幸せを終わらせる
既に一時間以上は経っただろうが、僕は未だにマクドナルドから出る事が出来なかった。プラスチックの椅子が僕の尻にくっついてしまったのか、立ち方を忘れてしまったのかも解らないが、目前に在るトレーの上に転がったゴミから察するに、自分が迷惑な客である事だけは理解出来た。
ついさっきまで楽しいデートだったのに、どうしてこうなったのか解らない。幸福な時間は急に打ち切られたのだ。僕は荒井が薬を飲む度に、自分が否定されているような気がした。楽しくなくて退屈だから荒井は薬を飲んだのだとか、そういった邪推が僕の口を滑らせたのだろう。それとも、ただ単に薬を飲んで頭がおかしくなる荒井に嫌気がさしただけかもしれない。何にしても、僕は荒井の行動を否定するべきではなかった。
窓から見える外は既に暗くなっており、街頭と酔っ払いだけが路地を明るく照らしている。女性が通る度に荒井ではないかと注視してしまう自分が情けない。周りを見れば客は一新されており、さっきよりも店が空き始めている。まだもう少しだけここに居ても文句は言われないだろう。もしかすると荒井が戻ってくるかもしれないという期待は抱いていないし、置いて行かれた自分に陶酔して不幸に酔っている訳でもない。ただ、何となく家に帰る気になれないだけだ。
僕はスマホを取り出して、やるべき事に取り掛かる。少なすぎる連絡先の中から荒井をタップして、メッセージの下書き考え始めた。
「さっきはごめん」とまずは打ち込む。「仲直りしたい。勝手な事を言った僕を許してほしい。荒井の事が心配になってしまって、さっきみたいな事を言ってしまったんだ。これからは気をつける」
何かが違う。きっと最初から違うのだろう。僕は荒井に対して悪いとは思っていないのだ。強いて悪いものをあげるとすれば、それはあの碌でもない薬という事になるだろう。僕は打ち込んだ文章を一気に消した。
「今どこにいる?」から始まる文章はどうだろう。「仲直りしたい。荒井がどう思っているのか解らないけど、僕は荒井の事を本当に友達だと思っている。今日だって楽しかった。また一緒に遊びたいと思っている。今日じゃなくてもいいから、もう一度会ってくれないか?」
さっきよりは良くなっている気がする。少なくとも嘘は吐いていないし、会いたいという旨も伝えられている。さっきよりも荒井に寄り添えていないが、折衷案としては悪くない文章だ。
「好きだ」と打ち明けるのはどうだろうか。「僕は荒井の事が好きだ。好きな人が変になるのを見ていられなくて、ついつい強く言ってしまった。ムキになるくらい荒井の事が好きだ。喧嘩した後にこんな事を言うなんて変だけど、僕は本当に荒井の事が好きなんだ。友達でいるのも辛くなるくらい好きだけど、荒井と一緒に居られるのならば友達という立場を甘んじて受け入れるつもりだ。荒井と離れる事が一番、僕にとっては辛い事なのだと思う」
自分で打ち込んでいて何だが、相当に恥ずかしい内容だ。それでも、認めたくはないが一番正直な感情がこれだ。折角ここまで書いたのなら、送らずとも心のままに文字を打ち込んでみよう。
「僕に何が出来るかわからないし、荒井が何を求めているのか解らない。僕は荒井に幸せになって欲しいし、君は幸せになるべき人間だとも思っている。薬なんてやめて欲しい。そんな一過性の幸福を大切にするのはやめて、もっと他の物に目を向けて見るのはどうだろう?」
幸せにしてあげると文章でも言えない自分が情けないし、一方的過ぎる感情は渋滞を起こしている。もっとセンスのあるセンテンスを考えるべきだろう。
「荒井が薬を飲む度に、僕は色々な事を考えてしまう。頭や体の心配もそうだし、何より精神が心配だ。僕は荒井と一緒に生きていきたい。僕と一緒には無理でも、荒井には生きていて欲しい」
荒井は生きるために薬が必要なのだと勘違いしているのだろうが、生きていくのに薬は邪魔なだけだ。あれを止める事こそが生きる道の一歩で、死から遠ざかる為の一歩なのだ。あの碌でもない薬は延命治療にもならない。
「色々な事を勝手に言って申し訳ない。だけど、どうしても荒井に僕の気持ちを伝えたかった。僕は荒井が好きだ。初めて君と話をした時から、僕の頭に……」
僕は想いのままに色々と打ち込んで、最後には「愛している」という文章で締め括った。初めて荒井と話した時の事や、ドーナッツを一緒に食べた時の事とか、無駄な事も書いてしまったが、荒井との出来事を書けば書くほど、僕の感情には厚みが現れて文章には説得力が生まれた。
今までは荒井が薬を過剰摂取するのを黙認する事で、関係性のバランスを保っていた。荒井の奇行に対して、僕は我慢をしてきたのだ。正直に言えばそんな我慢はいくらでも出来るし、むしろ荒井のそういった突飛な所は魅力的だとさえ思える。僕が耐えられないのは、自分が言いたい事を我慢しているという事実だ。僕は何も言えない自分に耐えられない。
荒井との距離感が縮まらないのは僕のせいだろう。不快深い溝を感じてしまうのは、僕が荒井に対して何も言えないからだ。溝ではなくて関係性を深めて、少しでも荒井に近づく為には、思っていることや感じていることを憚らずに伝えるべきだ。あの碌でもない薬を飲んでいる荒井は好きになれそうにないし、僕と会う時くらいは素面でいて欲しい。そんな簡単な事を伝えるのにも遠慮してしまうなんておかしな話だ。
僕の思いを伝えただけで嫌われるなら、これで壊れてしまうのなら、もうそれで構わない。嫌われるのを恐れるのも、恋愛感情を隠すのも馬鹿げている。僕は本物の荒井が欲しい。そして、僕自身も本物になりたい。
気が付けば、僕は震える手で送信を押していた。少しだけ自暴自棄になってしまった感は否めないが、一応は色々と考えたつもりだ。色々と考えた結果、色々と考えるのが面倒になったのだ。正直になれた自分を誇る出来だろう。
気を紛らわす為に窓から路地を行き来する人達を眺めると、直ぐにスマホが着信を受けて震えた。メッセージを送ってから二十秒もたっていない筈だ。僕は直ぐにスマホを手に取り、荒井からのメッセージを確認する。
「きも」から始まる文章だ。「小説家にでもなれば?」
返事の速度から察するに、僕が送った長文を熟読した訳ではないだろうが、要点をまとめた上での感想が「きも」に該当するのだろう。それに十文字の皮肉を添えて合計十二文字の返信だ。僕の人生で初めて綴った愛の告白は、相手にちゃんと読まれもしなかったらしい。
読み返すまでもなく頭で反芻される荒井の返信のせいで、僕の顔は一気に赤くもなるし青ざめもした。操作もせずにスマホに映った荒井の返信を眺めていると、勝手に画面の灯りが消えてしまい、真っ黒の画面には僕の顔が映し出された。そいつは確かにキモかった。自他共に認めざるを得ないキモさだ。
思わずスマホから目を逸らして、窓の方を見てみたがそこにも僕が居た。外が暗いせいで窓が反射して僕を映し出している。さっきは自分ではなく外の方に目を向ける事が出来たが、今では窓に写っている自分の事しか見る事が出来ない。キモい自分を見ていると、僕は初めて死にたくなってしまった。
僕の下らない自己嫌悪から現れた中途半端な希死念慮のせいで、本当に自分が幸せな人間なのだと実感出来た。不幸を感じると、同時に幸福も感じるものだ。この程度の出来事で不幸を感じる幸せな自分に辟易する。
今回の出来事はハッピーエンディングではなく、ハッピーエンドといった所だろう。好きな人に振られたくらいで死にたくなる僕は幸せ者だが、そんな幸せは直ぐに終わらせてやろうと思った。
野神真琴です☺︎
無理やり十万字を超えさせました……
暫く更新をストップさせまぁ( ͡° ͜ʖ ͡°)




