静かなる狩り
ワイルドハント!
「なぁ伊野、前まで好きだった食べ物がなんだか不味く感じる事ってないか」
「え?まぁ、確かにあるような…」
森の中を歩いているといきなりバリウスが突拍子のないことを言い始める
「前さつまいも…いやこの世界に薩摩は無いから名前は違うけどとにかく食べたんだよ、俺結構好きだったはずなのに何か美味く感じないんだよな」
「そういうこともあるでしょ、成長するにつれて味覚なんていくらでも変わるし、ピーマンだって今の年なら食べれるでしょ?」
「でも、嫌いなものを美味く感じるようになっても、その嫌いな物を食わないと分かんないからその成長の恩恵を感じることはあんまり無いけどな」
くだらない雑談を交わしながら大きな根を飛び越える
それにしてもここは不思議な森だ、隣合う木どうしでも明らかに品種が違う
まるで色んな種がこの森にバラ撒かれたように
「似たようなことなら僕も元の世界で風邪をひいてから好物のハムがあまり美味しく感じなくなったんだ、本当に残念だよ」
ちょっぴり悲しそうな声で言う
低木を手で押しのけ、先へ進み後に続いたバリウスが丸ごと蹴り飛ばした
飛ばされた低木は少し向こうの大木の枝に引っかかりぶら下がった状態になった
「王はもしや私の忠誠がいずれ無くなると仰りたいのですか?」
「お前はまず成長してくれ」
「前少しは成長したと言ってくださったではありませんか!」
マイナスが割り込んで何やら言ってきた
彼女は何かにつけて自分の忠誠を示そうとする癖がある
「諸行無常、だったか、この世に不変は無いんだ、あるとしたらそれは一種の狂いとも言える」
「私は王の為ならば地獄の狂いも見てきます」
「……地獄とは違うがお前の記憶が戻ったらどうなるんだろうな」
ふとそんなことを言う
マイナス・フェイバーには記憶が無い、気づいたらこの世に生まれ、彷徨い続け
そして王を見つけた、何がそうさせるのかは分からない
「記憶…ですか、戻ったとしても変わりませんし王への忠誠に私の意思は不要です」
「一体どこから来るんだか、もうちょいマシな理由があれば受け入れられたかもしれないってのに」
だがまさしく彼女がしつこくアピールをする理由はそれなのだろう
自己の存在、それが彼女には不確かであり、その意思は誰のもので本物なのか分からないのだから
そして彼女は目を背け続けるのだろう、忠誠に自分が自分である必要は無い、ただ今のその身が忠誠を示せばいいと思い込むように逃げるだろう
「私は忠誠を示そうとも、理由が無ければダメなのですか?」
「あぁ、お前の意思が必要だ」
耳と尾が垂れ下がり唇をきゅっとする
そこへ後ろからついてきているフィリアが口を挟んだ
「そんなに深く考えることもないだろう、単純な目的なのだから、其方がそうしたいと思っているのだろう?ただ一つ、細かいこと抜きにしてそれさえあればいい」
そこへフィリアの上から何かが落ちてきた、さっきバリウスが蹴り飛ばした低木だ
枝に引っかかっていたが自然と落ちてきたらしい
それをフィリアは鞘で弾きのける
「私が今これを弾いたのは何故か、当たりたくないからだ、目的と理由は必ず1:1だ、なぜ当たりたくないのかとかは考えることでは無い」
それを聞いたマイナスは困ったような、考えるような顔をした
「私には記憶がありません、何故王と感じるのかも分かりません…少なくとも私はそうしたいんです……私はそう思っているはずなんです……」
「……まぁ、なんだ…自分探しの旅も兼ねたらいいんじゃないか、見つかるといいな」
そう一言、マイナスへ言葉を送る
すると、フィリアが申し訳なさそうな声で言う
「あぁ……悪いが、嫌な方が見つかったみたいだ」
そして突如木々が倒れる音がする
辺り一帯に気がへし折れるミキミキという音と、地面に激突する耳に響く音が広がる
音の発生源の方を見ると、何か黒いものが見えた、太くてふさふさした可愛らしいものが木の裏に隠れている
そしてその姿を現した
「犬……やっぱりデカイな」
「どっちかと言うと狼じゃないかな」
それは巨大な狼、口からヨダレを垂らし鋭い眼球でバリウス達を睨みつけている
「私がやろう、其方達は休むべきだ」
「一人でいけるのか?」
「すぐに終わるさ……」
そう言って前に出るフィリア、柄に柔らかな指先をゆっくり、そっと優しく添え構える
無駄に飾ることもなく、ただ静かに待つその姿はどこか優美さを感じさせる
「ヴゥゥゥゥ……」
低く唸る狼、左右に移動しながら徐々にフィリアへ近づく
そして
「……来るといい」
「……ウヴァァアッッ!!」
その爪を剥き出しにしてフィリアへと襲いかかった
手を振りかざして彼女を引き裂かんとする狼
そしてフィリアは
「…………すぅぅ…」
ッ─────────────────────
一瞬だった、彼女が太刀を振り上げたその瞬間、太刀に血が付く暇も無いほどに
狼の体は綺麗に真っ二つになっていた、縦に、ちょうど真ん中で
その二等分された体が地面に落ちると彼女は言った
「苦しむことは無い、それが私のやり方だ」
太刀を鞘にしまい、振り向くとバリウス達の所へと戻った
いつものにこやかな笑顔を見せるフィリアだが、彼らはその様子にただ驚くばかりだった
「……凄い…けどちょっと中身見えるのが…」
死体から目を逸らす伊野
やっぱり血は苦手なようだ
「……強いんだな、お前」
「まぁ、そう思ってもらえるなら良いんだ」
道が開いたのでそのまま先へと進み始める一向
その際バリウスはちょっとした石に足が触れた
見るとそれは
「切れている…凹凸なく綺麗に……まさかさっきの斬撃で…狼から多少離れているのに、恐ろしい奴だ」
一方その頃、セファ・ロータスは相も変わらず街をうろつき魔族を探していた
「復讐……やらないと、あいつは殺さないと……(あいつを殺した後はどうするつもりだ?)魔族は滅ぼさないといけない…だから全部全部全部…!(お前にはそれだけしかないのか?)うるさい!」
頭を抱えて悶えるセファ、そこへ遠くから悲鳴が聞こえてきた
「行かなきゃ…殺さなきゃ……」
フラフラと歩いて行く、死人のような目をして
ただ存在してはならないものを滅ぼすために、それを信じるために




