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私と彼の控えめな、優しい関係


「とってもお上手ですのね!」

「それはあなたですよ、とても上手だ」


(踊りってこんなに楽しかったのね!)


 くるくると回る私を支え、ステップも完璧なこの人のダンスは本当に上手だと思う。いつもはルーカス様と踊るけれど、顔も合わせないし腰もそれほどしっかり支えてくれないから、自分で自立しなければならなくて一曲踊るだけでとても疲れるのだ。

 こんなにくるくる回れない!


「くるくると可愛いな!」

「まあ! あなたも素敵ですわ」

「ははっ、それは嬉しいな」


 声に出しながら笑うその人は、私の好きなように踊らせてくれる。

 可愛いな、なんて言っているけど、その響きはなんだか動物を愛でているような含みがある。不快でもドキドキするでもなく、楽しい!


「ご令嬢、お名前を伺っていませんでしたね。……私のことは、ノアと」


 クスクスと笑いながらノア様は私を支え自己紹介をする。

 うん、家名を言わないのは面倒事を避けたいからなのでしょうね。


「私はダフネですわ」

「ダフネ。ニンフの名前だね。歌と踊りが大好きなんだ。あなたにぴったりの名前だよ、ダフネ」

「すごいわ、良くご存じね! お父様が聞いたら喜ぶわ」


 クスクスと笑いながら躍り、顔を見上げる。この人も背が高い。ルーカス様くらいはあるかしら。


「あの、ノア様?」

「うん」

「あの、私と踊るのは大変でしょう? 背が低いから」

「そんなことはないよ。誰かにそんなことを言われたの?」

「いいえ! そうではないのだけど、なんだか申し訳なくて……」

「あなたの婚約者に?」

「そう、そうね、いつも申し訳なく思ってるの。こんな子供みたいな私に付き合っていただいて……」

「あなたは立派な大人の女性じゃないか。それに、そのドレスは婚約者からの贈り物?」

「……ええ」

「ならきっと、彼はあなたのことを良く分かっていると思うよ。すごく似合っているから」

「そうかしら……」

「……どうしてそんなに不安になるのかな?」

「えっと……」

「上手くいってない?」

「そんなこと……分からないわ、良くも悪くも、私たちは出会ったときから何も変わらないから」


 そう、いつからか話さなくなったとか、急に冷たくなったとか、そういう事ではない。何も変わらないのだ。変わっていない。

 いつまでも、親の決めた婚約者同士と言う関係から何も進んでいないだけ。


「ダフネ、君はその婚約者を愛してるの?」

「……それは……」


 分からない。

 七歳も年が離れているのだ、ルーカス様にとっては共通の話題も難しいのだと思う。それでも毎日のように花が贈られ、度々会いに来てくれる。

 無口で何も話さない彼だけど、優しさは伝わってくる。お茶を一緒にする時の彼、私に気を使ってくれる彼。そうやって大人の振舞いをする彼の前で子どものような態度を取りたくないと、彼の前で私はとても気を付けている。そんな控えめな、優しい関係だと思っている。

 ただ、決定的に、何もないのだ。

 愛されているという実感がない。

 それでもいずれ結婚するのだから、歩み寄り、お互いを敬い暮らしていける人だと、いつか分かり合えるのだろうと、そう思っていた。


 脳裏に先程の令嬢との姿が甦る。柔らかな笑顔、優しい表情。

 もう何年も彼と婚約者として一緒にいるけれど、あんな表情を見たことがない。それは、私ではない誰かを、あの令嬢を好きだからなのでは……?


 音楽が終わりに近付いてくる。

 急に黙ってしまった私をじっと見つめるノア様にヘラリと笑い、手を離し向かい合って一礼した。周囲から起こる拍手。

 ノア様は周囲に笑顔を振り撒くと、素早く息が上がっている私の手を取り自分の腕に掛け、ホールから離れた。

 恐らく次を狙っている令嬢から逃げるためだろう、私もおとなしくその後に続く。

 素早く壁際に移動し椅子に私を座らせると、近くを通りかかったウェイターから果実水を受け取った。


「さあどうぞ。喉が乾いたでしょう。素晴らしいダンスだったからね」


 笑顔で清々しく笑うノア様からグラスを受け取り、喉を潤す。ほんのり甘い果実水がゆっくりと喉を通りすぎ、ふう、とひとつ息を吐き出した。


「ノア様のお陰だわ。本当に楽しかった」

「僕もだ。もう一曲踊りたいくらいだったよ」

「まあ」


 同じ人物と続けて踊るのは恋人同士、婚約者同士と決まっている。私はいつも一曲しか踊ったことがないけれど。


「……それで、さっきの話だけど」

「ダフネ」


 ノア様の背後から知っている声が私を呼んだ。


「ルーカス様」


 いつの間にかルーカス様が側に立っていた。相変わらず表情がなく、視線も合わない。

 先程の笑顔を思いだし、またずしりと胸の内が重くなった。思わず俯き足元のドレスの裾に視線を落とす。


「探した」

「あ、あの、ごめんなさい私……」

「僕のお相手をお願いしてたんだよ、ルーカス」


 私とルーカス様の間にノア様がさっと身体を入れると、ルーカス様が少し驚いた声を上げた。


「……ランブルック卿?」

「え!?」


 思わず大きな声を出してしまった。

 ランブルックって、ランブルック侯爵の?


「ランブルック侯爵?」

「それは僕じゃなくて父上ね。だからダフネは名前で呼んで」

「でも」

「だめかい? 友達になれたのに」


 友達。


(それはとっても嬉しいんだけれど、いいのかしら?)


 私の疑問がまるで全て分かるかのように、ノア様は振り返り笑った。なんだかその笑顔には有無を言わさない圧がある。


「え、ええ、あなたがそれでいいのなら」

「よかった! 嬉しいよ、ダフネ。せっかく仲良くなれたからね、僕はもう少しあなたのことが知りたいな」

「ランブルック卿。ダフネは俺の婚約者だ」


 静かな声で、でもやや咎めるような声色でルーカス様がノア様を窘めた。


「うん? そうは見えないよ。こんなに長い時間放っておいて、突然婚約者面はないだろう」

「……っ」

「それに、僕たちには疚しいことはないよ。ただ仲良くなり、楽しく語り踊っただけだ。彼女はとてもダンスが上手だからね。黙って立たせるだけなんて酷じゃないか」


 ノア様はとってもいい笑顔で「ね」と私に首をかしげる。

 そうね、ダンスはとっても楽しかったわ。でもそれをそのまま伝えていいものか、さすがの私も迷ってしまう。

 私のそんな顔を見て、ノア様は声を出して笑うとごめん、と謝った。


「ダフネを困らせるつもりはないよ。残念だけど婚約者殿にダフネをお返ししよう」


 そう言うとノア様はスッと身体を横に退けて、私の手を取った。


「楽しい時間をありがとう、ダフネ。また是非、ダンスの相手として僕を指名してほしいな」


 そうして指先にキスを落とす振りをすると、周囲から黄色い声が上がる。気がつけばいつの間にか私たちは周囲から注目を浴びていたのだ。


(やだわ、ノア様ったら目立ち過ぎなのよ!)


「えっ、ええ! ぜひ、お願いしますわ」


 上ずった声で回答する私に満足げに頷くと、ノア様はルーカス様に顔を向けた。


「君はもう少し危機感を抱けよ。言わないと分からないこともある」

「……ノア」

「君と話をするのはまた今度にしよう。せっかく楽しい時間を過ごせたんだ、台無しにしたくない」


 じゃあ、と片手を上げると、ノア様はその場を立ち去っていった。

 その場に残された私たち二人。周囲の貴族たちが遠巻きに私たちを見ているのが分かる。


「……ダンスは」

「あ、あのもう、大丈夫です」


 こんな注目を浴びた状態で踊りたくはない。絶対に転ぶ自信がある。


「……そうか。では帰ろう」


 そう言ってルーカス様はそっと肘を差し出す。私はその肘に手を乗せ二人でホールを後にした。

 そして最後まで、ルーカス様と視線が合うことはなかった。


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