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片割れのオレンジ





俺のオレンジはしょうがないなぁが口癖みたいな奴だった。

頻繁に口にしてたわけじゃないが、顔がそう物語っている。

眉を下げて優しく笑うんだ。

俺が無理をしてると、すぐに察して、栄介が俺を支えてくれる。



俺は栄介無しじゃ、きっと、もっとずっと前に周りの重圧に押しつぶされてた。




俺は平凡な一般家庭とは少し違う、裕福な家庭に生まれた。

栄介は俺の家に住み込みで働く、家政婦の真知子さんの息子だった。


最初の頃は、真知子さんについて来ていた栄介とは仲良くなかった。

随分と仏頂面で無愛想な子だと思った。

俺は、俺の義務(ノブレスオブリージュ)として、微笑みを絶やさず、栄介にも優しく接した。

それでも栄介は俺をみる目は変わらず、何も移していなかった。



俺と栄介は同じ小学校に通っていた。

同じ時間、同じ場所に止まる車、そこから出てくる異色の2人。

俺は母譲りの金の髪に青い眼で、栄介は父親譲りの堀の深さで、俺たち2人はとにかく注目を集めていた。

そのせいで昔から無意識に、栄介には仲間意識の様なものを持っていたと思う。

相変わらず栄介の目は俺を写していなかったけど。


10歳の頃、俺は転んで膝を擦りむいてしまった。

そんなに大きな怪我では無いのに、父は俺を病院に連れて行った。

俺は珍しい血をしているらしい。

怪我をすると血も止まりにくく、適合する血もなかなか見つからない。

難しい顔をしている両親の側になぜか栄介もいつもの無表情で佇んで居た。




初めて栄介のあの顔を見たのは、俺が体調を崩した時だった。


朝から何故が上手く指先が動かなくて、体を引きずるように着替えてリビングに向かった。

両親は出張で、この日は栄介と家政婦の真知子さんしかいなかった。

いつものように何も写さない栄介の瞳を見て、俺も意地のように微笑みを返した。

栄介は少しだけ眉を潜めて俺を見ている。

呆れたように栄介は真知子さんと話し始めたところで、意識が途切れた。



目を覚ましたら、見慣れた自分の部屋の天井が見えた。

タイミングよく部屋の扉が、小さく開く。

俺と目があって驚いた顔をした栄介だった。

すぐ扉が閉まって、少ししてから今度は扉をノックする音が聞こえた。

ゆっくりと扉を空けて、俺の部屋に決して近づかなかった栄介が、薬と水と甘い搾りたてのオレンジジュースが乗ったお盆を持って入ってきた。

お盆をベッドサイドに置くと、俺の腰あたりに片足を乗り上げて座り込んだ。



「なぁ知ってるか?スペインじぁ運命の恋人のことを片割れのオレンジって言うらしいぜ」



突然、半笑いで囁くような声で栄介が俺に語りかける。

片手でオレンジを天井に向かって、投げては受け止めと遊んでいる。



「受け入れるよ、俺のオレンジ」



恋人じゃねーけどとくすくすと笑う声が聞こえる。

その顔はしょうがないなぁと、ダメな弟を見るような顔だった。

瞳は優しく、だけど諦めたような声色だった。


何故だか涙が止まらなかった。

頭を撫でるのその温もりに。

その瞳に映る自分はなんと情けないことか。

こんな姿、両親には見せられない。

でも、オレンジになら。

片割れになら、俺自身を見せても許されるのではないかと。



口からはありがとう、と綴れない掠れた声がでた。

栄介がどういたしましてと呟いた。

それから俺たちは急激に仲良くなった。

お互いの部屋を行き来する様になり、元から常にと言っていいほど行動を共にしていたが、俺たちは心も通わせて行った。

栄介は頭も良く、運動神経が良かった。

家庭教師より何倍もわかりやすく、テスト前はいつも栄介に勉強を教えてもらった。

運動では特に野球が好きだと言っていたが、俺がサッカー部に入りたいと打ち明けると、ならついていくよと、あの顔をして笑っていた。

サッカー部に入ることを、父は初めはいい顔をしなかったが、栄介が一緒に入ることを伝え、決して無理はしないと約束し了承を得た。






中学卒業の頃俺は衝撃の事実を知る。

栄介は、俺の輸血(ドナー)として、この家の別邸に住んでいたということを。

同じ血液型で珍しいとは思っていた。

運命だと思っていた。

バカみたいだが、それこそ、あの日栄介が言った片割れのオレンジだとも。

両親は俺と同時期に生まれた子供で同じ血液型の子供を産んだ、"片親の"真知子さんを見つけ、近くの別邸に住まわせていたらしい。




()()()()()()()()()ついて来ていたんじゃなく、()()()()()()()()()ついて来ていたのだ。




いつも不思議に思っていた。

いくら住み込みの家政婦の息子と言っても、俺と同じ食卓に栄介が並ぶことに。

栄介がいるならなぜ真知子さんは一緒に食べないのか。

父がなるべく、何かあったら直ぐに輸血できるように健康な体でいて欲しいと、栄介の衣食住は俺と同じ生活をさせていたそうだ。

思い返せば住み込みの家政婦なのに、4日に一度ほどしか来ていなかった気がする。

同じ食卓に並んでいても栄介はどこかよそよそしく、あまり楽しそうじゃなかった。

俺の両親に、栄介の体調や日々の生活、成績等の定例報告会をしていたのだ。



そして1番の狙いは、栄介自身に俺に情を持たせることだった。



栄介はこの生活全てが、俺のおかげであると小さい時から言われて育って来たらしい。

その珍しい血も、もし何かあっても俺が居れば助かるかもしれない。

だから君は健人を守る事が、自分自身を守ることになるんだ。

ずっと。

そう言われて生きて来たんだ。

両親からの受け入れ難い事実に俺はなんて顔をしたらいいかわからなかった。

栄介にそんな酷い言葉を吐いて。



俺は苦しくて苦して、栄介になんて顔を向ければいいのか分からなかった。

俺を救ってくれた栄介は、俺によって苦しめられていたのか。

部屋にこもって、布団に包まる。


小さなノック音がする。


そういえば、俺は栄介と家族のように育ったのに栄介の行動の節々にはどこか一線を引く、使用人のような。


健人と俺を呼ぶ声が聞こえる。


俺の許可なく扉は開かれない。

あの日、俺が倒れた時以外、俺の許可なく扉が開かれたことは無い。

俺は栄介の家に無断で上がり込むのに、健人はいつも裏口から俺の家に来ていた。

声が出ない。

いつものように受け入れればいいのに、なのに、どうしようもなく、怖かった。



「しょうがねぇなぁ、思春期少年め」



ずるずると扉に寄りかかる音が聞こえた。

なんてこともないことだと、お前が気にすることじゃないと、栄介は納得させる様に語りかけてくる。



扉が開かれることはなかった。



俺と、栄介の、関係がはっきりと示されて。

その事実に、涙が溢れた。

だけど心のどこかで、哀しくて仕方ないのに、どこか安心した自分がいたんだ。

不思議だった。



あの日、栄介が可愛いと言った唯一の友人が笑っている。

それを楽しそうに見つめる横顔に、どんなに頑張っても得られないその笑みに、気づいてしまった。

きっと、本物の栄介のオレンジだ。

それと同時に理解した。

俺は、栄介の本物のオレンジにはなれないけど、栄介を失うことはないことを。



栄介は俺から絶対に離れない。

だって栄介は、俺の輸血(オレンジ)なのだから。



凍えるような寒さも自然と薄れていく。

庇うように俺を抱きしめ、先に意識を失った栄介を見つめる。

こんな状況なのに、不思議と怖くはなかった。

きっと死ぬ。

薄れゆく意識の中、考える。



願えるなら次は、もっと、普通の、人でありたい。

わがままを言うなら、また、片割れのオレンジでありたい。

今度は本物のオレンジとして、栄介の隣に立ちたい。



わずかに残る温もりに口付けて、俺の生涯は幕を閉じた。





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