幻想で満たす旅
【フォレストドレイク】
草葉に紛れる緑色の鱗を持つ森林に生息する地竜類の魔物。
翼を持たず炎も吐かないが魔物が蔓延る森の中でも捕食者として生き抜けるパワーとスピードを持ち合わせている。
ドレイクの鋭い眼差しは一人の少女を捉えていた。
少女は武器も持っておらず、現に自分に背を向けて逃げ出した。
弱く狩りやすそうな獲物を逃すまいとすかさず追いかける。
四つの足で這うように、しかし素早く距離を詰めていく。
対して少女もすばしっこく、木々の間を縫うように逃げて簡単には捕まらない。
鬼ごっこはしばらく続き、その光景を旅の青年オニキスは目撃することとなる。
「今日の飯は決まりだな」
オニキスは携えていた拳銃に弾を込め、少女とドレイクの進行方向へ先回りする。
そしてしばし待ち、拳銃の射程圏内に入ったら逃げる少女に当たらないよう狙いを定めて引き金を引く。
放たれた弾丸はドレイクの胴体に命中。
破裂音と共に白煙が辺りに広がった。
「今の内だ! こっちに来い!」
この射撃はドレイクの体に生えた木の葉のような鱗に阻まれ、全くと言っていいほどにダメージは入っていない。
だが白煙が視界を奪い、少女を追う足を一時的ではあるが止める事が出来た。
その隙に少女はオニキスの元へと駆け寄る。
「怪我はねぇか?」
「……うん、大丈夫。あり……がとう」
少女に大きな怪我は無い。
ただ、着ている衣服は汚れて破れて、ボロボロになってしまっていた。
少なくとも一日でこうなるとは考えにくい。
だが、それについて考察をするのは後だ。
煙が消えて、獲物同士が互いに睨み合う。
先に動いたのはドレイクの方。
狩りの邪魔をされた怒りを込めたかのような力強い突進をする。
それを見てオニキスは冷静に、なおかつ素早い手付きで拳銃に弾を詰め替え、即座に撃つ、撃つ、撃つ。
三発の弾丸は全て脳天目掛けて発射された。
これらは先程の目眩ましの弾とは違い、殺傷能力を持った獲物を喰らう弾。
一発、二発の弾丸で鱗に傷を付け、三発目の弾丸はいよいよ鱗の鎧を貫通し、脳に着弾する。
『ガッ……アァ……!』
「っと、危ねッ!」
突進の勢いは殺しきれず、ドレイクも最後の意地と言わんばかりにオニキスと少女にぶつかろうとした。
しかし最後の足掻きは容易く回避され、前方に生えていた樹木に衝突。
頭から血を吹き出し、その場で倒れた。
動きはしないがまだ息はある。
「まだ生きてんな。タフなもんだ」
オニキスは剣を抜いた。
刀身に紋様が刻まれた特別な剣。
この剣を振り下ろすとドレイクの首はスパッと切断される。
頭と胴体が分かたれた事によってようやく絶命した。
「すごい……倒しちゃった」
「まあこんなもんよ。そんでとりあえずこいつを飯にしようと思うんだが……お前さんも食べる?」
その問いに少女はこくんと頷いた。
◇
二人はオニキスが予め目星を付けていたキャンプ地へと移動していた。
その道すがら、焚き火に使う薪を拾いつつ、少女について色々聞いた。
少女の名はスピネ。
三日前からこの森でさ迷っており、出口を探していたところフォレストドレイクに見つかり、追われていたと言う。
何故魔物が生息する森に足を踏み入れたのか。
それは『知りたい』が為だと言った。
キャンプ地として選んでいた場所は川沿いのエリア
そこでは部屋一つが丸々乗せられているかなような大きな荷車を繋がれた焦げ茶色の毛むくじゃらな生き物が呑気に欠伸をしていた。
そいつはオニキスが従えているビッグフラフィーと呼ばれる魔物。
力は強く、重量のある大きな荷車も易々引っ張ってくれるが、動きは鈍く狩りの役には立たない為のでここで待機してもらっていたのだ。
「さてと……スピネ、薪を組んどいてくれねぇか? その間に要るモン取ってくる」
「分かった。こっちは、任せて」
スピネは黙々と任された作業を始めた。
その間にオニキスは荷車の中に入り必要な物を取りに行く。
食器、肉を焼くための網と台座、ソースと塩胡椒。
それから肉だけでは物足りないのでいくつか野菜も持っていくことにした。
それらを持って出ると、薪を組むことによって出来た小さな山の隣で座っているスピネの姿が見えた。
「これで、いい?」
「ああ。任せといてなんだが意外とちゃんと組めてる」
「前にね、おじちゃんと、やった事があるんだ」
「へぇ、やるな」
組まれた薪の上に網を乗せた台座を置き、火を付ける。
フォレストドレイクの解体に時間が掛かったせいで、既に日は落ち始め、森の中を段々と暗闇が包んでいく。
しかし、焚き火の明かりによってこの空間だけは優しく照らされていた。
オニキスは塩胡椒を揉み込み下味を付けたドレイクの肉を網に乗せる。
香ばしくグリルにしようと考えていた。
ジューッという肉が焼ける音。
余分な脂が火の中に落ちて一瞬だけ増す火力。
肉が焼ける良い香り。
どれも焼き上がりの時間を楽しみにさせる素敵な光景だ。
ドレイクステーキが焼き上がったら皿に乗せてしばらく休ませる。
その間にニンジン、タマネギ、ズッキーニといった野菜を焼いていく。
焼けたらドレイクステーキの付け合わせとして添えて、仕上げにガーリックの効いたソースを掛ければようやく完成だ。
「出来たぜ。ほら、食いな」
「いただきます……!」
「野菜は熱いから気を付けろよ」
スピネは野菜をあつあつの状態のまま口に運ぶ。
「あッ……!」
「言ったそばからじゃねぇか」
オニキスも綺麗な焦げ目が付いた野菜を一口食べる。
シャキシャキとした食感と焼くことによって引き立てられた甘みによって味付けが無くとも美味だ。
だが、これは前座にしか過ぎない。
本命のこんがり焼かれたドレイクステーキに豪快にかぶりつく。
「旨い」
オニキスは思わず声に出す。
肉本来の旨味とグリルにしたことによる香ばしい風味。
それから肉と良く合うガーリックソース。
三つが合わさって我ながら良くやったと誉めたくなる出来に仕上がっていた。
「これ、とっても……美味しい」
スピネも満足したようで、柔らかな笑みが溢れていた。
食後、茶を淹れて焚き火の音だけが聞こえる夜のしばしの休息の時間を過ごす。
その際オニキスは呟くように、スピネに対してある言葉を投げ掛けた。
「スピネ、今日までの知りたい旅は楽しかったか?」
「それは……うん。初めて見るものが沢山あったから」
「なる程な。俺と同類だ」
「……えっ? キミみたいに強くもないし、そんなに大人じゃないから違うと思う……」
「そういう事じゃねぇ。知りたい旅が楽しかったからの方」
オニキスが旅をする理由。
それは漠然とした『知りたい』という欲求を満たしたいから。
食、景色、文化、先生が叶えられなかった夢の果て。
尽きる事のない未知を既知にする為に旅を続けている。
「オニキスも知りたい事が、あるの?」
「ああ。お前さんのとは違うかもしれねぇが、探求心を持った旅人であるってのは同じだろうよ」
オニキスは茶を飲み干し、話を続ける。
「で、ここからが本題。お前さんこれからは俺と一緒に旅をしねぇか?」
「……どうしてか、聞いてもいい?」
「先生がそうしていたから。ガキだった俺に先生が教えてくれたように、俺もお前さんに外で生きる術を教える。じゃねぇとお前さんはきっと死ぬ」
事実としてスピネはオニキスが助けに入らなければ、フォレストドレイクに捕まり食われていた。
おじちゃんと呼んでいた人物から教わった事もあるのだろうが、それだけでは一人で旅をするには足りないものが多すぎる。
オニキスは過去の自分と今のスピネを重ねて見捨てることが出来なくなっていた。
スピネは喜びと迷いが交わった感情で答える。
「本当に、良いの? おれ、ちょっと足が早いことしか取り柄が無いのに?」
「構わん。道連れは旅の華とも言うしな」
「なら、一緒に行く。いっぱい教えてもらう。キミの事も、先生って読んだ方が良いかな?」
「それはどっちでもいい。というかお前さん一人称おれなんだな」
先生からオニキスへ、オニキスからスピネへ。
学んだ知識は絶えず伝達されていく。
オニキス、スピネ、ビッグフラフィー。
二人と一匹のトリオが名を馳せるのはまた別のお話。