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1話 妹はヒューマノイド



「おっはよー‼︎お兄ちゃんっーー‼︎」


 朝、そんな元気な声と下半身の上の衝撃と共に目が覚める。

 目を開くと、丁度下腹部の上に乗っかる制服姿の女の子がいた。


 灰色チェック柄のスカートに、赤いリボンに白いワイシャツという学生服姿。

 黒い髪が肩下まで伸び、前髪の左側に柚色の花飾りを付けた少女。

 今年、高校に入学したばかりで俺の一つ下の十五歳。

 ついでに体重は40キロ程度。 

 『小此木おこのぎ 柚里ゆずり』。俺の妹だ。


 つまりこれはアレな訳だ。

 可愛い妹が朝寝坊しそうな主人公を起こしに来た的なイベント。

 物語の始まりのテンプレだ。

 ならば、俺もテンプレで返すのが礼儀だろう。


「いや、あの……あと五分、いや十分」

「もう、まーた、そんな事言っちゃって〜。テンプレお兄ちゃんなんだから〜。

 早く起きないと遅刻しちゃーうぞ?」


 可愛い妹風に若干体を揺らしつつ、そう言ってくる。

 ……自分から言っておいてなんだけどさ?そもそもの話だ。


「テンプレじゃねーよっ!マジであと十分なのっ!あと十分で目覚ましが鳴るはずだったのっ!

 『朝の十分』には『カップラーメンの三分』くらいの価値があんのっ!

 可愛く言っても誤魔化されねーからっ!マジでっ!」

「うん。だから目覚ましに起こされる前に起こしてるんだけど?」

「少しは悪びれてください」


 観念して、布団から出る。

 ……ようとするのに起こしに来たはずの妹が一向に退いてくれない。WHY?


「なんだよ?起きるから退けよ?」

「まだ言ってない事があるでしょー?」

「おはよう。ユズ


 妹が首を「うんうん」と振ると、僅かな沈黙。

 これはつまり……まだ足りないと?


「Oh!愛しのマイシスター!

 本日も見目美しいその姿、朝から見られて光栄の極み!」

「うむ。苦しゅうない」


 またもや二回頷くとそこで止まる。

 ……まだ足りないと?


「ぐへへっ!可愛いお嬢ちゃんだね?

 今、何色のパンツ履いてんのぉ?」

「黄色だよー。見る?」

「見せんで良いわっ!」


 俺の上に座った状態でマジにスカートの中を見せようとしたので、慌ててスカートを押さえる。

 言ったの俺だけどさ?冗談よ?流石に妹のパンツ見ても興奮せんわ!


「何?マジで何が聞きたいん?」

「毎日、起こしてくれてありがとう。は?」

「もう明日からは起こさんで下さい」

「じゃぁ、明日からは十五分だね!」

「マジで止めれっ⁉︎」


 そうこう問答していたら、目覚ましが鳴りやがった。

 マジで、あと十分寝てても変わらなかった……

 という事実と共に、ようやく妹から解放され、布団から体を起こす。

 これどっち道、目覚まし鳴るまで解放してくれないんだよなぁ……要は朝の十分は『妹タイム』なのだ。


 妹と共に自室を出ると、正面には扉がもう一つ。こっちは妹の部屋だ。

 部屋の扉には黄色い花でデコレーションされた看板が吊り上げられていて、中央には文字が書いてある。

 『Welcome to お兄ちゃん!』

 ……なんじゃそりゃ?

 怖いから一回もツッコんだ事も、入った事も、中を見た事も無い。 

 

 我が家は二階建ての一軒家。この二階には他に両親の寝室がある。

 一階のリビングへ向かう為、階段を降りる。

 そこで妹へと、常日頃から抱いていた疑問をぶつけてみた。


「いつもいつも目覚ましより早く起こしに来やがって。

 ……ていうか、何で俺の目覚ましの時間知ってんの?ちょいちょい変えてんのに何でわかんの?」


 というのも、毎日なのだ。

 俺がどんな時間に起きようとしても、必ず十分前に起こしに来る。 

 一度、なんとしても妹に起こされないようにと、早起きを頑張った事がある。

 だが、何度起きる時間を変えても必ず十分前に起こしに来たのだ。

 最終的に夜中の0時まで起こしに来て諦めた。つまりは俺の完全敗北。

 ……0時はやりすぎじゃない?一応翌日ではあるけどさ?


「ホームサーバーにリンクすれば分かるじゃん。普通じゃんね?」


 家内で使用している電化製品及びデバイス類は、全てホームサーバーと連携されている。

 つまり妹はそこから情報を得ていた訳だ。


「いや、そうだけど……俺目覚まし、毎晩寝る前に設定してるんだけど?」

「毎晩スリープモード前に欠かさず確認しているという事さ。私、『プロの妹』だからねっ!」 

「何その謎のプロ意識っ⁉︎それどっちかと言うと幼馴染の仕事じゃねっ⁉︎

 てか、『プロの妹』って何っ⁉︎逆にアマチュアが居たら、それは一体何な訳っ⁉︎」


 基本、全ての妹はプロでしょ?

 アマチュアって何?義妹的なの?それとも偽物?

 その観点で言うと、君はアマチュア(・・・・・)になっちゃうけど、それで良いの?

 言うと話が長くなりそうだから、それはまたの機会に。


 そして『目覚まし戦争』については、だ。

 『情報戦』で妹に俺が勝てないのは当たり前の事であった。


「おはよう。二人とも。

 あおいユズも相変わらず朝から元気ね〜?

 昨晩はお楽しみだった?」

「お母さん、おはよー。やっぱり分かっちゃう?」

「分かんねーよ。何も分かってねーよ。てか、分かってたまるかっ!」


 洗面所で顔を洗った後、リビングの方へ移動すると、母さんが朝食の準備をして待っていた。

 今、セクハラまがいの挨拶をかました人が俺達の母だ。認めたくない事に。


「『その話』なんだけどさ〜?お母さ〜ん?」

「まだ、『昨晩の話』引きずんの?

 別に隠してる訳じゃなく本当に何も無かったわい!」

「あらー、何かお願い事かしら〜?」


 それぞれ席に着くと、俺と母さんの前には用意してくれた朝食がある。

 妹の席には食事は用意されておらず、代わりに充電済みの『携帯用小型バッテリー』がおいてあった。

 柚が席に着くと、母さんがその背中にマグネット式の給電ケーブルを貼り付けた。

 これが妹の朝食なのだ。妹はバッテリーを手に取るとスカートのポケットへとしまう。


「そそ。もうすぐ私、誕生日じゃん?だから〜、欲しいな〜って」

「あら、そういう話〜?おねだりなら、お兄ちゃんにしてみたら〜?」

「お兄ちゃん、甲斐性無しだから期待してない」

「おいコラ?妹?」

「でも、大丈夫!私がちゃんと養ってあげるから!」


 普通、男子高校生に甲斐性なんてねーだろ?

 というか、俺卒業後はニートになると思われてるのかな?

 母さんに関しては何も言わずご飯を食べている。

 ……俺、マジでニートになると思われてんのかなっ⁉︎


 とそれはさておき、妹の誕生日は十月十日だ。

 今日が九月八日なので、約一ヶ月後。

 語呂が良く、覚えやすい事この上ない。

 逆に忘れるとマジギレされる。

 一回冗談のつもりで言ったら、半殺しにされた。

 今年は何をプレゼントするか……もしかするとこの会話からヒントが出てくるかもしれない。


「それで?何が欲しいの〜?」

「ボンキュっボンっ!のナイスバディ!」

「ぶふっ⁉︎」

「『身体更新アップグレード』の方だったのね〜」


 朝っぱらから、母親にとんでもない要求をするもんだから、思わず口に含んだ牛乳を浮き出してしまう。

 全く誕生日プレゼントのヒントにならなかった。


 ……いや、待てよ?

 これは先回りして、下着を買っておくのはどうだろうか?

 「大きくする」と言う事は、「今までの下着は使えなくなる」という事……今までってブラジャーしてたのか?

 妹は貧乳だ……それも所謂、絶壁。つけても落ちちゃうくらいの断崖絶壁。


 しかし、それ以前にだ。

 考えてみたら、女性物の下着なんて買いに行けない。

 「男では買いにいけない」という所は伝手があるのでクリア出来る。

 だが、そもそもの話。「妹に下着をプレゼント」が完全にアウトだ。

 ただでさえ、家でも外でも『シスコン』としての名声を欲しいままにしているというのに、ここに『変態』まで加わったら、社会復帰不能だ。

 マジで一生、柚に養ってもらう事になる。


「ねぇ?良いでしょー?私もう十五だよ?花の女子高生なんだよ?

 クラスのみんなもっきくしてるし。私もおっぱい欲しい!欲しい欲しい欲しい〜」

他所よそ他所よそうちうちよ?

 お母さん、まだ柚には早いと思うな〜」

「……あの?携帯電話みたいなニュアンスで会話進めるのやめてくれません?」

「大丈夫だよ〜。私、お兄ちゃん以外の変な人について行ったりしないよ?」

「サラッと兄をディスるんじゃねーっ!」

「柚の心配はしてないわよ?『葵が欲情して襲いかかるじゃないか』って心配なだけ」

「俺、想像以上に信用ねーのな……

 てか、さっきから二人の会話なのに、なぜ節々で俺を傷つけるの?そろそろ泣きそうなんだけど?」


 ここまでの会話でなんとなく分かって頂けたかと思うが……

 ウチの妹は人間ではない。『ヒューマノイド』。

 つまり、『機械人間』なのだ。


 母さんは「考えとくわ〜」と言い、俺達は身支度を整え、学校へと登校した。


「朝から大変だった……」

「葵はツッコミに飢えてるから」

「つまり、お兄ちゃんは常に私を求めている…と?」

「巫山戯んな。朝っぱらから疲れるわ……」


 途中、幼馴染の同級生と合流していた。

 『夕凪ゆうなぎ あかり』、赤髪を後ろで一つに束ね、柚と同じ制服をきた人間の女子。

 一つ違うのはリボンの色だ。灯は黄色のリボンをしている。

 ウチの学校では、入学した年によってリボンの色が違う。

 三年が青。二年が黄色。一年が赤。ちなみに男子はネクタイ。


 柚は黄色大好きっ子なので「クソっ!なぜ一年早く産まれられなかったのかっ!そうすればお兄ちゃんと同い年だったのにっ!」と年中暇さえあれば言っている。


 ヒューマノイドの年齢は幼児用ボディにデータが移された時から数えられる。

 人工知能とはいえ、最初の段階では人間の赤ちゃんと大して変わらないらしい。

 その身体を徐々に『身体更新アップグレード』していき、幼児用→学童用→青年用→成人用などの人工骨格と皮膚を追加調整する。

 今の柚は『青年用の初期』程度の成長段階だ。 


「そういえば、今日からウチの弟よろしくね。

 おばさんから聞いてると思うけど」


 などと、灯から言われた訳だが……なんの事だかサッパリわからない。

 

「……なぁ?柚?何か聞いてる?」

「うん。知ってるよー。

 ホームサーバーのカレンダーにも予定書き込んであったよ?

 『一週間、純君お預かり』だってさ?」

「知ってんのっ⁉︎何で誰も俺に伝えてくれないの?」

「「信用が無いからじゃない?」」


 二人でハモりやがった。

 ……えっ、自分で言うのもなんだけど、嘘とかあんまりついてないよ?

 成績だって割と良い方だし。なんでこんな扱い?


「何でっ⁉︎俺そんなに信用無くなるような事したっ⁉︎」

「アレじゃない?

 柚ちゃんにタチの悪いソフトをインストールしたから。『ブラザー・コンプレックス』的な奴」

「いやんっ♡ お兄ちゃんったら、そんな事しなくても世界一愛してるぞっ♡」

「してないのに、この状態なのがヤバいんだろっ⁉︎

 てか、定期検査でも『異常無し』って出てんじゃんっ⁉︎

 俺、無実だよっ⁉︎」


 結論。

 全部、妹の所為だった。


 それは百年以上も前の話。

 ヒューマノイドが誕生して間もない頃。

 そういった「人格を強制的に変化させてしまうソフト」が流行ったらしい。

 今でも『闇市ブラック・マーケット』には出回っているそうだが、当然真っ当に生きている俺が手に入れられる訳もない。

 加えて『機械人間保護法』で使用は禁止されている。

 それに何より、そういった不正使用は『定期検診』ですぐにバレて逮捕される。

 俺の無罪は既に証明されている。


 ……はずだったんだけどね?

 まだ疑われてるのね?俺?

 マジで身に覚えがないんだけど?

 まさかとは思うけど、柚子のやつ?自分で何か良からぬソフトをインストールしてるんじゃないよな?


「それは置いておくとして。

 純の奴?最近反抗期だから面倒かもだけどよろしくね。

 まぁ、葵なら大丈夫だと思うけど」

「俺にとって結構重要な話なんだけど?

 それにしても反抗期ねぇ?柚はいつ反抗期になるんだろうな?」

「お兄ちゃんが結婚相手を連れてきた時には必ず」

「……認める気0っスか」

「お兄ちゃんが欲しくば、私を倒していくヨロシ」

「何キャラなん?それ?」


 『じゅん』というのは灯の弟の事だ。

 柚と同じ、ヒューマノイドで年齢は十三歳。

 多感な時期だ。実の姉を煩わしく思っていると。


 「なぜ預かるのか?」に関してだが、灯の両親の仕事が忙しく、暫く職場で缶詰らしい。

 元は灯もウチに泊まる予定だったらしいのだが、最近純君との仲が芳しくないとか。

 その為、彼女は他のクラスメイトに泊めてもらう事となった。

 とはいえ、俺にとって純君は弟のような存在。

 昔から仲もそれなりに良い。柚ともそんなに悪くは無かったはずだ。

 しかし、灯がそう言うなら少し気を配った方が良さそうだ。


「まぁ、了解。純君の事はちゃんと面倒みるから安心しろよ」

「まさかこの一言の所為で、あんな騒ぎが起こってしまうとは。

 この時のお兄ちゃんは予想だにしていないのであった」

「おい⁉︎『おかしなフラグ』立てようとするんじゃないよっ!」


 妹が何やら不穏な事を言いやがった。

 だが、何も心配はいらない。


 俺達の暮らす国。

 『真日本国』は人と機械が共存する完全中立国だ。

 ここ百年以上は特に大きな事件は起こっていない。俺が生まれてからは尚の事だ。

 起こるとすれば、いつもの妹が巻き起こす下らない騒ぎぐらい。

 この国は平和そのものなのだ。

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