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日常煽動劇場  作者: 野神 真琴
カズ編 「初めての友達」
16/34

先生と喧嘩をする方法


 私は廊下に並べられた椅子に一人で座り、膝の上に世界文学全集を置いた。本を読めるほど落ち着かないし、教室から聞こえる大人達のくぐもった声は、常に私の神経を敏感にさる。


 何かを聞き取ろうとする耳と、何も聞いてはいけないとする脳に振り回されていると、教室の扉が開く音と先生の姿が見えた。ヒトと先生が教室に入ってから、まだ三分も経過していない筈だ。


「和ちゃんも来て」と先生は手招きしながら言った。私は膝の上に置いている本と一緒に、教室へ向かう事にした。重たい本を椅子の上に置いて行こうかとも思ったが、前に誰かから本を隠された事があるので警戒は怠らない。


 私が先生に連れられて教室に入ると、中ではヒトが笑顔で私達が使っている椅子に座っていた。とても窮屈そうで座り心地が悪そうだ。


「椅子持ってきて和ちゃんも座って頂戴」


 私は先生に言われた通り、誰かの椅子を持ってきてヒトの隣に座った。


「えっと」先生は気まずそうに言う。「今日は和ちゃんのお母様が来るっていう話だったと思うのだけど」


「ですから、私が代わりに来たのですよ」

「聞いたところによりますと、父親や親戚の方っていう訳では無いのですよね?」

「私は保護者という立場で来たつもりですけど?」


 先生は眉間に皺を寄せる。難問に取り掛かかる数学者みたいな顔は、まさに先生を先生たらしめている。


「えっと、ヒトさんでしたっけ?」


 ヒトという名前はあだ名だと伝えようか迷ったが、呼ばれた本人は「はい先生」と元気よく答えていたので、私は何も言わない事にした。ヒトの名付け親は私だ。そんなヒトは私の親役だ。


「とりあえず、これから和ちゃんについて話をしますけども、しっかりとお母様にも内容を伝えておいて下さい」

「勿論です」


「それじゃあ」先生は改まって言った。「ヒトさんの希望通り、和ちゃんも一緒に面談をさせていただきますね。いいかな和ちゃん?」


 どうやら私をここに呼んだのは、先生ではなくヒトだったらしい。どうしてそんな事になったのか聞きたかったが、とりあえず今は首を縦に振って了承だけした。


「まずですね。和ちゃんはとても成績が良いので、学力という面では問題ないかと思われます。暗記力も理解力も十分にありますので、このまま勉強を怠らなければ、中学生になっても良い成績を維持出来ると思います」


 ヒトは「流石だな」と言って私の顔を見てウインクした。正直に言えば、私は自主的に勉強をした事はない。ただ授業を聞いているだけで、それ以外の時間に何かを学ぼうとした事なんて一度もない。


「ですけど」先生は一瞬だけ私の方に目を向けた。「和ちゃんはとても内気な性格でして、休み時間などもいつも一人で読書をしています。集団行動も苦手なようでして、強いて課題点を申しますと、もう少し社交的になるべきですね。有り体に申しますと、コミュニケーションが下手です。一度黙ると決めれば頑固なほどに喋らなくなります。恐らくは自分の考えを言葉にするのが苦手なのでしょう」


「カズはコミュニケーションに関して問題ないと思いますけど?」


「いいえ」先生は首を横に振った。「和ちゃんはもっと友達を作るべきです。そうすれば、もっと話すようになると思いますし、もっと学校が楽しくなって人生が豊かになります」


 二人の大人が私を見た。一対の目を二人分向けられて、視線という線が絡まりあう。私は「ごめんなさい」とだけ口にした。


 先生は頷くような仕草を見せたが、ヒトは首を傾げて「何が悪くて謝る」と小声で言った。小言が聞こえた私と先生は、ヒトの顔を見て黙り込んだ。


「もしも、根が内気な人間に社交性を強要するのなら、社会そのものを見直す必要性もあります。先ほど、このクラスの生徒さんを見かけましたが、カズが友達を作らない理由は大いに理解できましたよ」

「私のクラスに問題があると言いたいのですか?」


「まさか」とヒトは戯けて言った。「問題があるのだとすれば、その碌でもない偏見と思想ですよ」


「友達を作るべきだという思想が間違っていると?」

「私はただ、思想を押し付けるのが間違っていると思っただけです。どうして、さっきカズは謝ったのだと思いますか?」

「友達がいない事に引け目を感じているからでしょう」

「カズが謝ったのは引け目を感じたからだと、私には到底思えません。まぁ、この際そこはどうだって良いでしょう。私が言いたいのは、カズは他人とコミュニケーションをとるのが上手すぎるのです。社交的すぎるから社交辞令しか口にできなくなるのです。謝らなくて良い所で謝るのは、カズが身に付けたテクニックの一つでしょう。どちらかと言えば、私はそちらを直した方がいいと思います。先生はカズの内気な要素を助長させているのですよ」


 ヒトの言う通りで、私は流れと雰囲気を読んで適当に謝っただけだ。


「私が見誤っていると?」と先生は言葉に凄みを持たせて言った。教師には教師の誇りがあり、そこを刺激するのは危険だ。先生だってヒトのような若い人に指摘はされたくないのだろう。私は隣に座るヒトの足を先生に見えないように叩いた。


「正解を作ろうとするのは職業柄ですか?」ヒトは私の合図を無視して話す。「友達が沢山いる人間が正解でもなければ、友達が全く居ない人間が不正解という訳でもないでしょう」


「詭弁はやめてくださらないでしょうか」先生は鼻で笑った。「友達が一人もいないのは不健全です。友達が出来るように努力するのは当然ですし、正解だとか不正解だとか以前の問題です。良い人間関係を構築する方法を学ぶのも教育の一環であって、学校ではそういった勉強以外の物事を学ぶ場であって然るべきです。友達を作ることから逃げるのは良くありません」


「友人という立場は自分で選べます。選ばれる努力をして無理するくらいなら、選ぶ権利を主張すればいいと私は考えます。何故なら、友人は自分で選べる唯一の人間関係だからです。カズは自分の父親も兄弟も選べない。母親のボーイフレンドだって選べない。勿論、自分の先生だって選べない。世の中は選べない人間関係で溢れている」


 先生は自分を律するかのように黙ってみせた。ヒトの皮肉に対して何かしらを返したかっただろうが、先生は必死に我慢をしたのだろう。


「友人くらい好きに選べばいい。無理に友達なんて作らなくていいと俺は思うぞ。友達が居ない事を引け目に感じる必要はないし、ましてや先生やママに言われたからって、無理やり誰かと仲良くしようだなんて考えちゃ駄目だと、俺は個人的にそう思っている」


 ヒトは私を見てそう付け加えた。友達が居ない私を肯定したのはヒトが初めてだ。ママも先生も友達を作れと言うし、周りのクラスメイトは友達が居ない私を馬鹿にする。正直に言えば友達の必要性に疑問を抱いていたが、やはり友達が一人も居ないのは変な事だと解ってもいる。友達を作らないといけない焦りも感じていたし、協調性をずっと意識してもいるが、そうすればするほど既存の輪から私は遠ざけられる。


「いいですか? 私は和ちゃんに対して無理に友達を作れ、だなんて言っていないのですよ」


 先生は聞き分けのない生徒に言い聞かせるような口調で言った。それに対して、ヒトは肩をすくめながら「そうですか」と、納得のいかないように返す。


「友達を作った方が学校は楽しくなると当然の事を言っただけなのに、貴方がそれを否定してどうするのですか。和ちゃんに友達を作って欲しいとは思わないのですか?」


「私は何も友達を作るのを否定はしていません。むしろ、先生の方が友達の居ない人間を否定しているとお気付きでしょうか?」

「否定なんてしていません。それに、私は大それた事は言っていませんし、間違った指摘をしているつもりもありません」

「自分を肯定するのは得意なようですね」

「何が言いたいのですか? 貴方、少し変ですよ。もしかして酔っ払っています?」

「次は私を否定するつもりですか?」


 大人同士の喧嘩を私は何度も目にしてきたが、ここまで変な空気を味わったのは初めてだ。感情を押し殺した物理的ではない喧嘩は、着地点を見失っている。私からすればヒトも先生も子供に思えた。いっそのこと殴り合って喧嘩をしてほしいものだ。


 外に面した窓からは男の子が数人ではしゃぐ声が聞こえ、廊下側の窓からは女の子達の姦しい声が聞こえる。それらの無邪気な声は、この教室の無言を際立たせる。


「先生には友達がいますか?」ヒトは改まって尋ねた。


「ええ、勿論。当然居ます」


 先生は「勿論」と「当然」を強調させた。これだけ私に友人を作るのを勧めておいて、先生に友達が居ないなんて考えられないが、大人にとっての友達という存在が、子供にとっての友達と同じなのかは疑問だ。


大人にとって交友関係は、数ある社会の一つでしかない。私のような子供とは訳が違う。もしも子供が友達社会に迎合できなければ、私は本格的にいじめられてしまうのだ。それを予防する為に、私はクラスメイトから距離をとっている。


 友達が居ないからいじめられるのではなく、友達が居るからいじめられる事を私は知っている。隙を見せずに友達を作るには、私は周りよりも隙が多すぎる。本当に心を許せるくらい他人を信用できるとは思えないし、私のような人間が友達を作るには、常に演技をしなくてはならない。私は友達を作るのが向いていない。


「私には友達は一人もいません」とヒトは自慢げに言った。「先生には立派な友達が居るからこそ、友達が居ない人の気持ちが解らないのでしょう。きっと先生はアフリカ人全員に同情するような方なのでしょう。些か差別的だと感じました。きっと、私はそれが気に食わなかったのです。本当に申し訳ない」


「和ちゃんには貴方の……」先生は言い淀んで少しだけ黙った。「友達が居ないような人間にはなってほしくないです。もしも貴方、いえ、和ちゃんがヒトさんを模倣すれば、きっと後悔する事になります。不幸な人間になってしまいます」


 私は隣に座るヒトの方を見上げた。ヒトと私の目が合った瞬間、彼は微笑んでみせる。いつもの癖だ。ヒトは人と目が合うと反射的に微笑むのだ。


「俺の真似はしなくていいぞ。反面教師だと思ってくれて構わない。だけどな、友達が居ないくらいで不幸にはならない。なぜなら俺はとても幸せだからな」


 ヒトが心からそう言っているのだと私には理解できた。そんなヒトを否定するかのように、先生は無言で首を振った。それから先生は私を見て「頑張って友達を作りましょう」と言った。私は誰の目も見ずに頷き、先生にもヒトにも味方しなかった。相変わらず私は卑怯な人間だ。


「次も控えていますので、今回はこれくらいで」

「ありがとうございました」

「次は和ちゃんのお母様が来られるようにお伝えください。それと今回話した内容も、しっかりとお伝え下さい。特に、私が懸念している事をです」

「しっかりと伝えておきますよ」


 私は最後まで何も言わずにヒトと教室を後にした。




 下駄箱で靴を履き替えていると、ヒトは「ごめんな」と私に言った。さっきとは別人のように弱気なヒトは、まるで私よりも子供のようだ。これから怒られると勘違いしているのだろうが、正直に言えば私はヒトに対して腹を立てていない。確かにヒトは余計な事を言っていたが、わざわざママの代わりに来てくれたのだ。私は感謝しなければならない立場だと自覚している。


「謝らないでよ」と私は明るく言った。「今日は来てくれてありがとう。謝るのなら先生に謝れば?」


「あの先生は嫌いだ」

「きっと両想いだね」


ヒトは笑いながら「何か食べて帰ろう」言って、校門へ向かって歩き出したので、私はそれに付いて行く。


「何か食べに行くの?」

「そのつもりだけど、カズは何が食べたい?」

「ヒトの手料理がいい」

「嬉しいこと言ってくれるな。でも、それは明日からも嫌というほど食べる羽目になるぞ」


 私は自分が何を食べたいのか解らなかったし、強いて言うなら本当にヒトの手料理が良かったのだ。面談という重圧から解放されて、一気にお腹が空いているので、何も考えずに沢山の物が食べたい。外食をするとそれが出来ないから嫌だ。


「ママが待っているし」私はそう言った。「早く帰ってあげないと、きっとまたうるさいだろうからさ」


「それもそうだな。じゃあ、何か良いものを買って帰ろう。寿司はどうだ?」

「いいね」

「じゃあ決まりだ。一番安いパック寿司を大量に買って帰ろう」


 私とヒトは横並びで帰路についた。いつもは一人で通る通学路でも、隣にヒトがいるのがおかしくて、思わず笑ってしまいそうになる。足元のグリーンベルトも、ヒトが歩いていると窮屈に見えるし、背の高いカーブミラーも、いつもよりよそよそしい。


のgあみまkおとです☺︎


春を早く終わらせようと

太陽が夏の味方をすれども

まだ月は此方の肩を持つでしょう


グッバイ!!

ハッピーターン★

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