幅広く流れるシェオル
魔族との戦いから一夜明けた朝、家で椅子に座り紅茶を嗜む
バリウスは憂いていた、それは勿論昨日の魔族についてだ
「アイツらは兵を殺した後……」
彼は考える
どうしても引っかかることがある、それは行動だ
どうにも殺しがメインには思えない、それならもっと積極的に破壊と侵攻を行っただろう
殺した内、小さい方の魔族は兵が片付いた後もただ突っ立っていただけだった
そして何より、後から来た謎の魔族
「ユニ……だったか」
言動的にどうやら二人より立場が上らしい、組織的な物なのか
それとも……
「何が目的だ……ただの嫌がらせか?」
その時、ユニのとある言葉を思い出す
"今回はもう十分だろう"
「十分……つまり何らかの目的を達成した……?奴が別の場所でなにかしていた?それとも……まさか、俺か……?」
もっと思い出せば魔族は髪色と耳飾りの特徴でバリウスを判断し、お前かと叫んでいた
自分が目的、それはバリウス自身がもっとも避けたいこと、しかし、魔族を何体も殺している以上恨みを買っていつかはくるかしれないと思っていたこと
「リュディ…」
自分そのものが地雷なら、最も身近な人物であるリュディは当然その地雷原の中
「やってやるさ……誓ったんだ、俺が…護るって」
やらなきゃならない、奴らを見つけ次第殺して、平穏を……
「クソっ…リュディ!散歩行ってくる!」
連日魔族が出現したせいでお互いしばらく休みだ
寝室で寝ているリュディに声をかけると、昨日と同じコートを羽織り彼は外へと出ていった
「毎度ありー」
町で買ったタコスを手に取り、あてもなくぶらつく
かなり治安が不安な昨日今日、正確には一昨日昨日でよく普通に店をやるもんだと感心しながらタコスを頬張る
ただ人はやっぱり少ない、当然だろう
だからこそ、一人でも居るだけで自然と目に入る
「あいつは……」
見覚えのある風貌を目撃する、向こうも気付いてこっちに来た
「やぁ!おはよう、また会ったね」
2日前に会った少女といた青年、異世界から呼び出された勇者の一人
元クラスメイト、しかし名前は思い出せない
「あぁおはよう、名前なんだっけ」
無機質な顔でズケズケと質問をする
少し失礼かもしれないが、その位彼は気がたっていた
「僕は伊野藪海、悪いけど僕も君の名前忘れちゃってて……」
「思い出さなくていい、俺はバリウス、それが唯一の名前だ」
「?うん、ありがとう、バリウス君は何でここに?君もパトロール?」
伊野はどうやらパトロールをしているらしい
戦いから逃げたとはいえ、それなりにやれる事をやっている様だ
「散歩、歩きながら考えてる…魔族について」
「何かするつもり?」
「……ここに居るってことは戦いたくない人間だろ?なら介入するべきじゃない」
警告混じりにあしらう、しかしどうも、伊野はそういう人間のようだ
「そうだけど…大切なものを護るためなら、僕は闘えるよ」
「はぁ……まぁ言って損は無いか、むしろ協力者が出来るなら喜ばしい、だけどお前はこれからどうなるか分からないからな」
そうして今分かっている事は全て話した、少ない情報量ではあるが、その重さはバリウスにとって中々のものだ
「バリウス君を狙って…心当たりは?」
「それらしいのは片手じゃ収まんない」
右手をわしゃわしゃさせながら言う
「そっか……」
分からないことが多すぎる、人数、顔と、目的と…
場所さえ分かれば殺しに行けるのになどと考えていると伊野が話しかけてくる
「一ついいかな、最近よく戦いに行ったみんなの話を言伝で聞くんだ…勝ったとか何とか、きっともうすぐ魔王に辿り着くと思うんだ」
「まぁ、3年近くすりゃそりゃぁ」
「魔王との結果がうまく行けばさ、そしたら中立とか友好条約とか結ぶことになると思う、それで魔族と人との隔たりが無くなれば嬉しい事なんだけど…」
「そんな中で人が魔族を殺せば…」
結果は目に見えている、そもそも魔王がそんな事するのかとかは置いておいて、魔王が条約を結んだとて、ほとんどの魔族は人間嫌いだ
相当荒れるだろう、そこに油を注ぐような真似なんてしたら
「迂闊に殺せないか…でももう手遅れだろ、それに仕方の無い事だってある」
「魔族は獣人とは何とも無いんだろう?ならきっと人間ともある程度改善は出来るはず」
この世界には人間と魔族の他に獣人がいる
獣人の国は幾つかあれど、他二つと特段仲が悪かったりはしない
なんなら獣人の国に普通に魔族も人間もいたりする
この国にもたまに獣人がいる
「どうしろってんだ…」
「魔王との結果が出るまでは何とも……」
「諦めたほうが良いですよ」
「「!!?」」
突如横から知らない声がする
振り向くとそこにいたのは人、だがこうして面と向かっている今も妙な違和感がある
「何だお前……」
警戒心をフルに稼働させる、こいつはヤバいタイプのやつだ
「……」
伊野の方はただ生唾を飲み込むばかりだ
「私は魔族のヴァルバです、たまたま見つけたので盗み聞きしていました」
「臨戦態勢だ…」
伊野へと目配せする
「わかった…」
命令を素直に聞き入れる伊野、しかし魔族は慌てて補足を入れる
「あわわわわ、闘いに来たわけじゃありません、ただアドバイスをしに来ただけです」
「そうか、助かるよ」
落ち着きを取り戻し平然と振る舞う
そして回復した思考で考え始める
「今の魔王なんですけど…なんというか…いないんですよね…」
「は?」
「魔王がいない!?じゃあ王様が言っていた話は…」
「いや居はするんです、ただちょっと私達円卓のエリスが幽閉しただけで」
「幽閉?どういうことだ」
「あの魔王、人間との共存を夢見てるんですよ、だから人類を支配する私達の邪魔なので幽閉しました」
サラッととんでもない事を言った、魔王が人類との共存を望んでいる
いい事を教えてもらった
「へえ…希望が見えてきたよ、だがお前らは殺すしか無さそうだ」
困惑から平静へ、そして今は敵意へとなる意思
「私が逃げる方が速いと思いますよ」
「そうかもな、瞬きでもしてる内に消えてそうだもんなお前」
「えぇ、瞬きほどの隙があれば」
瞬間、視界から魔族が消える
「っ!?」
そして、気づいた時には伊野の前に出て拳を突き出していた
「なーんか、違和感があるなお前、一挙手一投足…魔法か?」
「あっ…」
バリウスはヴァルバの拳を右手で受け止めていた
「よく反応できましたね、私の魔法に」
「目だけで追ってるんじゃないんでね、あと魔法で合ってるんだな」
「そうです、あまり正面切っての闘いは向いてませんけどね、今日はもう帰りましょう、あまり話しすぎる訳にもいかないので」
そう言って背を向けるヴァルバ
「十分いいこと聞かせてもらったよ、なんとかマシにはなるかもな…」
「あっ、いない……」
ちょっと目を離した隙に消えたヴァルバ
嵐というか鎌鼬の様な魔族だった
「よし、伊野……作戦会議だ」
「えっ、あぁうん…」
伊野の家に来た
国が用意してくれたものだそうで、まぁ普通の家だ
「そういや他に戦いに行かなかった奴っているの?大体は知ってるけど後から辞退した奴とか」
「女子は結構多かったかな、男子にもいたし、戦いに行った人は本当に強い人達なんだろうな」
「まぁ……無理に誘う必要も無いか、足でまといにして殺す訳にはいかないし」
小さく呟き伊野とテーブルの前に隣り合わせで座る
紙とペンを用意し早速取り掛かる
「まず目的は」
「魔王を救出すること」
「ついでに奴らを殺すこと」
「なるべく殺しはしたくないけど…」
「必要犠牲だ、魔王も許してくれるだろ」
「魔族の世間が許してくれるかな」
「王に逆らう奴はいない……と思いたい」
これで革命でも起こったら笑えない
「んで、ヴァルバとか言う魔族は円卓のエリス、だったか、我々って言ってたしそういう仲良しグループかなんかに属してると」
「バリウス君を狙ってる魔族もエリスの一人なのかな」
「さぁ?なんとも、次会ったら聞くか」
その後も色々話し合って色々話し合ってまとめて色々取り決めた
その結果のメモが
────────────────
目的 魔王の救出
・そのために場所を聞き出す
・ユニと円卓のエリスと言うチームを潰す
・王を復権させて人間とうまいことやってもらう
役割 バリウス/戦闘を基本全部こなす
伊野藪海/バリウスが出来ないこと全部
────────────────
「書けば随分と短いな」
「役割の分け方雑じゃないかな?」
「大丈夫、あってないようなもんだ」
どうせ一波乱程度では収まらないだろう
その時その時でその場しのぎで戦っていくしかない
「ところで、他のクラスメイトはどうするのかな?協力してもらう?その前に魔王の事を王に伝えに行かないと……」
「……それは少し考えよう、今な俺たちだけでやる、王に伝える必要も無い」
「なんで?その方がスムーズに進むと思うけど……」
「自分より弱い味方は好きじゃないんだ、邪魔になったら困るだろ」
その発言に対して少しムッとした顔をする伊野
「そんな事無いと思うけど、それに彼らは強いってさっき言っただろう」
「あの魔族見ただろ?そこら辺の野良野郎とは違う、だからアイツらは泳いで何も知らぬままに英雄になればいい」
「彼らの強さも知らないで何を言ってるんだ!」
「俺が消えた後の1年弱!俺はどうしてたかお前は知らないだろう?それが俺の強さの理由だ、お前らとは見えているものが違う」
「……そう、なら君の強さを信じるよ」
「そうか、助かるよ…お前だって、友達を死なせたくはないだろ?」
「まぁ、うん…そうだね…」
「その為にもだ、じゃあこれで正式にチーム結成だな、頑張ろうか」
「はぁ…大丈夫かな本当に……先が全然見えないんだけど…」
「まずはあの魔族見つけないとだな」
バリウスは思う
あぁ、闘おう
君を守るためなら、俺はなんだってやれる
君は俺の最後の光だ
だから、あんな奴らは必ず潰してみせる
それに、アイツも護ってくれって言ってたしな
と、静かに、滾らせて
ストレリチアの耳飾りに触れる
バリウスは望まずして再び闘いに身を投じる
その決意を、今確固たるものにしたのだった