おおもり
何事もなく帰りのホームルームが終わると、一日の学業がようやく終わった。下校する生徒は速やかに帰路へつき、部活動に勤しむ生徒は面倒そうに用意をしている。する事なんて無い癖に教室に残って友達と話している生徒もいるし、残れと言われていた筈なのに、呑気に「帰りにコンビニ行かない?」と言って帰ろうとしている生徒も隣に居る。
「残らないといけないだろ?」
「あっ」荒井がそう言いうと肩に掛けている鞄がずれた。「何かを忘れていると思ったら、そういえばそうだったわ」
「危ない所だったな」
「いっそのこと思い出させないで欲しかったわよ」
荒井は文字通り肩を落として鞄を机の上に戻した。僕だって荒井とコンビニへ行きたかったが、学校を辞めてまで行くべきではないし、今日は大人しく補習を受けるべきだ。それに、僕は荒井の補習が終わるまで待っていてもいいと思っている。
「コンビニは補習が終わってから行けばいい」
「そうね」
悲しそうに返事をする荒井を見て、僕の意図が正確に伝わっていない事が解った。もっと素直に「補習が終わるのを待っているよ」と言えば良かったのだが、少しだけ恥ずかしくて遠回しに言ってしまったのだ。それに、待つ事を迷惑に思われる可能性もあるので、怖くてはっきりと伝えるが出来なかったのだ。
「補習なんてすぐに終わるだろ?」
「そうだといいけど」
僕は荒井から「待っていてくれない?」と言う言葉を引き出したかったのだが、このままでは上手くいかないだろう。むしろ荒井の方から僕は帰ってしまうのだろうという空気を感じ取ってしまう。
「補習ってどこでやるんだろうな?」
「知らない」
「あの委員長の名前って何だっけ?」
「スミヨシ」
「ああ、そうだ。三好さんだ」
なかなか帰ろうとしない僕に疑問を抱いたのか、荒井は不思議そうに首を傾げた。勇気を出せそうもないので、僕は流れに沿って帰ろうとした時に三好が間に入ってきた。三好は一人の女子生徒の手首を掴んで引っ張りながら、荒井に向かって「帰ろうとしていませんよね?」と言った。
「そんな事を言われたら帰りたくなるわよ」
「絶対に駄目ですからね……」
三好ははっきりと言葉を伝える時と、急におどおどする時の差が激しい。言うべき事は言えるけど、言いたい事は言えなさそうな性格だ。気の弱い性格なのだろうが、どこか芯を感じさせる女性で、少しだけ強引な所もありそうだ。
三好に引っ張られている女子生徒が「私も帰りたい」と言った。彼女はこのクラスの中心的存在で、いつも大声で話したり笑ったりして目立っている生徒だ。黒くて長い髪は前髪を作らずに真っ直ぐ伸びており、濃すぎる顔立ちから察するにミックスなのだろうが、肌色は浅黒くて白くないので白人ではないだろう。恐らくはフィリピンかベトナムのミックスだ。彼女のはっきりとした二重瞼と細くて長い眉は、堀の深い目元を際立たせている。鼻はそこまで高くないが綺麗な形をしており、牛の輪みたいなピアスが通っていた。口元は簡素な感じで、下唇の真ん中にもピアスが開いており、それらのセンスが日本人離れしていて、実にエキゾチックな雰囲気を醸し出している。
「大森さんも荒井さんも、絶対に残りましょうね」
どうやらこのエキゾチックな女子生徒が大森らしい。周りのクラスメイトからは「いろは」と下の名前で呼ばれており、いつも周りには誰かを引き連れているタイプで、俗に言う所の一軍女子だ。軍どころか群にも属さない僕にとって、あまり関わりのない女子生徒だ。
「めんどくさいなぁ」と大森は言った。派手な紫を彷彿とさせる声色で、賢そうではない言動から察するに、大森が補習になるのは頷けた。
「二人とも鞄を持って移動しますよ」
「ここでやるんじゃないの?」
「職員室の隣にある教室でやります」
三好と大森の会話を聞いていた荒井は、僕にだけ聞こえるくらいの声量で、小さく「気まずそう」と呟いた。確かにこの三人では盛り上がらないどころか、上手く会話が出来るような気もしない。三すくみというよりは三つ巴だろう。
「行きますよ」と三好は言って大森の手を引いたまま歩き始めた。「荒井さんもついてきてくださいね。早く終わらせて早く帰りましょう」
荒井は何も言わずに鞄を手にした。僕は帰ろうと思って鞄を手にし、荒井に別れの挨拶をしようとしたが出来なかった。荒井が僕の来ているカッターシャツの脇腹辺りを掴んだのだ。荒井の行動が何を意味するのか解らないが、僕が勇気を出そうと思うのには十分だった。荒井ではなくて僕の為にだ。
「三好さん」と僕が言うと荒井はシャツを離した。「もしも良かったら、僕もその補習を一緒に受けても良いか?」
「どうしてですか?」
「荒井と放課後に約束があるんだけど、一人で待っておくのは暇だし、せっかくなら一緒に勉強させてもらおうかなって」
「それなら是非是非ですよ。私としては由紀夫君にも二人の勉強を見てほしいですし。みんなで頑張りましょう」
三好はしれっと僕の事を由紀夫と呼んだ。僕を由紀夫と呼ぶのはこれで三人目だ。三好は本気で僕の名前を由紀夫だと勘違いしているかもしれないが、訂正するのも面倒なので何も言わなかった。とりあえず僕は「ありがとう」とだけ言って、次に大森の方を見たが彼女は怪訝な顔を浮かべている。
「大森さんはいいかな?」
「何が?」
「僕も一緒に補習をやっても」
「貴方、下の名前は由紀夫なの?」
僕は少しだけ大森が怖かった。質問に対して全く関係のない返す所とか、常に堂々としている所とかが怖い。大森は可愛いと言うよりは格好いい顔をしており、目力が強くて怯んでしまう。僕はとりあえず「そう呼ばれている」とだけ返したが、大森は眉間の皺を深めた。怒っているのだろう。何に対して怒っているのかは解らないが、そういう僕の鈍感な所にも怒っている筈だ。
「いいんですよ」三好が大森よりも先に答えた。「教えてくれる人なんて多いに越した事はありませんから、皆さんで行きましょう」
三好は大森を引っ張って歩き出した。僕は荒井に軽く目配せをしてから、二人の後を着いて行った。荒井は僕の行動に対してどう思ったのだろうか? 余計な事をしている勘違い男だと思ったのか、急に変な事をする奴だと感じたのか、もっと他の事を考えたのかもしれないが、僕は素直に行動をしただけだ。荒井と補習を受けたいと思ったし、荒井と帰りにコンビニへ行きたいと思ったのだ。
連れ立って移動する中で「早く終わらせるわ」と最後尾の荒井は言った。彼女の顔はいつも通り微笑んでおり、僕が勝手に補習を受けると言った事を肯定しているようだった。
「早くしないとコンビニが閉まるからな」
僕のジョークが通じたのか、荒井は軽く笑って「ありがとう」とだけ返した。感謝されるような事はしていないが、そこに突っかかるのも変なので、僕は適当に頷いてみせた。
野神真琴です( ͡° ͜ʖ ͡°)
主人公の一人が登場です!!
彼女の話は四万文字以上あります☺︎




