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松江が好きな俺と俺が好きな吉武




葬式場の雰囲気が一瞬で変わった。

一目散にぶつかり合いながら出入り口に向かって逃げ出す者、恐怖で劈くような悲鳴が会場内に響いた。


松江と吉武はかなり人気があった。

一昨日行われた吉武の葬式もすごい人数だった。

およそ300人以上の参列者に押され、パニックになった会場は、あまりにも恐ろしい光景だった。


だけど俺の目は起き上がった松江から目を晒せなかった。

あの松江が、()()()()()が起き上がった。

お焼香の時に見た松江は確かに呼吸をしてない、青白いそれはもう綺麗な顔だった。

そんなわけない、そんなわけが。

そう頭ではわかるのに外に出ようとする人波に逆らって、前に進んでいた。


やっと、やっとの思いで倒れた松江の棺桶の側に着いた時、会場は乱闘騒ぎがあったのではないのかというほどの荒れ具合で、松江の母親が松江を抱きしめて泣いていた。


松江と目があった俺は、松江のすぐ側で、同じように泣くことしか出来なかった。

しょうがないなぁと瞳が、口元が、申し訳なさそうだった。




あの騒動の後、葬式屋は茫然とした顔からひどく窶れた顔で対処してくれた。

俺は会場を直すのを手伝った。

会場に残っていたのは俺と松江の家族と怪我をした何人かだけだった。

ひとりは腰を抜かして、多くの人に押され踏まれて随分と痛そうだ。


膝をついた松江の父親は落ち着いて現状が理解できたようで、静かに涙を流していた。

側に寄り添うまだ中学生の松江の妹の愛子ちゃんも泣いている。


少しでも会場に居たかった。

すぐそこに、生きて、動いている松江が居るんだ。

目を離したらまた、また眠ってしまうのではないかと不安になった。






中学3年の県大会準決勝戦、忘れもしない最後の試合。

スポーツ推薦も決まり、自分にかなり自信があった俺は悔しくて悔しくて歯を食いしばって涙を堪えた。

上には上がいる。

思い知らされた。


俺は足を痛めてもう激しい運動は出来ない体になっていた。

でも諦めれなくてダメになった推薦校に努力して努力して入学した。

体はうまく動かなかったし、勉強なんて全くしてこなかったからそれこそ血の滲むような日々だった。

そこで再開したんだ。

あの時の、最後の試合の時、相手チームにいた、あのキラキラした顔、忘れもしない。


最初はそれこそ憎らしかった。

俺は参加できる最後の大会だったのに。

それを奪われたんだ。

目に入るたび睨んでいた。


なのに松江は笑顔で俺と仲良くしてくれた。

だんだん直ぐにわかって来た。

俺は憧れてただけで、憎んでたわけじゃない。

ただただ、羨ましかった。

その強さも、優しさも、俺にない健康な身体も。

だけど噂で聞いたんだ。

松江は珍しい血で体が弱いって。


あの日は予報では雨だと言っていたのに、傘を忘れてどうしようかと悩んでいた時、後ろから肩を叩かれた。

梅雨なのに忘れてくる俺が悪いのに、松江は抜けてるよななんて笑って傘に入れてくれた。

駅まで送ってくれた、俺の反対側のその肩が濡れていた。


俺は自分が恥ずかしかった。

自分のことしか考えずに勝手に自分の不運を恨んで、松江を憎んで。

なのに松江は俺に手を差し伸べて、優しくしてくれた。

もし怪我や病気になったら、大したことなくても死んでしまうかも知れないのに。


俺は松江の力に少しでもなりたくて、高校3年間をマネージャー兼サポーターとして過ごした。

他のマネージャーから風当たりは悪かったけど楽しかった。

今まで選手として過ごしていた分サポートは俺に向いていた。

松江のことに関しては特に。


好きになっていた。

そんな、まさか、相手は男だし、そりゃ憧れているけど、だけど、まさか。

振り返る松江と目があったそれだけで、動揺した。

物凄く悩んだ。

だけど…顔を見るとドキドキして、顔が熱くなる。

好きなんだ。






葬儀場が片付いだ頃、松江の家族はだいぶ落ち着いていて松江を病院に連れて行く事になった。

何人か怪我をしてる人もいたし一緒に行くことにしたらしい。

泣きながら葬儀場を片付ける俺を心配してか、松江の家族から必ず連絡すると言われた。

正直病院まで俺もついて行きたかったが、松江の家族はあまり余裕のない顔をしていた。

赤の他人の俺の身勝手でついて行っても迷惑なのは目に見えている。

葬儀場から見えなくなるまで、松江の乗った救急車を見つめていた。


次の日の夜、松江の父親から連絡があった。

松江は一度心臓が止まったショックでか記憶を失くしているらしい。

涙声の松江の父親から、息を吹き返した事が信じられない事で、記憶が無くなっていてもおかしくないと医者に言われたらしい。

それもそうだ。

もうずっと止まっていた心臓がまた動き出したことの方が信じられないことで、奇跡、なんだ。


翌日すぐにお見舞いに向かった。

花屋で見つけた小さいひまわりのようで、太陽のような松江にそっくりなサンバタリアの花束を抱えて深く呼吸をする。

この扉の先に松江がいる。

心臓の鼓動がうるさい。

会いたい、けど怖い。

俺を知らない松江、もし気持ち悪がられたらどうしよう。

泣きすぎて引かれてたら。

緊張して手汗がすごい。

扉に手をかけたまま動かない。


突然扉に手が引っ張られる。

慌てた俺を松江の母親がびっくりした顔が迎えてくれた。

松江の母親は飲み物を買ってくるからゆっくりするといいと、そのまま病室を出て行った。

泣きはらした瞳が痛々しく、やつれていた。

病室の奥に目を移すと、アルバムらしきものを持つ松江視界に入った。

ゆっくりとページをめくるその姿にまた涙が溢れ出す。

堪えろ。

そう思っているのに、止めどなく溢れてくる涙と嗚咽に気付いた松江と目があってしまった気がした。





少し照れ臭そうに笑って俺の手を取る。



「俺…記憶無くて、よくわからないこと多いけど、記憶があったって好きになってたと思うよ」



松江の顔もっとちゃんと見たいのに前がボヤけて。

涙って嬉しくても出るから厄介だよな。



「俺が起き上がって、家族以外が恐怖で逃げ出す中俺のところに必死に来る姿を、好きになったんだ」



今日は朝から雨が降っていた。

松江のいる病院まで走って迎えに行く。

退院の日に迎えに行く事が出来るなんてと浮き足立ってしまう。

病院の入り口で松江の母親が俺に軽く手を振っていた。

一緒に入って荷物をまとめて近くのカフェテラスで松江と待つ。

しとしととテラスのパラソルに雨が当たる音がする。



「退院したらどこに行こうかと思ってたんだ。どこがいい?」


「どこでもいいよ。松江の好きやところに行こう」


「そう?なら行きたかったところ沢山あるんだ。楽しみにしてて」



どこか照れ臭そうにこちらを伺う姿にまた胸が高鳴る。

ふんわりと笑う松江に見惚れてしまう。

恥ずかしくなってしまう。



「俺は、松江について行くだけだから」



随分とぶっきらぼうな言い方になってしまった。

後悔する。

でも松江は笑ってた。

そんなところも可愛いって。


松江は甘いものが苦手だった。

そういえば近くにいた吉武はよくオレンジジュースを飲んでいた気がする。


いつの間にか雨は上がっていた。

運ばれてきたオレンジジュースを飲みながらたわいもない話をする。

嬉しそうな松江の顔に頬が染まる。

今年の夏は、とても暑い。



随分と幸せな夢を見てる気分だ。

それこそこれからの過ごすであろう人生の中で、1番。

だから怖かった。

こんな時間が長く続くわけない。


秋に近づく頃、松江は体調を崩して入院した。

気が気じゃなかった。

1回、本当に死んでるんだ。

2度目なんてあるわけない。


一目散に松江の病院に向かった。

瞳を閉じた松江はもう2度と目を覚さない気がした。

病室にいる松江にはいろいろな管が繋がれていて、酸素マスクの付けられた姿が痛々しい。

目を閉じていた松江がゆっくりと俺を見る。

もう呼吸すら苦しいはずなのに、ゆっくりと言葉を繋いだ。



「ごめん…おれ、健人(たけひと)じゃ…ないんだ…」



こいつは松江じゃない、吉武だ。

()()()()()()()

でも、それでも、松江なんだ。


涙が止まらない。

あんなに、あんなに泣いたのに。

毎日泣いたのに。

涙が枯れることなんて無くて、目の前の悲しそうな松江が、吉武が、哀しそうな顔をしている。


吉武には本当に申し訳ないと思う。

それでも俺は、吉武を傷つけてまで、松江を、松江に、()()()()()欲しい。



泣いて過呼吸になる俺の背を撫でる松江(よしたけ)は本当に辛そうに、ただ俺に謝っていた。



松江(よしたけ)の告白さえ聞かなければ、俺はきっとずっと目をつぶって生きていったと思う。

あれからすぐ、2週間もしないで松江(よしたけ)は息を引き取った。

何か、松江(よしたけ)の魂を留まらせていた何かが無くなったかのように、穏やかな顔だった。




俺の携帯電話は1通のメールを受信している。



『騙してごめん。俺だけ幸せで、ごめん。』



涙が溢れ出す。

松江が死んでから俺の涙腺は壊れてる。

お前だけなわけないだろ…!

俺だって…俺だって…!

幸せだったさ…!



俺は吉武も失ったんだ。

あんなに、あんなに愛してくれた人を、俺の自分勝手な思いで傷つけて。



1年、2年なんてすぐ過ぎて、10年たった今でも思い出しては泣いている。

この悲しみを時間が癒してくれることはなかったけど、無くなったこともある。

死のうと思わなくなった。



「死んでもいいけど、死んだら2度と兄の名を呼ばせない」



泣くのを必死に我慢して俺を睨みつける愛子ちゃんは少し松江に似ていた。

毎年似ていくその姿を見ていたくて、今はもう少し生きてもいいかと思ってる。



雨の日は松江を思い出す。

でも夏の雨の日はテラス席に座ってオレンジジュースを頼む。

雨上がりのコンクリートの匂いが吉武を思い出させる。

涙が枯れることなんてない。

オレンジジュースの氷がカランと音を立てた。



これは松江が好きな俺と俺が好きな吉武の話だ。











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