6 チート
『タラララッタッタッター』
『タラララッタッタッター』
『タラララッタッタッター』
『タラララッタッタッター』
『タラララッタッタッター』
剣を振り下ろし新たな敵を倒した。
『タラララッタッタッター』
「……」
勇者としての覚悟? 殺されることへの恐怖?
いつの話してんだ。殺すぞ。
イライラした心のままに剣を一閃し、オーク3匹が血しぶきを上げ動かなくなった。
『タラララッタッタッター』
(イラッ)
「うるせー!」
俺が一番うるさかった。
残っている魔物は、首魁と思われる青い毛むくじゃらな一つ目の巨人と数匹のオーガのみ。魔物による混乱が収まりつつある現状、一人騒いでいる俺が魔物よりも危ない奴だった。
雑に剣を薙ぎ払い、残っていたオーガの一体が血に伏せる。
『タラララッタッタッター』
本来なら歓喜に身を震わせるべきはずの効果音が、今の俺には怨念のように頭の中で精神を崩壊させる。
【メニュー】
表示されたのは【カムイ】♂【レベル38】【職業 無職】【称号 勇者】
インフレが止まらない。
全てはミサーナが優秀過ぎた。
俺は感謝こそすれど、こんなこと言ってはいけないのかもしれない。
しかし言わせてくれ。
「チートかよ」
開幕は彼女の魔法から始まった。
「【スクルド】【バイキング】【ルカ】」
ミサーナが呪文を唱えると、赤・青の光が俺の体を包み込み、黄緑の光が10匹以上のゴブリンを包み込んだ。ステータスが上昇していくのを感じる。
以前戦闘中には【ステータス】見れないのでは、と思っていたが、何となくの感覚で上昇した数値が分かった。
【スクルド】……味方一人の物理・魔法防御を5割上昇。
【バイキング】……味方一人の筋力を2倍。
【ルカ】……周囲の敵の物理・魔法防御力を半分に。
シスター、神に仕えるからと勝手に回復担当だと思っていたが、ミサーナはバフ・デバフどちらもこなす、かなり有能な補助魔法の使い手でもあったようだ。
たとえ俺のレベルが2だったとしても、これならば何とか戦えるかもしれない。
そう思っていた時期が俺にもありました。
敵に向かって走り出した時、もう一つの魔法が飛んだ。
「【ネルー】」
その瞬間、突如地面からネバネバの青い液体が、滲み出るように現れた。それはまるで生きているかの様に地面を這い、全てのゴブリンの足を捉えて倒れさせ、手の自由も奪った。
ネバネバに触れたら俺も動けなくなるんじゃない? そんな不安は杞憂だった。
足に触れても一切まとわり付くことなく、滑りやすく転んでしまうということもない。
俺は一匹一匹近づくと、その首を刎ねるだけだった。
『タラララッタッタッター』×6
レベルが8になった。
そこに喜びはない。残ったのは虚しさと、無抵抗だったゴブリンへの罪悪感だけだった。
場の空気の変化を感じ取ったのか、ウルフの群れと人型の豚頭、オーク8体がこちらに近づいてきた。
ウルフの方が動きは速いとはいえ、それほど大きな差はない。
挟撃されればヤバいと思ったその時、また一つの魔法が飛んだ。
「二重詠唱【プロート】」
その瞬間、神々しい光の壁が2つ現れた。
それらは独自に動き、一つは壁となりオーク達の足を止める。もう一つは【ネルー】の影響下にあったネバネバ地帯にウルフの群れを誘い込み、ウルフ計37匹がネバネバに捕らわれた。
光の壁に阻まれ一切前に進めないオークは無視し、俺はまたしても無抵抗なウルフ一匹一匹に近づくと、その首を刎ねるだけだった。
『タラララッタッタッター』×15
レベルが23になった。
そこに喜びはない。残ったのは虚しさと、無抵抗だったウルフへの罪悪感だけだった。
光の壁が消えたものの、オークはこちらに来ることはない。明らかにこちらを警戒し今にも逃げ出しそうですらあった。
逃げるなら逃がしてもいいんじゃない、と声を掛けようとしたその時、また一つの魔法が飛んだ。
「【バインダー】」
その瞬間、天から煌めく種子が落とされ、地面に触れたと同時に1万倍速くらいの早さで成長し、伸びたツルが8体のオークを拘束した。
俺はまたしても無抵抗なオーク一匹一匹に近づくと、その首を刎ねるだけだった。
『タラララッタッタッター』×6
レベルが29になった。
オークの首は太く簡単には断ち切れなそうだったが、バターのように簡単に切れてしまった。俺自身のレベルも上がり、筋力パラメーターも大幅に増えているのだろう。
そこに喜びはない。残ったのは虚しさと、無抵抗だったオークへの罪悪感だけだった。
その結果ステータスは初期の5倍以上。
習得した技も、【叩きつける】の他に【投げつける】【ひっかく】【寝る】【暴言を吐く】と4つも増えた。
いや【寝る】と【暴言を吐く】おかしくない? いや覚えた技全部おかしいけどね。
習得するまでもなく、デフォで出来るから。
【寝る】はHP回復できて、【暴言を吐く】は敵のステータス2割減のデバフっていう、効果だけはまともなところがさらにムカつく。
そして冒頭。
『タラララッタッタッター』
『タラララッタッタッター』
『タラララッタッタッター』
『タラララッタッタッター』
『タラララッタッタッター』
剣を振り下ろし新たな敵を倒した。
『タラララッタッタッター』
「……」
自力で倒したのかって? うるせーな。
なんかまた魔法使ったら、勝手に錯乱状態になって廃人みたいになったんだよ。
剣を一閃し、オーク3匹を倒す。
『タラララッタッタッター』
(イラッ)
「うるせー!」
【メニュー】
表示されたのは【カムイ】♂【レベル38】←イマココ
そりゃあね、痛い思いして苦しむよりは、楽に勝てる方が全然いいし、残りは他の冒険者らしき人に任せて、ボスっぽいのといざ決戦ムードだよ。
でもさ、そういうのじゃないじゃん。自分でも二転三転しまくって、手のひらクルックルなのは理解してるよ。戦いたくないって言ったり、戦いたいって言ったりさ。
だけど俺の気持ちも分かってくれよ。
命かけてみんなを守るみたいな覚悟を泣きながら決めたのに、結局やってることは安全地帯からのパワーレベリング。
無抵抗な魔物を倒したことで苛まれる罪悪感を、今もまだ煽るかの如くなっている『タラララッタッタッター』
仕舞いには、どれだけレベルを上げたって所詮は【職業 無職】のレベル。カンストして【すねかじり】にでも転職する気ですか?
こんなモチベーションでボス戦に行く俺の気持ち分かってくれたか?
しかもどうせあれだろ。このボスもミサーナのおかげであっさり勝てるんだろ。分かってんだよそんなことは。
あ、音やんだ。
レベル表示は変わらないのに、効果音だけは頑なに鳴らしてくるシステム。
途切れることなく36回聞いてるからね。
「ふ~」
とりあえず深呼吸。
騒音が無くなって大分落ち着いてきた気がする。
「……」
「……」
視線が痛くて、肩身が狭い。
明らかにドン引いてる。
そうだよね、あの効果音聞こえてるの俺だけもんね。
別にうるさく無いのに「うるせー!」とか一人で騒いで、傍から見たらテンション上がっちゃってヒャッハーしてるヤバい奴だよね。
あー死にたい。
俺今日だけで何回死にたくなってんだろう。実際に死んでるけど。
「言い訳をさせてください」
「話しかけないでくれる。キチガイが感染る」
「俺がおかしいんじゃないんですって! いやおかしいかもしれないけど、正当な理由があって、決して薬キメ過ぎておかしくなったスーパーサイコ人とかじゃないんです」
「いやそこまで言う気は無かったけど、実際そんな感じよね」
かなり辛辣だった。
「はあ。分かった、分かりましたとも。とりあえずあのデカいの倒してから話聞いてあげますよ」
近づきたくないと嫌そうにしながらも、ため息をついたミサーナはさっさと青い毛むくじゃら巨人、ギガントアに向かう。
俺は不快に思われない距離感を図りながら、後ろをついていくだけだった。
ギガントア。その皮膚は分厚い剛毛で覆われ、その巨体は5m近く。稀に棍棒を持った個体も現れ、そのギガントアの攻撃力は一般的な個体とは大きな差があり、一撃で大地がひび割れるほど(ミサーナ談)。
ヤバない? 誰だよあっさり勝てるとか言ったの? 俺だよ悪かったよ。
稀じゃなかったの? あいつ棍棒?持ってるんだけど。
いや棍棒じゃないけどね、棍棒とは認めないから俺。
大分トゲトゲしいんだけど、釘バット改(大きさ10倍以上 釘部分、ニードル的何か)に軽く撫でられただけで、HPゲージ一瞬で飛ぶ自信がある。
今回も完全にミサーナさん頼りだけど、流石にこいつにネバネバや光の壁、木のツルは効かないと思う。だってデカいし。5m近くっていうか、5m超えてない?
「な、なあ」
引き留めようと伸ばした手が空を切った時、また一つの魔法が飛んだ。
「【グラビアス】」
『ズシンッ』
大きな音を立て僅かな振動が生まれた。ギガントアは土下座の姿勢で地面へ沈み、持っていた釘バット改は土下座した頭部スレスレの所に突き刺さっていた。
「意味わからん」
何あれどうなってんの? 万能過ぎない? この世界のシスターさんってみんなあれ出来るの? もう勇者要らないじゃん。
100年前っていうかゲーム内でのパワーバランスがこれで、本当に人気あったのこのゲーム?
「見て分からないの? ただ体重を重くしただけよ」
「分かるか! 何でも有りの魔法過ぎて、存在意義が分からねーよ」
「カムイの存在理由なんて、そもそもないんじゃない? それに何でも有りって当たり前じゃない。私の魔法は神聖魔法なのよ。要は神の魔法。大抵のことは祈りの力でどうとでもなるのよ。それにこんなの死者蘇生なんかより、よっぽど簡単だわ。まあ強いて言えば、直接的に敵を攻撃できないのよ」
ミサーナは簡単に言っているが、実際の神聖魔法はヒーラーとしての回復魔法がメイン。神聖などとついても、神の力は一切関与していない。
しかしミサーナは本物の神の力を使用し、大抵のことは願うことで叶えられるという、正しくチートの能力を授かっていた。
それでも普通に神聖魔法を学んでいても、これほどまでの力を発揮できない。
全てはミサーナの力の根源を把握し教え導いた神父と、シスターにはあるまじき程に傲慢で、神の存在を露ほども信じておらず、信仰心の欠片もないミサーナだからこそ。
ミサーナの魔法は、彼女だけのオリジナル魔法と言えた。
つまり彼女の魔法には、神聖魔法である【スクルド】【バイキング】【ルカ】や、オリジナル魔法である【ネルー】【プロート】【バインダー】【グラビアス】などの2種類がある。
そしてどう考えてもオリジナル魔法の方が効果はえげつない。
ちなみに、オリジナル魔法の呪文は適当、その場のノリで口にしているだけなので、その時次第で違うこともある。そもそも無詠唱可能だったりする。
「大抵なんでもできるってヤバすぎだろ。(これもうミサーナが勇者やればいいじゃん)今の体重重くするので、ウルフとかプチっと押しつぶせば楽だったんじゃ?」
「話聞いてた? 言ったでしょ、攻撃できないって。ギガントアと同じ出力でウルフに使っても、勝手に力が抑制されるのよ。神って奴も使えないわよね」
「ミサーナは本当にシスターか?」
「さんをつけなさい。まあもういいわ。世界一の美人シスターよ。あ、もう辞めたから世界一の美人ヒーラーね。それよりさっさとあれ片付けてきて」
『もういいわ』は名前に『さん』付けなくって良いってことですか、付けろってことですか? とは聞けないんだよな。
当然、世界一の美人って自分で言うのかとか、ヒーラーって回復魔法一回も使ってないだろとかも聞けない。
「……行ってきます」
今回俺必要だったのかと思いながら歩く、最初から最後まで自称ヒーラーさんにおんぶにだっこの、このイケメン(バーチャル)は誰でしょう。
そう、私(勇者)です。
『タラララッタッタッター』
あ、レベル上がった。