伸ばした手は
駄目だった?
トカゲの尾により引き裂かれ、薙ぎ倒された景色
煙が舞い、何処かで瓦礫の倒れる音が鳴り止まない
パキパキと木が割れる音、ゴトッとレンガか何かが地面とぶつかる音、そして時折、ガシャアアアと家が倒壊する音が
その厄災響く煙の渦の中で、一つ
ビチャビチャ……と液体が滴る音がした、それなりに量のある音だ
落ちたのは、赤黒い液体
血液
その溜まりに、体の力が崩れた様に少女の手が重なる
だがこれは彼女の血では無い
「あぁっ……嬢ちゃん……大丈夫か……?」
男が抱き抱えた少女の顔を伺う
土に汚れた顔をしているが、目立った怪我は無さそうだ
それよりも何かに呆気にとられていると言った顔だ
シュルッ……
その時、少女に回された腕から力が失せ、彼女が地面に背中から倒れ込んだ
「あっ……う……腕……」
「しっかり抱き抱えてやれねぇと思ったら……どっかいっちまったみてぇだな……」
少女が手を伸ばした、何かを掴むように
しかしそこには何も無い、あるはずなのに何も無い
掴める手、そこには無くて掴めない
彼の腕、ウォンバットの左腕は、無くなってしまっていた
「はっ…あぁっ……!」
少女の潤んだ瞳、鼻の詰まった様な噎ぶ声
彼女の焼けた喉から出るには似つかわしくない、でも少女としてはそうらしい声
「なんで……あっ、あぁ……父…さん……ああぁ!!」
蹲って頭を抱えたかと思うと衝動的に走り出した
だが未だトカゲが暴れているのに変わりは無い
今は瓦礫の影で見つかっていないだけ、ヤツは無作為に周囲を破壊していく
その際の衝撃で彼女は足をつまづかせた
「うぐっ……くっ…」
「嬢ちゃん……こっちに戻れ、少しだけ話がしたい……」
「っ……」
ウォンバットから手招きされ、セファは姿勢を低くしてゆっくりふらふら歩いて行く
やや大きな音を立てながら膝をついて目線を合わせる
彼女の表情は泣きそうな、怯えているような、困っているような、悔しそうな、全ての自責の感情の類が混ぜ合わされたような
「前ぇ…話した時よぉ、嬢ちゃんは人を頼ることを知れなかったって言ったよなぁ……ボケて無ぇよなぁ?」
セファは、少しだけ頭を下にやって頷いた
視線も目を逸らして下を向いている
「それに嬢ちゃんは、それは親がいなかったからかって聞いてきたな……」
さっきより小さい動きで頷く
「確かにそうだ……お前さんの親が死んじまったから、家族との時間が無くなっちまったから、人との思い出を最後に燃やされてしまったから、人への記憶と信頼が薄いんだろうな……」
ウォンバットは俯いて少し考えながら唸る
そして顔を上げるとセファの目の前に手を差し出して言う
「でも、だ……家族ってのは血だけじゃあ無いだろ?だからなんて言やぁいいかな……」
咳き込み、セファにしっかりと前を向かせる
そして彼女に伝えた
「こんなボロジジイだが、残りの時間をお前の父として使わせてくれねぇか?」
「ぁ…………」
セファは目を大きく開き、口を開けて呆然とした
いや、感極まっているのかも知れない
ただ、その目には彼女自身久しく忘れていた光景が映っていた
「嬢ちゃん……どうする?どうやって前に進む?あの化け物から、今の自分から、未来への迷いから……」
ポタリ、雫が一滴
血では無い
そんな物よりもっと透き通った雫だ
彼女の純粋な目から零れ落ちた、涙一滴
彼女は叫んだ
「魔族狩りなんてただ過去を忘れたかっただけなんだ!でも逆なんだ……もう一度家族と笑ってみたい!悪魔なんて名前捨ててやって、父さんと母さんの子供として甘えてみたい!」
「…………」
ありのまま、赤裸々の告白、しっかり者の長女の
数年遅れの甘えたがり
「サラと…セニアの世話焼くのもやめて……一度だけ……」
「嬢ちゃん……今度遊びに行こうぜ、飯食うのでも娯楽でもなんでも……これ終わったら、な?」
「……うん…」
二人は立ち上がった
瓦礫の陰から身を出して、トカゲの方を見る
話している間もずっとどんちゃん騒ぎしていたが、やはり暴れている
セファは銃を手に持ち、ウォンバットは片腕でもその威圧感は消える事なくむしろ増している
機会を伺って攻撃しようとする二人だったが、そこに意外な声が響いた
「やはり俺の助けが必要か?」
「なっ!?お前は……!何しに来た!」
セファが見た瞬間怒りを露わにする男、それはローエイであった
手にはめたグローブの上で何かを軽くお手玉してから彼女に投げつける
「こんな事もあるかと思ってな、用意しておいた」
「これは……」
投げられた物を手でキャッチして確認すると驚きの声を上げる、それは
その形は、間違いなく彼女の銃のトリガーだった
「どこでこれを!」
「いいから使え、必要だろ?」
「……ちっ……」
渋々承諾して、それを短銃へとセットする
これで長銃と短銃、二本の同時使用が可能となった
「やれる……今度こそ!」
新たな力、自分の意思を胸に
彼女は再び立ち向かうのだった




