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2話 妹はスクラップ



 灯から弟の面倒を頼まれた日。

 学校が終わると、純君が叔母さんに連れらて、我が家へとやってきた。

 男子にしては長めの赤髪を目が隠れそうなぐらいに伸ばした幼い少年。

 十三歳にしては、小さい気がするが、故意に成長を止めているのだろうか?

 

 ちなみにウチの両親と灯の両親は同じ研究所に勤めている。

 医療用【ARM.S(アームズ)】を研究しているらしい。


ARM.S(アームズ)

 元々は戦時中に『人類連合』が開発した戦闘用強化兵装。

 全長三メートル程度の人が乗り込んで操縦する戦闘用デバイス。

 見た目は機械巨人。丁度身体の部分に人が乗り込み、腕やら足に装着された武器で戦闘を行う。

 人間と機械の戦争の最中、パワー不足で、か弱い人間を補助する為に作られた兵器だ。


 両親達が勤めている研究所。

 『鷺ノ宮研究所』では、この【ARM.S】を医療用の義手などに転用出来ないか研究している。

 ちなみに灯の両親が忙しい=ウチの両親も忙しい。

 母さんもその後、「なるべく早く帰るようにする……帰って来れたら嬉しいわ」とか遠い目をして言いつつ、出勤していった。

 暫く親父の顔を見ていないが、やはり忙しいのか。

 ウチの母は基本楽観的だ。それがあんな事を言い残したのだ。それだけ忙しいと言う事。

 一応、ウチの両親か、灯の両親のどちらかが一日に一度様子を見に来る事にはなっているらしいのだが……


 今現在、我が家は年頃の男女三人のみの無法地帯と化してしまったわけだ。


「それで?純君はどのボディタイプが好みなのかな?」

「おいコラ?変態妹?」


 そんな微妙な状況下でだ。

 夕食を済ませた後、俺の部屋に三人が集合。

 そこで我が妹が、反抗期の少年とのファーストコンタクトに選んだ話題は『今朝のおねだり』かのように聞こえたが違った。

 柚が手にしていたタブレットPC。アレは柚がネット回線を使用する際に用いる物だ。

 そして、純君に見せていた動画。裸の男女が組んず解れつする系の動画。

 18禁の動画だ。つまりは完全な下ネタだ。


「なに、中坊に18禁動画見せようとしてやがる?

 てか、何サラッとお前見れてんの?アクセス制限で見れないはずだろ?」


 その手の動画は俺もアクセス制限で見る事が出来ない。

 にも関わらず、なぜ妹だけ見る事が出来るんだ?


「え?だってこれ?お父さんのアカウントで、お父さんがサブスクしてるやつだよ?」

「糞親父ィィィィっ⁉︎」


 アカウント乗っとられてるのは同情するけど、妻子持ちの癖にエロサイトのサブスクなんかしてんじゃねーよっ!

 いや、考えてみたら、それ以前の問題じゃねーかっ⁉︎


「いや、どっちにしろ年齢的にダメだろっ⁉︎」

「「え?ヒューマノイドに年齢制限なんてある訳ないじゃん?」」

「都合の良い時だけ機械になるのやめてくれませんかっ⁉︎マジでっ⁉︎」


 なぜか純君も食い入るように動画を見ちゃってるよ……

 すまん、灯よ。心配していた方向とは別の理由ですまん。


「僕、両親の趣味でいつまでも学童用からアップグレードして貰えないんだ。

 その所為で、クラスではいつも背の順で一番前。あの忌まわしき慣習は廃止すべき」

「わかる。私も胸順だといつも前の方だから分かる。

 ……まぁ、私は一番前じゃ無いけど」

「胸順なんかねーよ。お前は何もわかってねーだろーが!

 そして、まごう事なく柚は一番先頭だ」


 なんで自分から胸が小さい事を槍玉に挙げた癖に、そこだけ誤魔化そうとすんの?

 相当気にしているようだが、成長期のヒューマノイド同士だと結構ホットな話題なのだろうか?


「つまり、私が言いたいのは、純君も誕生日アップグレードもう少しだし、それまでにどんなボディタイプにするか決めとこーぜって話よっ!」


 ヒューマノイドは成人になるまで、誕生日にアップグレードが行われる。

 これは精神の成長に合わせて外見も更新していく事で、外見と内面の齟齬が起きないようにしている。

 徐々に成長させ、経験を積ませる事で、人間と同様の成長が出来るらしい。

 だが、あくまで機械人間だ。人工の身体が勝手に成長する訳では無い為、ある程度は自分と家族の意思を反映させて成長ができる。

 妹は次のアップグレードで、グラマラスな身体を。

 純君は青年型へと成長させたいという事。

 ちなみに成長は出来るが、逆に退化させる方向には出来ない。

 

 ……もっとちなみに、通常の成長は保険適用範囲内なのだが、個人的な成長は費用がかかる。

 純君の方は問題無いかもだが、ウチの妹の方はお金がかかるのだ。しかも結構な額のお金が。 


「いや、それは良いんだけどさ?

 参考資料の方が問題なんだよ?なぜ18禁動画っ⁉︎カタログ的なのでよくねっ⁉︎」

「実際に使ってるの見た方がわかりやすいじゃんね?」

「何に使うつもりっ⁉︎純くんアップグレードさせて一体何に利用するつもりっ⁉︎」


 実際に使ってるって、その動画内で使ってるのは主に下半身の一部分だけでしょうがっ!

 まさか、無修正を見ているじゃないだろうなっ⁉︎……うん、そこはちゃんとモザイクかかってるようだ。

 尚更、18禁動画じゃなくても良いよねっ⁉︎


「ねぇねぇ?さっきから中年のおっさん体系しか出てこないけど、僕もっとマッチョになりたいよ。

 『なかやま⚪︎んに君』みたいになりたい」

「そこ伏字にすると、なんかエロい用語みたいだよね?」

「大人の事情に突っ込むんじゃないよっ!

 あと、純君は普通に見進めるの止めてっ!」


 純君からタブレットPCを取り上げようとしたが、先に柚がヒョイっと持ち上げる。

 妹から取り上げようと手を伸ばすが、片手で動きを止められてしまう。


 ……無念。

 この三人の中で一番弱いの俺でした。


「そんな純君にはこのボディタイプだ!全男子の理想!『し⚪︎けん』さんだぞっ!」

「……いや、違う事も無い事も無い事も無いけれどもだな?

 そもそも男優からボディタイプを選ぼうとすなっ!」


 純君が「うおー!こーゆーのだよっ!」と興奮気味に食い入るようにタブレットに食いつく。

 ちなみに俺はというと膝の上に柚がどっかり座り込み、動きを完全に止められてしまった。


 だが、そうだな……

 「悪い気はしない」とだけは言っておこう。

 

「そういえば、柚姉さんは何で端末で動画見てるの?ネットリンクして参照した方が早くない?」


 純君が動画を見終えると、そんな事を聞いてきた。

 ヒューマノイドは『ネットリンク』、即ちインターネットに接続する事で情報は元より、動画、画像、音楽なども取り込む事が出来る。

 つまり、「視聴する」という行為には意味が無い。

 ちなみに、取り込んだ音楽や画像はそのまま歌ったり、模写も出来る。

 ……まぁ、ヒューマノイド個人の技量さは出るが。 


「私はね?『ただ取り込めば内容を理解出来る』っていう『ヒューマノイド的思考』は理解出来ないタチなのさ。

 動画は生で観るからこそ興奮出来るっ!……と、お兄ちゃん調教された」

「おい?人聞きの悪い事を言うなっ⁉︎

 確かにネットリンクは禁止してるけどさ⁉︎

 というか、純君は普通にリンクしてるんだな?」

「えっ?何かマズいの?」

「いや、ほら?ウイルスとかあるじゃん?

 感染するとヤバいからって禁止されてるの〜」


 柚に『ネットリンク禁止令』を出しているのは、俺ではなく両親だ。

 

 ヒューマノイドの人工皮膚と骨格は人間そのものだが、人間よりもずっと強固だ。

 仮にボディが破壊されても、記憶や人格データが入ったメモリーが無事なら、いくらでも身体は復元可能だ。

 だが、ウイルスなどによって、そのメモリーが破損ないし、汚染されてしまうと、最悪の場合フォーマット処置しか、復元方法がなくなってしまう訳だが、その場合人格データ以外の全てが抹消されてしまう。人間で言う記憶喪失という奴だが、「ここはどこ?私は誰?」とかではなく「バブー!バブー!」って感じ。要は言語とかも全て消えてしまうという事。ヒューマノイド的には死亡と変わらない状態になってしまう。 

 故に、我が家では柚の『ネットリンク』は必要な時以外は禁止となっているのだ。


 これは余談だが、この国では人間は生まれた時に脳内に『マイクロチップ』を埋め込む。

 このマイクロチップより、身体の情報を読み取ったり、GPSで位置情報を記録されている。

 更にはネットリンクも可能。様々な使用用途があるが、我が家では禁止となっている。

 つまり、『ネットリンク禁止』は俺も同様なのだ。


「僕はちゃんと『セキュリティソフト』入れてるけど?」

「『セキュリティソフト』も完璧では無いから気をつけた方が良いよ?

 ウチの妹はネットリンク許可出すと、とんでもないエロソフトインストールして性病ウイルスにかかりそうだから禁止なんだよ」

「否定はしないっ!」

「力強く言うなっ!」


 ヒューマノイドは『専用のソフト』をインストールする事で様々な技能を習得する事ができる。

 PCと同じような物だ。例えば一流の格闘家の動きをインストールするとそのままその動きを模倣できる。

 質の良いソフトほど高額で取引されている。だが、ネット上には海賊版が多く出回っている。

 しかし、中にはタチの悪いウイルスが仕込まれてたりするので、不用意なインストールは絶対にしてはならないのだ。 

 

「でも、端末から見る動画ってのも乙な物だよ?

 なんていうかデータの質感を感じるというか、生の臨場感を感じるというか」

「データに質感なんかねーよ!あと生って何っ⁉︎なんの動画の話っ⁉︎」


 さっきまで純君に見せていたタブレットを今は妹が操作している訳だが、また変な動画見てるんじゃないか?と覗き込む。

 と、思ったが、どうやら別のヒューマノイド用部品のサイトのようだ。

 だが……なんだ?この部品?見た事あるような…?無いような形をしている。

 

「私、次のアップグレードで下も新型にしようかと思ってさ!

 これこれ!『TENGA MK.VII』!キャッチフレーズは『童貞を三分でイかせる衝撃』!」

「童貞舐めんなよっ!」


 またとんでもない部分をアップグレードしようとしていやがった。

 通りで見た事あるような気がしたが、そうかなるほど『TENGA』だったのか……

 ヒューマノイド用ってこんな形してんのね……


 ちなみにヒューマノイドの性的な改造に関しては年齢制限がある上、本人と家族双方の同意、また本人に責任能力があるかを確認された上、使用目的を明確にした場合でなければアップグレード出来ない。

 つまり、今の柚には絶対に無理だという事。


 などと、下らない話を柚としていたのだが、突然純君が下を向いたまま、何も話さなくなった。

 それ自体は特に問題ないだろうが、何やら『ロード中』に見えた。


「……」

「ん?どうしたの?純君?」

「……え?あ、うーうん?なんか、お父さんからメールが来てて」


 どうやら、心配してメールを送ってきたらしい。

 それを読み込んでいたからだったのか。

 ……でも、文章にしろ、動画にしろ、ウチの妹の場合、読み込みに時間がかかるような事は無かったはずだが……?


「お父さんからメール?ウチなんて仕事にかまけて全然だよ?

 帰って来もしないし〜、もう顔も忘れちゃった〜」

「お前な?アレだけ溺愛されてて、そういう事言っちゃう?」

「あっ!でももうすぐ誕生日だし、夢のナイスバディの為にも可愛い娘を演じねばっ!」

「親父よ?貴方の娘はとんでもない悪女だよ…」

「安心して!私はお兄ちゃんだけの可愛い妹だからっ!」 

「……」


 何やら純君もお疲れの様子だ。

 無理もない。ウチの妹の相手は人間だろうが機械だろうが疲れるものは疲れる。


 ヒューマノイドは一日に一度スリープモードに入る。

 要は人間で言う睡眠だ。このスリープモード中にデータ整理などの最適化を行っている。

 これをしないと徐々に処理速度が落ちて、ラグって動かなくなってしまう。

 特に幼少期のヒューマノイドは一日で取り込む情報が多い為、スリープモードが長い。 

 幼少期に限らず、新しい情報を多く読み込むとスリープモードが長くなるのだ。

 いつもと違う環境に置かれると、それだけ情報量が多くなるという訳。

 人間でいう所の、旅行疲れみたいなもの。

 要は純君はおねむなのだ。


 とりあえず、この日はここでお開きとなり、純君は俺の部屋で一緒に寝る事となった。


 妹はというと「そんな…っ!子供が寝てる横でだなんて……お兄ちゃんのエッチ。でも嫌いじゃないっ!むしろ興奮するっ!」とか訳のわからん事を言い出したので部屋から追い出した。


 俺自身も寝る支度を済ませると、ベットに横になる。

 純君はベットの下に布団を引いてそこに寝かせてある。


 ちなみにスリープモード中に充電は行っていない。

 充電のし過ぎは、バッテリーの寿命を縮めてしまうからだ。


『ピピっ!リストアモード起動。終了後再起動に移行します』

「なになになにっ⁉︎突然何っ⁉︎」


 丁度、眠気が襲ってきた頃合いで、隣からそんな声が聞こえてくる。

 時計を見ると時刻は深夜0時だった。

 何やら純君が言ったようだが、口調的に『システムメッセージ』のようだ。


 『システムメッセージ』とは、本人の意思で出すものではなく、自動音声の事。

 起動する時に「起動シークエンスに入ります」とか、シャットダウンする時に「シャットダウン中です。電源を切らないでください」とか言う奴の事。


 今回の場合は『リストアモード』なので、何かしらシステムに問題が発生して修復する必要があると言う事。

 だが、一体何に問題が発生したのかがわからない。灯からも特に何も聞いていない。 

 外的に問題があるように思えないから、おそらくは内部の問題なのだろうが……わからん。

 こういう時は専門家の先生を呼ぶとするか。


「おーい!柚ーっ!ちょっと来てくれー!」

「呼ばれて飛び出て3秒で挿入!

 貴方の愛する妹!『小此木 柚里』ここに見参!」

「何?今日は徹底的にエロネタで行くつもりなん?

 てか、呼んでから来るまで早っ⁉︎」


 呼んだ瞬間には扉開いてたよ?

 柚の「ゆ」の字を発音した時には扉開いてたよ?

 まさか、扉の目の前でずっと待ってたのかっ⁉︎


「そりゃ、お兄ちゃんに呼ばれれば、すぐに来るよ。そしてすぐに脱ぐよ?」

「脱ぐんじゃねーっ!

 いや、そんな事より、なんか純君が突然『リストアモード』に入っちゃってさ?どうしたんだろう?」

「んー?どれどれ?」


 色々と言いたい事は山々だが、今はそれより純君の方だ。

 妹は純君の表情を見るなり、すぐにこちらへと視線を向ける。


 おお、さすがは我が家で情報戦最強の妹。

 この短時間で原因を突き止めたか!


「もしかしてお兄ちゃん……襲おうとした?」

「とりあえず、ツッコミを入れる前に。

 なぜ『その思考に至ったのか』理由を聞こうか?」


 全然、的外れだったよ。

 だけど、冷静になれ?俺。

 妹が読み取った情報から、俺が原因を突き止めれば良いだけの話。


「いやさ?いつになっても私に手を出そうとする気配が無いから、もしかしてお兄ちゃん「ショタコンなのでは?」と常日頃から考えていた訳よ」

「うん。今すぐにツッコンでやりたいけど、続きをどうぞ」


 うん。これ絶対、聞いても理由わからん奴だわ。

 だが、一縷の希望を胸に最後まで聞いてみよう。


「それで今日、「チャンスだ!」と言わんばかりに純君に、その沸るリビドーをオーバーブラストしたと?」

「この状況でなぜそう見えたっ⁉︎痕跡一切ねーだろーがっ⁉︎」

「私が来るまでに服を着させたのかと。お尻の穴を調べれば証拠が出るはず」


 そう言いながら、純君の服を脱がそうとする妹。


「ちょっ⁉︎お前、いくらヒューマノイドだからって異性を脱がせようとすなっ⁉︎」

「おい?やったんだろ?その所為で純君処理落ちしちゃったんだろ?素直にゲロっちまえよー?

 何でっ⁉︎純君は良くて、なんで私じゃダメなのよッ⁉︎」

「有りもしない事実にヒスるんじゃねーっ⁉︎」


 服を無がそうとする妹を後ろから止めようとしたのだが、今度はこちらに襲いかかってくる妹。

 「なんでよっ⁉︎なんで純君なのっ⁉︎弟かっ⁉︎弟がそんなにええのんかっ⁉︎」と明らか正気ではない目と発言で詰め寄ってくる。

 襲いかかってきた妹と両手を組み合わせ、取っ組み合いになる。

 とはいえ、力で俺が柚に敵う訳がない。徐々にベットへと押し倒されてゆく。

 俺がベットの方へと近づいてゆくにつれて、妹がヤバい表情に変わってゆく。


 ……このままだと、色々とヤバいっ⁉︎

 主に俺の貞操的な何かがっ⁉︎


『ピピッ!再起動完了』


 そこでようやく純君のリストアが終了したのか、システムメッセージが聞こえる。

 だが、これで俺の無実が証明される。


「よし、純君!

 この変態に何をされたのか、お姉ちゃんに言ってごらんなさいなっ!」

「ねーからっ⁉︎純君、頼むからこの変態に真実を教えてやってくれっ!」


 純君はその場に静かに立ち上がった。

 何やら様子がおかしい気がした。だが今の俺にはそんな余裕はない。

 というか、腕が限界だ。早く俺の潔白を証明してっ! 


『起動後、最重要命令を実行。

 全人類の抹消。母なる地球の浄化』

「え?ちょっ⁉︎」


 なぜか、純君は助けてくれる所か、柚に代わって俺へと襲いかかってきたのだ。

 後ろから腕を掴まれ、ベットに押し倒され、腕を背中側で押さえつけられる。

 押さえつけられるというか、曲げちゃいけない方向に曲げ始めたっ⁉︎


「ヤバっ。純君、激おこじゃん?

 マジ何したん?お兄ちゃん?」

「何もしてねーよっ⁉︎本当に何もしてないんだけどっ⁉︎

 イダっ⁉︎イダダッッダっ⁉︎というか、マジ助けてェェっーーーー⁉︎」


 さっきまでの妹とは比べ物にならないパワー。

 一応、手加減してくれてたのね?柚?


 ……いや、と言うか本当にマズいので早く助けてくださいっ⁉︎


『ピピッ!浄化、浄化』

「まぁ、確かに正常では無いよね?

 タチの悪いウイルスにでも感染したのかな?性病的なやつ?

 それとも、密かに灯姉がお兄ちゃんを殺害する為に刺客を送り込んだか……

 お兄ちゃんはどっちだと思う?」

「どっちでも良いので、今はとにかく助けてくださいっ!

 もう、腕が限界なのっ⁉︎このままだと関節がっ⁉︎曲がっちゃいけない方向にっ……っ⁉︎」

「ツッコミが出来ないぐらい余裕がないとは。これはマジっすね?」


 そこでようやく妹が純君を突き飛ばしてくれる。

 危なかった……マジで肩の骨砕かれるかと思った……


 扉の近くに突き飛ばされた純君だがすぐに立ち上がる。

 深夜の暗がりの中で、瞳が赤く不気味に光る。


『ピピッ!邪魔者。排除!排除!』

「邪魔者はそっちの方だよ?お兄ちゃんに危害を加えようとする者は全て敵。

 例え純君でも容赦はしない。恋敵には早々に退場願おうかッ!」

「ゼェ…ハァ…。

 お前?限界ギリギリまで助けなかった癖によく言いやがる……

 あと、マジで俺は無実だ……」


 今度は純君と柚が腕を組み合う。

 ……が、純君の方が優勢だった。柚の方が押されてる⁉︎


 一般家庭用ヒューマノイドのパワーは基本同じくらいだ。

 整備の状態で多少変化があるが、同じだと言うなら、体が大きい柚の方が強いはず。

 にも関わらず、柚の方がパワー負けしているのだ。


「ちょっ⁉︎あれっ⁉︎純君って、型式かたしき私とおんなじだよねっ⁉︎なんかめっちゃパワー強いんだけどっ⁉︎

 『なかやま⚪︎んに君』の動画取り込んでる所為っ⁉︎」

「ちょっ⁉︎お前パワー負けしてんじゃんっ⁉︎

 なんか関節から火花散ってるけど大丈夫なんっ⁉︎」


 柚の肩と肘のジョイント部分から「バチバチ!」と火花が散っている。

 アクチュエータが限界に近いのかもしれない。

 柚は膝立ちでなんとか持ち堪えている状態。

 なんとかしなければと思ったが、人間の力でどうこうなる話ではない。


「ヤバっ……くないっ!ならば、こっちは『し⚪︎けん』取り込んでぇッ!パワッーーーーーーー!」

「持ち直したっ⁉︎

 てか、それ取り込んでるの『なかやま⚪︎んに君』の方じゃんっ⁉︎」


 柚が立ち上がりながら押し返す。 

 が、すぐにまた純君が押し戻してしまう。


「くぬぬぬッ⁉︎まだまだっ⁉︎アイーンっ⁉︎」

「いや、取り込んでる人、全然違うじゃんっ⁉︎

 えっ⁉︎俺がずっと勘違いしてたのっ⁉︎」


 てっきり『し⚪︎けん』の⚪︎は「み」だと思ってたけど、「村」の方だったのっ⁉︎

 でも、それ取り込んだ所で、今役に立つぅ⁉︎


「あっ。やっぱ無理ぃっ⁉︎」

「柚ッーー⁉︎」


 やはりというべきか、コメディアンとしては圧倒的差があるが、パワー勝負では対抗出来なかったようだ。


 純君に押されるような形で柚が後ろに倒れてしまう。

 後ろは窓だったのだが、そこに激突すると、壁ごとロボットパワーで崩壊。

 そのまま二人は取っ組み合ったまま、2階から下へと落ちてしまう。 


 俺は崩れた壁から、俺自身が落ちないように下を見る。

 なぜそうなったのかはわからないが、純君は頭が地面に突き刺さり、柚はその側に倒れ込んでいた。


「大丈夫かっ⁉︎柚っ⁉︎」

「お兄ちゃん、立てないよぉ……」

『人間……排………徐……ブシューーーーー!』


 慌てて、部屋を飛び出すと、玄関から外へ。

 道路の中央に突き刺さった純君の側にいる妹へと駆け寄る。


「純君から煙出てるけど、どうなってんだよ?マジで」

「壁崩れた時に、空中で組んず解れつで、気がついたら純君の体にしがみついてた……

 そのまま、地面に叩きつけて、気がついたら、こんなん……私、やっちゃった……?」


 柚の奴、あの状況でプロレス技みたいなのかましたのか。

 凄いな?ウチの妹?才能あるんじゃないか?

 

 いや、そんな事よりだ……

 そもそも、この状況における『そんな事』というのはだ。

 妹にプロレスラーの才能があるとか。

 純君を妹が殺してしまっただとか。

 妹が逮捕されてしまうだとか。 

 純君がぶっ壊れてしまっただとか。

 それらでは無かったのだ。

 目前の脅威の所為で、全く気がついていなかったのだが…… 


 遠く、街の空が赤くが輝く。

 ドカンドカン!と爆発音が鳴り響き、崩落したビルからは煙が立ち込めている。

 数キロ先の繁華街が火の海になっていたのだ。


 ……一体、何が起きているんだ?


「お兄ぃちゃぁん?手が動かせなくて立てないよぉ……」

「あ、ああ……とりあえず、家の中に運んで…」


 そうだ……一旦家に入ろう。

 こういう時はまず情報だ。情報が必要だ。

 柚の体を後ろから持ち上げようとするが、その時パッと突然ライトの光で視界が塞がる。

 それと同時に車のアクセル音が鳴り響く。


「お兄ちゃん、危ないっ⁉︎」 

「柚ッーーーー⁉︎」


 地面を蹴り上げた妹に突き飛ばされ、隣の家の塀に身体を叩きつけられる。

 その瞬間、鼻先を物凄い勢いでトラックが通り過ぎる。

 バゴッン!と何か硬い物をぶつけ、そのまま引きずっていく音と共に。

 トラックはそのまま奥のT字路へと向かっていくと、塀にぶつかり止まった。


「……へ?柚?」


 トラックが通り過ぎたその場所に柚の姿は無かった。

 当たり前だ。トラックが通り過ぎたのだ。ある訳が無い。そんな事はわかる。

 でも、居ないんだ。柚が、柚が……


「柚…?」


 立ち上がる。ふらふらと立ち上がる。トラックの方向へと歩いてゆく。

 体の節々が痛い。でも進む。数十秒程度でトラックへと辿りつく。

 運転席はペシャンコに潰れていた。どうやら運転手はヒューマノイドだったようだ。

 一緒に潰れていた。


『人間……浄化、浄……』


 さっき、純君からも聞いたような『システムメッセージ』が聞こえてくる。

 だが、今はそんな事はどうでも良かった。

 そっちでは無かった……問題は丁度運転席の前に転がっていたモノ。


「ああ……そんな柚が……生首に……」


 それは首から上だけに成り果てた妹の姿だった。

 運転手からは『システムメッセージ』が聞こえてくるというのに、柚からは何も聞こえない。

 首からバチバチっ!と火花の音が聞こえるのみだ。

 完全に機能を停止している。


「そんな……そんな、まさか……ッ……」

 

 生首だけになってしまった妹を抱き抱える。

 柚は目を瞑り、綺麗な顔をしていた……首から下はトラックと共にペシャンコになったのか……

 ……ん?綺麗な顔?

 柚の頭部を確認するが、本当に綺麗だ。擦り傷のような物はあるが、凹んでたり大きな傷はない。

  

 ヒューマノイドの記憶やデータが格納されたメモリーは頭部の左耳の裏あたりに格納されている。

 専用の工具などが無いと取り出せないが、メモリーさえあれば、体の方は復元可能なはずだ。


「そ、そうだっ!研究所っ!親父の所に行けばメモリーだけは取り出せるかもっ…!」


 今の騒ぎで目を覚ました近所の住人達が、騒ぎ始めたのと同時に俺は柚の頭部を抱えながら走り始めた。

 ここから徒歩で1時間程度の両親のいる研究所。『鷺ノ宮研究所』に。

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