嘘つきのオレの夏
俺の名前は吉武栄介。
5月生まれ左利き。
家族構成は父、母。
母は大人しい人で女手一つで俺を育ててくれた。
父親はスペイン生まれの陽気な人間で、母曰く俺にとてもよく似ているらしい。
あと、隣の家には同い年の健人ってやつが住んでる。
血は繋がってないけど双子みたいなもんだ。
なんせ俺たちは2000分の1の運命だからな。
好きなものは可愛いものとボルダリング。
可愛いものはよく以外って言われる。
あぁ、あとオレンジジュースと野球も好き。
苦手なものは暑いこと。
だから夏の終わりの匂いが好きだ。
あと、これは死んでから気づいたんだけど、特技は嘘をつくこと、だったらしい。
20歳になる健人の誕生日に向けて仲間内で登山計画を立てた。
山頂で日の出とともに誕生日を祝う計画だ。
あの日は不運にも朝は天気が良かったのに、頭頂目前で吹雪になり、俺たちは途中の山小屋から出られなくなってしまった。
1週間はたっただろう。
止まない吹雪に次第にみんな正気を失っていった。
ことの発端は仲間内の1人が発狂して山小屋を出て行ってからだ。
正義感の塊みたいな健人はこの旅行に負い目を感じていた。
この計画をしたアランも同じ考えで2人で探しに行こうとしていた。
だから、俺も名乗りを上げた。
俺は健人より体力があるし、寒いのに強い方だ。
どちらにしろ、もう山小屋の食料も薪も残り少ない。
ここに残っていても終わらない恐怖に支配されるだけだ。
俺が行くのを健人は酷く嫌がった。
「俺は健人について行くよ」
揺らぐ健人の瞳の奥に安堵の色が見える。
「俺たちは血を分けた兄弟だろ?」
肩をすくめてすがるような瞳をする。
健人は俺のこの顔にめっぽう弱い。
「ずるいよなぁ、おまえ。俺がその顔に弱いの知ってるだろ?」
泣きそうな、どこか救われたような顔で俺の肩を軽く殴った健人は、小さく震える声でありがとうと呟いた。
それからは雪崩であっけなく死んだ。
なのに、何故か、目の前に健人の顔があって吸い込まれるように意識が遠のいた。
目が覚めたら健人のお母さんの愛美さんが泣いていた。
可愛いものが好きだ。
街をうろついてる猫のミケ、幼い頃貰ったテディベア、健人の妹の愛子ちゃん。
あと3年最後の準決勝戦。
他のやつが泣く中、歯を食いしばって目に涙を溜めて我慢してるやつがいた。
男なのに、なんだかかわいい奴だなって思ったのを覚えてる。
高校に入学して再開したそいつは、たいそうこちらを睨んでいた。
よくよく見るとガタイのいいスポーツマンで可愛さなんて1つもなかった。
意外と直ぐに打ち解けた。
健人に憧れていたみたいだ。
健人はいろんな人間から良い意味でも、悪い意味でも注目される。
根が真面目なやつだから、みんなのイメージを壊さないように必死だった。
本当は勉強は苦手だし、甘いものも苦手だ。
バレンタインは苦行らしい。
でもニコニコ笑ってるせいでいつも王子様みたいなんて言われてた。
大変そうだ。
しょうがねぇから俺がたまに甘やかしてやる。
なんてったって俺たちは運命の双子だからな。
そういえばあいつもそうだった。
初めは健人に憧れてる1人に過ぎなかったが、あれは高1年のバレンタインだったか。
あいつはスーパーで売っている安いポテトチップスを沢山抱えて登校してきた。
帰り際、周りの女子に嫌われるのが目に見えているのに、お構いなく健人の荷物からチョコレート菓子を取り上げてポテトチップスを押しつけて大きい声で叫んでいた。
「俺は甘いものに目がないんだ!なのに松江ばかりずるいぞ!俺のポテチと交換だ!それでも食べとけ!」
もちろん健人は慌てて取り返そうとしていたが、この時ばかりはものすごい速さで奪い返せず、戸惑っていた。
周りの女子からのブーイングも凄まじい。
「うるさい!今後松江に渡しても同じように奪ってやるからな!」
次の日から健人狙いの女子からすげぇ嫌われていたなあいつ。
面白かったわ。
健人もその日からあいつと打ち解けるようになった。
いつもどこか距離を置いている健人がよくあいつの話をするようになったんだ。
なんで気づいたのか気になって後日聞いてみたことがある。
バレンタイン前にほんの少し、チョコレートという言葉に眉を潜めたのに気付いたんだってさ。
俺ほどの付き合いがあってやっと気づくくらいの反応だ。
健人と喋ってるあいつはそれはもう嬉しそうで。
他の人間なんてどうでも良かったんだろうな。
健人のことを守りたかったんだろう。
俺と健人はまるで、魂の片割れだ。
同じものを好きになる。
笑っちまうよな。
健人はかなり喜んでいた。
もちろん自分の気持ちに鈍いからその感情がなんなのか気づいてなかったけど。
俺にとっては負け戦。
あいつ、健人しか見てねーんだもん。
でももう健人は死んだ。
俺も死んだ。
そう思ったら欲が出た。
フェアじゃないのはわかってる。
だけど手が届くところに居るんだ。
俺と目があって、静かに止めどなく涙を流す姿を、もう、諦められなかったんだ。
この身体、俺じゃないって直ぐにわかったよ。
その瞳を伊達に3年も見てたわけじゃない。
夏の終わりの匂いがする。
なんとなく今度こそ終わりってわかっちまった。
俺はあいつを手に入れて、納得、したんだろう。
この世界との縁が切れてしまった。
なんでかわからないけど、最後に神様がくれたこの時間が幸せすぎて。
もうなんの未練もなかった。
死ぬ直前、もうほんと動かないって思っていた指が言うことを聞く。
俺はどうやら神様に大層気に入られているのかもしれない。
夏は苦手だ。
多分この先も、暑いのは得意じゃない。
けど、あいつと過ごした夏は、嫌いじゃない。