8 酒場
「なあ、あれどういうこと?」
「……」
返事が無い。ただバツは悪そうにしていた。
「なあ?」
「……あー、きーこーえーなーい」
返事ではない。ただ誤魔化そうとしていた。
「なあ? その仕草可愛いな」
「当たり前じゃない。世界一可愛いなんて今更言わなくても知ってるわ」
返事があった。そこまで言ってないのに、俺がそこまで言った扱いになっていた。
そして実際かなり可愛かったのが、何となくウザい。
『きーこーえーなーい』って言いながら耳に手を当て頭を振り、金髪がふわりと揺れる。
行動は駄々をこねるガキのそれだったが、ミサーナがやっただけで、(狙ってやってんの? その仕草可愛すぎだろ)ってなる。
しかし外見がいくら可愛かろうと、それは強化外骨格で作らされし偽り。内面は悪女そのもので騙し騙され汚職塗れの、政治家並みに腹黒い。
「聞こえてんじゃん」
「……」
返事が無い。もう悪びれも誤魔化すこともなくガン無視だった。
目の前のタピオカミルクティー(仮)みたいのをチュルチュルするのに夢中で、その目に俺はもういない。
「はあ。死んだことはまあ生き返ったからいいけど、あそこで裏切るのはなくね? 最悪全滅するエンドあったからな」
俺は周囲の様子を見渡しながら、声を落として【裏切り】というワードを口にした。
「いいじゃない別に。カムイは死んだけど、私のおかげでただ飯に在りつけてるんだから、むしろ感謝して欲しいくらいだわ」
「俺の死によって得られたなら、俺のおかげじゃね? 俺まだお礼言われてないんだが。 でも死の代償ってのが夕食かー。等価交換の原則って知ってるか?」
俺たちは夕食中。この場所はRPG的によくありそうな酒場で、目の前にはまあまあ豪勢な料理。
(あー心臓に悪いし、心苦しいし、罪悪感もヤバいし、色々な感情渦巻いて気持ち悪い)
俺の心中はカオスなのに、俺の共犯者であるはずのミサーナは、何食わぬ顔で彩られた料理に舌鼓を打っている。
俺たちは苦難の果てに強大な敵を打倒し、この場の客、つまりは民衆を救ったヒーローとして招かれている。
【俺たち】なんて言ったが、メインはミサーナ、勇者である俺はおまけだ。
自身の危険を顧みず、危険を冒してまで民衆の盾となり、勇者である俺への献身的なまでの慈愛の心。
そんなミサーナへ感謝を表す事が、この晩餐の目的みたいだが、完全なマッチポンプ。完全な自作自演。
この女にあるのは慈愛の心ではなく、自己愛の心のみ。
確かに最初は俺から持ち掛けた。多少は俺の保身の為だったとはいえ、ミサーナの名誉を取り戻すために一芝居打とうと。
つまりミサーナの為を思ってした事なのに、この悪女は何食わぬ顔で裏切って、俺は死亡。
そして死と共に俺が得たのは、豪勢とはいえ何の変哲のない夕食と、勇者のくせに弱く、ミサーナの援護なしでは何もできないという評価。最後に今感じている何とも言えない罪悪感。
死んだのはこの際もういい。裏切られたことも冷静になって考えれば、今後生活する上でミサーナの評判が高いことは、俺にとっても有益に働くと、百歩譲って考えられなくもない。
ただ、このままミサーナにやられっぱなしなのは、何となく面白くない。
大人げない自覚はあるし、これは言うならば、僅かに残った自尊心のようなもの。
もちろんミサーナを傷つけたいわけでは無いし、全く、当然、微塵も、そんなことは断じて考えていないが、18禁に触れる行為などは期待していない。
今回の件を材料に、処遇改善というべきか、要するに紙切れ同然の信頼を、画用紙くらいの信頼にまで持っていきたい。
初期装備ひのきの棒勇者が、今更信頼を説いたところでって感じだが、それでも諦めたらそこで試合終了。
最後まで諦めない不屈の魂が膝を屈していないのであって、決して性格はあれでも美少女にはチヤホヤされたい俺の童貞が無様にも諦めきれない訳ではない。
俺ならばできるはずだ。
考えろ。考えるんだ。
ミサーナの好感度を上げるための最善の一手を。
思考の海に深く沈むんだ。
(クックック……)
(フハハハハハ)
(ハーッハッハッハ!)
デジャヴかと思った奴。
はい、それは間違いです。これはデジャヴじゃないし、コピペもしてません。
(ハッ……ハ……ハァ……。なんも浮かばない)
内心で3段笑いまでキメて、俺は天才だ! とかほざいていた俺だが、ただの酒場で都合よく、ミサーナから褒められそうな作戦など思いつかない。
とはいえな……、全く無いわけではないのですよ。
この酒場でも不自然ではなく、昔からありふれた古典的な方法で、だけど失敗したら好感度とか言う間もなく、絶縁しそうなリスキーな奴。
これしか無いか? ギガントアを復活させることにすら、何の抵抗も抱かなかった俺だけど、流石にこれは駄目じゃない?
下手したら、人として超えてはいけないラインを余裕で踏み越えそう。
今ならまだ踏みとどまれる。止めよう。これは駄目だ。
そんな結論を出した俺は、今回のことは忘れてこの宴会を楽しむことにした。
「ミサーナ。ジョッキが空だぞ。これ美味しいから飲んでみないか?」
カウンターに行き、蒸留酒的なもの(度数40以上)にオレンジジュースを半々で混ぜたものを作り、それをミサーナのジョッキに注いだ。
ちなみにこの世界に未成年者という概念はない。
「あら、気が利くわね。じゃーカムイにも注いであげる」
「あ、ありがとう」
俺は苦笑いで答えると、近くにあった別のジョッキと入れ替えた。
「結構強いけど、美味しいじゃない」
「喜んでくれてよかったよ。もっと飲むか?」
「うーん。今度はお酒じゃない奴にして」
「了解」
カウンターに再度向かい、さっきと同じ蒸留酒にぶどうジュースを1:2で混ぜたものを作り、それをミサーナのジョッキに注いだ。
「今度のはぶどうジュースだ」
「ありがとう」
ジョッキを一口飲んだ。
「ねえ、これお酒じゃないの?」
「ただのジュースだけど? さっき飲んだの結構強かったから、味覚が少し変になってるんじゃないか? 飲んでれば元に戻るんじゃないか?」
「そうね」
ミサーナは納得すると、そのまま飲み続け、俺も度数0%のジュースを飲んだ。
数分後。
「イェーイ♪」
テンションが上がってきたのか、手に持ったジョッキを俺のジョッキに当て、一気に半分ほど度数30%くらいのジュースを飲みほした。
「……イェーイ」
完全に出来上がっている。それは間違いないのだが、こいつ一向に潰れない。
あの後も散々、何故かアルコール臭のするジュースを飲ませ続けたにもかかわらず、ミサーナの顔は真っ赤でも、意識はしっかりしたまま。
所詮高校生レベルのお酒知識では、大学生サークルお持ち帰りコンパの真似事は不可能だったのか。
ん? 人として超えてはいけないライン?
踏みとどまる? 何の話だ?
俺はただ、ミサーナにジュースと誤ってお酒を飲ませてしまっただけで、普通にこの宴会を楽しんでいるだけですが?
いやまあ、もしミサーナが酔い潰れてしまったなら、介抱するのもやぶさかではないけど。
つまり俺は、故意ではなく過失でミサーナにお酒を飲ませてしまった、善良な勇者に過ぎないのだ。
それにしてもミサーナ酒強すぎだろ。スピリタス的なので一気に仕留めるか。
「すみません。この店で一番強い酒ってどれですか?」
カウンターから声を掛けると、奥からこの酒場の女将が現れた。
「そうだね……。さっきから勇者様たちが飲んでるのも相当強い方だけど、これなんてどうだい?」
そういって取り出したのは、若干緑色に濁ったボトル。
「……これ腐ってない?」
「見た目はあれだけど、この酒はドワーフが作った高級品だよ。強さだって、さっきの奴の倍近くはある。本当なら絶対に出さないんだけど、今日はうちの旦那の命を救ってくれたお礼に持ってきな。聖女様にもね」
「あ、ありがとう」
まあどうせ俺は飲まないからと受け取ってしまった。
「ミサーナ。店の女将がドワーフが作った高級な酒ってくれたけど、飲むか?」
何も言わずに飲ませてもよかったんだが、さっきのより倍強い酒をジュースと言い張るのは、流石に無理がある。
それにミサーナ酒好きみたいだし、高級品って言えば飲む。
「それってもしかして森林スライムの発酵酒じゃない! 本当にこれ飲んでいいの?」
その言葉を発したミサーナの手には既にボトルがあり、彼女はボトルに頬ずりしている。
(は、速い。速すぎる。ミサーナの動きが全く目で追えなかった)
「お、おう。で、でもスライム、えーと何スライムのなんだって?」
「森林スライムの発酵酒よ。そもそもドワーフが作ったお酒自体、ドワーフの国以外であんまり流通しないんだけど、その中でもこれは素早すぎて捕まえることが困難な、森林スライムから作られた超最高級品。貴族王族だって人生に一度飲めるかどうかってくらい珍しいんだから!」
「そ、そうなんだ」
(テンション上がりすぎだろ。これまでにないくらい早口だったぞ)
「これもう私のだから、全部貰うわね」
もう絶対に離さないと言わんばかりの抱擁。
俺が持ってきたにも関わらず、知らないうちに全部貰われていた。
全部あげるつもりだったしいいけど、王族ですら人生に一度飲めるかっていうレアな一品。
そんなにレアなら少しくらい飲んでみたいし、あそこまでの執着を見せられ、全部貰うとまで言われると、全く欲しくなかったものでも欲しくなってしまうのが人間。
「一口だけでいいから、少し飲ませてくれないか?」
たった一口、それくらいなら、この後ミサーナが酔い潰れても介抱できるだろう。
その考えが愚かだった。
反省はしている。だが後悔はしていない。
「仕方ないわね。一口だけよ」
お猪口の中に半口にも満たない量のお酒が注がれた。
ミサーナに視線を向けるも、これ以上あげる気はないようだ。
高級品につられたが、改めてみると色がグロい。汚れた水槽の中みたいな色してる。
飲みたいと飲みたくないが綱引きを始めるが、二度と手に入らないかもと思えば、人間あっけなく猿になる。
「イェーイ! 乾杯―!」
何度目になるか分からない乾杯を酌み交わし、濁った液体に口を付ける。
そこから先の記憶はない。覚えているのは、あの酒が異常なほどに美味しかったことだけ。
「さけ、うま」
俺は事切れた。
・ ・ ・
目を覚ますと知らない天井。
目を覚ますと知らない感触。
真っ白なベットの上、俺の隣には全く見覚えのない黒髪妖艶系のお姉さんが裸で眠っている。
俺はその人の胸の中、ミサーナよりの大きそうなおっぱいの谷間。国宝級の魔乳の中で、目を覚ました。
生まれたままの姿で。