思いは言葉にして伝えて
そのまま黙ってしまったルーカス様の横顔をじっと見つめる。けれどそれ以上何も言われない。
そうではないなら何かしら。
似合わない? もっと他の色がいいとか、あ、この色が好きではないのかしら。ルーカス様の色に合わせるべき? この色だと二人で色を揃えるのが難しいかしら。男性がピンクを取り入れても素敵だと思うのだけれど、でも当日はルーカス様と一緒ではないし。ドレスを薄い青色にしてもきっと素敵よね。ああでも、この色もとても好きだわ。
「お二人とも会話が少ないですわ!」
突然、マダムがぱんっと手を打った。
「え」
「言葉が少なすぎますわ! フラヴァリ卿はもっと具体的に言葉をお伝えくださいませ!」
「い、いや俺は」
「ダフネ様も頭の中で色々と考えていることは口にしたほうがよろしいのですよ!」
「え、どうして」
「分かります! お顔に全部出ていますから!」
「かお」
「お二人とも、思いは言葉に出さなければ伝わりません! 自分だけでは何も解決できないのですよ! フラヴァリ卿、このドレスはダフネ様に似合いますか似合いませんか? はいっ!」
マダムはそう言うと突然掌をルーカス様に差し出し、答えを促すようにぐいっと身を乗り出した。ルーカス様はグッと喉を鳴らし背筋を伸ばす。
「に、似合う」
「え?」
「では何がダメなのです? はいっ!」
「だ…………」
「色が似合わないと仰いたいの? ダフネ様にはこの美しいドレスが似合わないと?」
「違う!」
「え?」
「では何が問題ですの!? はいっ!」
「は……、……」
「なんです!? はいっ!!」
「……」
さっきから笑顔のマダムの圧が怖い。ルーカス様は不機嫌に眉根を寄せてやや俯いていて、ちょっと怖い顔になっているのに全然気にしていない。なんならマダムの笑顔の方が怖い。
なんとなくハラハラした気持ちでその様子を見守っていると、観念したのかルーカス様が不機嫌そうな顔のまま絞り出すように呟いた。
「肌が、で、出過ぎている……」
「なるほど他の殿方の目に留まるのがお嫌だということですね!?」
「そっ、そういう……」
「フラヴァリ卿が騎士の如くお守りすればよろしいのですよ!」
マダム、私たち当日は別行動なんです。
と口を挟めず、なんとなく居心地が悪い気持ち。
「ダフネには、まだ早い」
その言葉に、いつも蓋をしている私の気持ちがひとつ、ポロリと零れ落ちた。
「私が子供だからですか?」
あっと思った時にはもう遅く、ルーカス様が驚いたように私の顔を見た。
今日は貴重な日だわ。こんなにルーカス様と目が合うなんてそうそうないもの。
ルーカス様は眉を顰めると、また視線を逸らした。
「違う」
「私、どうやっても年齢はルーカス様には追い付けないのです。せめて相応しくありたいと思ったのですけれど、……だめですか」
「……そうではない。とても似合っている。だが」
ルーカス様はそう言うと立ち上がり、そっと私の近くにやって来た。真正面に立つルーカス様を見上げると、青灰色の瞳が私を見下ろしている。
こんな近くで、ダンスの時でさえ目が合わないのにまっすぐに私を見るルーカス様。その耳が、いつもより更に赤く染まっているのが見えた。
「その日は、俺は君をエスコート出来ない。だから……そのドレスは、俺がエスコートする時に、その、着て欲しい」
「え……」
「駄目だろうか」
「ルーカス様がたくさんしゃべった」
「は?」
「あ、ごめんなさい、つい」
やだわ、さっきから思った事が口から零れてくる。
「……口下手なんだ」
「口下手にも程があります」
「君はいつもそんな風に考えていた?」
「え?」
「いつも俺の前で黙ったまま、だが表情がくるくると変わって可愛いと思っていた」
「かわいい?」
「あ、いや……ああ、うん」
ルーカス様が顔を赤くして横を向いてしまった。口元を片手で覆っていても、目元も耳も赤い。
「駄目です、こっちを見て下さい」
思わずルーカス様のジャケットをグッと掴む。ルーカス様が驚いた顔で私をまた見下ろした。綺麗な青灰色の瞳がゆらゆらと揺れている。
「私から目を逸らさないで。ちゃんと見てください」
「見ている」
「遠くからじゃなくて! もっと、ちゃんと」
「それは」
「私をかわいいと思ってくれていたんですか? 子供みたいにじゃなく?」
「子供って」
「父のような気持なのかと」
「人を年寄りみたいに言わないでくれ!」
「だって」
「君を自分の娘みたいだなんて思ったことはない……」
「ほんとに……?」
「そのドレスも、……とても、似合っている。美しいよ、ダフネ」
「……!」
ルーカス様はそう言うとまた視線を逸らしてしまった。
待って、まだ、まだ何か伝えたいことがあったはず。待って、えっと……
「ほらね、言葉は大切でしょう?」
沈黙に突然響いたマダムの言葉に、はっと我に返った。
やだ、私何を言ってたのかしら!
「ご、ごめんなさい、失礼しました……」
「よろしいのよ! 何かきっかけになったのなら嬉しいですわ」
マダムはにこにこと笑うとぽん、と私の両肩に手を置いた。
「それではフラヴァリ卿、このドレスも仕立てるということでよろしいですわね?」
「あ、ああ……」
マダムの言葉に我に返ったルーカス様は、さっといつもの無表情に戻ってしまった。ああ、もっと話したかったわ。
結局、ドレスはこのほかにもう一着仕立てることになって、なんだかマダムにうまく乗せられたような雰囲気のままドレスの試着は終わってしまったのだった。