9 童貞
ちょっとエッチです。
落ち着け、落ち着くんだ。
こういう時に慌ててチャンスを生かしきれないのは童貞のすること。
全く記憶はないが、全裸の男女が同じベッドの上で一夜を共にしたのだ。
つまり俺は童貞を捨てている。
大切なことだからもう一度……、あと5回くらい言っていい?
俺はもう童貞は捨てたんじゃい!
そんなわけで今するべき事はただ一つ。
「おっぱいを揉もう」
頭に感じる幸せな感触を是非、手にもお裾分けしなくてはならない。
耳マフの様に押し当てられた、至高のおっぱいへと伸ばした手が、何者かに掴まれていた。
「何やってんの?」
白い寝間着姿のミサーナだった。
爪が食い込んで、血が出そうなくらい手が痛い。代わりに爆発しそうなほど痛かった下半身は、そのナニを潜めていた。
・ ・ ・
もう頭にあのたわわな感触はない。あるのは足に感じる固く冷たい床の感触のみ。
ミサーナに息子を鼻で笑われた後に、着替えてからはずっと床に正座である。
何で笑われたかは聞けない。怖くて聞けない。
それでも一つだけ言いたいのは、再び眠ってしまっただけで、やれば出来る子だから。
「で?」
『で?』
たった一文字に、凄まじい威圧を感じる。
付き合っているわけではないから、俺がこのお姉さんと何をしても浮気にはならないのに、ミサーナは怒っているようだった。
嫉妬か? 実は俺、ミサーナに好かれていたのでは?
「分からん。朝起きたら隣にいた。ついでに言うと名前も知らない」
俺が寝ていたベッドでは、今もスヤスヤとお姉さんが寝ている。
どれだけ声をかけても、目を覚まさなかった。
めくれそうな掛け布団では覆いきれない魔乳は、代わりに俺の何かを目覚めさせそうだった。
「そうでしょうね。カムイをこの部屋に運んだの私だし」
「え?」
「だから、酔い潰れたカムイを私がこの宿まで運んだの」
そう言ってミサーナは、この部屋にあるもう一つのベッドを指さした。
察するにあれはミサーナが寝たベッドで、その隣のベッドで俺は寝ていたと。
同衾と言えなくもないような、言えないような。
しかし今は、ミサーナと同衾していたとしても、していなかったとしても、気にすべきはそこではない。
(…………)
いや何でもない。俺は何も気にしてなんていない。
俺は間違いなく童貞でないし、あの妖艶お姉さんに初めてを捧げたのだ。
それでいいじゃないか。
(………………)
駄目だよね。よくないよね。
どう足掻いても、ミサーナが隣で寝てたままエクスタシーキメてないよね。
(燃え尽きたぜ……真っ白にな……)
諦めるのはまだ早い。少なくとも一夜を共にしていることは確か、全く可能性が無いとは言い切れない。
「アンタ急に黙り込んでどうしたのよ」
「何でもないです。はい。じゃー何でこのお姉さん、俺と寝てたの?」
「夜寝てたら急に侵入してきたのよ」
「何それ?」
(普通に大歓迎なんだが)
「私のベットにね」
「……何それ?」
「っ知、知らないわよ!」
「顔赤いぞ?」
「何でもないの! とにかく、この人が私のベットに侵入してきたから、魔法で眠らせてカムイのベッドに突っ込んだの」
この女、自分から俺と寝させておいて、怒ってんの?
でもとりあえず、ありがとう。
「じゃー何で俺裸だったの?」
「お酒飲んで倒れた時に、料理に突っ込んで汚れたから脱がしたの」
よく見ると、くたびれた農民服は何らかの汁が付き、僅かに酸っぱい匂いがした。
「じゃー何でこの人も裸だったの?」
「知らないわよ。あんたが寝ぼけて脱がしたんじゃない?」
あ、なるほど。
俺が脱がしたと思って怒ってるのな。
『おっぱい揉もう』とか言ってたら、俺が脱がしたと思うよね、普通。
「言っておくが、俺が脱がせたわけじゃないからな」
「ふーん。どっちでもいいわ。カムイは裸の女の人がいたら、躊躇なく手出すことには変わりないし。ケダモノね、近づかないで」
ゴミを見る目。
紙切れ同然だった信頼は、画用紙ではなく障子紙になりました。
「ちょっと待て、これは男の性であって、目の前にその頂があれば、登らない奴は男じゃない。それもただの頂じゃない。日本一の富士山をも超えるほどの頂、世界最高峰のエベレストなんだぞ」
「カムイには勇者より変態の方が、性に合ってると思う。それより、あんまり大きさのこと言うのは止めなさい」
「流石に本人も前じゃ言わない。俺だってそれくらいのデリカシーはある」
「どう考えてもないでしょ。そもそも私相手に胸の大きさの話してる時点で、デリカシー以上にモラルもないんじゃない。これだから童貞は困るのよ」
「いや待て落ち着け。確かに昨日まで俺は、間違いなく童貞だった。しかーし、起きた時に俺はこのエッチなお姉さんと、裸で同じベッドに居たんだ。今日の俺が確実に童貞だと誰が言えよう。いや言えまい!」
ミサーナは明らかに演技ではあったが、涙をぬぐった。
「……惨め過ぎて涙が出てきた。そんなに童貞にこだわるなら、私が経験させてあげてもいいわよ」
腕を組み豊満な胸を強調するミサーナ。しかし俺には、おっぱいではなく床の木目しか見えない。
条件反射といっていい。
気が付くと跪き、ミサーナの足にキスする勢いで土下座懇願していた。
これは仕方のないこと。誰だってこの衝動には抗えない。
内面がアレでも、後で莫大な金銭を要求されようとも、初めてを経験させてくれるかもしれない相手、しかも美少女。天使、或いは神と言っても過言ではない。
神を前に跪くなど、至極当然のこと。何も恥じることはない。
「いや冗談だけど、たとえ本気だったとしても、今のカムイを見てたらその気も無くすわ」
「まあそう、です、よね。冗談、です、よ、ね」
この女、純真無垢な俺の貞操を弄びやがって、この世界の魔王ってミサーナのことだろ! 魔女裁判にかけてやろうか!
と、内心で腸が煮えくり返りっていても、強く言えないのが童貞なのであった。
「落ち込みすぎでしょ。そんなにしたいなら、娼館にでも行けばいいじゃない」
「なるほど、その手があったか。でもそういう店って高いんじゃないの?」
「さあ? 高級娼館ならそれなりにするんじゃない?」
「……」
所持金1500G 魔物を倒しても変動なし。
高級も中級も下級も行ける気がしない。
「ちなみに、魔物の倒した時に報奨金貰ったけど、ほとんど昨日の酒代に使ったから」
「は? いくら? そんなに? そもそもあれタダじゃなかったの?」
「タダでいいとは言われたけど、あんなに飲ませてもらったし、森林スライムの発酵酒まで飲んだら、払わない訳にもいかないわよ。あれ一本で屋敷建てられるもの」
「マジか……」
あんなので家建つってあり得なくない? まあ元の世界でも、一本数千万のワインとかあったけど、スライムの発酵酒でそれらが同価値って。
あんなに魔物倒したのに……。
……。
魔物倒したじゃん?
直接お金は増えなかったけど、その素材って売れるのでは?
隠していた訳ではないけど、倒した魔物の死体が俺のアイテムボックスしまってあるの、ミサーナは知らないよね。
言わずに換金してもバレない気がする。
今頃倒した魔物の死体が無くて、お役所の人は騒いでいるかもしれないけど、そんなことは俺に関係ない。
「……」
「急に黙り込んでどうしたのよ」
(換金して余ったお金は全て渡します)
「いや、何でもない」
心の中で誓いを立て、この場では黙っていることにした。
「そう。ほんとにカムイと話していると、話が逸れて進まないわね」
「話が逸れたなら、相手方にも責任はあるのでは?」
「ほとんどカムイの所為じゃない。神父様と話してた時だって、全然話が進まなかったんだから、誰と話してもカムイはそうなの。だからカムイの所為」
「確かに、そうかもしれない」
「素直でよろしい」
ミサーナは子どもに笑いかけるように褒めた。
歳そんな違わないし、むしろミサーナの方が見た目は若いじゃん。
「確か胸の大きさの言うなって話だったか?」
数分前の遠い記憶を引っ張り出した。
「そうよ」
「女性は自分より胸が大きいと、嫉妬するみたいな話?」
「大きさに嫉妬するのは貧乳だけよ。ある程度ある人からすれば、あそこまで大きいと大変そうって、逆に同情してしまうの」
「そうですね~。邪魔だったり痛かったり、重かったりで色々大変ですけど~、この年になればもう慣れました~」
甘い声がベッドから聞こえた。独特のイントネーションを含んだ言葉は、方言の様にも聞こえるが、それがまた色っぽさを助長していた。
ベッドの上で体を起こすと、それはもう分かってしまう。
【ポヨン】
黒髪に黒目の妖艶な美しさ。
この世界ではあまり見ない日本人的特徴だが、髪や目、顔など……が、視界から抜けてしまうほどの強烈なおっぱい。
「目が覚めたんですね」
「はい~。ぐっすりと寝かせてもらったので~」
笑みを浮かべつつ軽く会釈。
【ポヨヨン】
眠っていた時とは違って、流動的な2つのたわわ。
会釈した瞬間に、芸術作品のような谷間を見せる。しかし決して垂れてしまうことなく、黄金比のような造形を保った爆乳。
「どうしてこの部屋に?」
「ごめんなさいね~。昨日までは私もこの部屋に泊まっていたの~。だけど酔ってた所為か、間違ってしまったの~」
それはもう一種の暴力。
【ポヨヨヨヨン】
頭を下げ、上げた。謝っただけ。それだけなのに。
もう駄目だ。俺今死んでも後悔はしない。
結局童貞のままだけど、あの至宝の中で目を覚ました。それは童貞かどうかなんて問題ないならない程の宝。
揺れたんじゃない。弾けたんだ。
たったあれだけの衝撃で、まるで生きているかのように。
守りたい。この魔乳。
「それは良いから、さっさと服着なさいよ。そこの変態が見まくってるから」
「あら~。お見苦しいものをお見せしました~」
「お見苦しいなんてそんなことありません。よろしければその2つの至宝を支えるお手伝いをしましょうか?」
『ドスッ』
「グハッ」
「バッカじゃないの? 三万回死んで、そのモラルの欠けた人生改心してきなさい」
痛い。腹パンされた。
「ただ俺はセクハラにならない程度に手伝おうとしただけなのに」
「どう考えてもセクハラよ。通報されないだけ、感謝しなさい」
確かにどう考えてもセクハラだった。
俺はこんなに躊躇なくセクハラ出来る奴だっただろうか? スカートが風になびく事ですらドギマギするほどの、純情ボーイだったはずなのに、何故だ?
「なるほど、おっぱいは人を時に大胆にさせるのかもしれない」
「あんたがおかしいのを、おっぱいの所為にするな」
『パシッ』
「痛っ」
そこまで痛くはない。頭をはたかれた。
「着替え~、終わりました~」
「しまったー! 終わってしまった!」
「ごめんなさい~。流石に手伝ってもらうのは抵抗があるので~」
「こんなの気にしないでいいのよ。これは無視して、朝食にでもいきましょ」
女性陣二人は俺をいないものとして、朝食に赴こうとしている。
(これは俺も行って良い奴だろうか?)
疑問は直ぐに解消された。
「カムイはついてこないでよね。それと後で協会に来なさい」
返事を待つことなく、ミサーナたちは行ってしまった。
とりあえず、おっぱいは、夢と希望で出来ているというが、人をおかしくさせる魅惑の何かも含まれているのかもしれない。
「そう言えば、あのお姉さんの名前まだ聞いてない」