司法の闇
5月のゴールデンウイーク明けの金曜日、一条は、林組を継いだ金林と南、玉屋町にある焼き鳥屋『焼き鳥コッコ』のカウンターで一杯やっていた。
一条「どうでっか、そっちの組は。林さんが亡くなって2年ほど経ちまっけど、その後金林さんが継いで。」
金林「まあ、ぼちぼちでんなぁ。元の賭博を主にシノギしてますわ。組も小さなったし。あとは闇金融ぐらいでっかな。天知さんとこは、一条さんもいたはるし儲けたはるんちゃいまっか。」
一条「最近はあきまへん。大きなシノギが無くておやじもぶつぶつ言ってますわ。」
金林「あの一件で黒田も結局捕まってもうて、懲役18年くらいましたわ。」
一条「警察も舐めたらあきまへんなぁ。鈴村の女がしっかり顔覚えとって面が割れたらしいですな。」
金林「そや。あの女かなりビビってたみたいやけど、しっかり顔だけは覚えとったらしいですわ。」
なんやかんや情報交換しているうちに2時間ほど経っていた。
一条「そろそろ出ましょか?もう一件どうでっか?」
金林「いや、今日はここで帰らしてもらいますわ。」
と二人がそろそろ帰ろうとしている時に、カウンターの奥に座ってた20代後半の男二人が急に揉め出した。
「お前、何回言わすんじゃ。おれの言うとおりしとったらええんじゃ、ぼけ。」
「じゃかましいわ。お前の言うこと聞いとったらろくなことないやないか。」
「おんどれ、何ぬかしとんじゃ。どんだけ美味しい目あわしてきたったと思とんじゃ。」
「なんじゃこら!その分痛い目にもおおとんじゃ。もうええかげんにしてくれ。」
「だれに口聞いとんじゃ。こら!」
と言ったとたんカウンターにあった『魔王』の一升瓶を掴んで相手の側頭部を殴打しよった。
殴打された方は白目剥いて口から泡吹いて倒れよった。
金林がサッと立ち上がって持ってた『魔王』の一升瓶を取り上げ
「やめとけ。無茶したら死んでまうで。店長救急車や。ちょっとこらあぶないで。」
店長はすぐに119番に掛け救急車を手配した。
一升瓶で殴った奴が「おんどれどこのもんじゃ。関係ないもんはひっこんどれ。」と噛みついてきよった。
金林「どこのもんでもええやろ。無茶したらあかんやろ。ええ加減にせえ。」と一発喰らわした。
「さっきもう一人の奴が金林さんて言うとったけど、お前林組の金林か?」
金林「どこの誰でもええやろ。店に迷惑かかる。皆さん楽しい時間過ごしたはんのに迷惑かけんな。」
「じゃかましいわ。」と捨て台詞吐いて店から出て行きよった。
そうこうしてる内に救急車が到着し、倒れてる若もんを担架に乗せて搬送していったが、一人が『こらあかんちゃうか。』と小声でもう一人に囁いていたのを金林は聞いていた。
一条「今の若いもんは無茶しよんな。加減ていうもんが分からんのやろ。」
金林「まあ、今の若もんだけや無くワシらもああいう時代ありましたがな。」
一条「わしは一緒に飲んでる相手を命に関わるほど殴った事はおまへんけどな。何発かしばいた事はありますけど。」
金林「なんか酔い醒めましたな。もうちょっとだけ飲みましょか?」
一条「そうでんな。もうちょっといきますか。店長、ハイボール二つや。あとつくねとずり、塩で頼むわ。」
店長「はいはい。お客さん方騒がせてすんません。ゆっくりしていってください。」
一条と金林がハイボールとつくね・ずりを食べながら、今の若い奴らの話題で盛り上がっていた。
一条「なんか長居してまいましたな。そろそろ行きまっか?」
金林「そやな、そろそろ行こか。」
その時、店に恰幅の良い男が3人入ってきよった。まっすぐ一条と金林の方に近づいて行き、一人が「南警察捜査第四課の清水や、林組の金林やな、ちょっとご同行お願いできまっか」と警察手帳を見せながら凄んできよった。
金林「四課がわしに何の用や。わし何もしとらんで。」
清水「ちょっとさっきこの店で起きた暴力事件で聞きたいことがありまんねん。任意やけど来てもらわな後で後悔することになるで。」
一条「ちょっと、清水さん。何で金林さんに任動やねん。殴った奴は出て行きよったで。金林さんは仲裁に入っただけや。なぁ店長。」
店長「そうでんがな。このお客さんが仲裁に入ったおかげで殴った奴出て行きよったんでっせ。」
清水「それはええねん。とりあえず金林、事情聞きたいので署まで動向してもらえまっか。」
金林「分かった、分かった。とりあえず行きましょ。後で後悔しても知りまへんで。」
清水「後悔するのはどっちかな。」と思わせぶりのセリフ吐いて、「殴ったブツはどれや?」と店長に聞き手袋をはめ、証拠品として『魔王』の一升瓶を証拠品袋に入れ、金林は後の二人に挟まれて店から出、パトカーに乗せられて行ってしまった。
一条『何で四課が突然来て金林さんを任動しよってん。おかしい。』と思いとりあえず一条は天知組組長の天知に電話を入れた。
一条「おやっさん…………………という事で金林さん警察に連れて行かれましてん。」
天知「なんか変やなぁ。四課が、それも若もん同士の喧嘩に真っ先に来るってなぁ。何で金林が連れて行かれやなあかんねん。訳分からん。なんか裏あるようやな。四課の情報くれる、腐れ警察の合田に連絡入れてみるわ。なんぞ教えてくれるかもしれん。」
一条「お願いします。明日朝一で事務所に行きますわ。」
天知「分かった。」
翌日午前10時、大阪府警の取り調べ室に金林と清水、あと書記係の若い刑事がパソコンにむかっていた。金林は昨夜、パトカーに乗せられ、そのまま留置所で一夜を過ごしたのだ。
取り調べは1時間ほど過ぎていた。
清水「金林、ええ加減ゲロせい。お前が殴ったん分かってんのじゃ。魔王の一升瓶にはお前の指紋がベッタリ付いて物証もあるんやで。」
金林「清水さん。何回も言ってますけど、殴られた奴は、一緒に飲んでた若いにいちゃんと突然もめ出し、若いにいちゃんに一升瓶で殴られましてん。わしはこらあかんと思て、一升瓶を取り上げ、一発だけそいつ殴りましたけど、すぐそいつ店から出て逃げて行きましてん。指紋てその時付いたんであって、わしが殴ったんやおません。店の人もそう言ってたやおまへんか。そや、そいつわしの名前知ってましたで。林組の金林か?って聞いてきよった。」
清水「もうそのごたく聞き飽きた。極道のお前が何言うても信用ないんじゃ。もう逮捕状申請しとるからもう出るやろ。後は送検して、まあ殺意は無かったとしてや、過失致死で15年ほど務所暮らしが待ってるで。」
金林「そら無いわ。完全な冤罪やないかい。弁護士呼んでくれ。」
清水「何が弁護士や。腐れ極道が。調子乗んなよ。送検してから国選弁護士付けたるわ。」
金林「国選やなく、遠藤弁護士事務所の遠藤さん呼んでくれ。」
清水「残念やなぁ。遠藤は今日家宅捜査入って弁護士法違反で捕まる予定や。お前の弁護は出来んで。」
金林「なんやそれ。あまりに段取り良すぎるやないか。何か企んどるなお前。」
清水「お前て誰に言っとるんじゃ。後悔さしたるで。」「おい、もう終わりや。こいつ連れて行ってくれ。」
二人の警察官が取り調べ室に入って来て、金林に手錠、腰紐付けて留置所に連れて行った。
金林『こらあかん。このままやと冤罪で務所行きや。どないなっとんねん。えらい事に巻き込まれてもうた。』
金林はひとりごちた。
天知組の事務所で深刻な顔の天知、一条はソファで向き合っていた。
天知「一条、その殴った若い奴見た事ないんか?林組の金林か?って聞きよったんやろ。スジもんと違うんか?」
一条「それが見た事おまへんねん。わしらの業界のもんとは違うと思います。金持ちのボンボンみたいな感じでしたけど、ただ、首のところにハートとなんか英語のタトゥー入れてましたなぁ。案外、素人の詐欺集団か麻薬の売買に関わってる人間かもしれませんなぁ。金林さんの名前知ってるぐらいやから、裏の世界とも少しは繋がりあるかもしれません。」
天知「合田に電話掛けて聞いてみたんやけど、詳しい事は知らんらしい。けど、もう逮捕状が出るのは時間の問題やって言うとった。あまりに手際良すぎるんや。」
一条「あと西本さんからも電話あって、林組の萩の茶屋にある顧問弁護士事務所の遠藤弁護士事務所、朝早うからガサ入れ入って。遠藤弁護士、弁護士法違反で連れて行かれたそうでっせ。何から何まで手際が良過ぎます。なんか変ですわ。」
天知「こら金林嵌められたな。その殴った奴の身代わりにされよったに違いない。裏でかなり大物が動いとるわ。そうでないとこんな早く逮捕状が出るわけ無い。無理やり金林の仕業やって事に持っていこいう魂胆や。」
一条「そうですな。金林さん早よ助けやな務所行きですわ。まず、その殴った奴が誰なんか調べやなあきませんな。」
天知「そや、時間が勝負や。送検されて判決出てしもたらなかなか翻せんで。西本のとこや、南界隈に力持ってるわしの兄弟分の篠山とこにも力貸してもろて、その殴った奴早よ見つけやな。早速連絡入れて頼んでみるわ。そいつの特徴教えてくれ。」
一条「わしが覚えてるのは、ブランドもん、白のGUCCYAのスウエット上下、金髪のさらさらヘアの2段ブロック。左耳にダイヤのピアス。身長は170前後の二十歳過ぎ中肉、割と鍛えてました。二の腕が割とゴツかったですわ。あとは、さっきも言いましたが、左の首に赤いハートと、黒文字の英語のタトゥーぐらいです。
ああ、あと声がやけに高かったの覚えてます。偉そうに啖呵切ってた割に高い声やから吹き出しそうになりましたんや。そやそや、殴った相手に『美味しい目さしたった』とか殴られた奴が『その分痛い目にもおおとる』て言ってました。なんか利害関係のある二人やと思います。」
天知「よっしゃ。その特徴西本や篠山に伝えておくわ。若いもんが何らかの繋がりあるかもしれん。」
涼子「おっはよー」
連休が明け涼子は出勤した。
ぼんちゃん「おはよー、愛ちゃん(愛は涼子の源氏名)。今日は一段とお肌ツヤツヤやなぁ。ゴールデンウイークでええ事あったんちゃうか?」
涼子「そんなんあるかいな。くっちゃね、くっちゃねの日々やったわ。おかげで体重2キロもふえてしもた。」
ぼんちゃん「あたしは10キロ痩せたでー。ほら見てみナイスバディやろ!」
ぼんちゃんはショーツ一枚で身体をくねらせた。
涼子「はいはい、ナイスバディや。早よドレス着!」『連休前より肥えとるがな』
ぼんちゃん「愛ちゃん。聞いて。連休中、衝動買いでHAREMESUのバートン買ってしもて来月のカード支払い恐怖や。今日から頑張ってお客さんにピンドンポンポン抜かさしたんねん。」
紗栄子「ぼんちゃん。あんまり無理強いしたらお客さん離れてしまうで。世間は景気悪いねんから。」
ぼんちゃん「はいはい。どっちみち私の口座客ろくなんおらへんからどっちみち無理や。分かってんねん。大丈夫!時間で稼ぐわ。体力勝負や。」
大ママ「みんな、そろそろ時間やから無駄話せんと早よしいや。」
ぼんちゃん「はーい。みんなが私のナイスバディ見たいから言ってドレス着さしてくれへんねん。」
大ママ「はいはい。もうええから早よし。」
ギャーギャー言いながらみんなホールに出て行く。
チーママの紗栄子が涼子に近づき
「愛ちゃん、10時半ごろ大阪地検の田所検事正の息子さんが3人で来られるから、愛ちゃんヘルプ付ける?」
涼子「はい、大丈夫です。その時間は予定ないです。」
紗栄子「ほなお願い。」
涼子『田所検事正の息子言ったら、あのハデハデのスウエットよく着とるえらそうなセクハラ・カスハラオンパレードのボンボンや。なんであんなエリートの息子があんなんやねん。。めんどくさいな。』
と思ったが『チーママのお願いやったら聞かん分けいかん。まあ、1時間位の辛抱や。』と気を取り直して開店の準備の手伝いをした。
10時丁度にハデハデスウエットが入ってきよった。
「チーママ。ちょっと早いけどかまへんか?」
涼子『ゲッ。もう来よった。時間守らんか!』
紗栄子「あら、早いですね。大丈夫ですよ。こちらどうぞ。」と奥のテーブルに案内した。
ボーイが素早くキープのマッカランとアイス・ミネ・グラス3個をテーブルに運んできた。
紗栄子「皆さん、水割りで宜しいですか?」
検事正の息子、田所純也が「俺はハイボールや。この二人は水割りで。」と勝手に偉そうに決めよった。
涼子は向かいの席に座り、素早く1人分のハイボールと2人分の水割りを作ってそれぞれのテーブルに置いた。
田所「今日はけったくそ悪い気分や。飲むで!」
3人の内の一人、富田が「純也さん。さっきまでダチの柳さんと食事してたんちゃいますん。急に呼び出すからびっくりしましたわ。」
田所「あいつはもうええねん。絶交や。俺に逆らいやがって。」
富田「何ありましてん?あんな仲良かったのに。」
田所「もうええっちゅうねん。あいつの話は辞めや。今後一切あいつの名前出すなよ。」
もう一人の西村「純也さん、機嫌悪いなあ。分かりましたけど。」
紗栄子「まあまあ。何があったか知りませんけど、お酒は楽しく飲まな。」
なんかピリピリした雰囲気の中、ボトルの中身がだけがどんどん減っていった。
突然田所が立ち上がり「もう帰るわ。」と言い残し、さっさと出口の方へ早足で向かった。慌てて富田と西村も田所を追って出口に向かった。店に来てから30分も経ってない。
田所が紗栄子に近づきこそっと「紗栄ちゃん、俺ら8時頃から居ったことにしてくれるか。」と囁くのを涼子は聞いていた。
翌日のお昼、天知、涼子、一条は天神橋商店街の『そば爺』の座敷で天そば定食を食べながら金林の話をしていた。
天知「なかなか分からんなぁ。どこのどいつや?西本や篠山からもまだ分からんいう返事やしなぁ。」
一条「ワシらの組織とは全然関係ない奴かもしれまへんな。」
涼子「一条さん、金林さんと一緒に居ったんやんなぁ。そいつの顔は覚えてんの?」
一条「顔見れば分かりますけど、そんな偶然に会うてなかなかおまへんし。タトゥーから当たろうにも今は腐るほどタトゥー屋ありますからな。なかなか…。」
涼子「そいつタトゥー入れてんの?」
一条「左の首に赤いハートと、黒文字の英語のタトゥー入れてました。」
涼子「左の首に赤いハートと、黒文字の英語のタトゥー?英語FUCKやなかった?」
一条「FとUは見えましてんけど、残りはシャツで隠れて見えませんでしてん。」
涼子「それ、昨日の晩やんな。そいつ白のGUCCYAのスウエット上下で、キンキン声の奴ちゃうん?」
天知「涼子、そいつ知ってんのんか?」
涼子「おとん、知ってるもなにも昨晩店に来よったで。『田所』言う大阪検察トップのアホ息子や。」
天知「でかした、涼子ちゃん。」
涼子「こう言う時だけちゃん付けやな!」
一条「まあまあ。何者か分かったら手の打ち用がありまっせ。」
天知「検事正の息子か。それでこんな素早く四課動かして金林を生贄にできたんやな!わし久しぶりに頭に血上ってきたで。どないしてやろかいな。ただでは済まさんで !」
一条「店から出てすぐ親父に連絡入れて助けてくれと頼んだんでっしゃろ。事情聞いて慌てて、おそらく本部長ぐらいに連絡入れたんやろな。その時金林さんの名前も出たんちゃいますか。ほんで本庁四課に早急に店に行けと指示出したに違いありませんわ。金林さんの所為にせいと。南署や近所の駐在より先に普通やったら来ませんで。」
涼子「そういや、あいつ店でピリピリして落ち着かん様子やったわ。ビビッとったんやろ。あと、チーママに8時ごろから居ったことにしといてて頼んでたわ。」
天知「こら、絶対そいつに間違いないな。どないしてこましたろ!親父もろともいてまわな気が済まん!指示した奴、四課の奴らもや!」
一条「まずそいつ捕まえて自白ささなあきませんな。涼子さん、そいつ何処に住んでるんか知ってまっか?」
涼子「私は知らんけど、店の名簿か名刺ケースに名刺貰ってたら働いてる会社分かるかも…。私が調べんのはまずいしなぁ。あんまり気進まんけど『やもり』に頼むしかないかな。言うてられへんもんな。『やもり』に頼もか?」
天知「お店には申し訳ないけど、『やもり』に頼んでくれるか。一刻の猶予もない状態や。今日逮捕状出たら48時間以内に送検されてしまう。敵の陣地に行ってしもたら手出しにくい。」
涼子「分かった。金林さん助けんのが一番や。『やもり』に連絡する。
涼子はやもりに電話を入れ、お店の名簿、名刺ケースの場所を伝えた。
やもり「田所純也のやさですね。分かりました。すぐ行きますわ。」
涼子「くれぐれもお店に迷惑かからんようにしてな。3時までにお願い。」
やもり「了解です。お任せください。」
2時半過ぎ、やもりからメールが来た。
『無事任務完了。名刺があり、会社住所ですが自宅兼用と思われます。住所:大阪市福島区福島×-×-× タワーイングランド1527 携帯:090-××××-××××』
『ありがとう』と返信する。
やもりは仕事が早く、完璧だ。
天知、涼子、一条は事務所でやもりの連絡を待っていた。
涼子「おとん、一条さん。やもりからメール来た。ここや。」
天知「分かった、わしと一条に転送してくれ。あとはわしらにまかしとき。涼子ちゃんはここまでや。これ以上は顔突っ込まん方がええ。なんか手伝ってもらうことあったら連絡する。進捗もな。」
涼子「分かった。金林さん頼むで。」
天知「まかしとき!」
天知「一条、西本や篠山にもう大丈夫やとお礼言うとってくれ。」
一条「分かりました。」
天知「ほな行こか。」
一条「はい。若いもん2人ほど連れて行きますか?」
天知「そやな、車も2台で行こか。1台はワンボックスでな。」
一条「分かりました。すぐ事務所の前まで来るよう言います。」
天知・一条と、一見したらプロレスラーかと思われるほど体格の良い堂南と佐々木は天知の車とワンボックスカーに分かれ福島区に向かった。関電病院の並びのタワーマンションのタワーイングランドの前に並んで停車する。
天知は車に残り、一条・堂南と佐々木はマンションのエントランスに入って行った。一条が部屋番号1527を押すと、「はい」と若い女が応答した。
一条「シロネコです。お荷物お届けに参りました。」
女「はーい」と返事とともにエントランスのドアのロックが解除された。
一条らは素早く中に入りエレベーターに乗り込んだ。1527号室の前に着き、一条はインターフォンを押した。「はいはい」と声と共にドアが開けられた。
一条らは目出し帽をエントランスから被っており、女はその3人を見るなり「ヒッ」と喉から声を絞り出した。女を廊下に引っ張り出し、3人は土足のまま部屋に入っていく。短い廊下の突き当たりのドアを開けると、30畳ほどのリビングルームのソファに首にハートのタトゥーを入れた見覚えのある若者がふんぞり帰って50インチもあろうかのテレビを見ていた。
一条「田所純也やな。ちょっと付き合ってくれるか?」
田所「なんやお前ら。おれが誰か知っとるんか!」と顔を引き攣らせキンキン声で怒鳴りつけた。
一条らは何も言わず、田所をあっさりと抑え込み、口にガムテープ、手・足もガムテープでぐるぐる巻きにし、まるで芋虫みたいな状態の田所を堂南と佐々木が担ぎ、素早くドアから出た。女はブルブル震え、声も出ない状態で廊下にしゃがんでいた。3人は田所を担ぎながらエレベータに乗り、エントランスから出、堂南と佐々木が乗ってきたワンボックスカーの後部座席にほり込んだ。佐々木が田所の横に座り、堂南が運転席に滑り込んだ。エンジンはかかったままなので、すぐにアクセルを踏み込み発進した。
一条は天知が待っていた車の運転席に乗り、後を追った。
一条「うまくさらえましたわ。田所以外は女一人だけでした。顔も見られてませんわ。」
天知「よっしゃ。ご苦労さん。あとはすんなり田所が正直に話してくれるとありがたいけどなぁ。」
一条「すぐ話しまっせ。ああいうボンボンは。」
天知「上半身には傷つけん様に、堂南と佐々木に言っとかなあかんな。ビデオ撮る時に顔が腫れとったら真実味がないからな。」
一条「そうですな。なかなか話さん様やったら足の爪からいきましょか?」
天知「そやな。おどしだけで済んだらそっちの方があとあとええけどな。田所次第やな。ほいでどこでゲロさすねん。」
一条「白木に南港の倉庫押さえさしてます。ビデオの用意も万端です。」
天知「よっしゃ!」
南港に向かってる道中、一条に薮内から電話が入った。
一条「はい、薮内なんや?」
薮内「一条さん、なんか林組の金林さん逮捕されたんですか?」
一条「なんで知ってんねん?」
薮内「前から検察や大阪府警の電話盗聴しとったんですけど、検事正の田所から大阪府警の西本部長に電話してる内容聞いてしまいましてんけど、なんや田所の息子から電話あって、焼き鳥屋で友人一升瓶で殴ってしもて、ひょっとしたらいてもうてるかもしれんとの事で、助けてくれと。ほんで、その店にやくざの林組の金林に止められて一発殴られた。息子はそのまま店から逃げたらしい。という内容です。本部長の西は田所検事正に、分かりました、すぐその焼き鳥屋に四課の人間行かします。金林おったら任動でとりあえず引っ張りますわ。って返事してました。
その後、現着した四課の刑事から西に『金林おったんで任動で府警に引っ張ります。』いう連絡入りました。西が『分かった、金林がやった事にして、その筋で逮捕状も請求しとく。』とこんな内容のやり取りでした。金林さん逮捕されますんか?冤罪ですやん。」
一条「薮内、ようやった。その会話記録残してんのか?」
薮内「はい、検察や警察の電話、無線自動的に録音できる様にしてますねん。3ヶ月分は残ってます。要りますか?」
一条「そこの分だけでええから送ってくれ。」
薮内「分かりました。すぐ事務所のパソコンに送っときますわ。一条さんの携帯にも。」
一条「頼んだで。」
その電話のすぐ後に天知の携帯が鳴った。
天知「はい、合田さん。何か進捗ありましたんか?」
合田「金林の逮捕状出たで。これ以上わしは何もでけへんで。」とぷつっと電話が切れた。
天知「金林に逮捕状出た。あと、大阪府警全員に箝口令出たみたいやな。薮内はなんていうとんねん。」
一条「薮内がこの分の検事正や本部長、四課の刑事のやりとり録音しとったらしいです。あとは田所のぼんぼんの自白映像撮れたらいけまっせ。
天知「そやな、ここが正念場や。」
清水と金林は取り調べ室に向かい合って座っていた。
清水「金林、ここまでや。逮捕状出たで。あとは明日の送致待ちや。供述書に母印押してくれるか。」
金林「わしやないっちゅうてるやろ。ええ加減にせいよ!」
清水「まあ怒らんと。」と言って「おい、入ってきてくれるか。」と廊下にむけて声をかけた。刑事が二人入ってきて金林を押さえつけ、供述書に無理やり母印をおさせた。
金林「警察がこんな事してええんか?いつの時代の警察や!」
清水「連れて行け」と入ってきた二人に声かけ、金林は手錠と腰紐つけられ留置所へと連れて行かれた。
南港のある倉庫の中に椅子に括られた田所純也が座らせていた。前には、天知、一条、堂南と佐々木4人が対峙していた。堂南が田所の口に貼ってあったガムテープを外し、佐々木がビデオカメラのセッティングをし終わった。
天知「田所!お前がダチを一升瓶で殴ったんやな。金林を何で知ってるんや?」と優しく聞いたが、鋭い目で田所を睨んでいる。
田所「俺は何も知らん!金林いうんも知らん!」キンキン声で怒鳴りブルブル震えている。
一条「知らんはずは無いやろ。わしの顔覚えないか?金林さんと一緒におったもんや。わしは一部始終見てたで。」
田所「覚えないな。お前ら何もんや!俺の親父誰か知っとんのか?」
天知「田所検事正様やろ。あんたの親父さんが府警本部長さんに頼んでる会話も手の内にあるんやで。痛い目に会う前に正直に話した方がええんちゃうか?痛い目に会うだけ損するで。どっちみちお前は話す。」
田所『知らん、知らん。俺は何もしてない!」
天知「しゃーないなぁ。田所君。ちょっと痛い目おおてもらおか。堂南。」
堂南「はい」と言って、田所の右脚の靴下を脱がし、親指の爪の間に爪楊枝を一気に差し込んだ。」
田所「ギャー!!痛っー!やめてくれ!言います、言います。勘弁や!」とキンキン声で喚いた。
天知「ええ子や。しゃーから最初から正直に話したら痛い目に会わへんかったのに。残念!ほな、カメラに向かって最初から順序だって正直に話してくれるか。わしらの事は言ったらあかんで。あくまで自白っちゅう感じで頼むわ。先にあんたが検事正の息子で日頃何やってるか、金林を知ってる経緯もや。丁寧な言葉で、神妙さもつけてくれるか。」
田所「分かった、分かった。ちょっと待ってくれ。まだ痛くてそんな感じでは話されへん。」
天知「ええ子や。ちょっと待ったろ。水でも飲んで落ち着いたら話してもらおか。堂南。」
堂南「はい。」と言い、ペットボトルの水を田所に飲ましてやり、椅子に縛りつけてるガムテープを外してやった。爪楊枝もぬき、靴下と靴も穿かしてやった。
5分ほど天知らがタバコをふかしながら待っていると、田所から「もう大丈夫や。」と言い出した。
天知「ほんまええ子や。ほなスタートといこか。」
佐々木がビデオのスタートボタンを押した。
田所「私、田所純也は現在検事正の田所の息子です。今は、なりすまし詐欺や違法薬物の横流しで金儲けしてます。昨日南の焼き鳥屋『焼き鳥コッコ』の店内で友人の柳正志という人間と飲んでましたが、取り分の割合で揉め、柳を店にあった一升瓶で頭を一発殴りました。止めに入った客に一発殴られたあと店から逃げました。止めに入った人は、俺の仲間の高校生が違法薬物の横流しで受け渡してるところ林組の若い人に見つかり、しま荒らしやと殴られ、林組というのをネットで調べていて組長の金林さんの顔を知っており、その人やと分かりました。店から逃げてすぐ親父に電話をかけ、事の顛末を話し、やくざの林組組長に殴られて店から逃げてきた。助けてほしい。と頼みました。親父は『何ちゅう事してくれんねん。わしの立場も考えんと浅はかな事しやがって。わしの立場がやばくなるや無いか。府警の西本部長に相談してみる。お前はなんとかアリバイ作れ』と言い電話切れました。その後すぐ仲間の富田と西村を呼びつけ新地のクラブに30分ほどいましたがその後すぐに家に帰りました。店の人には8時頃から居った事にしといてくれと頼みました。その後のことは何も分かりません。以上です。」
佐々木はビデオの停止ボタンを押した。
天知「ええ子やないか。やればできる子や。頼んでないことまですらすらと話してくれて、アカデミー賞間違いなしや。ほな堂南、佐々木あと頼むで。一条カメラ持って行こか。」
一条「はい。」
堂南と佐々木は田所を連れ車に乗せ田所のマンションまで送ってやった。
堂南「今の事は誰にも言ったらあかんで。言ったらどうなるか分かってるやろな。お前が殺人の被害者となるで。」
田所「分かりました。誰にも言いません。」
結局ぼんぼんは一人になり、いざとなったら自分の事しかなく、小心者だ。
天知と一条はその後、薮内を事務所に来る様連絡し事務所に戻った。
一条「薮内、お前が録音した検事正と本部長の電話の会話、警察内部のこの件に関した連絡音声、このカメラの動画と合わせて整理し、要点だけまとめたもん作ってくれるか。」
薮内「分かりました。小一時間ぐらいでできます。」
天知「夕方6時頃やな。検事正の田所は帰路に着く頃やろ。一条、先回りして自宅の前で待ち伏せしょうか。」
一条「分かりました。もう自宅は調べてあります。薮内、出来たらわしの携帯に送っといてくれるか?」
薮内「了解です。」
天知「一条、ほな行こか。」
天知と一条は天知の車で田所検事正の自宅がある豊中市東豊中町の三ツ池の周りに立つ一軒家の一つに向かった。約30分ほどで田所の自宅に着いた。大豪邸の壁際に車を門に向け10メートル程離れた場所に駐車し、帰宅を待つ。そうこうしているうちに、薮内から要点をまとめた音声・動画が届き、天知と一条はそれを確認し、純也の動画を見終わった時、ちょうど田所を乗せた公用車が門を少し超えた所に静かに止まった。田所が運転手に開けてもらった後部座席の壁とは反対側のドアから降りてきた。天知の車をチラッと見たが、気にする風でもなく、運転手に片手を挙げ、インターフォンを押した。公用車は静かに発車し、行ってしまった。田所がなにやらインターフォンに告げると門が自動で開き出した。
天知「行こか。」
一条「はい。」
素早く天知と一条は車から降り、門が開き切るまでに田所の後ろに立った。
田所は驚いた様子で振り返り、天知と一条をそれぞれ見「どちらさん?何か御用ですか?」と恐る恐る聞いてきた。
天知「検事正の田所さんですな?」
田所「はい。田所ですが…。」顔が引き攣っている。
天知「純也さんのことでちょっとお聞きしたい事がありますねんけど、あそこの車の中で話せませんか?」
田所「純也の事?何も話す事ありませんで。おたくらどちらさんですか?警察呼びますで。」
田所はインターフォンを再度押そうとしたが、その瞬間一条は田所が西に電話を掛けている始めの方の録音を再生した。『西本部長、ちょっと困った事がありましてん。うちの息子の純也が…。』ここで一条は再生を止めた。
田所は真っ青な顔になり、膝がガクガク震え出した。震える声を絞り出して、
田所「こんな会話どっから。どういう事ですねん。」
天知「まあ、こういう事や。ゆっくり車で今後のことについてお話ししましょか?」
天知と一条は田所の両脇を抱え、引きずるように車に向かって歩き出した。
田所は観念したのか、すぐ一人で歩き出し、一条が後部ドアを開けると素直に乗り込んだ。続けて天知が田所の横に乗り込み、ドアを閉めた。一条は運転席に乗り込んだ。
門が開いたのに入ってこない主人を心配してか、年配の女性が玄関から出て、門の所まで出てきてキョロキョロと見ている。おそらく奥方さんやろ。
天知「田所さん、なんか言ったげなはれ。心配したはるで。」
田所はドアを開け、半身をドアから出し
田所「恵子。」
恵子『あなた。どうしたんですか?』
田所「心配いらん。ちょっと急用の案件を職員が持ってきてくれたんや。すぐ帰るさかい門は開けといて。」
恵子「分かりました。大丈夫なんですね。」
田所「大丈夫や。お前は家入って待っといて。」
恵子「はい。分かりました。」
恵子は門から玄関の方へ入って行った。田所は再び後部座席に座り、ドアを閉めた。『ふぅー』と大きなため息を漏らした。
天知「ほな、とりあえず音声聞いてもらいますわ。」
一条は再生ボタンを再び押した。田所、西、四課の刑事連中の会話が次々と再生された。
田所「こんな会話どうして?あんたら何者ですねん。」
天知「どうしてもこうしてもありませんわ。わしらは何者でもあらしません。ただ、この音声がある事実を田所さんに知っといてもらおと思いましてな。あと、これだけやおまへん。腰抜かしたら開きませんで。
一条は純也の動画を再生し、田所が見やすい様に向けた。
田所はブルブルからワナワナと震えを変化さし、顔が青から赤に変わった。
田所「こいつ何言っとんねん。こんな動画世間に見られたらわしの立場が…。」
天知「この後に及んで、あんたの立場の心配しかできませんのか?こういう親やからこんな息子に育ったんやなぁ。情けない!」
天知「まあ、これらの音声と動画世間に広めよとは思てませんねん。ただ、金林の無罪放免、まあ当たり前ですけど。あと、慰謝料やなぁ。1億でどうでっしゃろ。西本部長とも割合相談したらよろしいけど、府警さんはたんまり隠し金持ったはるやろし、おたくとこも裏金たんまり溜め込んだはるんちゃいますか?知らんけどな。まあ慰謝料は明日夕方まで返事待ちましょ。ただ、金林は即時釈放したってくれまっか。さあ、西さんに電話掛けなはれ。スピーカーでな。」
こういう事は相手に考える時間を与えない事が肝心だ。田所はスマートフォンを出し西に電話を入れた。
西「はい。検事正、どうしました?」
田所「ちょっと困った事が起きた。純也の事で西さんに電話した通話や、西さんが四課の刑事さんに指示した通話録音と、純也の自白と思われる動画のデータを持ってる人が今横にいたはる。確認したから間違いない。」
西「なんでそんなデータ持ってる奴がいてるんですか?誰ですねん?」
田所「誰か分かりません。ただ持ってる録音と動画データは間違いない。こんなん世間に出たら私ら終わります。」
西「そうですな。それでそいつらは公表する言ってますのか?」
田所「いや。その代わり金林の即時釈放と金銭の要求をしてきてます。慰謝料や言って。」
西「うーーーん。そいつら極道ちゃいますか?金林の仲間とか。ほんで幾ら要求してますん?」
さすが府警本部長の西や。腹座っとんな。天知は思ったが、ここで天知の正体がバレるんはあんまり得策でない。西は天知や一条、天知組の組員全員把握しとる。会話に割り込むわけにはいかない。
田所「それは分からん。要求は1億や。」
西「公表せんという確約はありますんか?」
田所は天知の顔を見つめた。天知はスマートフォンを手で押さえ小声で
「金と交換でこのデータ全て渡す。公表したところでわしら何の得にもなりませんわ。」と伝え、スマートフォンから手を離した。
田所「金と交換でデータ全て渡すと言ってます。どっちにしても公表されるんはまずい。私らも終わるし、純也も逮捕されてしまう。ここはこの人らの言う事聞かなしゃーないんちゃいますか。」
西「そうでんな。田所さんがそうおっしゃるなら。とりあえず金林釈放するよう部下に伝えます。店の客の証言が出たとでも言っときますわ。金はどうしますん?こちらからはせいぜい私の権限で出せるのは3千万ぐらいです。」
田所「しゃーおません。7千万うちから何とか工面してみます。」
天知は再度スマートフォンを手で押さえ小声で「金林はいつ釈放されるか聞いてくれるか。」と伝え、スマートフォンから手を離した。
田所「金林はいつ釈放されるか聞いてくれと言われました。どうですか?」
西「手続きありますから明日夕方ですやろ。」
田所は天知に「どうですか?」と聞いた。天知は頷いた。
田所「西さん。それで良いそうです。あと金を明日夕方までに払えて言われてますけど大丈夫ですか?こちらは何とかなると思いますけど。」
天知は再度スマートフォンを押さえ、「明日午後一番にあんたの所に持ってこいと言ってもらえますか。」
田所「西さん。明日午後一番に3千万持ってこれますか?」
西「分かりました。明日昼1時に持っていきますわ。」
田所「分かりました。お願いします。」
天知は手を伸ばし、通話を切った。
天知「よっしゃ。ほな田所さん。明日5時に田所さん自ら一人で大阪検察の下にこの車で待ってますんで1億持ってきてもらえますか?その時点で金林釈放されてる様に、西さんに明日金持ってきた時伝えてもらえますか。5時までやで。どちらか間に合わんかったら、このデータ公表させてもらいます。あと、検察周りに刑事等おったらその時点で交渉打ち切りでっせ。分かってますな。」
田所「ほんまにデータ全部貰えますんやな。公表もせんと。」
天知「分かってますがな。さっきも言った様に得にならん事はしません。ほな、奥さん心配したはるやろから、帰ってもらって構いませんで。」
田所は黙ってドアを開け出て行った。
天知「よっしゃ。一条、帰ろか。」
一条「はい。」と言って車を発進させた。
一条「おやっさん、田所は大丈夫そうやけど、西、大丈夫でっしゃろか?」
天知「そやな。大阪府警には堂南と佐々木にバイト君1人雇わして一緒に金林迎えに行かそ。堂南と佐々木は車で少し離れた所で待つ様に言っとかなな。四課の奴らに見られたらわしとこの組が関係してると疑われる。白木には西の行動貼らしとこ。薮内には府警の無線傍受させとかなな。」
一条「はい。手配しときます。あと、午後から念のため検察周りに若いもん何人か見張らしときますわ。」
天知「そやな。一条、明日の活力のため、もつ鍋でも食べにいこか。」
一条「よろしいな。ミナミの『もつ鍋博多』でもええですか?」
天知「ええなぁ。あそこのもつ鍋は絶品や。」
天知は涼子に電話をかけた。
天知「涼子、今日は仕事か?」
涼子「ううん。今日はお休みもろてる。連絡待っててん。どうやった?」
天知「いまからミナミの『もつ鍋博多』でもつ鍋一条と食べに行くけど、涼子来るか?」
涼子「うん。明日もお休みやからにんにく大丈夫や。行くわ。何時ごろ?」
天知「そやな、8時には着くやろ。その時話するわ。」
涼子「分かった。ほなな、後で。」
天知、涼子、一条は芋焼酎をロックでちびちび呑みながらもつ鍋が出来上がるのを待っていた。
涼子「ほんで、金林さんどうなんの。」
天知「明日夕方5時までに釈放されると思う。西がいらん事せん限りな。」
一条「ほんまでんなぁ。あいつわしら稼業を目の敵にしとるから。まだうちの組が関係してるとは分かってないやろけど。油断は禁物ですからな。」
そこに一条のスマホが震えた。
一条「はい、一条。薮内どうした?」
薮内「さっき西から田所に電話をかけて離してたん傍受してたんですけど、金林さんの釈放は大丈夫そうでしたけど、『1億も払う事ありますんか?』『しかたないん違いますか。』『何時に何処で渡す約束されてますん?』『大阪検察の下の路上で5時にさっき来た人にデータと交換に渡す事になってます。』『そうですか。ちょっとどんな奴か顔見たいんですわ。極道やったら恐喝かなんかで引っ張れるかもしれん。データもその時押収して潰してしまえば証拠も無くなる。』『大丈夫ですか?もし逃げられたら公開されてしまいますで。そうなったら私らも息子も終わりです。』『まあ、ダメ元で慎重にしますわ。』という内容です。危険です。気おつけてください。」
一条「分かった。助かった。」
一条は天知と涼子に内容を伝えた。
天知「西のやろう。けったクソ悪い。どないしょ。」
涼子「西て本部長のおっさんやな。おとん、危険やで。」
天知「一条、飛ばしの携帯持ってるか?」
一条「はい。ガラ系ですけど1個持ってます。」
天知「田所の番号に掛けてわしにちょっと貸してくれ。」
一条「はい。」といって薮内から聞いていた田所の携帯番号をプッシュし天知に手渡した。」
田所「はい、どちらさん?」
天知「さっきお話ししたもんです。お金もらう場所と時間変更願えますか。」
田所「何でですのん。」
天知「ちょっと小耳に嫌な事入りましてな。大阪美術館で『モネ』の展覧会ありますねんけど、その入場の列に1億持って並んどいてもらえますか?4時半にしましょ。あと、この事は誰にも言ったらあきませんで。誰かに言った瞬間例の物が世間に公開されますで。分かりましたな。」
田所「分かりました。中之島の大阪美術館、モネの入場列で4時半に1億持って待っとけばよろしいんですね。データと交換ですね。」
天知「そうです。よろしゅう。」通話を切った。
天知「よっしゃ。もつ鍋もちょうどええ頃やろ。さあ食べよ。」
涼子「おとん。悪知恵だけは頭の回転早いなぁ」
天知「悪知恵だけちゃう。わしはかしこやねん。母親からいつも『あんたはやればできる子や。』て言われてきてん。」
涼子「よう言うわ。おばあちゃん、『あんな極悪人産んでお母ちゃん涙ちょちょぎれるわ。』っていつも言ってたで。」
一条は口を挟む余地もなく、もくもくともつ鍋をつついていた。
清水「金林、出ろ。」
金林「なんや。夕方までほったらかしで。」
清水「釈放や。」
金林「はぁ。」
清水「釈放やと言ってるやろ。」
金林「どうなってんねん。逮捕状出たとか釈放やとか。」
清水「上からの命令や。お前を釈放しろとな。」
金林「まあええわ。ほんまに釈放やねんな。」
清水「そや言っとるやろ。」
清水は金林をつれ、大阪府警の玄関まで同行した。
清水「ほなな。」
金林は府警の玄関を出、階段を降りて行った。
20代の金髪の青年が近寄ってきて、「金林さんですね?着いてきてください。」と小声で言って先を歩いていき、馬場町の交差点に向かって行った。交差点を西に本町通りをしばらく行き、「この先のコインパーキングで堂南さんと佐々木さんが車で待ったはります。」と小声で伝え、そのまま本町通りを歩いて行った。金林は周りを伺い、刑事らしい人物がいないのを確認し、コインパーキングの一番奥に留めてあるワンボックスに乗り込んだ。もう清算は終わっているのか、すぐに車は発進し、本町通りを西へと走っていく。
金林「おたくら天知さんとこの方やな?どないなってるんや?」
堂南「おじきが頑張ってくれましてん。えらい目に会われましたな。」
佐々木「金林さん。はめられましたんや。検事正の息子が犯人でしてんけど、息子の連絡で親父が動き、府警の本部長に泣きついた結果、金林さんが生贄にされましたんや。」
金林「ほんでか、あまりに手際が良すぎて訳分からんかったわ。天知の親分さんには借りができましたな。」
堂南「もう大丈夫ですわ。ご苦労様でした。」
佐々木「どちらまでお送りしましょ。」
金林「天知さんとこにお礼に伺いたいんやけど。」
堂南「おやじは今、ちょっと詰めに行ってますよって今留守ですわ。一旦自宅にお帰りになってゆっくりされたらどうですか。」
金林「ほな、そうさしてもらうわ。このまま本町通行ってもらって御堂筋ずーと南へ走ってもらって、大国町の交差点までお願いできますか。そっからすぐのマンションですねん。」
佐々木「分かりました。」と無事金林を自宅まで送り届けた。
堂南は一条に『無事金林さん自宅にお送りました。』とメールを打った。すぐに一条から『ご苦労』と返信が来た。
白木から一条に電話が入った。
白木「一条さん、西と清水、刑事2人合計4人検察庁の下に張ってますわ。」
一条「分かった。こっちは大阪美術館に着いたところや。今から田所と会ってくる。そのまま西らを見張っといてくれ。」
「おやっさん、わしが行ってきますわ。おやっさんは車で待ってていただけますか?なんかあったらあかんので。」
天知「ほな頼むわ。わし運転席に移っていつでも車出せる様待っとくわ。やばなったらすぐ逃げてこい。慎重にな。」
一条「分かりました。ほな行ってきますわ。」
一条は車から出、サングラスをかけ、帽子を被りマスクもして美術館に向かった。天知は運転席に乗り込んだ。
一条が美術館のモネの入場に並んでいる行列の最後尾から行列の横を入場口の方へ田所を探しながら進んだ。行列の中程に田所が大きなジュラルミンケースを持ち、キョロキョロしながら並んでいる。周りには刑事っぽい人間は見当たらない。一条は田所の横に立ち、「田所さん、持ってきましたか?」と尋ねると、声も出さずにコクコクと頭を上下させた。
一条「ほな、いただきましょか。」
田所「データは?」
一条「これですわ。」と紙袋を見せた。
一条「ほな交換としましょか。」と言って紙袋を差し出すと。田所はジュラルミンケースを一条に渡し、紙袋を受け取った。
一条「ほな。」と言い残し、天知の待つ車へ戻った。途中振り返ると引き攣った顔で紙袋の中身を見ている田所がまだ列に並んでいた。『律儀にチケット買ってモネ見るつもりやないやろな。』
一条が天知の車に近づくと、天知が運転席から出て来
天知「上手い事いったか?刑事らはおらんかったんやな。」
一条「はい。大丈夫でした。田所は誰にも言ってないみたいです。」
天知「よっしゃ。念のためジュラルミンケースの中ちょっと見てみ。」
一条はトランクを開け、ジュラルミンケースを少し開けた。確かに1億円入っていた。天知も横からのぞいている。
天知「よっしゃ。帰るで。」
一条「はい。」と言って二人は車に乗り込み、車を事務所に向け走らした。
5時過ぎ、西や清水は検察庁の下で張っていたが、田所も現れない。
西「どないなっとんねん。田所も降りてこんやないか。田所に電話してみるわ。」
西はスマホを取り出し、田所に電話を掛けた。
西「田所さん。どうしましたん?今何処ですねん。」
田所「今中之島美術館でモネ見てます。データは受け取りました。」
西「何で美術館ですねん。1億は?」
田所「電話ありまして、受け渡し場所と時間変更がありましたんや。他言したらデータ公開すると脅されまして。1億は渡しました。美術館内ですんでもう切ります。」電話が切れた。
西「なに悠長に絵見とんねん。しゃーからエリートはいざとなったら頼よんない。まんまとやられてしもた。自分の金やないから平気や。田所に一人付けといたら良かった。後悔先に立たずや。」
清水「何処の誰とも分からずじまいですな。どうします?」
西「どっちみち何処かの組のもんやろ。どうしようも無い。帰ろ。」
清水は張っていた他の二人の刑事に『撤収や』と連絡入れ。西と府警に戻った。
天知と涼子、一条の3人は組事務所のソファに掛け、テーブルにはジュラルミンケースが置かれていた。
天知「一条、金林さんに電話入れてちょっと間わしらとの接触は避けるよう言っといてくれ。西はひつこいから金林さんを張りよるかもしれん。わしらの仕業やとばれる恐れがあるからなぁ。あと見舞金で1千バイト君にでも宅配ピザの格好でもさせて金林さんとこ届けるよう手配してくれるか。」
一条「分かりました。すぐ手配しますわ。」と言い堂南に電話を入れ、手配するよう指示した。その後金林にも電話を入れ、天知の指示を伝え、バイトのもんに見舞金1千万お届けしますと伝えた。金林は『何から何まで恐れ入ります。助かりましたわ。組長さんにも時期が来たらお礼に伺いますとお伝えください。』と恐縮しきっていた。
涼子「おとん、上手い事いったみたいやな。金林さんも釈放されて良かったわぁ。ほんで、データのコピー持ってるんやろ。ちょうだい。」
天知「涼子、公開するんか?お前も悪やなぁ。」
涼子「あたりまえやん。このままあいつらのさばらしとくなんて私の正義の心が許す訳ないやん。私、正義のヒーローウーマンやねん。さあ。」
天知「わかった、わかった。くれぐれもネタ元割れんように注意しいや。一条。」
一条「はい」と言ってSSDを涼子に渡した。
涼子「おおきに。注意します。」
天知「ほな、寿司でも食べにいこか。儲かったしな。一条、組みのもんにも明日に小遣いやっといて。」
一条「分かりました。」
3人はタクシーで新地の寿司『司』に向かった。
翌日の朝、涼子はSSDを持ち、マンションの地下駐車場に降り、真っ赤なポルシェに乗り込み一際大きく“ゴワン”とエンジン音を鳴らし、南の長堀に向かった。長堀駐車場に車を停め、地上に出ると周防町にある喫茶米国屋に急足で向かった。10時に末次と待ち合わせしている。米国屋に入ると螺旋階段を登り2階のフロアに行くと末次はもう奥の席に座り、タバコをふかしながらスポーツ新聞を読んでた。
涼子は末次の前に座った。
涼子「おはよう。末次さん。またよろしく。」
末次 匡は、大阪の媒体各社では名の通ったフリージャーナリストだ。
ウエイターが水とおしぼりを持ってきて注文を取りに来た。
涼子「ホットお願いします。」
ここのコーヒーは値段はさておき美味しい。たばこOKも魅力のうちだ。ソファもくつろげるしテーブルの間隔が広いので、会話を聞かれる心配が少ない。
末次「涼子さん、おひさですな。またええネタですか?」
涼子「ないしょ。末次さん、あいかわらずTVのニュース番組にも出演しはって、賢そうな事ばっかりくっちゃべってますなぁ。」
末次「またまた、からかわんといてください。今は少数与党になりましたからなかなか政治家の動きが読めませんねん。平気で昨日の友を敵に回す世界ですから。魑魅魍魎のたぐいが蠢いてますからなぁ。ほんで、涼子さん何のネタ持ってきてくれたんです?」
涼子がアイコスを一服してると、ウエイターがホットコーヒーを持ってきてくれた。涼子はブラックで一口含み、口の中で転がすように飲み込んだ。『美味しい』。
涼子「これ。」と言ってSSDを末次に渡した。
末次「この中にまたおもろいもんが入ってますんか?」
涼子「まあ見て。後は末次さんに託すわ。圧力に負けんよう世間にさらしてほしいねん。」
末次「まあ、涼子さんにいつも言ってますけど、私あんまり欲がおまへんから圧力があっても気にしませんねん。『干せるもんやったら干してみ。』と言う感じのスタンスでやってきてますよってその辺は大丈夫と思っといてください。」
涼子「無いと信じてますけど、ほんでネタ元はくれぐれもシークレットでお願いします。」
末次「それは大丈夫です。こんな大事なネタ元さん私も手放したく無いですから。」
涼子はこういうスタンスの末次だからこそ信頼し、情報を流している。しかし、いくら末次がツッパても公表せんかったり、かなり端折ったりするテレビ局や新聞社もある。
顔が広い末次にとってはそう言うところは少数派で圧力を物ともしない媒体、最近では特に、ユーチューバーとかネットTVとのパイプを多数持っている。
末次「報酬はいつものように私の取り分の30%でよろしいか?」
涼子「かまへんよ。ただいつものように現金で、領収書無しでたのんます。」
末次「了解です。これ見てまた報告しますわ。」末次はレシートを持って先に出て行った。早く見たいのだろう。涼子はアイコスをもう一服し、これからどうなるかウキウキした気分を抑えきれず、一人ニヤついてしまった。他の客に見られたら『変な女』と思われると思いすぐに真顔に戻し、もう一服し、コーヒーを飲み干し店を出た。
翌日にはもう全局でこのニュースが駆け回った。
『検事正、息子の犯罪を反社の男性に押し付ける。どちらが反社か?府警本部長の関与も。』
全局圧力に屈しず放映を決断したのには、あまりにもリアルで生々しい証拠が揃っていたからだろう。息子の純也の動画が後押しをし、アナウンサーや出演しているタレント・ジャーナリスト・元検察官・元刑事部長などが口飛沫を撒き散らしながら弾劾の言葉を怒鳴り散らしている。おそらく、ネットニュース、週刊誌、ネットTV等もこのニュースを掲載、特番として流しているだろう。
検察庁や府警には報道陣が詰めかけている。出入りする検察官や検察事務官はマイクを向けられても黙りを決め込んでいる。府警には玄関に警察官がずらりと並び、報道陣を中に入れまいと無表情で立ちはだかっている。
翌日の午後3時から田所検事正の記者会見が開かれた。質問は一切無し、田所は事実を認め、辞職を決断したことを述べ、『私一人の浅はかな行動で検察の信用を地に落としてしまいました。この件は私個人の問題であり、検察は何の関与も致しておりません。今後とも検察庁には、後任の検事正や残っている検事に検察の信頼回復に誠心誠意努力していただきい。』と締めくくり、約5分程で退場した。出席していた記者たちの怒号は10分ほど続いたが、結局記者会見の映像は10分程で終わってしまった。
結局冤罪で逮捕されそうになったのが反社の人間という事が世間の興味を薄めたのか、一ヶ月後、しれっと田所は大阪国税庁の総務部長に赴任し、退職金もたんまり貰っていた。大阪府警の本部長だった西は、羽曳野警察署の署長に左遷された。清水は知らぬ存ぜぬでそのまま大阪府警の四課刑事を続けている。
その後、国内では、少数与党の民主発展党総裁に女性初の宮市がなり、野党が連立し過半数を取るのか、民主発展党がどこかの党と連立を組み政権を握るのかのニュースが主になってしまい、田所のニュースはマスコミから消えて行った。
涼子は思う『私ら勝ったのか、結局負けたのか』と。
完




