肢を与えられることも無く、僕たちは戦うための努力を命じられた。

 それを聞いた僕たちは呆然と、ただ呆気にとらえるほかなかった。これまで出るな望むな戦うなと言われてきたのに、突然戦う準備をしろと言われたのだから。


 ダンジョンに挑戦する冒険者の生存率はとても高いとは言えない。未だに毎日必ずどこかで死者が出る。その原因は中にいるモンスター。

 ゲート周囲の時限石しるしと、ダンジョン内での深さによって、強さが変わるらしいモンスターは、数えきれないほどの氾濫スタンピードを起こしていた。

 冒険者はダンジョンに入るだけでなく、出てきたモンスターとも戦わなくてはならない。それは力のある者たちの義務だった。

 そんな冒険者を大人たちは怖がってたはずなのに、いつの間にはいないと困る人になっていた。



 はじめ、冒険者は疎まれた。突然テレビで強引に、ポジティブな紹介をされていたから。法律で禁止されている武器を持ち歩こうとしたから。何よりも武器を振り回して殺し合う、野蛮で危険な人だから。


 でも世の中は、すっかり冒険者なしでは社会を維持できなくなってしまった。そして、戦えない人々は強い冒険者に依存を始めた。危険思想だと貶されていた賞賛は、いつしか身勝手な期待と依存に反転したのだ。


 一般人だった人たちは、様々な理由で冒険者を志す。食い繋ぐため、自身を保つため、そしてなにより家族を守るために。

 けれど、環境に適応できなかった冒険者は命を落とす。更に不幸にも、スタンピードの対応のためと言われて協会に招集された冒険者は、使い捨ての如く地面に倒れていった。


 もう確実に安全な場所など、この世に存在しない。いざという時に自分を守れるのは自分だけ。


「……ですので、君たちには比較的安全なダンジョンで戦闘経験を重ねて、危険な状況に立ち会ったときに、自分然り大切な家族友人を守れるように強くなって欲しい。

 あわよくば互いを支え、守りあえるような強固な友情を育んで欲しい。私はそう願います」


 悲しそうに、悔しそうに。なによりも申し訳なさそうに、校長先生は話し終えた。


 どよめきのまま、僕たちは混乱する。大の大人が束でかかってもかなわない敵と、戦うことを決定づけられた気がして。

 実際はスタンピードに立ち向かわなくていいと言われたけど、そんな風にしてたとても生き続けられるなんて思えなかった。


 でも、もたらされたのは悪い話ばかりじゃなかった。学校に空間の魔法具というものが届いたのだ。

 校長先生に連れられて、十数人ずつその中に入っていく。みんなが感動したように出てくると僕の番がやってきて、地面に描かれた円の内側に入った瞬間に、映る世界が変化した。


 中は快適そのものだった。

 空は快晴、気温は冷涼。その建物は現代風。太陽はないのに明るくて、どこからか風も吹いている。目の前に連なるは、もう消えたはずの鉄筋コンクリート造。

 窓は木でなく透明ガラス、内側には網戸も完備されていた。撚れば水が出てくる蛇口、セラミックで清潔なトイレ、温水シャワーに集団浴場。


 ここには本物の夢が広がっている。忘れかけていた日常が手の届く場所にあった。

 だけどモンスターと戦わなくちゃいけない。失ったものが全部戻ってきたような多幸感と課された現実が、僕らの情緒を壊していった。


 レベルが上がれば魔力が増える。出入りするには魔力が必要。

 そして魔力があれば、この空間(ゆめ)(あるじ)である校長先生に、出入りを自由にするための権限を渡してもらえると言われた。


 でも戦わなくたって誰かに連れさせてもらえる。先生たちもきっと逃げる僕を咎めきれない。

 だから——僕はそれから授業に出ることもなく、この夢に引きこもるようになった。

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