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準愛  作者: 万結ななの
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寒い。

痛みを通り越してただ寒気が体を侵食する。

冷たいよ。


気づいたら意識は遠のいていて、痛さも寒さもなく、私は暖かなダウンジャケットをロングブーツと白いニット、タイトスカートといった格好で渋谷のショッピングモールにいた。何を買おうとしていたのかさっきまでわかりきっていたはずが、急にわからなくなって4階からエスカレーターで下がる。ショッピングをすることより、何か重大なことを私は見逃している気がする。一応、せっかく渋谷まで来たのだからと2階でのいつもよく使っている服屋で少し服を見たが、先週来た時とあまり変わらないラインナップで値下げもなかったので、珍しくあっという間に1階まで降りてきていた。

ピロンッ。

スマホの振動を感じて画面を開くと、彼氏の勇気から待ち合わせの予定をしていた駅近のカフェに着いたことを連絡するものだった。

早く会いたいという一種、彼に縋りたいような気持ちが湧いてきて早歩きになりながらショッピングモールを出る。彼に会えばこの忘れているものの正体も不安だって消えるはず。にもかかわらず、信号待ちに引っかかり少しのイライラを覚えた。イライラをぶつけるように指がいつもより若干強めにインスタを開こうとしたが月末で低速だったことを思い出してスマホから駅前の大きなビジョンに目をやると、画面は交通事故のニュースを流していた。

「え」

驚いたのは、テロップに「間宮鈴菜」の文字があったからだ。

私の名前。間の宮に鈴に菜っぱの菜。

4月に生まれたからふんわりとした清楚さが感じられる名前にしたのだと母から聞いたことがある。

そんな割と気に入っていた私の名前は(22)を名前の後ろにくっつけていて、上の大きなテロップには「渋谷でひき逃げ 犯人は逃走中」と書いてある。

先程まで抱えていた何か、それは、私が死んだということ。

そして、何故かまだこの世に存在すること。

急いでスマホのカメラを開いて内カメにする。目鼻立ちのしっかりした彫りの深いハーフ系統の顔で、私がずっと欲しかった彫刻のように繊細で細い鼻先にどきっとする。ほそいと下顎もまた少女のような儚さを纏っていた。胸の辺りまである金髪に近い茶髪の髪の毛は染めたであろう回数に比例せず、案外傷んでいなくて、それどころか2回しか染めたことのない私の髪よりしっとりとし、内側からの艶もあるので美容好きなんだろうなと思う。韓国風にふんわりと前髪を流している。アイラインは左右対称にはね上げられていて、ブラックのマスカラをしていることもあって目力の強さがそのままこの人の性格を表している気がした。メイクの雰囲気としてブルベ冬かなと思うが、だとしたら黒っぽく髪を染めたほうが似合いそうなのでベースメイクで誤魔化している可能性もある。今日の気分だったのかも知れない。どちらにせよ、そこまで美容やファッションに深い興味を持って生きてこなかった私にとってはそこまで重要な問題でもなかった。名前の通り清楚系だった私に比べてこの女はあまりにも派手で確かに、この人に生まれ変わる場所は渋谷だなと感じた。

信号が青に変わる。勇気に急いで「今向かってる」と返信する。

あれ。と思った。さっきまでは私の彼氏は勇気だという違和感はなかった。でも、それは私が私を鈴菜だと思っていたからだ。今の私は鈴菜にとってどこの誰かも知らない。私が今から会いに行く勇気は一体どこの勇気さんなのだろう。若干、女の間が働きそうになり、その間が妙に当たりそうだったので足をもっと早めた。

彼と待ち合わせしていたカフェは信号から5分ほどで到着した。

人で賑わっていて活気があるが、昼食を取った後にゆっくり過ごすカフェという感じなのでまだ12時半ということもあって並んでいる人は3組程度だった。内装は木を基調とした明るい雰囲気の店内に足早に入る。

彼が私を見つけたのか細身だが肩幅の広い男に笑顔で手を振られ、私もオウム返しをした。ほぼ無意識で。だってその時の私の頭の中は冷めきっていたから。

この勇気は私の知っている勇気だ。嫌な予感が確信に変わっていく。

席に小走りで駆け寄り、急いでダウンジャケットと小さな黒いケイトスペードのバックを席に置いく。

「ごめん、ちょとお手洗い行ってくるね。」

「オッケー。」

バックからスマホを取ってトイレへ向かい、個室へ入ったと同時にLINEを開くLINEのユーザー名は「優香」。コスモスばたけでの後ろ姿の写真のアイコン。嫌なものを見た。前に私の家に泊まりに来た時、彼がお風呂に入っている間こっそりスマホを見た時、私の下にピン留めされたこの名前を見た。トーク履歴も。初めの会話は確か3、4ヶ月前だった気がする。何で出会ったのかは知らないが、こんにちはスタンプから始まり、勇気と親しげに会話を重ね、「今度、行きつけって言ってた鉄板焼きに連れていってくださいよ」なんて本当は私の行きつけのお店に二人で行こうとしていることに怒りよりも深いドス黒い感情が巻き起こった覚えている。

インスタも急いで開く。


ビーリアル

スナップチャット

ツイッター

どこをどう切り取ってもあの時の優香で、友達が特定してくれた優香だった。


幸か不幸か、どのみちげんなりする気持ちを抱えながら私は悟った。

私はどうやら彼氏の浮気相手に生まれ変わってしまったらしい。

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