遺言状
誰だお前は!
ここはどこだろうか、どこかの、家のようだ
綺麗な長い白髪と白い瞳を持った女性が、ベッドに座り込む一人の男に近寄る
「朝食よ、ほら暗い顔してないで顔を上げてちょうだい」
ベッドの横にあるテーブルにいくつかの皿が乗せられたトレーが置かれる
「…………ぁ……ぅぁ……」
ひどくか細く、今にも泣き出しそうで、怯えているような、弱々しい声が出される
女性が顔を持ち上げて前を向かせる
その顔は虚ろであるが、間違いなくバリウスであった
しかし髪は白くなく、全て生まれついての黒である、そして何より
魂はどこに置いてきたのか、体には力が入っていない
「もしかして朝食よりも朝ごはんって言い方の方が可愛らしくてあなたの好みだったかしら」
「……………………」
やはり彼の返答は無い
「うーん、あれからずっとこの感じ、いつ治るのかな、人間にとって痛みはそんなに苦痛なのかしら」
頬をひと撫ですると皿とスプーンを手に取り、皿に乗せられた米を彼の口の前に差し出す
「あなたはお米が好きよね、私には分かるの、食べた時ちょっと感情が動いてるのが」
彼の口の中にスプーンを入れる
彼はかろうじてそれを飲み込むだけの生命力はあったようだ
「♪、可愛い……♪」
「あ"ぁっ!!……はぁ……はぁ……」
どうやら寝ていたようだ
飛び起きると自分は椅子に座っているのがわかる
「はぁ……うっ……」
気分が悪い、体が冷たい、毛布のひとつも無しにこの寒さの中寝るのは不味かったか
しかし、それだけでなく吐き気もする、すぐに治まりはしたものの、気分の悪さだけは纏わりつく
「(たしか、帰ってそのまま…)」
ローエイと別れた後の事を思い出す、だが思い出す事などほとんど無い、帰って椅子に座ってた、それだけだった
「バリウスさん、起きたんですね、暖炉つけておきましたよ、ちゃんと温かくして寝てください」
「!リュディ……帰ってたのか」
「はい、少しお買い物に」
「(嘘だ、お前は俺を探っていた、俺のせいで)」
バリウスは椅子から立ち上がると勢いよくリュディに抱きついた
「バリウスさん…?また、悪い夢を見たんですか?」
「うん…ちょっと……」
するりと存外早く腕を解くバリウス
さっきの悪夢と合わせてかなり冷たい汗をかいている
すると、少し表情を歪めて、迷うような仕草をする
部屋の中を意味もなく歩き回り、壁に手をついて項垂れる
そして彼は、決断した
「リュディ…俺、ここから出て行くよ……」
「!!なんでですか!前にも言いましたけど別に私は迷惑とか思ってませんから……!」
あまりにも突然の宣言に驚き隠せないリュディ
珍しく大きな声を出している
「違うんだリュディ!…お前だって薄々分かってるだろ、俺がまともな人間じゃないって!」
震わせながら声を荒らげるバリウス、リュディに対して背を向けておりその表情は定かでは無い
「だったら何ですか、!私の目に映るバリウスさんは優しい人ですよ……!でも、そうですよ、バリウスさんの方がいっつも、消えそうじゃないですか!傷だらけで、苦しんでばっかりで!」
「だからだよ!だから、俺はお前から離れるべきなんだ!」
「じゃあ教えてくださいよ!それが何なのか!」
少し、沈黙ができる
「少し、外の空気を、いや……散歩に付き合ってくれ」
「わかりました……」
ドアを開けるとまだ日は昇っていた、そこまで長い時間寝ていた訳ではないようだ
昼くらいだろう
二人で隣に並んで街の中を歩く
しかし会話は無い
何も無い
何も見ない
何も聞いていない
道なりに歩くだけ
十分くらいして、ようやくバリウスが口を開いた
「俺、狙われてるんだよ、魔族に」
「……最近魔族の事件が多いのって……」
「幾つかは偶然、でもそれと同じくらい俺を狙ったのが」
「それで私から離れようと?」
「うん…」
「それが一番かもしれませんけど…絶対他に何かありますよね、これでも結構バリウスさんの事理解してるつもりですけど」
冷たい風がバリウスを包む
「俺、自分が嫌いなんだよ、汚らわしい…そう思う」
少し、目を閉じて感傷に浸るバリウス、ただあまり良いものではなさそうだ
「言うべき、だよないい加減、実は俺……!!!」
その時、前方から邪悪な気配を感じた
「お前がバリウスか?」




