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日常煽動劇場  作者: 野神 真琴
カズ編 「初めての友達」
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新しいパパ


 私の前に現れた男は、だらしない青年だった。浮浪者とまでは言えなくとも、浮浪者のような格好をした男だ。癖が強すぎる髪の毛は秩序を失っており、整えられていない髭は汚らしい。育ちすぎたジーパンは汚れていて、色褪せたアディダスのジャージは袖の部分に穴が空いている。好青年の反意語が何と言うのかを後で調べたくなった。


「カズ」ママは男の腕にしがみつきながら私に言った。「今日から、彼が新しいパパだから。しっかりと挨拶をしなさい」


 突然の事に驚きながらも、私は「荒井(なごみ)です」と自分の名前を言った。ママは嬉しそうに私の頭を撫でてから、男に何かを耳打ちして台所の方へ向かった。知らない男と二人きりになるのを避けるため、私はママの後を追って台所へ向かった。


「ママ」

「どしたのカズ?」

「あの人はいつもの?」


 私が言った「いつもの」とは、たまにママが家に連れてくる有象無象の男性の事を言ったのだ。


「あの人はカズのパパよ」

「生き返ったの?」


 ママは吹き出すように笑ってから、屈んで私と目線を合わせた。


「なかなか面白いジョークを言えるくらい成長したのね。大人に近付いたカズなら解ってくれると思うのだけど、要するに新しいパパよ」


 昔、ママにパパの事を尋ねた事がある。その時にママは「パパなら死んだ」とだけ教えてくれたが、本当に死んでいるのかは謎のままだ。ママはいつも適当な事を言うのだ。


「今から晩御飯を作るから」ママは私ではなく台所に向き直った。「カズは新しいパパに遊んでもらってきたらどう?」


 知らない人と居るよりはママと居る方が良いのだが、ママが私と新しいパパを仲良くさせたいのは明白だ。私は「ここに居たい」という言葉を飲み込んで、軽く頷いてから居間へと戻った。


 新しいパパは立ったまま、何かを探るように部屋を見渡している。彼の眉間に寄った皺の深さが、何かしらの不満を表現しており、私はどう声を掛ければいいのか解らなかった。

私に気付いた新しいパパは、子供のような笑顔を見せつける。さっきまであった眉間の皺が消えて、今度は目尻とほうれい線に皺を作ったのだ。


「嬢ちゃん」と新しいパパは言った。彼の声からは成人男性の凄みや嫌味を感じさせなかった。大人に成りきれていない子供というよりは、子供のような大人だと一瞬で解った。


 何も返さない私に対して、新しいパパは「ママの事好き?」と笑顔で尋ねた。私が軽く頷くと、彼は「俺も」と言って嬉しそうな顔を浮かべる。


「おじさんはパパなのですか?」


 新しいパパは笑ってから、私に「俺は俺やで」と言った。


「どういう事ですか?」

「生物的な分類で言うと哺乳類のヒト科。俺がパパかどうかは君が決めればいい。君のママは俺の事をパパと呼んでいるけど、君は俺の事を無理にパパなんて呼ばなくていいし、肩書きは自分で名乗るものじゃない。一つ言えるのは、俺は君から見て良いパパには成れるか解らないけど、良い友達には成れると思うで」

「じゃあ、なんて呼べば良いですか?」

「おじさん以外なら何でも良いよ。俺はおじさんと呼ばれるくらい歳を取っていないけど、君からお兄ちゃんって呼ばれるくらい若くもない」


 答えになっていない回答に対して、私は首を傾げる事しか出来なかったが、彼はこちらが言葉を返すのを辛抱強く待っている。この人は自分の名前を教えるつもりがないのだろう。


「じゃあ、ヒトさん」


 私の冗談を聞いた新しいパパは、とても嬉しそうな顔を浮かべてみせた。


「さんは要らない」と新しいパパは言った。「俺の事はヒトって呼んでくれ。君の事はカズちゃんって呼んだらいいかな?」


「私はヒトからさん付けされるくらい歳は取ってないけど、ちゃん付けされるくらい若くもないです」


 ヒトは楽しそうに笑った。声を上げるような下品な笑い方ではないが、微笑む程度の上品な笑い方でもない。ヒトは顔に皺をいっぱい作って笑うのだ。見ている人に笑顔を誘発させるような笑い方は、私の顔も自然に綻ばせる。ヒトはママと同じで皮肉や冗談が好きなのだろう。


「よろしくカズ」ヒトが手を差し出してきたので、私はそれを軽く握った。


「よろしくお願いします」

「敬語もやめてくれ。俺はただ歳をとっただけの人間で、敬語を使われるくらい偉くない。カズが敬語を使えるくらい賢いのは解ったし、俺が未だに敬語を使えない馬鹿なのは秘密にしてくれよ」


 ヒトが偉いのか偉くないのか私には解らない。だけど、彼が偉そうではないのだけは確かだ。私はヒトからの提案に頷いて肯定した。


「カズは何歳?」

「十一」

「って事は、小学校五年生やな」

「六年生」


 ヒトは頭をかいた。私の愛想が悪かったせいかもしれない。気を付けないとママに怒られてしまう。


「ママが料理作ってくれるまで、俺と何かして遊ぼうや」

「何するの?」


「うーん」とヒトは動物のような唸り声を出した。「今日日のキッズが何をして遊ぶのか解らん。カズは友達とは何をして遊んでる?」


 私には友達が居ない。クラスメイトを友達と形容するなら沢山居るが、休日に遊ぶ同年代の子供は一人も居ない。私は「ヒトがキッズの頃は友達と何をしていたの?」と言って質問をはぐらかす。


「俺には友達が居らんかった」


 ヒトはそう言って笑った。暗い顔をして友達が居ないのを隠す私と、明るい顔で友達が居ないのを告白するヒト。私とは大違いだ。


 返す言葉が見つからない私に、ヒトは「トランプある?」と尋ねた。ハートのエースとスペードのキングが無いトランプを持ってくると、ヒトはそれを使って私にマジックを披露した。私がランダムに選んだカードは、上にいったり下にきたり、何度もヒトの手によって暴かれた。タネが在ると解っていても凄い技だ。きっと、こんな技ができればクラスでも人気者になれるだろうと妄想した。


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