ep.7 [真尋]運命共同体
人の心は脆く、一度崩れてしまえば元に戻るのは容易ではない。学校内は、自分が傷つく大きな恐怖と、あれだけの傷を癒せる小さな希望が入り混じって、重たい雰囲気に包まれていた。
私は彼女の居場所に当たりをつけて、ルームの奥まったドアを開く。この先は、限られた者しか入れない部屋。
澄んだ空気が耳鳴りのように静まり返り、息を吸うたび胸の奥が少し痛む。それは彼女が《浄火》を使っていた証拠だった。
結衣は両腕を軽く組んで、初めて会った時と同じ虚な目を、どこか寒々しい笑みと共に浮かべる。
それに私はため息をついて彼女の隣に座った。
「まったく結衣ったらさ〜、こんな場所にいるなんて驚いたよ」
「…………」
返事はなく、私に目もくれない。仕方ないから私も彼女と同じように、ぼうっとテーブルを見つめた。
「タイミング、悪かったな」
「……‘ほんとにね’」
滲むように聞こえる嘘。でも、この答えで本心までは分からない。私は探りを入れるように、いつもの調子でおちゃらけて言う。
「ホントビックリだよな。いきなりボロになって帰ってくるんだから。洵は大丈夫かな〜?」
あのレベルの怪我は何度見ても慣れない。自分たちが連れ出したせいであれを見てしまった少年が、少し気がかりだった。
「心配するのそっち? ……あのさ、怪我。どう思う?」
まず心配するのは怪我人の方か。そりゃそうだ。
「動かせるように治してもらったんだから、無傷みたいなもんだろ」
私は冷たく言い放つ。
自分から戦いに行ったのだから、怪我の一つや二つは覚悟の上だろう。それに彼らは、治癒魔法にありつける時点でこれ以上なく恵まれているのだから。……それでも、結衣のことだからまた自分を責めてるのだろう。
「それはそうだけどさ……」
供給は圧倒的に足らず、需要は高止まり。最近は回復持ちの数が増えたとはいえ、その恩恵に預かれる人は多くない。それを必要以上に施してもらえるとしても、スクールメイトが傷つく姿は見たくない。その気持ちは私も分かる。
だけど、そういう話ではないらしい。
「結衣は知ってたんだ」
「……少しね」
結衣は弱ったように俯いた。
まったくこの子は、全部背負おうとしちゃって。
「私は賛成。甘い考えはしばらく無くなるだろうし、残骸種についての話も信憑性が増す。
生きて帰って来れて、全体の危機感を上げれるんなら結構美味しいと思うぜ?」
結衣が信奉する、謎に権力を持つ占い師を頭に思い浮かべながら、そう言った。
「……そうなのかな」
彼女の小さな声には、自責が詰まっている。本当にどうしようもない子だ。
「それと、あんまり自罰的になっちゃダメだよ。私たちにできることはそんなに多くないんだから、自分に優しくしてあげな」
澄んだ空気は、罰の残り香。自分の罪を清算していた証拠だった。
「私の考えは変わってないから」
他人を罰するなら、まず自分が綺麗な状態でなければならない。私もそんな彼女の信念を理解できなくはない。
「それでも程度って言うもんがあるだろって話。そんなのばっかりしてたらいざという時に動けないって」
「ほどほどにはしてるから」
だーめだこりゃ。
「なら、私にもしろよ。私たちは運命共同体なんだから、な?」
事の片翼を担う者として、そう口にした。
結衣が私を見上げる。その真剣な瞳は私の言葉の重さを測っているようで
「私は罰を決める人。結衣が痛みを被るなら、私も知るのが当然だよな」
私はそれに真正面から向き合った。
「手を出して」
いつも着けている、真っ白な手袋に包まれた手が私に差し出される。それに私は手を重ねた。
手袋越しに伝わる熱が痛みに変わり、腕から全身に広がる息が詰まるほどの痛みを、食いしばって耐え続ける。
『私は罪を痛みで呼び覚まし、それを清算させる。それで刻まれた罪が消えることも薄れることも無いけど、生きることはできるから』
私たちは過ぎた正義に否を突きつける。笑い合っていた人が、瞬きの後に肉塊となって地面に転がる。そんなのは、どんな理念があるとしても正義とは認められない。
必要悪と言うならば、私たちが必要性を無くす、その時まで。
しばらくの沈黙。身体中を食い荒らした、呼吸できないほどの焼かれるような痛みは次第に薄れていき、痛みが消えれば体は羽のように軽く感じられた。
まさに、罪を許すための痛み。抑止力にすらなり得る苦痛だった。
「ね、あんまり痛くないでしょ?」
「叫ぶほどじゃないってだけだよ」
執行には私も立ち会うけど、罪人はいつも四肢をばたつかせてのたうちまわり、絶叫を周囲に響かせる。酷い時は、体力を使い切るほどに暴れても終わることがない。忘れられないぐらいには酷い光景。
それを執行する彼女の心を私が推し量るなんて、できるはずがない。
「そろそろ行かなきゃ。今日はまだ終わってないから」
結衣は両手で頬を軽く叩き、赤くなった顔を朗らかなものに変えて立ち上がる。
私よりもずっと小さいのに、沢山のことを知って、守ろうとして、傷ついて。
「私もついてく?」
彼女は以前、陽翔を羨ましいくらいに真っ直ぐで、眩しいと言っていた。
「どっちでもー! 自由だよ!」
でも私からしたら結衣の方がずっと眩しく見える。
孤独に涙を流し、それでも歩みを止めない。そんな彼女を私は、側で支えたいと思った。
ドアを開け放ち、孤高の少女が部屋を飛び出す。別人のように切り替えた彼女を倣って、私も後を追った。




