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異世界恋愛(短編)シリーズ

魔導人形は見ていた。

久しぶりのざまぁ習作シリーズです。

長編書いた後だから感覚がアジャストできてるかどうか。







「リカルダ、調子はどう?」


「はい、問題ありません。ありがとうございます、ヴィルデガルト様」


 私の施した調整術式で不調から回復したリカルダが私に告げる。


 彼女は魔導人形――古代文明が残した叡智の欠片。


 魔導の力で動く、人間そっくりだけど『人ならざる物』。


 見た目はちょっと不愛想な二十代の女性に見える彼女は、ゆっくりとベッドから起き上がる。


 長い髪の毛は亜麻色で、これが作りものだとはとても思えないほど美しい。


 私の背後で様子を見ていた師匠――ナディーンが楽しそうに告げる。


「このくらいの不調なら、もうヴィルデガルトでも直せるわね」


 私は苦笑を浮かべながらナディーンに応える。


「少し関節の駆動系にトラブルがあったくらいですもの。

 まだまだ師匠には遠く及びません」


 ナディーンが艶やかな長い黒髪を肩から払いのけ、ニヤリと微笑んで応える。


「当たり前よ。たった三か月で私に追いつけるわけがないじゃない」


 半年前に我が家にやってきた魔導技師ナディーン、私は彼女に必死に頼み込んで三か月前に弟子入りを認められた。


 リカルダは我がトラウムヴェーバー伯爵家に仕える、魔導人形の高級侍女。


 彼女のような魔導人形を高級侍女とするのは一種のステータスで、家格の高さと裕福さをアピールするため、高位貴族の家に大抵一人は雇われている。


 ――と言っても人間ではないので、俸給が出る訳じゃない。代償として彼女たちのメンテナンスをするのが、雇い主である私たちの責務だ。


 ドアがノックされ、お父様が顔を出した。


「そろそろ修理が終わったかな――ヴィルデガルト、またお前か。

 魔導技師の真似事などやめろといっただろう。

 伯爵令嬢たるお前が下賎な技師の真似事などするんじゃない」


 お父様は渋い顔で私を睨み、不機嫌そうに告げた。


 私は嘆息しながらお父様に応える。


「そんなことより、何かしらお父様。何か御用?」


「クリストフがそろそろやってくると前触れが届いた。お前も早く用意しなさい」


 私は結わいていた髪をほどきながら応える。


「はい、わかりました――師匠、ありがとうございました」


 ナディーンが私に微笑んで告げる。


「その調子で励みなさい」


 お父様を無視するように通り過ぎ、ナディーンは部屋から出て行った。


 お父様がリカルダに告げる。


「リカルダ、お前はヴィルデガルトの支度を手伝いなさい」


「はい、かしこまりました」


 私はリカルダを伴い、工房から自分の部屋へ向かった。





****


 子供の頃から我が家で高級侍女をしていたリカルダが、『人ならざる物』だと知ってから私は魔導技師に憧れた。


 彼女たちがどうやって動くのか、度々故障してしまう彼女たちを私が直してあげられないのか、自分なりに調べたものだ。


 魔導人形を直せる技師――魔導技師は人数が少なく、彼らを確保するのも家の力をアピールする重要なファクター。


 我が家には長いこと年老いた魔導技師が通ってくれていたのだけれど、とうとう老齢で引退し、新しい魔導技師を手配するのにお父様は苦心していたようだ。


 半年前にようやく捕まえた魔導技師は、技師としては異例の若さに見える女性、ナディーン・ウィレムス。


 艶やかで長い黒髪を揺らし、いつも不敵に笑う彼女を見た私は、『女性でも技師になれるんだ!』と、幼い頃の夢を刺激された。


 以来、渋る彼女に弟子入りを必死に頼み込んで、今は彼女の弟子として魔導技師見習いをしている――自称、だけどね。


 貴重な技術を持つ魔導技師だけど、彼らは平民。お父様をはじめとした雇い主である高位貴族たちは、彼らを内心で蔑んでいるようだった。


 まったく、これだけ素晴らしい技術を持ってる人たちを蔑むとか、何を考えてるのかしら。


 ――もっとも、魔導人形が壊れて動かなくなっても、私たちが生活で困る訳じゃない。


 そういう意味で、リカルダたち魔導人形は『高級な動く調度品』ぐらいの扱いなのかもしれない。


 調度品の手入れをする技師の地位も、使用人たちと大差ない――おそらくそんな意識なのだろう。


「これでよろしいでしょうか」


 リカルダが私の服装と髪を整え、姿見を出してきた。


 私は身なりを確認して頷き、リカルダに告げる。


「ありがとう、リカルダ。応接間に行くわよ」


「はい」


 私はリカルダを引き連れ、クリストフ様が待つ応接間へ向かった。





****


 応接間ではクリストフ様が紅茶を飲みながら待っていた。


 豊かな金髪を後ろに流し、軽薄な性格が微笑みから漏れている。


 一見すると美男子に見える彼が浮気性なのは、あまり社交界に顔を出さない私でも知っていることだ。


 彼の青い瞳が私を捉えた。


「ヴィルデガルト、君はまた魔導技師の真似事をしていたんだって?

 私の婚約者として、我がディークマン伯爵家の人間になるつもりなら、そんな遊びはもうやめてくれ」


 私は小さく息をつきながら彼の正面にあるソファに腰を下ろす。


「今日はなんのご用なのかしら、クリストフ様」


 ティーカップをテーブルに置いたクリストフ様が私に告げる。


「明日の夜、友人の家の夜会に誘われている。君も来るといい」


 私は眉をひそめて応える。


「随分と急ですのね。どちらのお家なのかしら」


「ドルナー侯爵家だよ」


 爵位はもちろん、家格も遥か格上の家だ。そんなところと付き合いがあったのか。


 そんな家からの招待なら、断るのは失礼にあたるだろう。


「わかりました。リカルダを連れて参加しますわ」


 クリストフ様の視線が、私の背後に控えるリカルダを捉えた。


「……まだ人形遊びをしているのか。魔導人形を連れ歩くのは君くらいだよ」


 私は侍女が給仕してくれた紅茶を一口飲んでから、すまし顔で応える。


「それは自分で修理ができないから、連れて行きたくてもできないだけ。

 私なら些細な故障は直せますから、連れて行くのに問題はありませんわ」


 クリストフ様が深いため息をついた。


「我が家に嫁ぐなら、そんな魔導技師の真似事なんてやめてくれ。世間体が悪すぎる」


「あら、世間体を気になさるなら、クリストフ様こそ浮気をおやめになったら?

 また新しいご令嬢に手を出されていると聞いていますわよ」


 わずかな沈黙――ピリッとした緊張感が漂う応接間で、クリストフ様が小さく息をついた。


「わかった。連れて行って構わない」


 私はニコリと微笑んで応える。


「ええ、ありがとうございます」


 クリストフ様が立ち上がり、私に告げる。


「明日の十七時に迎えに来る。それまでに用意をしていてくれ」


 それだけ言い残し、クリストフ様は応接間を後にした。


 ……婚約者の家に来て、言うことがたったそれだけ?


 彼の目当ては我が家の財力。お父様はディークマン伯爵家との縁談を成立させるのに、かなり条件の良い融資を持ち掛けたらしい。


 家格は高くても財政が厳しいと噂のディークマン伯爵家は、二つ返事で受けたという。


 私の意志など、どこにもない。彼のような男性を夫にするだなんて……。


 リカルダが無機質な声で告げる。


「ヴィルデガルト様、無理をなさらず私を置いて行かれてはいかがですか」


「あなたは私の大切なパートナー。気にしなくていいのよ、リカルダ」


 私もソファから立ち上がり、ゆっくりと自分の部屋に戻っていった。





****


 私はナディーンの部屋に行き、何かの部品を作っている彼女の背後で愚痴っていた。


「――クリストフ様をどうにかできないものかしら。このままでは婚姻生活が思いやられます」


 ナディーンは興味なさそうに相槌を打ちながら応える。


「それなら、さっくりと命でも奪ってしまう? あなたが望むなら、やり方はいくらでもあるのだけれど」


 私は眉をひそめて応える。


「そのような野蛮な方法、私は好みません。

 なにより、どうやって命を奪うというのですか」


「リカルダにお願いすれば簡単よ」


 私は困惑しながら応える。


「まさか! 魔導人形は人間に逆らえません。

 人間の命を奪うことも禁止されているはず。

 そう教えてくださったのは師匠、あなたですよ?」


 クスクスと笑うナディーンが私に告げる。


「冗談よ――クリストフがリカルダを嫌うのは、魔導人形が嫌いだからよ。

 ディークマン伯爵家は随分と前に魔導人形を売り払ってしまった。

 自分たちが持っていないステータスを、この家が持っているのが気に食わないのよ」


 まさか、たったそれだけの理由?


 私は呆れてため息をついてしまった。


「あの人、そんなに器が小さい人間だったの? 信じられない」


「そんな男と婚約者だなんて、あなたも不運ね」


 私にクリストフ様との婚約を断る権限はない。お父様が望んだ以上、婚姻しなければならないだろう。


 だけどこのまま素直に婚姻していたら、私の未来も真っ暗だ。


 私は小さく息をついて告げる。


「どうにかできないのかしら」


「諦めるのね。星の巡りというものよ」


 ナディーンは出来上がった部品を満足気に明かりにかざし、頷いていた。


 そんな殺生な。浮気性の夫なんてお断りしたい。


 私は憂鬱な気分をため息に乗せ、ナディーンの部屋を後にした。





****


 翌日、臙脂えんじ色のドレスを身にまとい、クリストフ様の迎えを待った。


 ――予定時間を十分も過ぎてる。女性を待たせるとか、どういうつもりかしら。


 三十分が過ぎてようやく現れたクリストフ様は、グレーのスーツに身を包み、悪びれることなく私に告げる。


「準備はできているね。それじゃあ行こうか」


 私は不承不承でクリストフ様にエスコートされ、馬車に乗りこんだ。



 夜会会場は多くの貴族子女がやって来ているようだった。


 どうやら、パートナーを伴っていない令嬢や令息も多数参加している。


 それだけで、この夜会の目的が察せられる――今夜は出会いの場、パートナーを探す夜会だ。


 確かドルナー侯爵令息はまだ、婚約者がいなかったはず。


 自分の婚約者を探すのと同時に、パートナーを持たない友人たちを招いたのだろう。


 会場に入って間もなく、私たちの下にダークブルーのスーツを着た男性がやってきた。


 深く青みがかった黒髪は少し長めで、上品に整えられている。


 瞳は澄んだ琥珀色。背は高くすらりとした印象を与えた。


 眉は意志の強さを感じさせ、やや釣り上がって少し怖い人に見えた――のだけど、私たちを見て微笑むと、柔らかい笑顔がその顔に満ちた。


「よくきてくれた、クリストフ。それと――ヴィルデガルト嬢、だったかな?

 私はヴェルナー。ドルナー侯爵家の嫡男だよ」


 私は腰を落として挨拶を告げる。


「トラウムヴェーバー伯爵家、ヴィルデガルトですわ。

 今夜はお招きいただきありがとうございます」


 顔を上げると、ヴェルナー様の視線が私の背後――リカルダに注がれていた。


「それは、魔導人形だね」


「ええ、我が家のリカルダですわ。私の身の回りの世話を頼んでいますの」


 ヴェルナー様がリカルダに近づきながら告げる。


「少し見せてもらってもいいだろうか。かなり古い年式の魔導人形に見える」


 おや、どうやらヴェルナー様は魔導人形に興味があるみたいだ。


「ええ構いませんわ。見るだけなら存分にどうぞ」


 楽しそうにリカルダの様子を眺めているヴェルナー様と、それを見守る私にクリストフ様が告げる。


「ヴィルデガルト、お前はここでクリストフの相手でもしてるがいい。

 私は少し他の友人と挨拶をしてくる」


 ――え?


 疑問に思って振り返った時には、もうクリストフ様は私たちに背中を向けて、夜会会場の人混みに消えていった。


 私は小さく息をついて呟く。


「夜会で婚約者を放置するパートナーなんて、初めて聞いたわ」


 クスクスと笑い声が聞こえてきて振り向くと、ヴェルナー様がリカルダを調べながら笑みをこぼしていた。


「あいつの浮気性は有名だからね。今夜もパートナーが居ない令嬢を適当にひっかけるつもりなのかもしれない。

 私はてい良く、君を押し付ける丁度いい相手だったということかな」


「まぁ! それではヴェルナー様がパートナーを探すことが出来ないじゃありませんか!」


 こちらに振り向いたヴェルナー様が、苦笑交じりに私に告げる。


「今夜の夜会は母上の意向、私をどうにか婚姻させたいようだ。

 だが私は令嬢を見るより、魔導人形を調べる方が楽しくてね。今夜も余り乗り気ではないんだ」


 私も思わずクスリと笑みをこぼしてしまう。


「もったいないですわ。それだけ恵まれた容姿をお持ちなのに、女性に興味がおありでないの?」


 ヴェルナー様は困ったように微笑んで応える。


「そうではないんだが……私が魔導人形の技師を目指していると聞くと、どの令嬢も私から離れてしまう。

 最近ではパートナーを探すのを諦め始めているところだよ」


 ――魔導技師を目指している?!


 こんなところに同士が居るだなんて、意外だったわ。


 私はニコリと微笑んで告げる。


「それならあちらで、魔導人形について語り合いませんこと?

 私は今、魔導技師見習いとして師匠から教えを受けてる所ですの。

 パートナーに置いて行かれて一人壁の花になっているより、有意義な時間になるかも?」


 ヴェルナー様の顔が華やいだ笑顔に変わる。


「魔導技師見習い?! あなたも魔導人形に興味があるのか!

 それは是非、話を聞かせてもらいたい」


 私はヴェルナー様にエスコートされながら、窓辺の壁際に寄って語り始めた。



 その日は夜会が終わるまで、ヴェルナー様に私が知る魔導人形にまつわる話を伝えて笑いあって終わった。





****


 あの日の夜会以降、ヴェルナー様は私とも友人となった。


 頻繁に我が家に訪れては、私と一緒にナディーンから魔導技師としてのノウハウを共に習った。


 お父様は良い顔をしなかったけれど、ドルナー侯爵家は我が家より遥か格上、追い払う事などできはしない。


 二人きりになるわけでもないので、邪魔をする訳にもいかないようだ。


 おかげで私はナディーンから今まで以上に魔導技師の手ほどきを受けることができ、技師としての腕を順調に伸ばしていった。



 私は指示された魔導人形の部品を作成しながら、ナディーンに尋ねる。


「師匠、あなたは若いのにどうやってこれほどの技術を修得したのかしら」


 ナディーンが私の背後で楽しそうな声で告げる。


「それは内緒よ。いくらあなたの頼みでも、教えることはできないわね」


 私の隣で同じように部品を組み立てるヴェルナー様が、小さく息をついて告げる。


「私も興味がある。これは十年やそこらで習得できる技術じゃない。

 なのにナディーン嬢はハイティーンにしか見えない。実際の年齢はいくつなんだ?」


 ナディーンが「ふふ」と笑いながら応える。


「女性に年齢を聞くなんて、それだからモテないんじゃない?」


「やれやれ、とんだ藪蛇だ――おっと、すまないヴィルデガルト嬢。そちらの部品を取ってもらえないか」


 私は近くの細かな部品を手に取りヴェルナー様に手渡す。


「これでいいかしら」


「ああ、すまない」


 わずかに私たちの手が触れ、その感触でお互いが弾けるように手を離してしまった。


 カランとテーブルに部品が落ちる音が響くけど、胸の高鳴りでそれどころじゃない。


 火照る顔を自覚して背けていると、ナディーンがため息をつきながらテーブルの部品を拾った。


「あなたたちねぇ、技師なら部品は慎重に扱いなさい。

 わずかな歪み、わずかな亀裂が魔導人形に影響するのよ?」


「申し訳ありません、師匠」


 横目でヴェルナー様を盗み見ると、彼も顔を背けていた。


 女性慣れしてないようには見えないけれど、どうしたのだろう?


 ごほん、と咳払いをしたヴェルナー様が、わずかに頬を染めながらこちらに振り向いた。


「すまない、ヴィルデガルト嬢。少し取り乱してしまった」


「いえ、私の方こそ取り乱してしまって申し訳ありません」


 一瞬の沈黙が訪れ、直後にクスクスとお互いが笑いあった。


 ――ああ、こんな人が婚約者だったなら、私の将来も明るいのに。


 師匠がニヤニヤとしながら私に告げる。


「仲が良いのは構わないけど、部品を傷つけないようにね。

 ――それよりあなたの婚約者、クリストフといったかしら? 彼はどうしたの?

 最近はめっきり顔を見せなくなったみたいだけど」


 ヴェルナー様が、少し不機嫌そうに部品に向き合い、作業を再開しながら告げる。


「それなら最近はあちこちの夜会で、令嬢たちと仲良くやっているようだ。

 ヴィルデガルト嬢という婚約者がありながら、不誠実に過ぎる」


 そうか、そんなことをしてるのか。


 私がヴェルナー様と仲良くなったからって、当てつけのつもりなのかな。


 私も作業を再開しながら応える。


「できることなら婚約を解消してしまいたいのですけれど、お父様が頷く様子がありません。

 彼のような男性を伴侶とするのは不本意ですわ」


 ヴェルナー様の手が止まる。


「……不本意、なのか?」


「そうですわね。所詮は家格の高い家に私を嫁がせるために無理やり漕ぎつけた縁談ですもの。

 お父様ったら家の権威しか見えてないのですわ。少しは私の幸福も考えてもらいたいものです」


「そうか……」


 なんだか考え込んでいたヴェルナー様は、やがて手を動かし始めた。


 黙って手を動かす私たちを、ナディーンは楽しそうな微笑みでみつめているようだった。





****


 王宮で開かれる大きな夜会――私は久しぶりにクリストフ様にエスコートされていた。


 今夜は国王陛下の誕生を祝うもの。大勢の貴族が参加していた。


 もちろん今日も、私はリカルダを連れて来ている。


 他にも多数の高位貴族が、自分の家の魔導人形を自慢げに連れ歩いて居た。


 クリストフ様が機嫌悪そうに鼻を鳴らした。


「どいつもこいつも魔導人形を連れて……人形が居れば偉いとでも言いたげだな」


「仕方ありませんわ。高位貴族にとって力の象徴ですもの」


 そんな魔導人形が集う夜会には、魔導技師たちも会場の隅で控えていた。


 突然のトラブルで魔導人形が動かなくなっても対応できるよう、各家が技師を連れて来ているのだ。


 つまり――もちろんナディーンもこの会場に来ている。


 彼女は年配の技師たちに交じり、何かを楽しそうに話し合っていた。



 知り合いに挨拶を告げながら歩いて居ると、クリストフ様が突然、私に告げる。


「ちょっと離れる。お前はここに居ろ」


 命令系?! 本当に何様なの?!


 私から離れたクリストフ様は、小柄な令嬢の下へと足早に近づいて行く。


 笑顔で迎える彼女と話し合うクリストフ様は、私には見せないような笑顔で言葉を交わしていた。


 彼女は確か……下位貴族の一人ね。名前までは思い出せないわ。


 なかなか帰ってこない様子のクリストフ様を見て、私は諦めた――どうやら、今夜のパートナーは彼女になるようだ。


 お酒の入ったグラスを給仕から受け取ると、私は会場の隅に移動してぼんやりと時間を潰すことにした。



「ヴィルデガルト、ちょっといいかな」


 声に振り返ると、いつものように微笑むナディーンの姿。夜会でもいつも通りの作業着を着た彼女が、私に告げる。


「ちょっとリカルダを借りるよ」


 私はきょとんとしてナディーンを見る。


「構いませんが、何をするおつもりなのですか?」


「まぁまぁ、いいからいいから」


 ナディーンはリカルドを連れ、夜会会場から出て行ってしまった。


 ……なんだろう? 緊急メンテナンスでもするのかな。


 それなら私にも作業を見せてくれてもいいのに。


 私が今度こそ一人きりでぽつんとしていると、見慣れた顔――ヴェルナー様が近づいてきた。


「おや、やっぱり壁の花をしていたのか。

 ――隣、いいかな?」


 私は微笑んで頷いた。


「ええ、構いませんわ」



 壁際で並びながら、ヴェルナー様が私に告げる。


「やはりクリストフの奴は行動が目に余る。何度か注意したが、改善する気配もない。あいつは今、どこに居るんだ?」


「さぁ? 他人の魔導人形が目障りで会場から抜け出ているのではないでしょうか」


 ふぅ、とヴェルナー様がため息を漏らした。


「……それなら友人として、一曲お相手をお願いできるかな」


「……『友人として』なら、お受けしますわ」


 私はヴェルナー様が差し出した手を取り、ゆっくりとワルツの輪に参加しに行った。





****


 王宮のホールから少し離れた廊下で、クリストフは子爵令嬢ダリアと二人きりで話し込んでいた。


「なぁ、いいだろう? ここなら空き部屋も多い。

 今なら誰にも気づかれずに部屋を使える」


 ダリアはまんざらでもない顔で、しかしもったいぶりながら応える。


「あら、クリストフ様は婚約者がいらっしゃるわ。

 彼女が居る限り、あなたに身体を許すわけにもいかなくてよ?」


「あいつは最近、ヴェルナーと仲がいい。

 度々家を訪れては交流をしているようだ。

 それを『不貞だ』と断罪して婚約破棄すれば、違約金を払う必要もない」


 ダリアがクスリと微笑み、クリストフの首に腕を回した。


「……それ、約束して頂けるの?」


「もちろんだとも」


 こつん、という人の気配でクリストフとダリアが弾けるように振り向いた――廊下の隅で、リカルダが静かな表情で佇んでいる。


 リカルダの無機質な目がクリストフを見つめた。


「クリストフ様、それは不貞をなさるということでしょうか」


 クリストフが苛立つようにリカルダに命じる。


「ええいうるさい! 人形風情が! 今見たこと、聞いたことは口外するな! わかったか!」


 魔導人形は人間に絶対服従――たとえ持ち主でなくとも、それが他人を害する命令でない限り逆らうことは許されない。


 リカルダは静かに恭しくお辞儀した。


「畏まりました」


「――フン! 気分が悪い。それよりダリア、行こうか」


「ええ、クリストフ様」


 明かりの消えた部屋に入っていくクリストフとダリアを、リカルダは静かに見つめていた。





****


 私たちは何曲かを踊り、休憩を挟んで再び踊りの輪に加わった。


 夜会も半ばを過ぎる頃には、すっかり疲れ切って輪から抜け出ていた。


「――ふぅ! 久しぶりにこれだけ踊りましたわ」


 ヴェルナー様も優しく微笑みながら汗ばんでいた。


「お互い、最近は少し運動不足だったからな。

 たまにはこうして、身体を動かすのも悪くない」


 ふと気づくと、周囲の視線が気になった。


 耳をそばだてると、婚約者ではない男性と長く踊っている私を非難しているかのようだ。


 だけど中には『浮気性のクリストフが婚約者では、あれも仕方ない』という声も聞こえた。


 どうやら私とクリストフ様が巧く行ってないのが噂になって居るみたいだ。


 憂鬱だなぁ。クリストフ様が浮気を止めてくれれば、少しはマシになるんだけど。


 給仕からグラスを受け取り、果実酒で喉を潤す。


 周囲の視線を振り切るかのように、私はヴェルナー様に告げる。


「もう一踊り、行きませんか?」


 ヴェルナー様は柔らかく微笑んで応える。


「ええ、喜んで」



 私たちがくるくるとワルツを踊っていると、突然「ヴィルデガルト、これはどういうことだ!」というクリストフ様の声が響き渡った。


 みんなのダンスが止まり、声のした方向に視線が集まる――クリストフ様。


 彼は怒り心頭という様子で私を睨み、つかつかと近づいてきた。


「最近は私との付き合いもおざなりして、何をしているのかと思えば――そうやってヴェルナーと親密になって居たと言うのか!」


 随分と大袈裟な……なんだか芝居がかってる気がする。


 私は眉をひそめて応える。


「友人として交流しているだけですわ。それよりクリストフ様こそ、今まで何をしてらしたの?」


「私の事などどうでもいい! それより、ヴェルナーがお前の家に足しげく通っているのは事実か!」


「それは……事実ですが」


 クリストフ様が大袈裟に手を振り上げ、周囲に向けて声を上げる。


「聞いたかみんな! ヴィルデガルトはヴェルナーと不貞を働いた!

 自宅に引き込み、不義密通を働いたのだ!

 これは婚約破棄に値する卑劣な行為である!」


 何が起こっているのか、周囲はざわつきながら見守る姿勢のようだ。


 浮気性で有名なクリストフ様が不義密通を申し立てたとしても、説得力がない。


 そんなクリストフ様の言葉を信じる者なんて、この場には居ない――はずだった。


 お父様が怒りで顔を赤らめながら私に詰め寄ってきた。


「ヴィルデガルト、お前はそんな恥知らずな真似をしたと言うのか!」


「誤解です、お父様!」


「お前たちは密室によく入り込んでいたではないか!」


「あれは必ず師匠やリカルダも一緒でしたわ! 二人きりになど、なっておりません!」


「ええい、言い訳など聞きたくない! 魔導人形や魔導技師など、誤魔化しようがあるだろう!」


 お父様はすっかり頭に血が上って、冷静な判断ができていない。


 そんなお父様にヴェルナー様が静かな声で告げる。


「それは誤解だ、トラウムヴェーバー伯爵。私たちは誓ってそんな関係ではない」


 真っ赤な顔のお父様が、ヴェルナー様に掴みかかろうとしたその瞬間――大きな声が会場に響き渡る。


「まぁ待ちなさい。そんなつまらない言い争いより、もっと面白いものを見せてあげるわ」


 観衆の目が声の主に注がれて行く――艶やかな黒髪で不敵に笑う少女、ナディーン。


 彼女はリカルダを引き連れ、ゆっくりと会場を突っ切って私たちの傍に歩いてきた。


 お父様が声を荒立てて告げる。


「貴様、魔導技師の分際で何を入り込んできている!」


「まぁまぁ、落ち着きなさいって。そんなことより――リカルダ、映像を」


 ナディーンがパチンと指を鳴らすと会場の灯りが落ち、リカルダの目から光が放たれた。


 その光が会場の空中に大きな映像窓を作り出し、二人の人影が映し出される。



『なぁ、いいだろう? ここなら空き部屋も多い。

 今なら誰にも気づかれずに部屋を使える』


『あら、クリストフ様は婚約者がいらっしゃるわ。

 彼女が居る限り、あなたに身体を許すわけにもいかなくてよ?』


『あいつは最近、ヴェルナーと仲がいい。

 度々家を訪れては交流をしているようだ。

 それを”不貞だ”と断罪して婚約破棄すれば、違約金を払う必要もない』


『……それ、約束して頂けるの?』


『もちろんだとも』



 これは……なに? クリストフ様が令嬢と密通している現場……?


 その後二人は、リカルダを叱りつけたあと、暗い部屋に入り込んで扉を閉めた。


 直後映像が壁の向こうの人影を映すようなものに変わり、二人が男女の営みを続けていくのが映し出されて行く。


 蒼白な顔のクリストフ様が、呆然と呟く。


「なんだ、これは……」


 ナディーンがニヤリとした不敵な笑みで応える。


「撮れたてほやほや、さきほどあなたたちが不義密通をしていた記録映像よ。

 魔導人形にはこんな機能もあるの――まぁ、最近追加した機能だけどね」


 クリストフ様が慌てたようにリカルダに叫ぶ。


「口外するなと命じたはずだ! その映像を止めろ!」


 リカルダは淡々とした口調で応える。


「はい、『口外』はしておりません。では映像を停止いたします」


 リカルダが投影していた映像が消え、ナディーンが指を鳴らすと明かりが元に戻った。


 お父様が震える声でクリストフ様に告げる。


「貴様……虚偽の不義密通申し立てで違約金を踏み倒そうと、そういうことか!」


 クリストフ様が慌てたように声を上げる。


「違う! 何かの誤解だ!」


「黙れ! 先ほどの映像が何よりの証拠! もはや言い逃れはできんぞ!

 お前との婚約は破棄だ! 違約金もきっちり払ってもらう!」


 ヴェルナー様が、静かな怒りを湛えた声で告げる。


「クリストフよ、今のはダリア・ミュラー子爵令嬢だな?

 陛下の誕生夜会で、このような不祥事を起こすとは……彼女にも相応の報いが待っていると知れ」


 ガクンと膝から崩れ落ちたクリストフ様は、脱力して何も言い返せないようだった。


 ヴェルナー様がお父様に告げる。


「丁度いい、クリストフと婚約破棄したのなら、ヴィルデガルトはフリーのはずだ。

 今度改めて私が婚約を申し込む。文句はあるか」


 お父様が驚いた顔でヴェルナー様を見た。


「ドルナー侯爵令息が、ヴィルデガルトと?! 本気ですか?!」


「我が家ならクリストフの家よりも家格は上だ。不満があれば言ってみろ」


「いいえ、そんな! 滅相もない……ですが、我が娘で本当によろしいので?

 魔導人形に入れ込む娘ですぞ? 後から婚約破棄などなさられ――」


 ヴェルナー様が険しい顔で声を上げる。


「くどい! 我が妻に相応しいと思ったから婚約を申し込む! それ以上の理由が必要か!」


 お父様はヴェルナー様の迫力に押され、黙って頷いた。





****


 その後、クリストフ様の家は多額の違約金を背負い、領地経営に行き詰ったらしい。


 クリストフ様は勘当され、伯爵家は近々王家の支援を受けて経営の立て直しを図るのだとか。


 ダリア・ミュラー子爵令嬢も、純潔を失った未婚の令嬢なんて誰も見向きもしない。


 いつの間にか社交界から姿を消し、その後は誰も見たことがないという。


 私はというと――


「ヴェルナー様、そちらの部品を取ってくださらない?」


「これでいいのかな?」


 私たちの手がうっかり触れ合い、弾けるように両者の手が離れる。


 私たちは真っ赤な顔で、自分たちの手を握りしめていた。


 ナディーンが呆れるような声で告げる。


「あなたたち、婚約者なのでしょう? いい加減に慣れなさい」


「そうは言いますけど師匠、恥ずかしいものは恥ずかしいのです!」


 ヴェルナー様は真っ赤になって黙り込んでいた。



 こんな私たちは、これからもナディーンの下で魔導技師の技を習い続ける。


 私とヴェルナー様の夢は、『新しい魔導人形を作り上げること』。


 その夢に向かって、二人で技術を磨いてゆくのだから!


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