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魔力の広がる世界で僕らは剣をとる—序章〜一章編  作者: 443
一章 何が為に剣を取る
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ep.10 [洵]最初の重さ

 大通りは前に見た時とは様子を大きく変えていた。両脇には街灯が立ち並び、土魔法製ではあるものの洗練された建物が立ち並ぶ。

 正面がショーウィンドウで中の洋服が見える店。金槌と刀が装飾された看板を持つ和風チックな店。布地に大きく描かれた歯車の中に、おしゃれにローマ字が書かれている以外は無骨でギャップを感じる店。僕には全部が新鮮で、店前でされる会話から溢れる聞いたことの無い単語にまで、興味がそそられる。

 何かを買うわけでも無いのに、まるで異世界に来たかのような気持ちになって、僕は目を輝かせて質問を繰り返していた。


「じゃああれは!?」


「質屋」


 隣の建物を指差す。


「じゃああれは!?」


「薬屋」


 向かいの建物を指差す。


「じゃああれは!?」


「飯屋」


 一層と大きい建物を指差す。


「じゃああれは!?」


「もういいだろ〜? また今度な」


「ええ〜!」


「ちょっと落ち着いて、ダンジョン着くまえに疲れちゃうよ」


「わかった……」


 右を見ても左を見ても、たとえ通り沿いだけだとしても全部の建物が興味の対象で、見ているだけで心が躍る。

 答えがどういうものなのかよくわからないのもあったけど、答えてくれるのがただただ嬉しい。

 そうして寄り道を続けた結果、予定よりも20分近く遅れて到着したダンジョン広場には、想像とは真反対で人がほとんど居なかった。


 ダンジョンを囲むように土壁が立ち並び、少し物々しい雰囲気を感じるその中への入場は、たった一か所から行われる。そんな協会が入場を完全に管理する、数少ないダンジョンの一つがここだった。

 僕は受付で書類を渡し、二人は冒険者証を提示すると『十分に気をつけて頑張ってくださいね』という一言でそこを通過。


 中には階段が続く、光る大きな円盤が地面と一体となっていて、それを挟むように三角形が二つ置かれていた。片方の近くを通ると、三角の色は薄灰色。

 確かこの石が全部黒くなれば普通のスタンピードがいつ起こるか分からない状態だったっけ。じゃあまだ大丈夫なのかな?


 深呼吸で緊張をほぐしながら微妙に揃ってない階段を降りると、どこまでも薄暗くて冷ややかなダンジョンがその一面を僕らに見せた。

 気温も湿度もちょうど良い具合に低く、程よく開けた動きやすい環境。姿のない光源が青灰色の通路を映す。

 入口の十字路からモンスターは見えなくて、まるでダンジョンが僕らを奥に誘っているように感じた。


「まだ剣は抜かなくていいからね。全部準備したら言うから。真尋、頼んだよ?」


「任せろって! 洵はあたしのちょい前な。結衣には近づかないこと。そんじゃ、直進!」


「了解!」


 そのまま分岐路まで進み、結衣ちゃんが左右を確認するとすぐにモンスターが見つかったらしい。

 それからはあっという間だった。コボルトは四肢を折られ、動く気力すら残っていない。ただ、トドメを刺すだけ。


 多分、これまでの僕なら少しは躊躇ってたかもしれない。だけど陽翔の姿を、言葉を聞いた今、そう言う感情は捨てるべきだと知った。

 どんな相手でも見下さず、軽んじず。自分の全力を持って相手する。そう学んだ僕は静かに、剣先を胸元に下ろした。



 トドメを刺すだけで、あんなにも悩んで苦しんでた陽翔。それと比べて僕は何も思わなかった。

 少しはやだなと思ったけれど、それは命を奪うことへの拒絶じゃない。血がつくことが嫌だと思っただけだった。


 ——僕は僕が思ってる以上に酷い人間なのかもしれない。だとしても、これはラッキーだ。僕は冒険者をやっていける。

 初めての殺しにも何も思わないぐらいに冷たい僕なら、きっと心があったかい陽翔の背中ぐらいは守れるはず。


「——ん。——ゅん。——おい洵! いい加減に返事しろって!」


 ハッと顔を上げる。


「真尋ちゃん……どうしたの?」


「どうしたもこうしたもあるかよ! あれからずっと上の空で、ついに返事すらしなくなったから心配してたんだぞ!」


 周りを見渡すと行きにはしゃいでた通りの真ん中だった。


「あれ、いつの間に……」


 結衣ちゃんは……誰かに呼ばれちゃったんだっけ?


「どうしたんだよ。洵らしくない」


 僕は少し悩んで、正直に言うことにした。


「……ちょっと、陽翔と比べてた」


「んで? どうだったんだ?」


ぼくは冷たい人だった」


 その瞬間、真尋ちゃんが笑いだす。


「あは、あははは! なんだそれ、なんでそう思ったさ」


「そんな笑わないでよ! 本気で悩んでたんだよ!?」


「分かった分かった。それでどうして思ってたさ」


「どうしてって……ぼくは刺しても何も思わなかったから」


 ガシッと首に手が回される。


「なら、あたしと一緒だな」


 ひまわりのような明るい笑顔から放たれた言葉に、僕は言葉を失った。


「あたしはな? モンスターをやっても、最初っからなんも思わなかった。てか飯のことしか考えてなかった」


「ご飯?」


「そう。ほら、社会が麻痺ってた時に電気が止まって、物流が止まってってしてたら食べるもんないだろ? 当然配給なんかも無いわけだ。そんならテレビやネットの冗談みたいな話に縋るしか無いだろ? そういうこと」


 僕はそんなことがあることすら知らなかった。


「もっと教えて?」


「お、気に入ったか? しょうがない、あたしの苦労話を披露するか。

 モンスターが地上に湧き出してても、潰れてくのは田舎からだと思って気にもしてなかったのよ。けどさ、電気がやられちゃあもうダメになるわけだ。全部が止まった」


 ——だからレベルを上げて、スキルの通貨で飯を買うしかなかった。

 その優しく包まれた硬い言葉が、僕がどれだけ恵まれているかを、まだまだ理解できていないと思い知らす。


「ホント、腹が減って減って飯のことしか考えずに、家から飛び出してバカやったわ」


 真尋ちゃんには珍しく、後悔するような寂しそうな顔をしていた。


「そんで? 返り血のままで食ったひっさしぶりの飯は美味かった。……それしか覚えてねぇや。

 ま、あれだ。まともに生きてくには戦うしかねぇんだから、心をすり減らさずにやれるって言うならそれに越したことは無いだろ? ラッキーだな」


 僕の心の中のラッキーと、全然違う雰囲気のラッキー。前向きで元気が詰まった言葉に、僕の視界が歪んだ。


「——って泣くな! あたしが泣かせたみたいじゃねーか!」


「違うの……なんだろ。ぼく、これからどうすればいいのかな?」


 道に迷ってしまったかのような心細さがあった。自分で探さなきゃいけなくて、自分で進まなきゃいけないくて。それがどうしても恐ろしかった。


「それは……洵の目標に向かって頑張ればいいんじゃないか? ちゃんと寝て、飯食って、授業受けて、放課後にダンジョン行って、欲しいもの買って。それでいいじゃねぇか。

 腹さえ膨れてりゃあ悪い考えも減る。一番心を貧しくするのは飢えだ。それさえ解決できれば……ついでになんも考えずにあったかく寝れて、それを幸せだってわかりゃもう勝ちだってあたしは思うぜ? いや、何言ってんだろな」


「……そっか、ありがと」


 僕は変に考えすぎてたのかもしれない。もっと気楽に、もっとのんびり考えてもいい。そう言われた気がして優しい気持ちになる。


「いやなんも解決してねーだろ!」


 恥ずかしそうに頭を掻く珍しい真尋ちゃん。

 ほんと、困った時にかっこよくてずるいよ。


「また、相談してもいい?」


「いいけどよ、お兄さんにはどうなんだよ。週二ぐらいで学校にいるだろ?」


「やだよ。僕のことなんてにいには全然大事に思ってないもん」


 僕は不貞腐れたように言う。

 学校に入れてくれたのは嬉しいけど、ずっとほっとかれたらどう思われてるかなんて分かってた。


「そんなはず、ないと思うけどな。いつになっても、弟は可愛いもんだぞ?」


「え、真尋ちゃん弟いるの?」


「上に一人、下にも一人の三人兄弟なんだ」


「そうだったんだ……」


 僕は期待を込めて聞いてみる。


「真尋ちゃんはさ、弟に会えたら嬉しい?」


「そりゃな? もう狂喜乱舞して一日中可愛がるぐらいには喜ぶさ」


「あ……うん」


 真尋ちゃんは真尋ちゃんだった。


「どこかで、どこかで一回ちゃんと話してみな。こんなご時世だ。お互いに後悔するぞ」


「……うん。勇気が出たら話してみる」


 僕はにいにが嫌いだし、にいにも僕とは話したく無いだろうな。怒鳴って、叩いて、無視して……。でもにいにが悪いもん。


「んで? 今は何を目指してんだ?」


「陽翔はまたダンジョン行くって言ってるから、その時に僕も行けるようにレベル上げる」


「そのために?」


 何をするべきか、少し考え込む。


「……スクールメイトのみんなに、それまでパーティーに入れてってお願いしてみる。あと、陽翔にも一緒に行く約束までしなきゃだね」


「しっかりしてんなぁ。お願いされたら私も一緒に行ってやらんでもないけど」


 『ん?ん?』とアピールする真尋ちゃんへの返答は決まっていた。


「それは悪いよ。ここまでしてもらったんだもん。あとは自分で頑張る!」


 パーティーを組むときに、レベルは同じぐらいが好ましいと言われていた。

 理由はいくつかある。その方がお互いにペクニア(ポイント)を効率よく稼げるから、だったり。その人がいない時に何もできなくなるから、だったり。掴めるはずがないものに手を伸ばそうとしないため、だったり。

 だから、頼り切っていいことは一つもない。


「でも、つまずいた時はまた頼んでいい?」


「当然。いつでも待ってるからな。もう学校か、お疲れ様」


「うん。ありがと」


「それじゃ、あたしはさっさと帰るわ。装備はちゃんと元の場所に戻すんだぞ〜」


「もちろん!」


 真尋ちゃんは僕が思ってたよりも、ずっと頼りになる人だった。辛くなった時に安心して相談できる相手が増えて、僕は満足感を覚えながら装備を戻して別のスクールメイトと一緒にルームに入る。

 集まる視線もやり切った僕を祝福しているように思えて誇らしかった。——手を洗いに行くまでは。


 鏡に映るは、赤いリボン付きのパッチン留め。僕は騙されていた。


「……これ」


 嘘はない、けど——僕の気持ちを返せ!


「——真尋ちゃーん!!!」


「あはははは!!!」


 わざわざそこまで見に来ていた真尋ちゃんは、共有スペースからあっという間に女子寮へと消えていった。

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