7 復活
「いかがだったでしょうか?」
「さほど力を使う間もなく倒されてしまった為、確実なことは言えない。それでも十中八九、あの勇者はシステムの影響下にある。問題なのは……」
「女のほうですね」
「ああ。あれはシステムの力をも凌駕している。現段階では勇者よりも危険やも」
「でしたら今の内に殺しておいた方が」
「無駄だ。奴は勇者と共にいる以上、システム的に殺しても生き返ってしまう。それにあの女に我々では勝てない」
「それは……」
「しかしどれだけ女の力がシステムを凌駕しようとも、最終的にシステムは絶対だ。システム下にある太古の存在に勝てはしない。此度はあの女の存在を確認できただけで十分だ」
壊れた砦、正確には彼らが破壊した砦から、100m以上離れた場所に二人の男がいた。
灰色の肌の大男と黒に限りなく近い肌の男。勇者を最初に殺した存在。
彼らは自らの背から羽を広げると、大地から飛び立った
・ ・ ・
当人は何もしていないと思っていても、周囲からすればそれは英雄の行い。彼らは俺たちを取り囲み、喜びの歓声を上げている。
誰しもが命の危機を救ってくれた勇者に対し……、つまり俺だけに対し感謝を送った。
そして実際にマジで何もしていない俺は、居た堪れない思いで逃げ出したかったが、ここで逃げようものなら、後ろで笑顔を張り付けてニコーっとキレているミサーナが、俺を刺し殺す未来が見えた。
無抵抗の相手の首を切り落とす。それまでの過程がミサーナの力であっても、実際最後に倒したのは俺。
命の危機が迫った冷静ではない状況で、俺が敵を倒せば周りはどのように思うだろうか?
圧倒的な勇者パワーで強大な魔物たちを行動不能にし、民衆を救ったように見えなくもない。
魔法の世界であっても、ミサーナの魔法は一般的に見るものからは、かけ離れていた。何かしていたことは分かっても、それが何であるのかは分かりようもない。
結果、魔物を倒したのは全て俺で、ミサーナは何故かここにいるシスターという構図が出来上がる。
むしろ戦いが終わった今、教会の職員は総出で怪我人の治療に当たっているのに、こいつは何してんの?みたいな空気すら生まれていた。
間違えなく怒っている。ガチギレだ。
手柄を奪われただけならまだしも、今の仕事しろよお前、みたいな視線を一身に受けて爆発寸前。
もはや何をしでかすか分かったものではない。
人の目があるからこそ、俺は今を生きていられるのだ。
今の危機的状況で俺が生き残るには、どうすればいい。
一番の候補は、神父にミサーナを引き取ってもらうのが、最も手堅く安心な一手。
しかしこの場は拍手喝采の大団円であっても、民衆の壁一枚向こうは今も生死を彷徨う怪我人が治療中。
そんな中、どう考えても筆頭ヒーラーの神父がこっちに来れるとは思えない。
逆に「怪我人が大勢いるから、向こうを手伝ってきて欲しい」とこっちから送り出すのはどうだろうか?
この第二の候補は、悪く無い手に思えた。一見すると最も無難な手。
しかしこれは悪手だ。
「ミサーナ。まだ怪我人は大勢いる。彼らの命を守りたい」
あからさまに向こうに行くように言うのではなく、守りたいと言うことで、行くように仕向ける。
これならばいい空気で送り出せる。
「勇者様、なんてお優しい。あんたもシスターならこんなところでボサッとしてないで、仕事してきたらどうだ」
見知らぬ住人Aがミサーナを煽った。
「そうだそうだ」
住人B、それに便乗。
「いくら顔が良くても、いざって時に動かない女は駄目だね」
住人C(女)が貶める。
「そうだそうだ」
住人Bが便乗。
「……(ニパー)」
無意識に足は動いていた。
レベルが上がった脚力で人の壁を飛び越え、着地の勢いを利用しそのままの速度で疾走する。
「三重詠唱【クリスタリア】」
華が咲いた。
華というには表現不足、ミサーナが立っていた場所を中心に一輪の青薔薇が咲き、その薔薇を基点に純度の高い氷が幾重にも重なり、刺々しい蔓が這い、新たな華を咲かせる。
さながら氷の国の薔薇樹園だった。
「……」
気が付くと俺は反転していた。
薔薇の蔓に足を取られ宙吊り。
十分に温情に溢れる罰と言える。これくらいなら抵抗も無く受け入れよう。
いや、せめてもの抵抗にと逃げ出したからこその結果だ。
薔薇が育つために必要なもの、それは日光・水分・空気などでは決してない。
怒り・恨み・最後に復讐相手。それだけだ。
という想像までできた。
流石は俺だ。男子高校生、いや男子中学生の頃から目覚めた固有スキル、【妄想】を駆使して、様々な女性と逢瀬を重ねて来たわけではない。
これだけが俺の、俺たちの積み重ねてきた数少ないもの。
そんな俺ならばできるはずだ。
考えろ。考えるんだ。
この場を切り抜けるための最善の一手を。
思考の海に深く沈むんだ。
(クックック……)
(フハハハハハ)
(ハーッハッハッハ!)
やはり俺は天才だ。
違うな。むしろこの俺の妄想力をもってすれば、この程度は動作もない。
「テレパシーみたいな魔法はあるか?」
俺はミサーナにしか聞こえない声で話しかけた。
『ドゴーンッ!』
爆発音が響き、細かい瓦礫の破片が飛散した。
喝采を上げていた民衆はみな一様に恐怖に身を震わせ、危機はまだ去っていないことを悟った。
倒されたはずのギガントアが生き返っていた。その姿は先ほどまでは無かった漆黒のオーラの身に纏い、恐怖をまき散らす。
「勇者様」
ぽつりと誰かが呟いた。
その言葉を皮切りに、ギガントアから勇者である俺へと視線が集中した。
ここで失敗するわけにはいかない。陰キャにこの注目はかなりキツイものがある。
しかし失敗すれば、俺は殺される。
「安心して欲しい。あの魔物は必ず再び倒す。もう誰も傷つけさせはしない。ミサーナ! 俺に力を貸してほしい」
俺はミサーナへと手を伸ばした。
ミサーナは真剣な目で俺を見ると、その手を掴む。
俺たちの手が重なった時、危機が去った時に上げられたような歓声が、再度上がった。
誰しもが己の危機を忘れ、勇者と聖女の英雄譚がこの目で見られることを期待した。
「勇者カムイ様。私はあなたの盾。どこまでもお傍に」
「ありがとう」
先ほどより強大な敵となったギガントアと相対した。
「【クリスタリア】」
ミサーナの持った杖の青い宝石から弾けるような激しい光が迸り、力の奔流に押し負けそうに彼女の体が流されそうになった。
俺は後ろからミサーナの体を支えると、その杖へと手を伸ばす。
「ミサーナ、俺が支える。だから勝とう。俺たちならば絶対に出来る!」
「はい、カムイ様」
俺たちは目を見合わせると頷き合い、ギガントアへと視線を向けた。
民衆はそれを固唾をのみながらも、応援の声援が途切れることはない。
勇者の力、そして応援の声から力を受け、ミサーナは杖を固く握った。
その瞬間、青い宝石から弾けるように迸っていた光は、明らかに太く力強い光へと変わり、目も開けられない程のものとなった。
目を閉じる。ギガントアも民衆も。そして目を開いた時世界の色は変わっていた。
一面の白。
全てが氷に包まれ、ギガントアはその身を重なり合う氷の華で氷漬けにされていた。
暴れようとする度に、ミシミシと氷が悲鳴を上げる。
「カムイ様! 長くは持ちません。今の内に」
ミサーナの苦しそうな表情。
その頑張りに応えなければ、勇者、いや、男じゃない。
「ううううおおおおおおぉぉぉぉぉぉーーーーー!」
咆哮を上げながらギガントアへと走り、剣を左斜め上段に構えた。
「これで終わりだー!」
俺は剣を振り下ろし、ギガントアはそのまま地に伏せる。
そうなるはずだった……。
打ち合わせの段階では。
これは見間違いなんかじゃない。俺は確かにその瞬間を目撃した。
剣がギガントアに触れる寸前、透明な膜が剣を弾いたこと。
後方、ニヤリと笑い、ザマアと呟いたミサーナの姿を。
そして俺、神宮蓮こと【勇者 カムイ】は死んだ。
・ ・ ・
『計画通り』
目の前で勇者がギガントアの棍棒で殴られた。
あれでは即死だろう。
「ザマア」
誰も聞こえない程度の声で私は呟いた。
こういう言葉をわざわざ口に出して言うのは、何故だろうか? などとどうでもいいことを考えながら。
勇者が死んだことなど、最早どうでも良い。勇者への留飲は既に下がっているから。
ここから先はずっと私のターン。
(絶対に目にもの見せてあげるんだから)
勇者が死んだことで、絶望の表情を浮かべる馬鹿な民衆に目を向ける。
「勇者様が死んだ」
「もう駄目だ! みんな殺される」
「誰か助けてくれ」
何よりもまず逃げればいいものを、恐怖の言葉を吐かずにはいられない。
自身が絶対的な優位にいたにも関わらず、一瞬で命が尽きる寸前にまで落とされる。
悲鳴を叫んでいるのは、純粋な恐怖よりも現状を受け入れられないことの現れなのだ
(全く愚か者どもが。でもまあ最高♪ 助けてほしい? 助けてほしい? 美しき女神様、どうか愚かな私をお救い下さいって、私を崇め奉るなら考えてあげてもいいわ)
……なんてね。
流石に私もこのまま見捨てたりしない。最大のピンチになってからなら助けますとも。
「ふざけんなよ! 勇者のくせに何死んでんだ! お前らの仕事は俺たちを助ける事だろ!」
「そうだ! ふざけんな! そこの使えない女、さっさと何とかしやがれ」
(ぷっつん)
(あー、もう知らない。最終的には助けてもいい気分だったけど、これは助ける価値無いでしょ)
不幸にもギガントアは声を出していた民衆の方に引き付けられていた。
このまま血の雨を降らせるのもアリだろう。
「……」
(助けて)(死にたくない)
罵詈雑言が多かった叫び声も、実際に死を間近にしたことで、純粋な救済を求める声が増えた。
「はあ……、仕方ないわね」
真剣な表情を作り、頑張っている演技にリソースを割いた。
(えーと、呪文なんだったかしら? 確か……プロ、プレ、プラトン? みたいな感じ? )
「【二重詠唱 プラトン】」
その瞬間、神々しい輝きを放つ盾が二枚現れた。
一枚はギガントアの行く手を阻み、もう一枚は民衆の盾となる壁を作った。
「今の内に安全な所へ逃げてください!」
「何であんなことを言った俺たちの為にそこまで……」
「当たり前のことです。皆さんのことを守りたい。それに勇者様と守ろうと約束しましたから。だから早く!」
「ありがとう! 死ぬんじゃねーぞ」
安全な場所へ避難する人々を、私は聖女のような笑みで見送った。それでもまだまだ時間は掛かりそうだった。
むしろ好都合。全員が避難する前にもっと私の凄さを知らしめないと。
死んでいる勇者へを見る。
「【ザオエラル】」
ザオエラルは2回に1回は失敗する魔法。失敗した後も一定の時間内は再び津工ことができない。
だけどこういう時に絶対失敗しないのが私。
天から光のベールが降り、勇者の体を包んだ。
成功。まあ当然よね。流石私!
神なんて信じてないけど、こういう時は信じてあげてもいい気になる。
私の蘇生魔法を見た民衆たちの目の色が変わる。今更私の凄さが分かったようね。
ところで、おはよう? こんにちは? おやすみ? 現状を全く把握できていない私の勇者様。
「勇者カムイ様! 再び立ち上がりあの強大な敵を倒してください【バイキング】」
赤い光が杖の先から放出され、勇者に纏わりついた。
その言葉でようやく何があったのか把握したみたい。ふざけんなよお前、みたいな視線をガン無視します。
お前も自作自演バラされたくないだろ?
「頑張ってカムイ様」
(はい、グラビアスっと)
私は祈りの姿勢をとり、神への祈りを捧げ、無詠唱でギガントアの動きを封じた。
そして勇者は無抵抗なギガントアに剣を振り下ろし、今度こそ危機は去った。
遠くで見ていた人たちから歓声が沸き起こる。
感謝の念 羨望の視線。
そのほとんどは、勇者ではなく、私へと向けられている。
改めてもう一度言おう。
『計画通り』