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日常煽動劇場  作者: 野神 真琴
由紀夫編 「第二章 アラカザム」
24/34

大義名分


 食堂を飛び出して周りの状況を伺い、とりあえず僕は荒井の手を引いたまま走った。階段を登ってみたり角を曲がってみたり、何も考えずに走ってから近くにあったトイレに入った。荒井は抵抗を見せる事なく男子トイレに入ってきたし、幸い中には誰も居なかった。


「お腹痛いの?」

「違う違う」

「じゃあ、どうしてトイレなんかに来たのよ」荒井は眉を上げて首を傾げる。「それに、私は一応女性なのだから、こんな所に連れ込むなんてやめて頂戴」


 僕は掴んでいた荒井の腕を離して、持っている消火器を床に置いた。とりあえずは安全そうなので、僕は「仕方ないだろ」と余裕を装って言った。


「仕方ないって?」

「先輩達が追ってくるかもしれなかっただろ?」

「ぁあ、そういうことね。それでここに逃げ込んだって訳ね」

「誰かが来たらそこの個室に隠れよう」

「女子トイレに隠れた方がいいのじゃない?」

「僕がムダ毛処理さえしていたらそれも出来たかもしれないけど」


「それじゃあ無理よ」荒井は艶やかに微笑む。「由紀夫に必要なのは社会的に死ぬ覚悟じゃない?」


「いいや、違うな。ムダ毛を処理してスカートさえあれば大丈夫だ」

「かわいい子ね」

「荒井は勇ましいから男子トイレでも問題ない。まぁ、先輩が本当に僕らを探しているなら、女子トイレにお邪魔するから化粧道具を貸してくれ」


「大丈夫でしょ」荒井は男子トイレを物珍しそうに見渡しながら言った。「もしも、あいつらが来たら反撃すればいいし、もっと痛い目を合わせてあげるわ。由紀夫だってそのつもりがあるから、消火器をわざわざ持ってきたのでしょ?」


 最終兵器として消火器を持ってきた訳ではなく、ただ単に犯行道具を置き去りにするのが怖かっただけだ。凶器を持ち帰ってしまえば、計画犯みたいになってしまうかもしれないが、そこまでは思い至らなかった。もしも裁判にかけられたら、こういう細かい判断のせいで、悪意があったのだと判断されるのだろう。


「とりあえず」僕は改まって言った。「助けてくれてありがとう。荒井のお陰で助かったよ。まぁ、元を辿れば君のせいな気もするけど」


「馬鹿言わないでよ。元を辿って私が悪いと思うのは、大元まで辿れていない証拠よ。確かに私を少しは経由しているかもしれないけど、行き着く元凶はあの気色悪い勘違い男でしょ」


 荒井の言う通りだ。荒井は全然悪くないし、僕はもっと悪くない。逆に言えば僕だけが悪くない気もする。とは言っても、あれだけ頭から血を流していた先輩を責める気にはなれない。


「あの先輩、頭大丈夫かな?」

「大丈夫な訳ないでしょ」

「病院とかに運ばれていなければいいけど」


「傷の話?」荒井はそう言って微笑んだ。「てっきり頭の中の話かと思ったわ。外側のことなら大丈夫よ。軽い力でちょっとだけコツいただけだし、大して血も出ていなかったじゃない。あんなの保健室にいくレベルですらないわ。付ける薬もないわね」


「だけどあの先輩、頭から血が伝って顎にまでいっていたぞ」

「少し血が垂れていた程度よ。血が吹き出したとかなら大変だけど、あのくらいなら何もしなくても直ぐに血も止まるわ」


 言われてみれば確かに病院へ行く程ではない気もするが、コツいた程度だと言うのは無理があるだろう。それに、荒井は血に慣れているからこそ平気なのだろうが、僕からすれば血が少しでも出れば大事だ。


 僕は荒井の腕を見ながら「君が血への耐性が強いだけじゃないか?」と言った。この深い傷と比べれば、大抵の傷は大したことないだろう。


「そんな事ないわよ」

「まぁ、先輩が大事に至らないのならいいんだけど」

「しばらくはシャワーの時にでも、自分の行った愚行を反省する機会に恵まれるんじゃない?」

「君や僕を恨む機会じゃなければ良いけど」


「どっちにしたって」荒井は改まって言った。「あんなのは、本当にただの擦り傷よ。男の子ってあんまり血に慣れていないだけよ。女の子はあれ以上に血を流しているのよ」


 頭の中で何かが突っ掛かった。ひらめきにも近い感覚が僕を襲い、食堂を探している時にしていた会話の意味がようやく理解できたが、もう既に遅過ぎるので何も言わない事にした。変に回収された伏線は、自分の愚かさを気付かせてくれるだけで、全くもってすっきりしない。


「どうしたの?」

「いや、少し考えごとをしていただけだ」

「何を考えていたの?」


 僕は平然を装って「先生に怒られないかだ」と嘘を吐いた。女性の体について考えていたなんて言える訳ない。荒井はいつものように首を傾げて、疑問を態度で現せる。


「どうして怒られるのよ」

「流血事件だぞ?」

「だとしても、私達が怒られる理由が解らないわ。だって、由紀夫も何発かやられたんでしょ?」


 僕が情けなく殴られている所を誰に見られても構わないが、荒井にだけは見られたくなかった。僕は普段から格好をつけているので、恥ずかしさが何倍にも増してしまう。


「まあな」と未だに格好を付ける自分が情けない。「喧嘩両成敗とは言っても、少しやりすぎたかもしれない。言い換えるなら過剰防衛だな」


「そんな事ないわ。足りないくらいよ。十発も殴られたのを我慢して、一発こつんと返しただけじゃない」

「十発も殴られていない。たぶん……」


 それに、こっちは二発殴り返している。僕がではなくて荒井がだ。一発目は仕方ないにしても、二発目は殺しにかかっていた。喧嘩ではなく息の根を止めるような攻撃だ。


「そもそも」荒井は肩をすくめて言った。「喧嘩なんて吹っかけてきた方が悪いのだから、こっちには全く非はないわ」


「非はなくとも、火がないのに消火器を持ち出したのは悪くないのか?」

「消火器を元の位置に戻せばそれでいいじゃない。使っていないのだから。ボヤ騒ぎと勘違いして消火器を持ち出したって言えば咎められないでしょ?」


 確かにそうかもしれないが、使おうとしていた奴の言い分ではないだろう。僕の足元には真っ赤の消火器があり、帰る場所を見失って大人しくしていた。さっきまで凶暴だった消火器も、今ではホースをだらしなく垂らしているだけだ。


「その消火器を使って頭を殴った件に関しては?」

「その件に関して言うならば、私は褒められるべきね」

「どうしてそうなった?」


「私は人助けをしたのよ?」荒井は堂々と言う。「勇気を出して人助けをした人を責める奴なんていないわ。普通に考えて褒められるべき事じゃない。人助けをして責められるなんておかしな話よ。あそこで暴力を看過したり同調したり、いじめを黙認するのが正しいの?」


「消火器で殴るのはやり過ぎでは? 武器対等の原則に反していないか?」

「女性が年上の男性を止める為には致し方ないじゃない。襲われている人を助けるのに、道具を使って何が悪いのよ。警察が警棒を使うのと同じじゃない。そういったのを文句言う輩がいるから、警察は拳銃を使えないのよ。私が拳銃を持っていたら、迷わずあの男を撃ち殺していたわ。由紀夫を守る為にね」


 守るなんて言われて恥ずかしい感情と、男性として情けない気持ちもあるが、全体的には悪くない気分だ。荒井が守ろうとするくらい、或いは助けたいと思うくらい、彼女にとって僕は特別な存在なのかもしれない。荒井が誰彼構わず人助けをする人間だとは思えないし、弱者を助けようだなんていう正義感を持ち合わせているとは考え難いので、こういった勘違いをしてしまうのも致し方ないのだ。


「そういった詭弁が先生には通用するのか?」

「助ける事もできなかった奴が、偉そうに私の行動を後から判断して、状況もわかっていないのに非難だけするなんて、あってはならない事でしょ。いくら先生であろうともね」


「それは間違いないな」思わず頷いてしまった。「僕を助けてくれたのは間違いなく荒井だ。守ってくれて、いや、助けてくれてありがとう。嬉しいよ」


 荒井は僕から目を逸らせて、気まずそうに「何よ、改まって」と言った。本当は僕だから助けてくれたのかと聞いてみたかったが、流石に恥ずかしすぎる試し行為だったので我慢した。


「まぁ、由紀夫が先生に怒られるなんて事はないだろうから安心して。消火器を使ったのは私だから」

「僕的には荒井が怒られたりするのが嫌なんだよ」


「大丈夫だって」荒井は薄ら笑いを浮かべる。「私が怒られる事も無いはずよ。もしも私を怒るのなら、あそこの食堂に居た奴ら全員を怒らないといけないでしょう。見物人も加害者よ。誰一人助けようとしなかったのだから、そいつらも責められるべきじゃない。ついでに給食のおばさんも罰せられるべきね」


 荒井は僕なんかよりもタフだ。先生が相手でも簡単に言いくるめる事ができるかもしれない。僕は荒井の心配をしたつもりだったのだが、結果的には自分が小心者だとアピールしただけになった。


「確かに、あのおばさんは罰せられるべきだ」

「クソ不味い丼を提供している罪は重いわ」

「さっきは美味しいって言っていたじゃないか?」

「今思い返せばそうでもなかったわ」


 首を振る荒井を見て僕は思わず笑ってしまった。今思い返せば蕎麦だって不味い気がするし、もう二度と食堂になんて行きたくない。そんな事を荒井に伝えると笑って返してくれた。


野神マコっとです☺︎


感想を頂けてハッピーです★

もう少し頑張ります!!

ありがとうございます( ͡° ͜ʖ ͡°)

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