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ep.5 [洵]おむかえ

 僕は男子校舎の玄関で待っていた。僕をここに置いてって、忘れてしまったかのように会いに来てくれない(にいに)なんかより、僕を大事にしてくれる陽翔のことをずっと一人で待っていた。



 陽翔たちが出発してから一時間。僕は地面に下手な絵を描いていた。

 家を、家族を、太陽を。囲むように木と花を。一瞬で終わった夢のような時間を砂に刻む。


 家。宝物がたっぷりあったけど、中にぜんぶ置いてきた。

 家族。母は隣町、(にいに)はずっとダンジョンばっかり。

 太陽。だんだん見える時間が減ってきて、今日もずっと隠れてる。


 途中で足音が近づいてきた。けどこれは陽翔のじゃない。だから僕はそのまま木の枝で星を描く。



 僕の気分は最悪だった。お布団は布3枚。床の硬い感触が伝わって、頭が痛くなる。

 ご飯も美味しくない。毎日全然おかずがなくて、お米とお味噌汁もつまらない。

 大事なものがなんにもない。たまに会いにきてくれる母の顔は毎回どんどん痩せちゃって、すごく疲れてるのに僕はなにもしてあげれない。


 こんなことなら僕だって学校を抜け出して母の場所に行きたいけれど、先生はそれを許してくれない。それが学校のルールだからって僕らはずっとここにいた。


「ただいま」


 顔を上げる。やる気いっぱいの陽翔が目の前にいた。


「おかえり! 待ってたんだよ! 大丈夫? どこもケガない?」


「めっちゃ元気! シャワー浴びてくるから中で待ってて」


「うん! 分かった!」


 僕は嬉しかった。でも他のみんながいない。それがとっても心配だった。



 木のイスをカタカタ言わせながら僕は待つ。心配だけどなにもできない。僕は体力もなければ力もないへなちょこだから待つしか出来ない。でも待ってたら陽翔が来てくれることは知っていた。


「おまたせ。ちゃんと水飲んでる?」


「うん、陽翔が行く前に飲んだよ」


 陽翔が『ダメじゃねーか!』と叫びながら頭を抱えてしまう。

 一時間ぐらいいいじゃん。


「食堂行く?」


「行かない。あっち行っても楽しくないもん」


 あっちは危険人物と美味しくないご飯の場所。喉が渇いてないから行こうと思えなかった。


「俺からしたらちょっと羨ましいんだけどな〜」


「なんでさ。ちっちゃい子みたいに膝の上に乗せられて頭なでなでされるんだよ? なんも楽しくないよ」


 危険人物一号のニヤリとした顔が蘇り、ますます行きたくなくなった。


「まぁ洵は可愛いからしょうがないな!」


「可愛くないもん」


 頭に手を伸ばされたのでそれをサッと避ける。けれど簡単に捕まった。


「うれうれー! 可愛いなあ!」


「真尋ちゃんのマネやめて!」


 そう言って、ふともう一人の危険人物。“二号”のことを思い出す。


「そういえば一緒にダンジョンに行った結衣ちゃんたちはどうしたの?」


 みんな一緒に行ったのに陽翔以外帰ってきてないから気になった。


「多分まだ戦ってるよ」


「遅いんだね。ちょっと心配」


 そうは言いながらも陽翔の落ち着きようを見れば、特に危険じゃないことは分かる。


「遅いんじゃなくて俺が早く帰らせてもらっただけなんだ。みんなは普通にしてるだけだから全然大丈夫」


「そうなんだ……じゃあ陽翔はどうしたの?」


 素直な疑問に苦い顔をした陽翔がため息をついた。


「俺は逃げてきたんだ。モンスターでも……殺すのが怖かった」


 その言葉に僕は陽翔がもうダンジョンに行かないと思って嬉しくなる。


「そうなんだ! じゃあこれからはずっと一緒だね!」


「いや、また挑戦するつもり。それに出来なかったわけじゃないから。ほら、ステータス」


 なのに陽翔からはまた行く宣言がされて、気分が落ち込む。

 そのまま陽翔は右手で空に触れて何かを満足げに眺めてるけど、僕には何も分からない。


「なんも見えないよ?」


「あー、えー、あ! そうだ!」


 陽翔の眉毛が悩むようにグニグニ動いた後、文字が書かれた不思議な板が見えるようになった。


「おぉー! なんか見えた! ……なんか似てるの見たことあるかも?」


「それはお兄さんのなんじゃない? まぁまぁそれは置いといて、これぞレベル1の証! (まさ)しく一歩踏み出した勝者の証! どうよ」


 近未来的な水色の板に黒い文字。僕にはそれが魔法に見えた。


「うん! すごい!」


「だろー! ……結衣ちゃんはマジでヤバかったけどな」


「マジデヤバイ!」


 ちゃんとは分からないけど、すごいという感覚であることを最近知った言葉を繰り返す。


「刺すことになんの躊躇いもなかった。ついでに初めてじゃないって言ってたから、ルールは破れるってことだ!」


「ルールは破れる!?」


 僕も母の場所に行ける!?

 ワクワクして声が大きくなったその瞬間、後ろの方で靴の音が止まる。


「そこ、変なこと言うなー! 橘は許可があるから別だ!」


 大声にビクッとして振り返ると、先生が僕らを厳しい顔で見ていた。


「ヤッベ、ちょい声デカいって」


「次はこしょこしょ話しでしよ」


 声が響かないように手を丸く口に寄せながら陽翔に近づく。


「いや普通でいいって。許可ってどうやったら取れるんだろうなぁ。今度先生に聞いてみるか」


 僕は普通に座り直すと興奮した心のままに口を動かす。


「そうだね! 聞いてみよう! 今聞きに行っちゃう?」


「それだ! よし出発!」


 僕たちは楽しげな声が聞こえてくる廊下に足を進める。

 その向こうでは、何かが始まりそうなざわめきが広がっていた。

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