蠢く闇の住人
戦いが終わり花屋へと戻る
さっきまでとは街の雰囲気が随分と違う
人っこ一人いやしない、全員魔族がいると聞いて逃げたのだろう
店の中に入ると、花を手入れしているハヴィがいた
「なんだ、逃げなかったのか」
「花を見捨てる訳にはいかないので、それに先輩こそ逃げたのになんで戻ってきたんですか」
戦いに行く前に脱ぎ捨てた制服を着ながらハヴィの問いに答える
「俺はあれだ、倒れてたおばあちゃんが居たから、助けに行ってただけだ」
制服を叩いて整えて営業再開の準備をする
客なんて多分来ないと思うが
「流石先輩、優しいですね」
「全員が優しければ、こんなことも無いんだろうけどなぁ…」
「魔族にはほんと腹が立ちますよね、魔族ってみんなああなんですかね」
「さぁ……純粋に優しい魔族なんて見たことも聞いたことも無い」
アイツだって、この傷と、力を与えたのだ
「先輩?大丈夫ですか?顔色悪そうですけど…」
「走って疲れただけだ、花の香りでも嗅げばすぐに治る」
テキトーなことを言って誤魔化しておく
しかし様子のおかしさは明らかである
「じゃあコレでも持っててください」
そう言って白ユリを手渡す
右手に渡されたそれからは程よく落ち着いた香りがする
「…ありがとう」
「でも持ってると仕事の邪魔ですね…なら…失礼しますね…」
そう言って白ユリを取り、なにやらバリウスの頭をいじくり回すハヴィ
「…よいしょ、はい!花の髪飾りです!頭お花畑ですね!」
「ぶっ殺すぞ」
自分だと分からないが髪にうまいこと茎を使って巻きつけたらしい
「これの分金払えとか言わないよな?」
「私をなんだと思ってるんですか、魔族が一本盗んでったんですよ」
「優しい魔族が居たもんだな」
軽く茶化して作業に戻る
結局この日は客が来ることはなかった
仕事終わりの帰り道
バイオリンケースを担いで家のドアに手をかける
家の中に入り、彼女が居るであろうキッチンの方へと行く
「ただいま、リュディ」
「おかえりなさい、バリウスさん」
彼女は一言で言えば居候先だ
家がなく彷徨っていたところを拾われた、そして今もその優しさに付け込んでいる
「その頭の花、どうされたんですか?」
「ああこれ、まぁただのオシャレだよ」
「…バリウスさんそこまで器用じゃないですし、多分あの後輩の人ですよね、可愛いですよねあの子、笑顔が明るくて髪色もオレンジ色で短くて派手ですし」
何か嫉妬のような感情を露わにする
それに対してバリウスはすぐにフォローする
「俺はリュディの方が好きだよ、黒くてちょっと長い艶のある綺麗な髪とか、落ち着いてて優しくて俺みたいなのにも理解を示してくれるところとか」
「!!…そんな、私はそこまで…それにバリウスさんだって黒髪に天使みたいに綺麗な白髪がちょっと混じってて綺麗だし、近所の子供の相手をしてあげる面倒見いいところとか良いところ沢山ありますよ…」
「そう…ありがとう」
とりあえず落ち着いた
彼女は16歳の学生で進学が理由で一人暮らしをしている
経済的に特段裕福という訳でも無いのに自分を拾ってくれたことに本当に感謝しながら彼は過ごしている
だからこそ、彼女だけは絶対に
そう思いながら
「ご飯できてますよ、もう食べますか?」
「あっ…ごめん手伝えなくて…」
「バリウスさんは仕事があるから仕方ないじゃないですか、そんなに気を遣う必要はないですよ」
居候したての時は家事の手伝いをしていたが、働き始めてからは手伝えることが少なくなってきた
でも彼女が文句を言う姿も、怒る姿も見たことがない
「そっか…ご飯はもう食べるよ、あとこれ、桃買ってきたからよかったら食べてくれ」
バイオリンケースとコートを片付けて机に置かれている料理を食べ始める
いつも通り美味しい
18歳の自分より100倍すごいと感動しながら食べ進める
サラダを食べながら今日のことを思い出す
街に突如現れた魔族、狙いは少女が持っていた神器か
神器は魔法が使えず、能力も秀でていない人間が他種族に渡り合うための唯一の手段
使用者に凄まじいパワーを与え、神器自体も特異な力を持っている
そのため国に寄付することで多額の報奨金が貰える、コレ目当てのトレジャーハンターもいるそうだ
あの少女もそうだったのだろうか
神器は世界各地に落ちてたり埋まってたり、色んなところにある
その正体や原理は一切不明
自然由来のアーティファクトだ
そして魔族…
いつからかは不明、というか記録が無いが随分と昔からずっと争っているそうだ
魔族側が弱い人間を支配しようと攻めてきている、そう言われている
今までなんとか神器を駆使して均衡を保っていた様だが、次第に無理が出てきた
そこで行われたのが
「思い出したくもない…」
勇者の召喚
彼はもうクラスメイトの名前なんてほとんど忘れている
今日会った彼も、同じクラスメイトだったんだろうけど、誰なのか彼には分からない
勇者は特異な存在故、摂理を無視して魔法を行使できる
そこに神器が合わされば八面六臂の最強パワーを…
「…力か……」
今のところ自分は何も守れていない
あいつも…アイツも…!……と
「……」
怒りが湧いてきたが、ふとした瞬間に我にかえる
こんなこと考えてても仕方ない
今日は疲れたしさっさと寝よう、そう思考を休めるのだった
あの後やることを一通り終えてもう寝るだけとなった
「んっ…バリウスさん、入って来てください」
彼とリュディはいつも添い寝をしている
別にそういう関係でもないし彼自身が望んだ訳でもない
最初は普通に彼がカーペットの上で寝ていた
だが、あの時の彼はあまり状態が良くなく毎晩悪夢にうなされていた
そこで彼女が添い寝を提案してきた
始めたては効果が無かったが、関係が深まってからは強い安心感を覚えるようになった
そして悪夢を見ることもなくなった
「うん…」
ベットの中に入ってリュディと向き合う
そしてそのまま、いつも通りお互いに抱きしめ合う
これに関しては彼からやり始めた、ついやりたくなって
「おやすみなさい…」
「おやすみ…」
そして二人とも眠りへとついていった
深い闇の夜
異質な空気を纏っているとある一室
そこは魔族の国の王城であった
三人の男の魔族が質の良さそうな椅子に座り、会話を行っている
「潜入していた奴が二人殺られたらしいな、お前でも使えない部下を持つんだなユニ」
「…元から期待などしていない、異端者の根城にあんなのが生き残れる筈がない」
落ち着き、平静を纏った様子で応えるユニという名の白い眼を持った魔族
「エリニュスさんそんなに言わないでくださいよ、なんで同じ目的なのに協力できないんですか」
魔族にしては優しげな言葉を使う男がエリニュスに注意する
「コイツのやり方は一々地味なんだよ、一気に攻めれば勝てる、それだけの力が俺達にはあるだろ」
「エリニュス、君はもう少し先を考える力を持った方がいい、でないとマヌケな死に方をするだろう、そしてヴァルバ、同じ目的と言ったがそれは違う、私には私なりの目的があるんだ、故に我々"円卓のエリス"に協力という概念は無い」
円卓のエリス、それが彼らの総称
或いはチーム名
「まぁ、人類を支配する、という目的はある程度共通はしているがね、だからこそこうしているんだ」
「チッ、この色無し野郎」
ユニに対して悪態をつくエリニュス
「それはこの眼のことを言っているのかね、私にとっては大切な眼だ、力の象徴と言っていい」
「あ?何言ってんだお前」
訳の分からないこと言うユニに対して訝しげな表情を浮かべるエリニュス
「それはそうと…彼は来ていないのか、分かりきっていたことだが」
今はいないとある人物について考えるユニ
それに答えてヴァルバが口を開く
「あっ!それなら私のもとに手紙が来ていました、散歩で来れないって」
「ふざけた奴しかいねぇな…!で、どうすんだよ、なんかするのか?別に魔族が殺されることなんて今に始まったことじゃないだろ、なのに何で今回は呼び出した?」
「たしかにそれは私も気になります」
新たな疑問を投げかける二人に対してユニは表情を変えずに返答する
「今回出てきた人間、少し気になるんだよ、そう…例えるなら親近感」
「なるほどォ…つまりお前は頭がおかしいってことか、何が親近感だ気色悪い、生き別れの兄弟とでも言うつもりか?」
「魔法を通して遠隔で見ただけだが…間違いない、彼は片鱗を…!」
「さっきからごちゃごちゃうるせぇぞ!!分かるように言いやがれ!」
痺れを切らしたエリニュスが高速で詰め寄りユニの首を掴み上げる
「ちょちょちょちょっと!確かにユニさんの言ってることは何も分かんないですけど、もうちょっと聞いてみましょうよ!ね?」
そんなヴァルバの話を聞く事はなく、エリニュスは手に込める力を大きくしていく
「そうだな、私が悪かった、だから…この手を離してもらおうか」
そう言ってユニがエリニュスの手に触れた瞬間
ズピッ
「ッ!…テメェ…」
エリニュスの手から軽く血が吹き出す
どうやらユニの魔法によるものの様だ
「もう今回はお開きにしよう…くれぐれも、彼には気を付けておく事だよ、私は私で調査してみる」
「おいテメェ何勝手に全部自分で解決して…!」
しかし既に扉を閉じて居なくなったユニ
「治療…しましょうか?」
「いらねぇよ…魔族なら人間と違ってこの程度すぐに治る、魔族自身が一番よく分かることだろ」
「まぁ…そうですけど…」
「気に食わねぇ野郎だ…にしても彼だと…?そんなんで分かるかってんだ!あ〜くそ、気分悪りぃ、3ヶ月ぶりに寝るか」
「あ…はい、いい夢を…」
そうしてエリニュスも扉を開けて出て行った
「……もう夕飯作る気力でないや…」
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