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日常煽動劇場  作者: 野神 真琴
由紀夫編 「第二章 アラカザム」
30/34

青春煽動劇


「ソクラテスじゃない」と荒井は嬉しそうに言った。三好と大森が不思議そうにしていたので、それが先生のあだ名なのだと僕が伝えておいた。


「荒井さんもちゃんと来たんだね。それに、由紀夫君までいるじゃないか」

「ソクラテスはどうして来たのよ?」


「言ってなかったかい?」ソクラテス先生はそう言いながら僕の後ろに来て肩に手を置いた。「今回の補習は私がお願いしたんだよ。赤点を取った人を集めて補習をする代わりに、進級できるくらいには内申点を貰えるようにして下さいって、色々な先生に頼んだんだ」


「そうだったのね」

「荒井さんも大森さんもちゃんと来ていてよかったよ」

「スミヨシと由紀夫に連れてこられたのよ」

「スミヨシ?」


 三好は「あっ、私です……」と恥ずかしそうに言った。スミヨシではなく三好だと荒井に理解させるのは諦めたらしく、これからはスミヨシとしてやっていこうとしているらしい。


「ありがとうね」ソクラテス先生は僕の肩を軽く何度か叩いた。「大森さんとは初めましてだけど、これからもよろしく」


 大森は軽く頷いただけだったが、それに対してソクラテス先生は深く頷く。どうやら大森は警戒しているらしい。


「会議が長引いちゃって、少し遅くなってしまったんだよ」

「何の会議ですか?」

「なんでも、昼休みに一年生が食堂で暴れたらしくてね」


 僕は自分で聞いておいて後悔した。何の会議かなんて聞かなければ良かったし、そのせいで忘れかけていた腹部の痛みを思い出した。殴られていない筈の頭も痛むのは、頭を殴った犯人を知っているせいだ。


「暴れるって、喧嘩ですか?」

「そうだね」


 三好の質問にソクラテス先生は答えた。僕の背中に汗が伝っていく。この悪事が露呈してしまえば、荒井や僕は停学になってもおかしくないし、場合によっては退学も有り得る。話を上手く逸らしたい所だが、大森が「喧嘩くらいで会議になるのね」と更に広げていく。


「喧嘩というよりは、消火器を振り回して暴れた人がいるんだよ」

「なかなか気合入ってる奴じゃない。誰か死んだ?」

「そんな事が起きれば警察騒ぎだよ。ただ、三年生が少し頭を怪我しただけだよ」

「三年をど突くなんて面白い一年生ね。誰がやったの?」


 大森の質問に対して、ソクラテス先生は「それが、解らないんだよね」と答えた。近い内に解るのだろうが、それは今ではないと言外に滲ませている。或いは解っているのだが、犯人を泳がせて自首を誘っているのかもしれない。


「一年なら」大森は顎を触りながら上を見た。「三組のケイスケとかヤマウチとか、一組ならハルキもやらかしそうね。あとは、ユウマとかリクとかハルトも怪しいわ。あいつらって何組だっけ?」


 大森から容疑者リストのように名前が滔々と流れてくるが、今の所は見当違いも甚だしい。三好はリストの中に心当たりがあるのか、何度か軽く頷いている。大森が言った名前の人間を僕は一人も知らないが、関わらない方がいい人達なのは確かだ。


「大森さんは友達が多いんだね」

「別に友達って訳じゃないわよ。ただの知り合い。あと、タカハシとかも危ない奴だと思うわ。私達のクラスでいえば……」


「それが」ソクラテス先生は大森の話を遮って言った。「食堂で働いている人に聞いた所によると、消火器を振り回していたのは、とても顔が整った女子生徒らしいんだ。きっと、大森さんが名前を上げたのは男子生徒でしょ?」


 ソクラテス先生の言葉を聞いて大森は急に黙った。遅れて三好が何かを悟ったかのように顔を少し伏せた。ソクラテス先生は未だに僕の肩に手を置いており、さっきよりも心なしか力が加えられているような気がした。立ったままのソクラテス先生は、僕の肩を支えにでも使っているのだと思っていたが、もしかすると逃げ出すのを阻止しているのかもしれない。僕は後ろにいるソクラテス先生の顔を見たかったが、怖くて振り返る事が出来ないでいた。


 皆の頭では消火器を持って暴れる、顔の整った一年女子生徒がありありと想像されているだろう。水を打ったように静まる教室内で、僕は目だけを動かして隣に居る犯人を見やった。荒井はいつもより涼しげな顔を浮かべている。


「私じゃないわよ」と荒井は口火を切った。「別に、顔だって整っていないし」


 ソクラテス先生が「勿論、荒井さんがそんな事をするなんて誰も思わないよ」と優しい声で言うと、大森と三好は引き攣った笑顔を浮かべた。


「僕でもない。顔は整っているけど女子じゃない」


 僕は皆が笑ってくれると信じて言葉を発したのだが、結果は大森が「それこそ誰だって解っているわよ」と笑わずに言っただけに終わった。この教室を何度も利用して解った事だが、ここは緩急の激しい空気を作り出すのに適しているのだ。今日も最初は緩やかで暖かかった空気だったのに、後に激しくて冷たい空気に変わった。今は不穏で生ぬるい空気が辺りを漂っている。台風の目になっているのはいつも荒井だ。


「そういえば」ソクラテス先生は改まって言った。「今日は荒井さんも由紀夫くんも、昼休みに僕の所へ来なかったね。ここの教室を開ける準備もしていたのだけど、何処か他の場所でお昼ご飯を食べていたのかい?」


「今日は由紀夫と二人で食べたのよ」

「そうだったんだね」

「寂しかったかしら?」

「そうだね。まぁ、気が向いた時でいいから、僕も混ぜてくれれば嬉しいな」


 僕は「いつも、ここでソクラテス先生と荒井と三人で昼ごはんを食べているんだ」と誤魔化すように言って、大森と三好に説明してみせると、ソクラテス先生は二人も暇な時は来ていいよと伝えた。


「そうだったんだ」大森は少し上擦った感じで言う。「由紀夫と荒井はいつも昼休みに教室に居ないと思っていたけど、ここで先生達とご飯を食べていたのね。なんか、今日は珍しく教室で弁当を食べていたけど、いつもはこんな所で食べていたなんて知らなかった。今度は私もお邪魔しようかしら」


 少しだけ芝居がかった感じだったが、大森は「ねっ?」と続けて三好を見た。急に話を振られた三好は驚きつつも曖昧に頷いた。僕は心の中で大森にグーサインを送る。


「今日は教室で食べて良かったな。食堂へ行っていたら僕も荒井も事件に巻き込まれていたかもしれない」

「そうね」

「食堂なんてどこにあるかも知らないけど、随分と物騒な場所らしい。これからは、教室かここで食べるべきだな」

「ええ」

「ソクラテス先生と一緒にご飯を食べるのも楽しいから、今度は三好と大森も一緒に来てくれるそうだし楽しみだな」


 楽しいから楽しみだとか、自分でもよく解らない事を言っているが、上手く話の方向性を変えられている気がする。それなのに荒井は不満な表情を浮かべており、何も言わず僕を睨むように見てきた。楽しいから楽しみと言ったのがいけなかったのかもしれない。


 荒井は「職員会議では犯人探しをしているのかしら?」と言って、わざわざ話を戻した。僕には彼女のしたいことが理解できない。今更になって自首するつもりなのかもしれないが、その時は僕が全て悪いのだと説明しなければならない。荒井は僕を助けてくれただけで、喧嘩をしたのは僕なのだ。


「いいや、そんな事はしないさ」

「どうして?」

「その怪我をした三年生ってのも悪いみたいだし、会議では私が喧嘩両成敗で落ち着くように持っていったんだ。両成敗というよりは両不問だね。三年生の方には次何かあったら停学と伝えておいたし、傷も浅いみたいだから大丈夫という結果だね。それに、学校で犯人探しをするなんて変な話でしょ?」


 僕はようやく振り返ってソクラテス先生の顔を見る事が出来た。優しい笑顔は神々しく、禿げた頭のせいで後光が差しているように見える。


僕や荒井が喜んでしまう前に、三好が「それは良かったです」と嬉しそうに言った。そんな反応をすれば犯人を匿っていたように見えるし、何なら犯人そのもののように勘違いされてもおかしくない。


「まぁ、もう終わった事だよ。関係のない君達にまで心配をかけたようだね」


 ソクラテス先生はそう言ってから、何度か僕の肩を叩いて手を退かした。意味ありげな行動ではあるが、それが何を意味するのかは察しがつく。きっとソクラテス先生は犯人が誰かなんて解っていたのだ。いつか僕もソクラテス先生のようにスマートな大人になりたい。禿げたくはないが。


「それで、君達はもうプリントを終わらせちゃったかな?」


「はい」荒井はそう言ってプリントをソクラテス先生に渡す。「もうこれが終わったのだから帰ってもいいんでしょ?」


「そうだね。帰る前にもう一枚プリントをあげるよ」

「話が違うわ。これが終われば帰れるって話だったのよ」

「プリントを渡すだけだよ。まぁ、やってもやらなくてもいいプリントだけど、次のテスト対策用のやつだね。正直に言えば次の期末テストと内容は殆ど同じだから、答えを覚えておくだけでも八割以上は点を取れるはずだよ」


 ソクラテス先生は荒井のプリントを受け取って、大森の前にあるプリントも回収した。プリントの中身を確認し忘れたのか、そもそも最初から確認するつもりがなかったのかは解らないが、大森のプリントはまだ最後まで終わっていない。本当はこの補習に意味なんてないのだろう。補習を受けたのだという大義名分の元に、やる気のある真面目な生徒だとアピールして、無理やり内申点を稼いで留年だけは回避させようと取り繕ってくれているのだ。ソクラテス先生には感服だ。


「そんなプリント要らないのだけど?」

「私は貰うわ」

「私も欲しいです」


 僕を含めた荒井以外はテスト対策用のプリントを欲した。別にテストで高得点を取りたい訳ではないが、楽に赤点を回避出来るならそれを使わない手はない。


「本当は赤点の人にしか渡したら駄目なのだけど、今日は特別に由紀夫くんと三好さんにもあげるよ。取ってくるから待っていて」

「ありがとうございます」


 僕が感謝を告げるとソクラテス先生はプリントを取りに向かった。先生という立場の大人が居なくなり、大森は「あんた三年どついたの?」と改まって荒井に尋ねた。大森はそういった裏話が好きなのだろう。質問をする彼女の目は燦々と輝いており、口角は釣り上がっている。


「軽くね」と荒井が言うと大森は大仰に笑って、三好は顔を歪ませながら肩を竦ませた。


「あんたって本当に面白いわよね」

「笑いすぎ」


「にしても最高ね」大森は目尻に涙を浮かべている。「私も見たかったわ。どうしてそんな状況になったのよ?」


 荒井と大森の会話に「僕のせいだ」と割って入った。荒井が笑われているような気がしたので、僕は少しだけ強めに言って牽制した。笑われて馬鹿にされるべきは僕であって、その対象が荒井になるなんて許せない。


「由紀夫くんがですか?」

「僕が三年生に殴られていたのを、荒井に助けてもらっただけだ」

「そうだったのですね……」


 三好は僕の身を案じてくれたが大森は更に笑った。大森があまりにも笑うので、僕も楽しい気分になってきた。補習へ来て良かった。きっと、この何でもない補習の事を、何年後かにふと懐かしむのだろう。そんな予感がする。



 今の状況を懐かしむのは、今も既に過去へ取り込まれているからではなく、この今こそが不安定で儚いものだと知っているからだ。存在すらあやふやで抽象的に捉えていた概念。憧れてはいたが経験するのは半ば諦めていた観念。件の概念や観念の名前と字面はあからさまに安っぽくて、今の僕には口にするのすら恥ずかしいが、あえて言い表すしかないだろう。今の僕が味わっているこの日常、これを『青春』と形容せずして何と言い表せばいいのか、僕の拙い語彙では思いつかない。


の、のが、の神真琴です☺︎


長くなってすいません( ͡° ͜ʖ ͡°)

これで、この章は終わりです!!


次の章は本来ならソクラテス先生の話があるのですが、全て割愛します……

「私が僕や俺だった頃の話」というタイトルで、三万文字程度はあったのですが、諸事情で全てカットです。


無駄に伏線ばっかりはってすいません!!


ソクラテス先生の話を飛ばして、再び由紀夫の話(第三章)を始めます。

一万文字程度になりますので、そこで毎日更新はストップさせて頂きます!!

とりあえず、合計十万字目指して頑張ります!!!

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