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日常煽動劇場  作者: 野神 真琴
由紀夫編 「第一章 死ぬほど死にたいから死ぬ気で死ぬ」
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咳止め薬を急き込んで咳き込む


「どうして笑っているの?」と荒井が僕に尋ねた。彼女はスケートボードを片手に持ちながら僕の横を歩いている。曇っていた筈の空は僕の心と同様に晴れはじめ、世界は碌でもない生気に溢れ始めていた。


「楽しいから笑っている」

「由紀夫が笑っている所なんて初めて見たわ。表情が豊かなのね」


 僕は彼女の皮肉を聞き流して、両手を空に向けて伸びをした。このままどこまでも手が伸びていけば、青い空に残った中途半端な雲を払い除けられるだろう。完璧な青空を自らの手で作りたい気分だ。


「鞄を置いてきて良かったの?」


 隣で一緒に歩く荒井の顔を見た。学校を抜け出して外の世界で歩く彼女は、どこか弱々しくも見えるが、それでも僕なんかよりは強いだろう。


「大した物が入っている訳じゃない。不要とまでは言えないけど、不必要な物ばかりが入った鞄を、今は持ち歩きたい気分じゃなかったんだ」


 ただ鞄を持っていないだけなのに、こんなにも清々しい開放感を手に入れる事が出来るのだ。スクールバックなんて足枷や手錠のようなもので、差し詰め制服は囚人服といった所だろう。僕は脱走者の気分だったし、脱走者の大半がどう言った運命を辿るのかは理解している。僕は何かしらに縛られていて、白と黒のボーダー服を着た囚人なのだ。白の次が黒になるのも解っている。それでも今が白なのは確かだ。


「そっか」と荒井は納得のいかなそうな表情で言った。納得も理解もしていないけど、否定や訂正をするのが面倒な人間の浮かべる顔だ。僕が一番使う表情と同じだった。




 僕達は駅前にあるドーナツショップに入り、砂糖が埃のようにまぶされたドーナツを何個か購入し、持ち帰りように一個ずつ大仰に包んで貰って、近くにある大きな公園で食べる事にした。


「由紀夫はドーナツ嫌いじゃなかったの?」と荒井は言った。彼女はコーチジャケットをレジャーシートのように尻へ敷き、石で出来た椅子に座って期間限定のドーナツを食べながら言った。


「嫌いなんて一度も言ってない」僕は咀嚼していたドーナツを喉に詰まらせながら飲み込んだ。「ドーナツは大好きだよ。巷ではミスター・ドーナツと噂されるくらいドーナツ好きで通っている。通るための穴だってある」


 荒井は僕が言った穴だらけの言葉を無視して、リュックからコップ付きの水筒を取り出した。僕の退屈なジョークを聞き流す能力を、荒井は既に身に付けているらしい。美味しそうにコップから何かを飲む荒井を眺めていると、彼女は水筒のコップを僕に渡してきた。


「欲しいんでしょ?」と荒井が言った。可愛く微笑む彼女からコップを受け取り、水筒から飲み物を注いでもらった。僕はオールドファッションのせいで喉が乾きすぎていたし、彼女の優しさを無下に出来るほど無粋ではない。


「ありがとう」と僕は言って、コップに口を付けた瞬間、異臭に気付いて直ぐに口を離した。「なんだよこれ。麦茶じゃあないだろ? 僕に何を飲まそうとした?」


 荒井は嬉しそうな顔を浮かべながら「お酒よ」と言った。僕はコップに注がれた液体に鼻を近づけ、犬のように臭いを嗅いだ。酒を飲んだ事なんてなかったし、臭いを嗅ぐのも初めてだったが、確かに消毒用のアルコールと同じ臭いがした。


「さっきから、こんなのを飲んでいたのか?」


「そう」と荒井は言って、今度は鞄から何かの錠剤が入った瓶を取り出した。「炭酸のジュースをウイスキーで割った飲み物。私、普通の炭酸ジュースを飲むと胃が痛くなるから、ウイスキーを炭酸で割ったのは飲めないけど、炭酸をウイスキーで割ったものなら飲めるの」


 僕は荒井が言っている事がいまいち解らず、割り切れない気持ちを抱いた。要するに彼女は胃が弱くて、水筒には酒を入れているという事だ。僕は覚悟を決めてコップに入った酒を一気に飲み干してみた。喉は焼けるように熱くなったし、顔は内側から燃えるように熱を帯びた。喉を焼く液体と下品な言葉を吐き出したくなったが、僕はそれを我慢して紳士を装った。


「どうだった?」

「これは本当に人間の飲み物なのか?」


 僕が荒井にコップを返すと、受け取った彼女は新たに酒をなみなみと注いだ。荒井は「もう一杯いる?」尋ねてきたが、僕はもう一杯一杯だったので、ゆっくりと首を振って拒否した。


 荒井は謎の瓶から錠剤を大量に取り出して一気に口へ含んだ後、コップに注がれた酒を水代わりにして飲み干した。


「それは何だ?」

「何だと思う?」

「ディアナチュラではなさそうだ」

「正解は、ただの咳止め薬よ」


 荒井はそう言って微笑んだ。彼女が咳き込む所を見た事がないし、むしろ錠剤を大量に摂取した彼女は、少し涙目で咳き込みそうになっているように見えた。咳き込みそうになるほどに咳止め薬を急き込むのは、何か理由があるのだろうが、僕なんかには皆目検討がつかない。


 薬をこんなにも一気に飲んでしまえば死んでしまうのではないかと心配になったが、それを見越したかのように「大丈夫よ」と荒井は言った。大丈夫では無い人間に限って大丈夫という言葉を使う事を僕は知っている。


 荒井は水筒からコップへ酒をなみなみ注いで、またも大量の錠剤を口に含んだ。そんな事をする彼女を止めた方がいい気もしたし、止めない方がいい気もした。きっと、どちらの選択肢も間違っている。


 荒井に関わらない事が一番の正解だろうし、そもそも僕には止める資格も権利も持っていない。何故なら、僕は荒井の恋人でも家族でも教師でもないし、友達ですらない訳だ。そんな訳の解らない奴に、自分の行動を否定されたくないだろう。


「酒も薬も美味しそうではないな」

「人生も運命も美味しくないのと同じね。全部飲み込みたくないし、全部吐き出してしまいたい。全部やめてしまいたい」


 僕は荒井に対して返す言葉が思い付かなかった。僕は荒井に近付く事が怖くて出来ないし、かといって彼女から離れるのは惜しく感じてしまう。単なるルッキズムに執着しているとは思えないので、きっと荒井の持っている何かが僕を引き寄せて離さないのだ。


の神まことです☺︎

勿論ですが、本作はフィクションです!!


評価やブックマークをして下さった方、本当にありがとう御座います。

お陰様で頑張れます☆


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